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最悪の終末

     ●


「海でも見に行こうか?」


「……」


 答えが返らないのを承知で訊いた。


 海は気分転換にいいだろうと思った。

 だがその気分転換が、はたして深月のためのものなのか、俺自身のためのものなのか、よくわからない。


 深月の声が聴きたい、と思う。


 あの日以来。

 あの桜東波一途の公開処刑の日以来、深月は人らしい反応を全て失ってしまった。


 話さない。笑わない。意志表示をしない。


 深月はもう、人の世界から逃げだしている。

 深月はこの世界に愛想を尽かしてしまった。

 深月の世界では、何の罪もない女の子が暴行されたうえ、火に炙られるなんてことはあってはならなかった。優しい深月には、もっと温かい世界が必要だった。


「いい天気だな」


 深月に靴を履かせて、車椅子に乗せる。

 何でも口まで運んであげないと食べなくなってしまった深月の体は軽い。

 舗装されていない道でも、椅子の車は軽々と回った。


 防風林を抜けると、海の景色が広がった。

 突き抜けるような青さの空と海なのに、深月は反応を示さない。


「岬の方、行ってみようか」


 全てが独り言になる。


 俺は、いつか深月が岬の景色を気に入っていたのを思い出した。

 椅子を押しながら緩い傾斜を上って行く。

 上りきったところで、「……きれい」と、深月の口から声がした。


「深月?」

 空耳を疑う。


 深月は椅子の上でゆっくり俺に振り向いて、力なく微笑んだ。

「そーちゃん、疲れてない?」

 深月が俺を気遣ってくれている。

 何日かぶりに聴く声で気遣ってくれている。

 俺は首を振った。

 たとえ疲れていたとしても、また深月の声が聞けるのなら何も問題にならない。


「わたしはね。少し疲れちゃった」


 俺は微笑みながら「深月は座ってただけだろ」柔らかく突っ込む。

 ふふふ、と深月は悲しげに笑った。

「わたし、ちょっとお腹すいたかも」

「待ってろ、すぐなんかもらってくる」


「そーちゃん」


「ん?」


「……ごめんね」


 気にすんな、と満面の笑みを返して、俺は浜辺に走る。


 浜に行けば露天がある。


 何か食べ物をもらえるはずだ。


 何が良いだろう。

 とびっきり甘いものを食べさせてあげたい。


 でも海の露天は魚介ばっかりだ。

 俺は迷った挙げ句、トロピカルなジュースと、カップに盛られたバニラとチョコの二色アイスクリームを選ぶ。深月はチョコが大好きなのだ。喜んでくれるに違いない。


 岬に走る。

 ジュースが少しこぼれた。アイスが溶け始めた。

 早く深月と一緒に食べたい。

 楽しく言葉を交わしながら。


 けれど、戻った岬に深月はいなかった。

 車椅子はある。深月だけがいない。


 ――深月?


 車椅子に近づく。

 と、一揃いの靴が目に入った。


 ――深月の靴。


 俺が履かせてあげた深月の靴。


 それが崖の手前に揃えられていた。


 瞬間、全身が粟だった。


『……ごめんね』


 深月が最後に残した言葉。


 手と足が震え、落ちたアイスが地面を汚した。


 ――俺は結局、何ひとつ守れなかったということだろうか。


 俺は崖の下を見ることができない。


 見ることができない。

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