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反逆する創作物

 黒い扉の奥には、やはり深い闇が広がっていた。


 床も壁も硝子張りなのだろうか。

 真っ暗な硝子が、星のような大小の光を反射している。

 何の光かはわからないが、世の中には考えても無駄なことがあることは、すでに思い知らされている。


「私はここに残るわ」

 振り返ると、一途の手を握る矢夜也がいた。

 一途はもう自力で躰を起こすこともできない。

 壊れてしまった一途を一緒に連れては行けなかった。


「でも、ややちゃんの力は必要なんだ」

 タナが弱った顔をした。

「ゆだくん、ごめんだけど代わりに一途ちゃんのそばにいてあげてくれる?」

「……なにか、役立たずと言われた気がしてならないのだが」

「ちがうよ。いちずちゃん、ひとりぼっちじゃかわいそうだから」

「……まあ引き受けよう」 


 一途と湯田を残して、扉の奥に足を踏み出す。


 宇宙を歩く気分だった。

 闇色の硝子に映る光は、宇宙の中心にそびえる二本の樹から発せられていた。

 樹というのは比喩表現で、無機質な緑色の塔だ。天井の概念を無視して伸びるその上端は見えない。その塔の周りを、光がちかちか点滅したり、あるいは流れ星のように走ったりしている。それが四方の硝子に映し出され、この宇宙は創造されていた。


「きれー」


 深月が感嘆の息を漏らす。

 先を歩くタナが振り向いた。

「これは知恵の樹と命の樹なんだ。これがこの世界の――みんなの知恵と生命を司っている」


 ――楽園には二本の樹が立っている。

 Tree of the knowlege of good and evil と Tree of life


「この樹は実をつけそうにないわね」と矢夜也。

 アダムとイブが神の言いつけを破り、食べてしまったのは知恵の樹の実だった。


 暗闇が時間と距離の感覚を殺した。

 樹に向かって、どれくらい歩いたかはわからない。

 三〇分くらいとっくに過ぎてしまっている気がする。

 ここと外側では時間の進み方が違うから問題ない、とタナは言う。

 こっちで一日が進んでも、外側では五分しかかかっていない場合もある。

 逆にこっちのたった数分に、外側では何時間とかかかるかる場合もある、――らしい。不思議だ。


「みんなを絶対幸せにするからな」

 自分に言い聞かせるように、タナは繰り返し呟く。

 その横顔はなぜか寂しい。

 タナが言う戦いが終わると、俺たちやタナはどうなるんだろうか。

 起こった事実は消せないし、巻き戻しも利かない。

 一途は取り返しのつかないほど傷ついてしまったし、大和はもう墓の中だ。

 世界もずいぶん狂ってしまっている。


 そして、もし新しい神とやらに負けてしまった場合は――。


 考えたくなかった。


 樹の袂にたどり着く。

 タナ以外全員、顔を上に向けている。

 皆、樹のスケールに圧倒されている。


 タナは樹の幹を何やら検分していた。

 見ると、樹に張り付く黒い四角形がある。

 金属製の黒い箱。

 箱からムカデみたいに足がたくさん伸び、樹に刺さり込んでいた。


「さあ、みんなの力を貸してほしい」

 タナは箱を無遠慮に叩いた。

「力って言われても、どうしたらいいのかしら」

 黒髪黒タイトスカートスーツの矢夜也は、顔と脚だけが闇に浮いて見える。


「みんなにはあちしの設定が生きている。あちしが与えた能力がある」


「この世界に来ると与えられる、って能力か?」


 地上での傷に由来する能力。


「そうだよ。ほんとはこんな風に使う予定じゃなかったんだけどな。でも役に立って良かった」


 タナは、俺と深月と矢夜也の能力が必要だ、と言った。


 俺は思い出す。


 計算が嫌いになった深月には、演算の能力が与えられた。

 数多の死に無力を感じた一途には、再生の能力が与えられた。

 幻に父を殺された矢夜也には、他人に幻を見せる能力が与えられた。


「なあ、タナ」


「どした」


「俺の能力が行方不明なんだけど」


「何言ってるんだ。そーやくんはもう能力を使ってるぞ」


 ――は?


「まあ、あちしに任せて。さあ、ここに手を――」

 と、黒い箱に向き直った途端、タナは止まりかけのコマみたいな動きをした。

 何の儀式だ、と見守る俺たちの前で、タナは重力に任せて体を床に打ちつける。


「タナ?」


 倒れかけていたなんて思わなかった。

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