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22歳の救世主(メシア)

 夜には違いないけれど、何時なのかはわからない。


 人はこんなに眠れるものなんだ、と深月は思う。

 嫌なこと、忘れたいことがあると人は眠る。現実を逃れて、忘れたいことを忘れるためには、人は眠るしかない。少なくとも寝てる間は何も考えずに済む。見ずに済むし、聞かずに済む。完全なる思考停止。それは意外と幸せなことだ。ままならない現実や鋭い悪意から自分の心を守るためには大切なことだ。だから現実が忘れたいことばかりになると、人は永遠に眠ってしまうのかもしれない。過剰な防衛反応が、人に死を選ばせる。


 まだまだ眠れる気がして、深月は布団をかぶる。


 もう迷宮には入りたくない。

 浅月には二度と会えない。

 わたしはこのまま逃げ続けるしかない。


 ――バチーン! 


 勢いよく開いた窓が壁を叩く。びくんと深月の体が跳ねた。 


(ちょ、なに?)


 跳び起きる。

 見ると、窓の前にちんまりとした人影。

 月の光を背に受けて、後光が差したように見える。


「やっと追いついたっ!」

 夜闇に溶け込むその服装には、見覚えがあった。


 黒のゴスロリ。懐かしい声。


「……タナ、ちゃん?」

「お待たせしたな、みづきちゃん。お久しぶりのヒーロー登場だ」

 タナは右手のロッドを振り回す。左手のチョキを目にかざす。

「ど、どうやって窓開けたの?」

 鍵は掛けておいたはずだった。

「みづきちゃん、そんな些細なことはどうでもいいんだ。今は時間がない」


 深夜の乙女の部屋に簡単に侵入できちゃうのは、結構些細な問題じゃないんだけどな、と深月は思うけれど――


「時間がない、って?」

「そう、あと一時間でこの世界の神さまが起きてしまう。それまでになんとかしないとなんだ」

「神さま?」

「みづきちゃん、それは言葉のあやみたいなもんで些細なことなんだ。気にしてはいけない」


 タナが演じるヒーローごっこの設定みたいなものだろうか。

 深月はあまり気にしないことにする。


「じゃあ、明日になったらあと一時間の続きをしようか。今日はもう遅いからね?」

「みづきちゃん、わけのわからないことを言われても困る。一時間は一時間なんだぞ。寝てる場合じゃないんだ。そーやくんたちが大変なんだ」

「そーちゃんが?」

「そーやくんだけじゃない。いちずちゃんもややちゃんも、みんな大ピンチなんだ。ゆだくんは……もうやられてしまった」


 タナは唇を噛む。


「タナちゃん……なに言ってるの?」

「みづきちゃんがうじうじ寝てる間に、みんないちずちゃんを助けに行ったんだ。だけど失敗してしまった」


 ――嘘。


 布団から飛び出た深月は、リビングを見る。創哉の部屋を見る。本当に三人ともいない。いつの間に出て行ってしまったんだろう。


「……本当なの?」

「ほんとのほんとだ。あちしは何でも知っている。でもそんなことも些細なことなんだ。大事なのは、早く助けに行かないとみんな死んじゃうぞ、ってことなんだ」


 タナはずいぶん焦っている。

 なぜタナがそんなことを知っているのかのはわからない。

 でもこの子が嘘をつくはずがない、と深月は思う。

 こんなちっちゃな子まで信じられなくなったら、自分の中で何かが終わってしまう気がする。


「でも、助けに行くって言っても……どうしよう」


 ――戦ったりするんだろうか。

 なにと戦うにせよ恐い。モンスターの殺意が恐い。人の憎悪が恐い。もう恐いのはたくさんだ。


「みづきちゃん大丈夫だ、あちしがついている」

 励ましてくれる気持ちは嬉しいけど、子どものタナには頼れない。

深月は強く首を振る。

「わたし、やっぱり恐い……もうやだ」


 ――どうせわたしは何もできないんだ。


 66階の街ではひとり取り残されて、そーちゃんが来てくれるまで途方に暮れていた。モンスターも倒せなかった。最近はもう、そーちゃんに守られてひたすら震えていただけだった。


「みづきちゃん」とタナの声が真剣さを帯びる。

「あちしが創った――じゃない、知ってるみづきちゃんは、そんなに弱い子じゃなかったはずだぞ。妹のためなら、そーやくんの反対を振り切ってでも迷宮から出ようとしちゃう、意志の強い女の子だったはずだ。小さなころお母さんが迎えに来てくれなくて、ほんとは自分がわんわん泣きたかったのに、我慢して妹をなぐさめられる強い女の子だったはずだ」


「タナちゃん……」

 ほろりとした刹那、深月は「え」と思う。


 ――なんで昔のわたしを知っている?


「みづきちゃんお願いだ……力を貸してほしい。このままだとみづきちゃんだって危ないんだ……」

「でも……わたしなんか何もできない」

「そんなことない! あちしがここに来たのには意味がある。みづきちゃんの力が必要だったから、あちしは最初にここを選んだんだ」

「わたしの力?」

「そうなんだ。みづきちゃんさえ勇気を出してくれたら、あとはあちしがなんとかする」


 ――どういうことだろう。


 深月は混乱しきりだった。

 この子の自信はどこからくるんだろう。

 この子を信じて本当に大丈夫なんだろうか。


「タナちゃん」


 でも、この子を信じると決めたはずだ。


「わたし、行く。そーちゃん助けなきゃ」

「よし。よく言ったぞみづきちゃん。みづきちゃんはなーんにも心配しなくてだいじょぶだからな。あとはあちしの戦いだ」

「でも……とりあえずどうしたらいいんだろう?」

「とにかく時間がないんだ。すぐに教会に行こう」

「あ、ちょっとだけ待って。パジャマを着替えなきゃ」

「それもまかせて」

「任せてって……」

「みづきちゃん。これからいろいろ起こるかもだけど、びっくりしちゃだめだぞ」

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