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楽園に至る神隠し

     ○


「この家で待っててくれる? なにか食べ物持ってくるから」

 と、どこかに行ってしまうスーツ女は、相変わらず質問の隙をくれない。

スーツ女――三本木矢夜也に案内された場所は、教会から西に少し歩いた一帯だった。

 木造平屋のコテージみたいな家が点々と建っている。


「おやおや、これはなかなか良いおうちですよ」


 深月が意気揚々と乗り込んで言う。

 見た目木造の家は、入ってみれば完全に木の家だった。

 木目調じゃなく、リアル木目の床と壁。

 天井にいたっては組まれた木がむき出しになっている。

 天井から白熱灯が下がっているから、もしやと思えば壁に電気のスイッチがある。

 キッチンの蛇口を捻れば水も出る。コンロはばちばち火がつくガス式だ。裏手の窓を開け、外を眺めてもガスボンベは見当たらない。見上げても電線はない。


 俺が疑うのはもはや、壮大なドッキリに巻き込まれている可能性だった。


 ――どこからがドッキリだったのだろう。


 深月が神隠しにあった、という所から仕組まれたドッキリだったのかもしれない。

 だが現場検証に来た警察はリアルだった。

 報道が載った新聞も本物だった気がしてならない。

 じゃあ警察が芝居だったとして、新聞も小道具だったとして、一介の素人に過ぎないこの睦上創哉むつかみそうやを大がかりに嵌めて得られる利益はなにか。


 テレビか。


 テレビの素人ドッキリに誰かが応募したのか。


「なあ、深月」

「はいさ」

「お前、ホントに死んでたの?」

「やだなあ、死ぬわけないじゃん」


 会話が噛み合っていない気がする。


 教会でむくり起きあがった深月は、少女司祭の「無事に戻って来れてよかった」という言葉に「なんだか生き返った気分デス」と答えてのけた。


 深月は自分が死んでいた、と思っていない。


 ――いや、本当に死んでいなかったのだ。


 考えてみれば、深月の脈や瞳孔を調べたわけではなかった。

 冷たさと肌の色と戻らない意識だけで、死んでいると判断していた。

 もしドッキリなら、深月もグルだと考えるのが妥当だ。

 なにより記憶がないふりをしてるのが怪しい。

 これは、深月が本当に生き返ったと思って不覚にも涙してしまった睦上創哉や、感激のあまり思わず深月に抱きつき「ぎゃー」とひっぱたかれた睦上創哉を、裏でぷぷぷぷとモニタリングする人間がいたということなのだ。


 くそう。


 ……くそう。


「――見て奥さん、収納もたくさんですわよ」

 深月が、奥の部屋のクローゼットをばちんばちん開け閉めしながら言う。水着の上に俺の制服のブレザーを羽織っただけの深月は、着る物を探しているのかもしれない。矢夜也はここにある服は自由に着ていいと言っていた。


 ――矢夜也もドッキリ一味と見るべきだろう。


 いまに「ドッキリ大成功」と書かれた看板をかついで戻ってきて、テッテレーとSEが鳴るのだ。

 創哉くん一七歳のお誕生日おめでとうドッキリとか、きっとそういうことなのだ。


「わお!」と、深月が声を上げた。

「そーちゃん見て、これ! 剣!」

 重っ! と深月が持ち上げた剣はクローゼットから現れた。

 西洋の事情に明るくはないが、剣はクローゼットにしまっておく物なのだろうか。

「服っていうより衣装だね、こりゃ」

 深月の肩越しに、クローゼットを覗けば中世西洋チックな服が並んでいる。

 もちろんと言うべきなのか、革製の鎧じみた衣装もハンガーに下がっている。

 剣と鎧でモンスターと戦えということか。馬鹿な。


「ごめんねー、遅くなって」

 と言いながら、玄関を開ける矢夜也の手に看板はなかった。

 どす、とテーブルに置いたかごからは野菜や果物がはみ出している。

 リンゴ、バナナ、オレンジ、レタスやジャガイモもある。

「なにか食べ物持ってくる」と言うから、お茶菓子の類を想像していたけれど、本格的な食材が現れて戸惑う。

「お肉も下の方に入ってるからね」

「お肉って……いったい何するつもりです」

「何って、野菜炒めでも作ったら?」

「いや、そういうことじゃなくて」


 ――肉を使うドッキリってなんだ。


 こわい。


「あら、料理は苦手? じゃあ今日は歓迎を兼ねてお姉さんがカレーを作ってあげようかしら」

 と、矢夜也は勝手にキッチンに立つ。

「あ。わたし手伝います」と自然に立ち上がった深月は、大自然アルプスの少女みたいな格好に着替えている。なにゆえその服のチョイス。


 深月はじゃあじゃあと野菜を洗い始める。

「わたしサラダ作っていいですか?」

「お願いしていいかしら」

 矢夜也は洗い終わったジャガイモをむきながら答える。

 てんてんてんてん、と野菜を刻む音が繰り返される。


 ――なんだこの状況。


 と、思う。

 だがおもしろリアクションをとったら負けだ。

 視聴者を楽しませてはやらない。

「あのー、ところで」と、沈黙お破りしてすみません風に深月は口を開いた。


「ここはいったいどこなんですか?」


 俺は頭を抱える。


 ――ってことは、深月も騙されている側なのか。

 ――それとも、騙されている側を演じる騙す側なのか。


 疑いだせばキリがない。

 世の中本気で疑おうと思えば何だって疑えるのだ。

「ご存じのとおり、ここは地下76階よ」矢夜也が答える。「来たとき書いてあったでしょ『B76F』って。あ、深月ちゃんは死んでたから憶えてないかしら」

 深月は首を傾げる。何に傾げていいかわからない、といった感じで傾げ続けるから、深月も騙されている側だと確信する。

「地下76階って……そんなはずないじゃないですか。馬鹿にするのもいい加減にしてください」

 声を荒げる俺に、矢夜也は目もくれない。

「でも実際にここは地下76階で、階段を上れば75階に出る。75階を上れば74階。73階も72階もある」

「そんなの信じろって言われても」

「気持ちはわかるけど、ここでは現実をありのままに受け入れるしかないのよ。考えても無駄だから。まあ、時間はたっぷりあるから自分の目で確かめたら?」


 ――時間はたっぷり?


 76階をのぼり終えるまでこの茶番を続ける気だろうか?

 あり得ない。大がかりすぎる。

「どうせ地下76階が実は地下10階とかで、地下75階は実は地下9階で……みたいな仕掛けなんでしょう。上まで行くと何が待ってるんです?」

「その前に、こちらからも質問いいかしら」

 許可しないうち矢夜也は続ける。

「今、地上で発生している連続神隠し事件があるでしょう。失踪した人が戻ってきた、みたいなニュースは上で流れてる?」

 連続神隠し自体は、実際に発生している事件だった。

 連続誘拐と呼ぶにはあまりに被害者、場所、動機に連続性も関連性もなく、手口も謎に満ちていたから、「神隠しなのでは」と囁かれるようになった。半年ほど前から日本を中心に世界中で発生していて、国内だけでも千人を超える被害者がでている。海外も含めた人数はすでに把握しきれなくなっていた。

「戻ってきた人もいるにはいますけど……」

「便乗誘拐ね」

「はい」

 戻った人を警察が聴取すれば、それは神隠し事件に便乗した単発的な誘拐の被害者であったり、神隠し事件を隠れ蓑にした家出だったりした。


「じゃあ、やっぱりまだ誰も出れてないってことね……」


――矢夜也の言葉は何を意味しているのだろうか。


「神隠しに遭った人がここに連れてこられている、とでも言いたいんですか」

 そしてまだ誰もここから出られていない、とでも。

「察しがいいわね。頼もしいわ」

「馬鹿げてる」

「信じられないのは無理ないけどね。みんな最初はドッキリか何かと勘違いする。だから言ったでしょ? みんな最初はそうだから気にすることないわ、って」

「いい加減やめましょうこんな冗談。実際の事件に見立てるなんて、さすがに不謹慎だ」


 といいながらも、俺は薄々感づき始めている。

 こんな放送倫理コンプライアンスにもとるドッキリが、テレビの企画であり得ない。

「信じないのは勝手よ。どうせそのうち信じるしかなくなる」

 自信たっぷりの矢夜也に、戸惑う。


 ドッキリにしては不自然だ、と思ってはいた。


 俺がプール倉庫に行ったのは突発的な行動だったし、誰にも言っていなかった。

 そしてあの不思議なドアを見つけたのも偶然だし、見つけたところで棚をずらしてまで開ける可能性は低かった。そんな不確定要素満載のところに、なぜ誰かが潜んで、俺を拉致できたのだろうか。しかも気絶させてまで。

 そして昨日。深月が消えた際の現場の光景――鑑識活動をする警察官、事情聴取を受ける体育教師、泣くクラスメイトの女子――が作り物だとは、どうしても思えなかった。


 言葉を失う。


 神隠しの被害者たる深月がここにいたことを考えれば、自分も神隠しに遭ったというのが合理的な説明な気がしてならない。

 だが、「神隠しに遭った」なんて現実性のない説明に、答えを着地させるわけにもいかない。

 てんてんてんてん、とまな板の音。

「え」と、ひとりぽかんとしていた深月が声を上げた。

「もしかして……わたしって神隠し事件の被害者になってるの?」

 ようやく気づいたらしい。

「ああ」

 深月の口があんぐり開いた。

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