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とってつけた親友

 玄関の鏡の前、俺は自分の顔を見据えて、ぱんと頬を叩く。


 ――俺は誰にも騙されない。


 何があろうと、俺が道標とすべきは脱出の意志のみだ。

 それさえ間違えなければ、これから先も問題ないはずだ。


 俺と深月は迷宮に入る前に、真ギルドに向かう。

 入宮届を書かなければならないのは偽ギルドと同じらしく、迷宮内での死亡事故に備えるなら書くべきなのは確かだった。

 真ギルドに向かう道すがら、今日は握ってくる手がないことに気づいて、改めて寂しさを思い知る。俺たちを和ませてくれた天然少女はもういない。馬鹿みたいだったけど楽しかった会話はもうできない。思いのほか大きな空洞が胸に残されている。


「なにも急にいなくなることないのにね……」

 別れの言葉を交わせなかった深月は、とりわけそのことを寂しがった。

「いずれ別れるのに、ずるずる一緒にいるのも辛かったんだろ」

 別れの悲しみは、できれば一瞬で済ませたい。

「でもお別れはちゃんとしたかった。なんでわたしにはお別れを言ってくれなかったんだろ……」

「タナは、深月のこともちゃんと言ってたよ」

 なんて言ってたかは言えないけれど。

 でもあれは、確かに深月を想った言葉に違いなかった。


 まだ朝と呼べる時間にもかかわらず、真ギルドは立地も内部も薄暗い。

 一途一派の目を逃れる隠れギルドだから仕方ないとはいえ気が滅入る。


 一方で、「やあ、早いね」と迎える店主の声と頭は明るかった。

 入宮届に二人分の名前と現在時刻を書く。今日のページに他の名前はまだない。俺たちが今日の一番乗りらしい。

 書き終えたところで、「君たちにお客さんが来てるよ」と店主が言った。


「客、ですか?」


 誰だ?


「よお、創哉! ずっと探してたんだぜ!」

 まるで登場のタイミングを図ったように、後ろで声がした。


 片手斧を持った、鎖帷子姿の男子がいる。


「うそ! 大和くんじゃない!?」

 深月が反応する。

「久しぶりー、大和くんもこっち来てたんだー」

「俺も神隠しに遭っちまったみたいでさ。お前らもいるんじゃないかと思って、ずっと探してた」

「よくここにいるってわかったね!」

「お前らの足取り追っかけたんだ。簡単だったよ」

「やだ、ストーカー?」

「ちげーよ。なあ上に行くんだろ? 一緒に行こうぜ。俺たち親友だろ?」

「もちろんだよ。やったね、そーちゃん。心強い仲間ができたね」

「ああ……うん」


 頷く俺は腑に落ちない。


 問題は、はたして俺に親友なんていただろうか、ということなのだけれど、そこを疑ってしまうのはさすがに行き過ぎなのだろう。俺は必要以上に疑り深くなっている。そうだ俺には親友がいた。付け足されたように浮上する記憶。ここ数日で得た多彩すぎる情報の中に埋もれていたのだ。高橋大和。高校のクラスメイトで親友。大和も親を亡くしているから俺たちは気が合った。ドジだけど憎めない奴で、ダルい体育祭を一緒にサボって屋上で寝たりしていたんだった。

 そうだった。


「どうしたの、そーちゃん?」

「ん。いや、なんでもない。一緒に行こうぜ大和!」


 迷宮は昨日に比べて暗かった。

 迷宮の明度が昨日に比べて暗い、なんてことがあるんだろうかと思うけれど、単に俺の心が昨日より暗いだけなんだろう。


 65階への階段を上がりすぐの角を折れると、例のデストラップが見える。


「これは少し恐いな……」


 落とし穴は行く手を全面塞いでいるように見えて、実は右端に人一人分歩けるくらいのスペースが残されていた。幅にして約三〇センチ。落とし穴の底には例の鋭い三角錐が見える。壁に張り付いて進まなければならないが、穴が見えるように張り付くか、見えないように張り付くか、それも問題だ。


「なにビビってんだよ!」大和はその狭いスペースを、とっとっと、とステップを踏んで走り抜ける。手斧の重みが想定外だったのか、一瞬バランスを崩しそうになるが、なんとか向こう岸に踏ん張って「いえーい。早くしろよー」


 俺はけしてビビっているわけではない。きちんと危険予測ができているのだ。穴に落ちたらどういうことになってしまうか、巧みに想像力を働かせることができているのだ。あいつは勇敢なんじゃなくて、危険予測ができていないだけだ。それは蛮勇と呼ばれるべきで、軽蔑の対象とされるべきなのだった。


「そーちゃん、はやくー」

 向こう岸で深月が呼ぶ。いつの間に。

 俺は穴が見えないように壁に張り付いた。


 扉の奥には本当に階段があって、64階に繋がっていた。

「つーかさ」と、大和は先を歩く深月を見ながら、「何だよ、深月のその格好」と、ふりふりピンクの魔法少女ルックに不満を露わにした。


 それは確かに突っ込まれてしかるべきではあるのだが――


「大和、突っ込み遅えよ。そしてお前も人のこと言えねよ」

「アホか、ダンジョンつったら鎖帷子くらい着てくるのが礼儀だろうが。ブレザー着てくるとかダンジョンに謝れよ」

「うるせえよ、だとしても武器に手斧のチョイスはねえよ。与作かよ」

「お前がベタに剣とか選ぶと思ったから、かぶらねえように戦士的チョイスにしたんだろうが。そしてお前は本当に剣選んでんじゃねえよ」

「いいからさっさと鉄の鎧買えよ」

「銅の剣に言われたくねえよ」

「ちげえよ。ブロンズソードだよ」

「同じじゃねえかよ」


 あはは、と深月の声が階段に響いた。

 喧嘩じゃないと知っているから深月は笑う。突っ込みに突っ込みが重なっていくのは、俺たちのいつもの会話だ。俺と突っ込みのラリーを続けられるのは大和だけだ。そうだった。


 64階に上がると、深月が鼻をひくつかせた。 


「なんか変な臭いしない?」


 確かに臭いが変わった。カビと埃に腐臭が混ざっている。臭いだけでなく、雰囲気も変わった気がする。雰囲気なんてどう変わるのか自分でもよくわからないけど、心で流れるBGMが変わったというか、より深刻さが増したというか。


 少し進むと、「なんか聞こえないか?」大和が言った。


 十字路の通路の一つから、音が聞こえる。


 ――ヒウウウウウウ。


 何かが唸るような声。

 獣じゃないし、人でもない。

 強いて言えば風が通り抜けるような音だけれど、迷宮に風が吹くとも思えない。


「そっちはやめようね」


 深月がヒウウが聞こえてくる通路から顔を背ける。

 俺は真ギルドで貰ったマップを開く。


 マップは55階にあるという街までの最短経路こそ記されているものの、完全図ではなかった。各フロアにだいぶ未探索ゾーンが残されている。できれば最短経路だけを通りたい。


 だが、声が聞こえる通路は、街に続く最短経路だった。

「声のこと、マップになんか書いてないの?」

「書いてない」

「書いてないってことは問題ねーんだろ? 気にしないで行こうぜ」

 大和が蛮勇を発揮する。

 でも確かに、重要なことなら書いてあるはずだ。


 進んでいけば、当然声が近づく。


 ――ヒアアアアアアアアアアア。


 声だけじゃない。硫黄のような臭いが酷くなる。


「……やっぱ駄目だ。戻ろう。なんかこれやばいよ」

「わたしもそう思う。モンスターだよ」深月が俺に同意する。


 何がやばいのかはわからない。根拠なんてない。回避すべき危険を察知するのは生き物の本能だ。

「お前らほんとビビりだな。モンスターつっても、どうせあの楽勝なヤツだろ」

 申し訳ないが大和を無視して俺と深月は踵を返す。


 ――ヒイイイウウウウウウウウ。


 深月が衝かれたように駆け出すと、俺もそれに続いた。

 後ろから大和もついて来るのがわかった。


 十字路に戻ったところで、深月が突然立ち止まった。


「どうした?」


 深月は無言で、階段に戻る通路を指さす。


 ――ヒアアアアアアアアアアアアア。


「なんで!? なんでそっちにいるの!?」


 回り込まれたのか、それとも別の個体なのか、わからない。

 わからないということは恐い。


「こっちだ!」

 深月の手を引いて、別の通路に走る。マップを確認する余裕はなかった。

「待ってくれよ!」と、斧と鎖帷子の大和は遅い。

 と、走る俺の目に壁の落書きが飛び込んで、立ち止まった。


『不運。緋に染まる者との遭遇。逃げろ』


「なんだよ、緋に染まる者って……」

「あれのことに決まってるよ!」

 深月の声に泣きが混じっている。

 さすがの大和も、呼吸を乱したまま言葉を失っている。


 ――フフフフウウウウウ。


 後ろから声が近づいてくる。

 笑ってるのか?


「逃げよう!」


 前に走るしかない俺たちの目に、壁の落書きが次々飛び込んでくる。


『至る所に奴がいる。東西南北……上下左右……過去現在未来永劫』


『逃げろ逃げろ逃げろ!』


『逃げても無駄』


『助かる方法 → → → → 死』


 そして袋小路の壁に書いてあったのは。


『畜生! 俺たちは騙されたんだ』

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