Seek it
西地区一二三の家にタナの気配はない。
まだ帰っていないらしかった。
「これからどうしような」
おみやげが詰まった紙袋をテーブルに置いて、ソファに躰を投げ出す。
深月は傘立てにロッドを荒っぽく突っ込んだ。
「迷路に出口がないなんてひどいよね」
地下60階までしかない地下76階建てなんて詐欺だ。
「でもさ、あり得ないよな」
「あり得ないって?」
「地下60階から上がない地下迷宮なんてあり得ないだろ。そんなの地上60階から下がないビルみたいなもんだ。下から迷宮を造ったわけでもあるまいし」
「だって……みんなずっと探してるのに見つからないんだよ?」
「俺たちも一応探してみるか? 59階の階段」
「でも……」と深月は考え込んでしまう。
今まで誰も見つけられなかった階段が、俺たちに見つけられるとは思えない。しかも上の階ほどモンスターは強くなる。リスクを冒してまで、徒労に終わるだろう確認をする必要性が見えない。
――行き詰まり。
停滞した大きな流れに捕らわれた感がある。
どうせ何もできないなら、76階の街に戻る、という選択肢もある。
正直、この街にとどまるくらいなら、76階の街の方がましだ。
けれど、俺はその提案をしない。
同じ過ちは繰り返さない。
「ただいまー」
タナが帰ってきたのは、空が橙に染まり、夕飯を気にし始めたころだった。
「遅かったな。迷子にでもなったのか?」
「そーやくんはまたそうやって子ども扱いする」
子ども以外の何だというのか。
「あ。それ食っていいぞ」とテーブルの上の紙袋を指差す。「ごめん、だんごはなかった」
タナは紙袋を開いて「おお、どーなっつ!」とにんまりした。
だが、おもむろに紙袋の口をたたみ始める。
「食わないのか?」
「そーやくんとみづきちゃんは、夜ごはんなに食べるんだ?」
「どーしようなぁ」
酒場にはもう行きたくない。
面倒だけど何か調達する必要がある。
「実はな。あちしは隠れ家を見つけた」
「隠れ家?」
「そう、誰にも言うなと言われた」
「じゃあ、俺にも言っちゃ駄目じゃないか」
ううう、とタナは口をへの字にした。
「そーやくんとみづきちゃんにならいいとおもったのに。ひみつをおしえてあげようとおもったのに」
タナの目に涙がたまっていく。
「そーちゃん、タナちゃんがせっかく!」
深月が俺を責める。
確かに今の俺の対応は無い気がする。
「タナごめんな。――で、隠れ家には何が隠れてるんだ?」
「隠れ家には、料理人が隠れている」
「ほう」
「そして美味しいごはんを食べさせてくれる」
なるほど。
「タナ、それはな。隠れ家じゃなくて、隠れ家的なお店っていうんだ」
「このお店のことは話しちゃだめだと、おやじに言われた」
おやじ、というのは、店が混むのが嫌な頑固店主なのだろうか。
そこまでして秘密にしたい店がどれだけ旨いのか気になるけれど、やはり人が嫌がることはすべきではない気がする。押しかけるべきではない。
「そーちゃん、どんなお店だろうね?」
けれど、深月の目は強く輝いていた。




