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Battle it

 迷宮の前で仰いだ空は、昨日同様青く澄み渡っていた。


「今日は迷宮日和だねぇ」

「迷宮の中も晴れてりゃいいけどな」


 深月にやんわり突っ込む。

 深月は白とピンクが基調のふわふわレースに身を包み、右手には真っ赤なロッドを握っていた。

「お前、いい歳してどういうつもりだ」

「迷宮といったらやっぱり魔法少女でしょ」

 世の常識とばかりに反論が返る。

「だって魔法少女は女の子の夢だもんねー」

「ねー」と意気投合するタナ。


 タナも迷宮と聞いて昨日の黒いゴスロリを纏っている。

 もちろんお気に入りのロッドも振り回している。

「しかも、君たちは服装まるかぶりじゃないか」

 魔法少女かぶり。

「はー」とタナがため息を漏らした。

「そーやくんよく見ろ。みづきちゃんは光属性、あちしは闇属性、ぜんぜんかぶってない」

「「ねー」」と二人の声がリンクする。

「そーやくんこそ、もっと迷宮の空気とか読むべき」

「そーちゃん、こういうのは雰囲気を大事にしないと」

 制服ブレザーで迷宮に入る俺の方がおかしいというこの流れ。了承しかねる。俺はハロウィンだからって、コスプレするのは嫌いだ。


 迷宮に入る。今日は頼れる矢夜也がいない。魔法少女二人を引き連れて、それなりに緊張しながら石の床を歩いてゆく。


 ――楽園には戻らない。


 それは、努力のない幸せは駄目だからとか、全ては桜東波一途の陰謀だからとか、そんな複雑な理由じゃなくて、単に自分の行動原理を取り戻しただけだった。


 ――深月の幸せなしに、俺の幸せは成り立たない。


 それだけのことだ。


 俺は、深月と浅月をこれ以上不幸にしてはいけなかったはずなのだ。


 そんな俺の決意など知るよしもない深月が、能天気な笑顔を向ける。

「ねえ。59階から上って、どうなってるんだろうね?」

 酒場で貰ったマップには60階までしか記載されていなかった。

 ギルドがマッピング情報を共有して作ったマップだ。

 59階から上は前人未踏なのだろうか。 

「ギルドの連中って、ちゃんと迷宮攻略してんのかな」

「あそこの人たち、なんか恐いんだよね……」

 酒場では今日も大勢の人間が飲んでいた。

 通常あそこで仲間を見つけて迷宮に入るらしいが、とても手を組む気にはなれなかった。


「そーやくん、あれっ!」


 唐突に叫んだタナが指す先で何かが蠢いている。

 蠢きがランプの下に到達すると、照らされた鱗がぬらっと艶めいた。

 見た目蛇のモンスターがいる。

 アナコンダ大の体格で、昨日のスライムたち同様、やはりどこかポップなのだが、蛇らしい牙を剥いている。蛇+牙、連想するのは毒。死んでも何とかなるとはいえ、できるだけ死にたくないのが人間だ。


「きみたちの魔法でなんとかしてくれたまえよ」

「あちしの魔法は近接魔法(物理)だから……」

「そーちゃんは意地悪よねぇ……」

「冗談だよ」と魔法の使えない魔法少女二人を下がらせ、剣で蛇の鎌首を牽制する。

 蛇の軽いネックワークに危険を感じたものの、向かってくる動きは思いのほか単調で、緊張感に欠けている。

 俺は動きを見切って剣を振ってみるが、外れて床をがいんと鳴らした。

 素振りで練習はしてみたものの、動くものを斬るのは始めてだ。

 剣は意外と重くて、切れない。剣の質の問題もあるのかもしれない。銅製の剣はどちらかというと叩いて使うものだと古木相手に知った。


 鎌首の攻撃を避けたタイミングで再度剣を振る。

 見切った動きに剣がリンクして、うまく蛇の頭部を叩いた。

 手応えはないが、蛇はぼろきれみたいに飛んでいく。

 動物虐待みたいでちょっと罪悪感。


 伸びた蛇は蒸発するように消えて、後には何も残らなかった。

 モンスターの最期とはそういうものらしい。昨日のモンスターたちも同様に消えた。


「そーやくん。どうだね、はじめてもんすたーを倒したかんそーは」

 あちしはすでにスライムを倒してますが? みたいな顔でタナが背中をぽんぽん叩く。

「なんか幻とでも戦ってるみたいだな」

 わずかに手応えのある映像を叩いた感じ。

 煙のように消えてしまう現実感のなさ。

「そーいえば、さっき魔法で思い出したんだけどー」

 迷宮の暗がりを歩きながら、深月が言う。

「わたし魔法は使えないけど、自分の能力はわかったんだ」


 ――能力。

 この世界に来るとなぜか身に付く、たまにわりとどうでもいい能力。


「何の能力だったんだ?」

「そーちゃん、わたしになんか計算の問題出してみて」

「なんだいきなり」

「いーから」

「じゃあ547×287は」

「156989だね」

 即答だった。

「5986×7259」

「43452374」

「すごいな」

 と言いながらも、出題者自身、それが正解なのかわかっていない。

「じゃあ次は……13875÷97125」

 深月は「えーと」と唸って目を虚ろにした。


「0.142857142857142857142857142857142857――」


 あ。

 深月がバグってしまった。 


「142857142857142857142857142857142857――」


 ループしている気がする。

 演算処理機と化した深月の目からは光が消えている。


「142857142857142857142857142857142857――」

「ねえ、深月」

「142857142857142857142857142857142857――」

「ねえ、深月ごめんって」深月を揺さぶる。

「142857142857142857……ってそーちゃんはホント意地悪よねぇ」


 やっと深月が帰ってきた。目に光が戻っている。

「計算が得意になったってことか?」

「計算機より速いよ。わたし、今ならスパコンにも勝てる気がする」

 円周率を計算させてみようか、と一瞬考えてやめる。

 帰って来なくなりそうだ。

「これって、わたしが計算嫌いだったからかな」 

 ゼロに裏切られた深月は計算が嫌いになった。


「でもこんな能力、役に立たないよね」


 そーちゃんの能力はいいやつだといいね、と深月は言う。

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