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Walk it

 広場を出て、西の住宅街に向かう。


 街の造りが同じなら、表札システムも同じはずだ。

 家を一件一件見て回れば「水無月深月」が案外見つかるかもしれない。


 住宅街は丘に陣取っていた。

 小高い丘の斜面に沿って、石造りの建物が隙間なく並んでいる。そびえ立つ三階建ての間を縫うように坂を登れば、見渡せる景色は綺麗だが、家探しには不向きだった。「水無月深月」の表札を探して歩くものの、人の事情より斜面の事情が優先された住宅街は、アップダウンが激しい。乱雑に絡み合う路地。そのうえ石造りの建物はどれも同じに見える。坂が厳しい。階段も多い。汗が滲む。


「そーやくん、あちしもうむり……」


 ゴスロリの黒はより多くの熱を吸収しているはずで、タナが少し気の毒になった。


「この家でちょっと休もうか」

「うん」


 傍らの家に表札がないのを確認して、入る。

 どこをどう来たのか、空き家がやけに多い区域に迷い込んでしまい、作戦の頓挫が濃厚になった。

一軒一軒しらみ潰し作戦は、やはり無理があったのかもしれない。そもそも、今日来たばかりの深月がまだ表札を掛けていない可能性だってある。そう考えてしまうと、気力が急速に失われていく。


「今日はここに泊まることになるかもなぁ」

「お泊まり!?」

 水道の水をごくごく飲んでいたタナが、目を輝かせた。

 でも一日だけの宿泊で済むだろうか。長期戦も考えるべきだ。

「タナ、この家を探検するぞ」

「あいあいさー!」

 階段を上る。階段の壁に挟まれると、石の冷たさがひんやり両側から迫ってきて、暑さ対策のための石造りなのだとわかった。部屋はそれぞれの階に一部屋あって、三階建てだから三部屋だ。76階の家と違うのは三階建てという点だけで、部屋の構成は同じ。最低限の家具が備えつけてある辺りも同じ。 

 三階のベランダからは街が一望できた。深い青の空が澄み渡って広がっている。空というより、どこか南国の海みたいだ。雲がかかっているのは、塔じみた迷宮の上空だけだった。


 ふと、疑問に思う。


 ――66階の街と76階の街の位置関係はどうなっているんだろう。


 76階の街の空に、66階の街が浮かんでいたりはしなかった。あの塔のような迷宮は相変わらず南の空にそびえ立っている。上にこんな広大な街フロアがあれば、下の街フロアは闇に覆われるわけで、だからもしかするとこの66階の地面は76階の天井になっていて、そこに照明がたくさんついていて、あたかも空のように見せかけられていて――  


 と、考えてみて諦める。


 迷宮一〇階分の高さと、空の高さが釣り合わない。

 そんな施設が存在し得るとも思えない。

 どうせ考えても無駄だ。 


「ここを別荘にしようか」隣で海を眺めるタナに言った。

「べっそー?」

「そう。76階が家で66階は別荘。たまにこっちにバカンスに来るんだ」

「そんなぜいたくがゆるされていいのか」

「楽園だからな」

 軽井沢ならさんぜんまんするぞ……、とタナは感慨深げだ。


 この家が気に入った。

 海が見える景色がいい。周辺の家に人が少ないのもいい。

 この家を深月探しの拠点にしよう。


 さっそく紙で表札を作って下げる。下手な字になったが書き直さない。深月を見つけたらどうせ作り直すのだ。表札を下げる釘の上に「西一二三」と彫ってあることに気づく。これが住所だろうか。覚えやすくていい。


 表札を作っている間、タナがやけに気配を感じさせない。

 不思議に思い、階段を上っていくと三階のベッドで眠っていた。

 暑かったのかゴスロリが無造作に脱ぎ捨てられ、下着姿になっている。疲れたんだろう。お腹に毛布を掛けてやる。

 シャワーを浴びて、クローゼットから選んだアロハシャツとハーフパンツに着替えた。すっかりリゾート気分で、今後の方針を考える。


 ――深月を見つけるにはどうしたらいい。


 やはりあの酒場で張り込むしかないだろうか。

 迷宮攻略するときはみんな酒場で仲間を探す、と受付嬢は言っていた。

 深月が上の階に行ってしまったら、探すのが困難になる。できればこの街で深月を見つけたい。


 ――死んだりしてないだろうな。


 不安は募る。 と、

「そーやくん。またおなかすいたー」

 タナが起きてきた。

「そうだな……ちょっと街に出てみるか」

「待って、あちしも着替えてくる」

 白の下着姿で階段を駆け上がったタナは、下りてくると白のワンピースに化けていた。涼しそうだ。


 紫色の夕空の下、酒場を目指して歩く。

 食べ物にありつけそうだし、もしかしたら深月が来ているかもしれない。

 街に向かって歩きながら、なぜ西地区一二三辺りの家の人気がなかったのかを知る。

 街へのアクセスが悪い。海の見える景色は良いけれど、丘のずいぶん上にあったみたいだ。街に向かって坂を下る分にはいいけど、上りの帰りがおそらく辛い。

 生活するには再考が必要な立地かもしれないが、所詮別荘だから気にしない。

 別荘なら、海に近くて良い景色の方がいい。


「えー、その子、もしかして創哉さんの子ですかー」


 酒場に入るなり冗談めかして訊いたのはキリエだった。

 名前を覚えられているあたりは、さすが受付嬢といったところか。

「あちしはそーやくんの嫁だぞ」タナが反論する。「ベッドで揉みくちゃにされたんだ」

 あの日は激しかったな? とこっちを向いて確認を求めるタナを無視して、「深月って来ましたか?」

「ごめんなさい。そういうのも教えられないんです」

 と言うキリエの目から、何やら信頼が失われている気がするが気にしない。

「この酒場って、やっぱり物々交換なのかな?」

「物々交換ですよー、って言ってもギルドメンバーは実質タダみたいなもんかな。タダで食べて良いけど迷宮攻略情報があったときは提供してねー、っていう意味の物々交換」

「なるほど」と、店を見渡してみるけれど、やはり深月の姿は見当たらない。


 たまたま二つ空いていたカウンター席にタナと座る。

 テーブル席の方は酔っぱらいの喧噪でごうごうとしていて、タナを連れて座る気にはなれない。

 よく見ると、昼間の連中がいまだに根を張っている。

 こいつらずっと飲んでいるのか?


「おやおや、可愛らしい子がいるねぇ!」

 酔っぱらいの一人がタナを冷やかすように声を張った。

 男が言った「可愛い子」には、大人が子どもに向ける純粋さはなく、男が女に向ける嫌らしさがある。視線が明らかにタナの一部に向いている。このロリコンどもめ。

「さっさと食べて出ようか」

「そだな。あちしは少しもてすぎるみたいだ」

 と、タナは気丈に振る舞いながらも少し怯えている。

 通りすがる男が皆、タナに興味の視線を這わせていく。

 白いワンピースはいかにも無防備だ。

 運ばれてきたピザを口に詰め込み、ぐいっと水で流し込む。味はよくわからなかった。


「ありがとう、ごちそうさま」

 キリエに声をかけ、酒場を出ようとしたら、「あ」と呼び止められた。

「家、決まりましたか?」

 そういえば、住所の登録が必要だと言われていた。

 西の一二三。住所が覚えやすくて良かった。

 うふっ、とキリエが笑う。

「なんであんな不便なとこにしたんですかー」

「景色が良かったから……」

「あー、そういう考えもありですねー。なんであんな傾斜キツい場所に住宅街があるんですかねー。神さまの嫌がらせとしか思えないですー」

 住宅街は神さまが造るものじゃないだろう、と思うけれど、じゃ誰が作ったんだという疑問に戻ってしまう。

「あ。んっと、西の一二三でしたっけ」

 キリエがカウンターの下から、いかにも名簿らしい黒表紙を引っ張り出して開いた。

 キリエは睦上創哉の名前の隣に、住所を書きつける。そのペンの動きを見ながら、俺は自分の頭の悪さを呪った。なぜ最初に閃かなかったのか。


「キリエちゃん、その後ろに落ちてるのなに?」


 カウンターにキリエしかいないのは好都合だった。

「え、なんですかー?」とキリエは座ったまま身体を反らして、椅子の後ろを見る。

「なんにもないですよー」と、椅子の後ろにしゃがみ込む。


 その隙にカウンターを覗き込む。名簿は登録順に名前が並んでいるらしく、今日の一一時一二分に登録した睦上創哉のすぐ上に、九時四三分に登録した水無月深月の名前があった。


 東の六五。住所が覚えやすくていい。

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