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リーダーの主張を私(N)が代筆。

Nと申しますが...

今後リーダーの主張は、周囲に角が立たないよう、私が代筆していこうと思います。

非常に熱いリーダーの性格...単刀直入にいいますと

ものすっごく「炎上キャラ」

なんです。

ですので、リーダーの主張や発言は出来るだけオブラートに包み、私がここに書いていきます。

----


リーダーの主張 part1



私はなんでも、自身の経験を通じて「人生って?人って?」を追求していく性格です。



という訳で!

今の私の課題(と書いてテーマ)は自分のエネルギーは(エネルギーの意味合いは広いです)自分のために使うべきか?他者のために遣うものなのか?ということです。



個人的には、芸術でもなんでも、自分のエネルギーを「誰か」のために遣った方が、その人の評価はうなぎ上りであるように思います(いわゆる<貢献>ですね)



ただ、それって本当に人生の幸福の経験値とイコールなのかな?って思うんです。

ならば「繊細であることに意義を見出していない」私が、自分の生き方をもって答えを見つけ出そう!!と思いました。



こういうことって、精神論や哲学書を読めばすでに答えは書かれているというのは、重々承知です。

でも、自分で頭を打って、ちゃんと学びたいのが私。

これも、私にとって「幸せのかたちの一つ」です。



自分への愛情は、エネルギー活用の値が爆発的に上がります。

何故なら精神が葛藤によって磨耗しないから。

ただし考え方が合理的すぎて、根底に 「芸術」のある生き方か?と言われれば答えは否です。



ということは、芸術の価値は、やはり「非合理性」と「他者」への愛なんだなぁ...と思いました。



とはいえ

「報われない努力はまだ努力と呼べない」

のも事実です。

というより

「報われるという<結果>にそもそもの価値があるのか、自分を見つめ直す努力が必要なとき」

だと思うんです。



最後、何だか話が逸れてしまいました。

私にとって、自問自答の時間=「誰か」や「自分」の文章です。

最後まで読んで下さり、ありがとうございました!


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