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他人のそら似

作者: 波多野道真

いつもとは違う電車に乗った、それだけだった。

「じゃあ、塾の面談は私が行っておくね」

「ああ、頼むよ」

「行ってきます。子供のお昼よろしく」

「ああ……」

私ばかりが子供の事をやっている気がする。学校のプリントも見ない人だから仕方ないけれど。そう、全部仕方ないんだ。私はこの人を夫に選んだ。



その日は休日出勤で、いつもとは違う電車に乗った。

緊急事態宣言が解除されたらいきなり電車に乗る人も増えたなぁ。離れて並ぼう。そう思って並んだ列の一番前の人に目が行った。


あれ?

誰かに似てるな。


そう思ってもう一度確認した時に、心臓がドクン、と大きな音を立てた。

ユウヤ、くん。

そんな筈はない。彼は二十代で鬼籍に入った。そしてあれから十五年経っているんだから。

電車の列の彼は、まだ二十代くらい、私はもうおばさんだ。

電車が到着し、並んでいる列の人々も車内に吸い込まれた。


少し遠くからその人を見る。

身長も強いくせっ毛も似てるけど、ほら、よく見たら違う。

もっと指は太いし、深爪だったし、目はもっときれいな二重で睫毛がくるんとしてたし、視力が良かったから眼鏡なんてかけてなかった……。

でも、彼と付き合っていたのはもう学生時代の事なのに、目の前の若者とユウヤが違うことを詳細に説明できる自分に気づいて辛くなった。

くせっ毛のままでいいって私は言ったのに、一生懸命ブローして伸ばしてたな……。

私はつり革につかまりながら目を閉じた。全部思い出だ。大昔の。


ターミナル駅に到着して、たくさんの人が電車から吐き出される。私は窓際にいたから、扉が開くと同時に真っ先に降りた。地下の改札口に急ぐ。

「あの、すみません、落としましたよ」

声を掛けられて振り向くと、ユウヤに良く似た若者だった。

「あ、ありがとうございます」

礼を言って落としたタオルハンカチを受け取る。

声まで似てるなんて反則だ。骨格が似ていると声が似るというけど、そんなのどうでもいい。

何でよりによって君が拾ったの?

頭を下げすぐに踵を返した。あまりの動揺に身体が震える。

今日は、外回りだっていうから、アイメイクしっかりしてきたのに。涙で流れたらいけない。

ただの他人のそら似。

知らない人。

あなたはもう、この世にはいない。



ずっと一生一緒にいると思っていた人は、あっさりバイク事故でいなくなった。老人が運転していた車が突然車線変更をして、当てられた彼のバイクはコンクリートの壁面に激突した。即死だった。あの頃の記憶は、今もおぼろ気だ。

あなたが事故で亡くなってから、ちゃんと結婚したよ。あなたより背が高くてカッコいい人と。あなたみたいに家の事は器用にできないけど、あなたほど気がつきはしないけど、それなりに優しい人。子供も生まれたよ。二人も。だからきっと私幸せなはずなんだ。



職場に着いて、すぐにトイレで顔を確認した。

涙が溜まった目尻はやっぱりメイクが滲んでいた。化粧ポーチからアイシャドウを出したけれど、口紅が見えて、ふいに余計な事を思い出した。

「ユウヤさ、口がプックリしてるから口紅塗ったらキレイかと思ったらやっぱ違うね!」

「当たり前だろ!赤すぎるし!早く取ってくれよこれ」

「やだ!写メっとこー!はい、チーズ!」

文句を言いながら携帯を向けると、ピエロみたいな口になった顔でユウヤはピースサインを出した。

本当にくだらない、学生カップルの些細な思い出 。もう、ほとんど二十年前の話だというのに鮮明に覚えている。


私は今、夫も子供もいて、仕事もあって幸せなはずなのに。

気がつくと、涙は次から次へと溢れていて、ポタポタと洗面台に落ちた。

あと何十年経ったら、私はあなたの元に行けるのかな。そら似じゃないあなたに会えるのは、何時なんだろう。それまでは、頑張らなくちゃ。



……メイクは、もういいや。仕事でミスさえしなければ。

私は大きく息を吸って、バシャバシャと顔を洗った。



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