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島々と黄金の寺院

若者はビュッフェで興奮しがち

 翌朝、朝食のビュッフェでオムレツとパンケーキをたらふく食べた。オムレツもパンケーキもチーズの風味がきいていて、なかなか美味しかった。


 食後には、普段飲まないブラックコーヒーを飲んだ。旅の高揚感がそうさせた。だけど、やっぱりブラックコーヒーは、いつ飲んでも苦いだけで美味しくない。工場のおっちゃんたちはブラックコーヒーとタバコの組み合わせが無いと仕事なんてできないと言うけれど、僕にはよくわからない。ブラックコーヒーとタバコの良さが分からないうちは、僕は子供のままなのだろうか。それなら子供のままでも良いかもしれない。


 チェックアウトをすませると、僕は上長に電話を掛けた。ズル休みするための連絡だ。独り身の僕が連絡もなく休んだら、万が一のことを想定して会社の人が訪ねてくるかもしれない。そんなことになったら大変だ。


「おはようございます。あの大変申し訳ないのですが、なんか風邪みたいで、その熱も高くてすみません」


 休みますとは、言いづらかった。察してくださいとばかりに、謝罪を繰り返してしまう。


「それで? どうした? 用件は何だ?」


 上長は低いドスの聞いた声で返事をした。察してはいるのだろうけれど、僕の口から言わせないと気がすまないらしい。僕は意を決して、その言葉を口にした。


「あのその、()すみます」


 噛んだ。


「あいよわかった。早く治せよ。代わりはいくらでもいるんだからな」


 上長の言葉は心なしか優しかった。僕の胸がチクリと痛んだ。



 上長に嘘をついてしまったことを少し気に病みつつも、今日も北に向かって走り始めた。今日も彼女は絶好調だ。上品なエンジン音を奏でながら、華やかに加速していく。昨日、何台ものバイクとすれ違ったけど、僕の彼女が一番可愛いと断言できる。


 郊外の市街地を走っていると気付いたのだけれど、この国の建物は飾り気がない。コンクリートの打ちっぱなしの灰色の建物ばかりだ。しかも全く同じ外観の建物が延々と並んでいる。この国の人は住むところに興味がないのかもしれない。うちの国とは大違いだ。うちの国では他人と違うものに価値があるとされている様に思う。実際、僕もこのバイクを買うときは、見たこともないような可愛いバイクだったからすぐに購入を決めた。いくら可愛くても街中に溢れている物だったら買わなかっただろう。同じ島の隣国なのに文化が違うのだなと感じた。


 しばらく走ると有名な景勝地に着いた。山が海の近くまでせりだし、湾内には変わった形の小島がいくつも浮かんでいる。昔の詩人はこの島々を見て感動しすぎて詩を書けなかったらしい。


 湾内をめぐる遊覧船があるようなので、僕はこれに乗ることにした。


 詩人が詩を書けなくなるくらいの絶景を見てしまったら、僕はもう死んでもいいと思ってしまうのだろうか。それとも生の感動にうち震えるのだろうか。この船を降りてくるときには、僕は僕のままでいられるのだろうか。そんなふわふわとしたことを考えているうちに船は出港した。


 百人程の観光客をのせた遊覧船は穏やかな波に揺られながら湾内を進んでいく。しばらくすると館内のスピーカーから「右手にご覧になれますのは――」とばかりに島の説明が始まった。


 僕は説明を聞いていてもしっくりこなかった。大体の島は、物や動物の名前がつけられているのだけれど、よく目を凝らしてもそんな風には見えなかった。僕には想像力が足りないかもしれない。だから説明は聞き流して、ただ島のある海の風景を楽しもうと思った。だけどやっぱり説明は耳に入ってきてしまう。説明がなければ僕も詩人のように感動に浸れたかもしれないなと少し思ったけれど、無ければ無かったで、きれいな海と変わった島だなと言うだけの感想になっただろうと思う。とにかく僕の心は絶景に圧倒されることはなかった。


 遊覧船から降りたあと、次の目的地に出発する前に軽食を食べた。豆のペーストを使ったスイーツだ。鮮やかな緑色がきれいで、味もなかなか爽やかで美味しかった。もし帰りに寄ることがあれば、是非また食べたい味だった。僕は花より団子だった。


 景勝地をあとにして、僕はまた北に向かった。次は有名な寺院に行くのだ。北の国には神様がいないときいていたけど、その寺院は国の遺産として大事にされているらしい。神様は居ないのに建物だけ大事にするなんて不思議だ。神様がいないと言うのも、よくわからない。うちの国では何かあると神様に祈りを捧げると言うのに。(信じているかどうかは別だけれど。)


 山の麓の駐車場にバイクを停めて階段を登っていく。普段から工場内でランニングしているから、僕は無駄に体力がある。初夏の青々とした木々が生い茂った参道を駆け上がった。参道は日陰になっていて、涼しい風が吹き抜け、とても心地よい。爽やかな風のなかを駆けていると、すぐに山の上についてしまった。


 お目当ての寺院はどこかと見回してみるが、土産屋とコンクリートの現代的な建物しか見当たらなかった。少し散策していると風雨に曝されて少し剥げた案内図があった。寺院はコンクリートの建物の中にあることがわかった。建物の中に建物があると言うのは、これまた不思議だった。そして、それだけ大事にされている寺院に期待が高まった。


 拝観料を払ってコンクリートの建物に向かった。興奮を抑えながら、ゆっくりと中に入ると、そこは黄金の国だった。比喩じゃない本当に金ぴかだった。五、六メートル四方で、高さ三メートルぐらいの黄金の寺院がガラスケースの中に収まっていた。


 いろんな角度から見上げたりして、屋根裏や床下ものぞきこんで見たけれど、少しの瑕疵もなく、もれなく全体が金ぴかだった。寺院内の聖人像も漏れなくだ。

 

 まさしく金色に光輝く寺院は、圧倒的な存在感だった。実際の大きさよりも何倍も大きく見えた。いやむしろ自分が小さくなったように感じた。間違いなく僕が見てきたなかで一番綺麗な建物だった。けれども僕の心が、必要以上に弾むことはなかった。どうやら、僕の心は"いかにも"な物は、それほど響かないようだ。


 とは言え、良いものが見れたと、それなりに満足していると、日が翳ってきて、雨が降るかもしれないと不安になった。なので雨が降り始める前に行けるところまで行こうと、また彼女に乗って北に向けて走り出した。


 雨の心配は杞憂に終わった。しばらくするとまた晴れてきたので、道中ハンバーガーを食べたりしながら、のんびりと走ること数時間。無事に北の島への連絡船が出ている港町まで着くことができた。明日はついに海をわたるのだと意気込んで、今日もホテルのふかふかベッドに身を沈めて意識を手放した。

若者は仕事を休むことを一大事だと思いがち

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