好きな子には意地悪したくなるもの
連行された俺は視聴覚教室へと連れ込まれた。
こちらに背中を向けて、内側からガチャガチャとドア鍵を閉めている宵宮さんに尋ねる。
「え、えっと……。
なんで視聴覚教室の鍵なんか持ってるわけ?」
「くすくすっ。
これはただの合鍵よ。
いつか必要になるかと思ってこっそり作っておいたのだけど、役に立ったわね。
ここなら誰にも邪魔されずに、ふたりっきりになれるわ。
ふふふ……」
「え゛?
ええぇぇ……」
意味不明な返事に背筋がぶるっと震える。
なに言ってんだ、このひと。
わけわかんねー!
もはや俺は突っ込む気力すら失っていた。
「そんなことより、お昼の時間よ?
さ、越ヶ谷くん。
その辺の席にお座りなさいな」
「わ、わかった」
ここに至ってはもはや抵抗など無駄だろう。
俺は覚悟を決め、促されるまま近くの席に腰を下ろした。
「……じゃあ、私はここ」
宵宮さんが隣に座る。
彼女は持参した大きな弁当箱を広げ、紙コップにお茶を注いで、差し出してきた。
「くすくすっ……。
私の可愛い子豚ちゃん〜♪
餌付けの時間ー。
ふんふんふ〜ん」
鼻歌なんか歌っちゃって、めっちゃ上機嫌である。
俺はホッと胸をなでおろした。
いまのところ特に酷いことをされそうな気配はない。
……これならいけるか?
少し緊張を解いた俺は、ずっと気になっていたことを尋ねてみることにした。
「よ、宵宮さ――」
「小夜子さまよ」
「いや、それはもういいから」
「むぅ……。
越ヶ谷くん、貴方昨日の今日でさっそく調子に乗り始めたわね。
その順応性の高さは、さすがは私の可愛い豚です。
でもいいこと?
飼い主は私なんだから、ちゃんと敬意を――」
ここはスルーだ。
彼女のペースに合わせていては進む話も進まない。
つっかえながらも、遮るように声を被せていく。
「よっ、宵宮さんは……。
な、なんで俺に付き纏ってくるんだ?」
「……そ、それは」
今度は宵宮さんが言葉に詰まった。
よく見るとほんのりと顔が赤くなっている気がする。
「…………ふ、ふんっ。
本当に調子に乗っているわね。
いいこと越ヶ谷くん?
よく聞きなさい。
私が貴方に付き纏っているのではなく、貴方が飼って欲しいと懇願するから、私は仕方がなくその願いを叶えてあげているの」
「いやいやいやいやいや……!」
「……可哀想な私の豚。
それも全部忘れてしまったのね。
いいでしょう。
教えてあげます。
記憶をなくす前の貴方は、私の足もとに無様に這いつくばり『小夜子さま、どうか卑しい私めを貴女さまのペットにして下さい』なんて泣きながら懇願してきたのです」
ないわー。
マジでないわー。
開いた口が塞がらない。
「私はその願いを聞き入れただけ。
さ、理解したならお昼にしましょう」
どうやら宵宮さんは質問に答えてくれるつもりはないようだ。
仕方がないので俺もこれ以上の追求は諦めた。
だってさー。
下手に逆鱗に触れて、刺されでもしたら敵わんからな!
◇
宵宮さんの持参した弁当はでっかい重箱だった。
しかも三段重ねだ。
なかには豪勢な料理がぎっしりと敷き詰められていた。
「す、すごいな……」
「くすくすっ。
この程度で驚くだなんて、貧しい私の豚ね」
「いやいやいや……!
俺が貧しいんじゃなくて、この弁当が凄すぎんだって!
というかこれなんだ?」
とりあえず伊勢海老は見た感じでわかったが、ほかの料理がよくわからない。
「こ、これ、なに?」
「まったく。
無知にも程があるわね。
それは『フォアグラと黒毛和牛フィレ肉のグリル、和風フォンドヴォーソース』よ」
「ふぁ⁉︎」
なんだ?
いまのは日本語か?
なに言ってんのかさっぱりわからん!!
「じゃ、じゃあこっちのは?」
「それは『サーモンのマリネ、フレッシュキャビアと香草サラダ添え』ね」
「な、な、な……」
俺は戦慄した。
なんだこの高級そうな料理の数々は⁉︎
もはや弁当の域をはるかに超えている……!
宵宮さんは、わなわなと震える俺を眺めて満足そうに微笑んでいる。
さすがに腹が減ってきた。
というか食べてみたい。
めっちゃ食ってみたい……!
「感謝なさいな。
これ全部、私が自分で越ヶ谷くんのためだけに調理したのよ?」
「マ、マジで⁉︎」
「ええマジよ、マジ。
大マジ。
可愛い可愛い私の豚の餌ですもの。
飼い主として多少のご褒美は用意しないとね」
いや多少どころではない。
材料代だけでも、これ一体いくら掛かってるんだろう。
というか宵宮さんって金持ちのお嬢さんだっけ?
それ以前に全部手作りって、この美少女ちょっと料理うますぎない⁉︎
キラキラと輝く重箱を眺めていると、辛抱堪らなくなった俺のお腹がぐうっと鳴った。
「ふふふ。
お腹を空かせて卑しいペットですこと。
ほら、越ヶ谷くん。
どれから食べたいか言ってごらんなさいな。
私が『あーん』して餌付けしてあげましょう」
「これ!
このフォアグラを下さい……!」
宵宮さんが箸で料理をつまみ上げる。
「ほぉら。
あーん……」
「あ、あーん」
腹を空かせた俺は口を大きく開け、未知なる料理に食いつこうとした。
だがそのとき――
ひょい。
宵宮さんが箸を引っ込めた。
俺の口が空を切る。
「…………?
え、えっと……」
料理に食いつこうと頭を下げた姿勢のまま、困惑しながら宵宮さんを見上げる。
すると目の前の彼女はぷるぷると震えていた。
「あ、あ、あ゛……」
美少女のくせにだらしなく口を半開きにして、にやぁっと笑っている。
「…………くぅぅ。
ぁぁぁぁ、最高……!」
宵宮さんがまた箸を差し出してきた。
俺は困惑しながらもう一度『あーん』して食べようとする。
ひょい。
また箸を引っ込められ、口が空を切る。
「……?
え、えっと、宵宮さん。
どうして食べさせてくれないんだ?」
宵宮さんは応えない。
恍惚とした表情のまま、その後も何度も『あーん』しては俺を空振りさせる。
「ちょ、ちょっと!
なんなんだ⁉︎
いい加減食わせてくれ!」
「あ、あ、あ、あ゛……♡
だ、だって困ってる越ヶ谷くんの顔。
さいっっっこうに可愛いんだもの……!
きゅんきゅんきちゃうぅ!!!!」
「は、はぁぁぁ??
わけわからんし!」
「はぁ、はぁ、はぁ……。
もっとよ……。
もっと可愛い顔を見せてぇ!」
「いじめっ子か!
…………。
…………って、あっ」
なんとなくわかった。
めっちゃ分かりにくいけど、いまなんとなく雰囲気で察した。
宵宮さんってあれだ。
いじめっ子だ。
しかも、小学生男子が気になる女子の気を引くために、ついつい意地悪してしまうタイプのあの手のいじめっ子だ。
わ、わかりにくぅぅぅぅ……!!
しかも面倒くさい!
「ほぉら、越ヶ谷くぅん。
お腹空いてるんでしょう?
美味しい美味しいお昼ご飯ですよぉぉ?」
宵宮さんがにやにやしながら、箸でフォアグラを振り、俺の目の前に見せつけてくる。
その表情はなんとも嬉しそうだ。
「…………くっ!」
うざい!
俺も小学生の頃は気になる女子の筆箱を取り上げていじめたりしたものだが、これはやられる立場になってみると……半端なくうざい!
「ほらほら、可愛い豚〜。
はやく食べてみせてご覧なさいなぁ」
俺の気も知らず、宵宮さんはニヤニヤしている。
俺はその後も彼女が満足するまで意地悪をされ続け、ようやく飯にありつけたのは昼休憩が終わるギリギリの時間になってからだった。
けど、宵宮さんの作った料理は、死ぬほど美味かった。
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