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記憶喪失になりました。

 朝、登校まえのバタバタとして(せわ)しない時間帯。


 俺は玄関にしゃがみ込み、スニーカーの靴紐をきゅっと結んでから立ち上がった。


「んじゃ、いってきまぁ――」


 声に出しつつドアを開けようとしたタイミングで、廊下のほうからトントンと軽い足音が聞こえてきた。


「ふぁぁ……」


 俺は、あくびをしながら階下に降りてきた女子に朝の挨拶を投げかける。


「よ、おはよう。

 ……って、なんだお前。

 まだ着替えも済んでないじゃないか」


 パジャマ姿でのんきに眠気まなこを擦っているこいつは『越ヶ谷(こしがや)彩羽(あやは)』。


 俺の妹だ。


 ちなみに高校1年になったばかりである。


「ほら、彩羽。

 はやく準備しないと学校遅刻するぞ」


「〜〜ッ⁉︎

 こ、こっち見んな、バカ兄貴。

 あ〜、気持ち悪い」


「お前なぁ……。

 朝っぱらからその口の悪さは、どうにかならんのか?

 清々しい1日は、元気のいい朝の挨拶からだぞ」


「う、うっさい、うっさい、うっさい!

 なにそれ、わけわかんない。

 きもいから、さっさと学校いっちゃえ!」


 流れるように悪態を吐いてくる彩羽。


 だがこれもまぁいつものことである。


「ふぅ。

 相変わらず口が悪いな。

 とにかくお前も、顔洗ってはやく着替えろ。

 遅刻すんなよ」


 彩羽からの返事はない。


 起き抜けの顔を真っ赤にして俺を睨んでいる。


 ……ったく。


 昔はお兄ちゃんお兄ちゃん言いながら、どこに行くにも引っ付いてきて、可愛い妹だったのになぁ。


 いつからこんな風になってしまったのやら。


 俺はため息をひとつ吐いてから、改めて玄関ドアを押し開いた。


 朝の少し冷たい風が玄関に入り込んでくる。


「っと、俺もゆっくりしてる場合じゃなかった。

 今日は日直だ。

 んじゃ、いってきます!」


 彩羽の視線を背中に感じながら、俺は急ぎ足で家から飛び出した。


 ◇


 俺の名前は越ヶ谷(こしがや)(いつき)


 都内の公立校に通う高校2年生だ。


 1歳年下の妹である彩羽と二人暮らしをしている。


 と言っても別に両親を亡くしたとか、そんな複雑な事情があるわけではないのだが――


 ◇


「っと、そんなことより時間は……」


 考え事を中断する。


 俺は自転車を漕ぎながら、ポケットからスマホを取り出して画面を確認した。


 時刻は7時45分。


「やべ!

 遅れる!」


 今日はせっかく学校一の美少女と名高い宵宮(よいみや)さんと一緒に朝の日直なのだ。


 遅れるわけにはいかない。


 俺はスマホの画面を眺めながら、自転車のペダルを強く踏み込んだ。


 そのとき――


 クラクションの大音量が、けたたましく鳴り響く。


 手もとから視線をあげて前方をみると、トラックがこちらに向かってくるのが目に映った。


「あ、やば……」


 直進してくるトラックの運転席で、中年男性が目を見張っている。


 まるで時が緩やかになったかのように、周囲の風景がスローモーションで流れていく。


 だが俺の身体は硬直してしまってピクリとも動かない。


 トラックが近づいてくる。


「……マジかっ」


 そのまま俺は、回避する暇もなく車体に跳ね飛ばされた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ……。


 …………。


 目覚めると白いベッドに寝かされていた。


「……ここは?」


 手をついて上半身を起こそうとする。


 すると全身に痛みが走った。


「あがっ⁉︎

 あいたたたた……」


「……あら、気がついたみたいね。

 あ、まだ寝ていた方がいいわよ。

 命に別状はないと言っても、全身打撲には違いないんだし」


 そばにいた女性にやんわりベッドに寝かされながら、周囲を見回す。


 白い壁に白い機材。


 どうやらここは病院のようだ。


 となると、この女性はナースさんだろうか。


 だが、俺はどうして病院なんかにいるのだろう。


「先生。

 303号室の患者さんが目を覚ましました。

 こちらにいらして下さい」


 ナースさんに呼ばれて、白衣に身を包んだ若い医者がやってきた。


 あれこれと問診してくる。


「……ふむ。

 打撲以外は問題なさそうだね。

 全治2週間と言うところかな。

 いやぁ、しかしあんな大事故にあってこの程度で済むなんて、キミは運がいい」


「…………はぁ」


 大事故?


 いったいなんの話をしているんだろうか。


「なんだい気の抜けた返事だね。

 意識ははっきりしてるんだろ?

 えっと……」


 先生が手もとのカルテらしきものに目を落とす。


「越ヶ谷……。

 えっと、越ヶ谷、樹くん」


 ……?


 誰だそれは。


「えっと、先生。

 その樹って俺のことですか?」


「そうだよ。

 失礼ながら学生証を拝見させてもらった。

 ってなんだい。

 自分の名前を忘れてしまったのか?」


「あっはい。

 思い出せません」


 こたえると先生が懐疑そうな顔をした。


 神妙な口調で、改めて問診してくる。


「……もしかして記憶が混乱しているのかな?

 キミ、自分の年齢は言えるかい?

 いまが西暦何年か。

 ここが日本のどの都市かわかる?」


 促されて考えてみたが、頭のなかに(もや)でもかかったみたいに、なんにも思い出せない。


「えっと、すみません。

 なにも覚えていません」


 お医者さんの顔色がサッと変わる。


 その後の検査で判明したのだが、どうやら俺は記憶喪失になってしまったらしかった。



新連載はじめました。

よければ応援に↓のほうから★をぽちほちお願いいたします!_(._.)_

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