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試合時間、4秒

「ニルギリ、次の試合がマナトだけど、蛇男は見つかった?」


 二階のテーブル席、金網を斜め下に見下ろす場所に、私とニルギリは座っていた。金網では先程の剣士の試合が終わり、今度は木製槍と剣という、違う武器同士の試合が始まっていた。


 剣の方は災難だ、武器とは間合いだとお父様も言っていた、剣よりも槍、槍よりも弓なのだと。昔の戦争でも、大概の兵士は矢に貫かれて死んだ人が多かったと聞いた。


 だから、この試合予想は槍持ちが勝つだろう、だから槍側のオッズは低い。私は次のマナトの試合に賭けた、相手は剣士で優性召喚者と聞く、召喚者のランクを係員に聞かれて、劣性と応えたら軽く笑われた。小声で『賭けにならない』まで言われた。


 大丈夫、マナトは強い、剣が相手でも負けないと、私はマナトを、初めて契約した闘士を信じる事にして、マナトが言っていた『蛇男』らしき人間を探す事にした。


 蛇男は居たか、ニルギリは聞いた。ニルギリは首を横に振る。そしてまた客席や、近場、周囲と目を向け始めた。ニルギリも見つけて無いみたいだ、こんな客も多い中だ、その中からマナトが言う『特徴』を見つけるのは困難だろう。


「でも、本当なのかしら……ニルギリはどう思う?」


 私の問いに、ニルギリは目線だけを向けた。それだけで、彼の意図は汲み取れる。彼の言う通り探してみましょうと、収穫はあるかもしれませんと、私にはその目線だけどそう言った様に見えた。


 ならば、探してみよう、彼の言う通りに。


「けど、耳が変に膨らんだ人なんて、いるのかしら?」




『耳が膨らんだ人?耳たぶが大きいの?その蛇男は?』


『違う、もう耳が腫れ上がって、下手をしたら変形してしまった様な、そんな耳だ』


『蛇男の耳が変なんて、どうして分かるの?』


 マナトから探して欲しいと言われた、蛇男が持っている身体的特徴に、私は首を傾げた。どうして蛇男の耳が変だと分かるのか、私は何故かと聞いた。


『蛇男が身につけた技は、地面で相手を転がしたり、自ら地に身体を付けて使う技なんだ、その際に体勢は目まぐるしく変わり、耳が地面と擦れる……するとな、耳に内出血が起こり、腫れ上がるんだ』


『へぇー……痛々しいのね』


 耳の内出血、聞いただけで痛々しかった、それを直さずいたら耳が変形するなんて知らなかった。思わず自分の耳は大丈夫かと、触ってしまったぐらいだ。


『で、そのままにしておくと、やがて耳が変形していく、これがそう言った、蛇男が使う技の熟練者や経験者たる証でもあるんだ、俺たちの世界ではこれを餃子耳なんて呼ぶ』


『ギョーザ耳?ギョーザってなに?』


 聞いた事もない単語に、私は首を傾げ、マナトは何かに気付いて頭を掻いた。


『小麦で作った生地に、細かく刻んだキャベツ、ニンニク、ニラと、豚ひき肉をこねた中身を作り、生地で包み焼いた料理だ』


 どうやら、この世界には無い料理らしい。聞いた限りではまるで肉を詰めたパンみたいだが、全く違う様だ。しかし……材料を聞いただけで私は、それが大変美味な物だと想像できた。


『美味しそうだけど、口臭が凄くなりそうな料理ね』


『……思い出して食いたくなってきた』


『作ったらいいじゃない、材料買ってあげるから作りなさいよ、私もニルギリも手伝うから』


 私も興味があるので、作ってもらう事にした。私も手伝うし、材料は買うからと付け加え、マナトは了解と一言言うと、選手の控え室まで行ってしまった。




 先程までのマナトとのやり取りを思い出して、私は引き続き周囲を見た。周りにいるマスクを身につけた貴族から、ウェイター、貴族の傍らに立つ闘士らしき青年達、遠巻きから見ようと耳が変形した輩は居なかった。


 一階の席を見下ろせる場所に居るが、流石に全員を見れるわけでは無い。どうしたものか、マナトの試合を見たら下に降りて探してみようか。


 そうして次はどうするか考えていれば、試合が終わった。意外にも剣士の方が勝っていた、穴が当たったみたいだ。槍の戦士は足を押さえて蹲っているあたり、足を怪我したらしい、長引きそうな痛がり方だった。


 さて、次はマナトだと金網に視線を私が向け続けていると、テーブルが振動した。ニルギリがテーブルを指先で叩いたみたいだ。


「ニルギリ、どうかした?」


 ニルギリの方を向くと、私は彼が1階の方を指差しているのを見た。すぐその指先を追えば、金網近くのテーブル席に、一人座る男を見つけた。


 はっきり言う、目立っていた。身なりが違っていたのだ、仮面も付けていないし何より、この賭け闘技場に付き人無しで、ただ一人で席に座っている。足を組み、金網を見上げている彼は、マナトと同じくらいの少年だった。ニルギリが私に、オペラグラスを手渡して来て、彼をさらに注視すれば……その少年の耳が異様な形に変形していたのもすぐに分かるのだった。



「時間です、こちらへ」


「あいよ」


 結構な時間が掛かったなと、控え室で俺は息を上げながらも、暖まり汗を流した身体で、係員の後について行った。暗がりの待機から光あるリングへと言うのは、どの世界でも変わりないらしい。


 すれ違い様に、担架で運ばれる男を見た、膝を押さえている、靭帯をやってしまったのか、はたまた外れたか、回復して普通に動ける様に、心中で祈ってやった。


 しかし、ローマに似た闘技場の次は、八角形の金網とは。四角いリングというのは、この世界には無いのかもしれない。係員に先導され、光を浴びる、外と違う薄暗さはあるが、先程見た金網八角形が俺を出迎えた。


 さて、南西の闘技場ではアナウンスがあったが、この闘技場ではそれが無いらしい。しかも、先程試合であった熱気はシンと静まり返っていた。戦いを見る以外は静かにしているあたり、成る程貴族様々というやつらしい。


 ただ、金網近くの、まるで裁判長が座りそうな豪華な席にて、板が掲げられ、それぞれのオッズを示された数字が白墨にて刻まれていた。


 多分、俺は大穴か、こちらの数字もなんとなく分かるくらいだが、3桁倍率なのは分かるからだ。そこからだ、席に座していた客達が右手を上げて指を様々な形にして掲げた。


 そして気づかされる、左手を挙げる奴が少ない。つまりは、左手右手が賭ける選手、指の形で金額だろう。俺に賭ける奴は、マリスさんだけだろうな。安心しろ、たんまり稼がせてやるよと、係員に先導され、遂に金網に上がる。


 相手は、軽装の鎧に盾と短剣、昔見た『グラディエーター』という映画の戦士みたいな出で立ちをしていた、明らかに日本人で、同年代の男であった。


「互いにこちらまで」


 立会人もタキシードを纏い、ビシッとして、俺とその男を中心に呼んだ。


「指を使った目への攻撃、金的への攻撃、噛みつきは禁止、二回同じ攻撃をした場合反則で負けになります、降参させるか、気絶させて勝利となります、フェアな戦いを」


 荒縄を巻いた両手を俺は差し出した、しかし、その男はニヤつくや、口を開いた。


「聞いたぜお前、劣勢召喚者だってな?」


 またそれか、まぁ言われて仕方ないがな、真実で言い返す言葉も無いので、俺は押し黙る事にした。


「身の程を分らせてやるよ」


 それはこちらの台詞だと、俺はこの名前を聞いてない優勢召喚者を、泣かせる事に決めた。ギブアップするまで、痛めつけてやると。しかし立会人は、この悪口に口頭注意しないあたり、この賭け闘技場もルール整備がなってないみたいだ。フェアな試合をさせるなら、黙らせるべきだろうに。


「両者元の位置へ」


 立会人の指示通り、金網際に戻る、しかし誰も彼も右手しか上げてないなと周囲を見ると、俺はあっ、と声を上げた。


 金網近くに、左手を上げた男が居たのだ。しかもだ……潰れ耳だった。さらに俺と同じ年齢の容姿だ、茶髪に、この世界の平民の様な、この貴族の空間には不自然な簡素な服を着た少年が居たのだ。


 こいつだ、こいつが蛇男だ!俺は思わずその蛇男向け笑みを見せ、人差し指で指した。見ておけと、俺とお前が同郷たる証を、指し示してやると。俺はこの瞬間、倒し方を変更するに至った。


 金網際に戻る、振り返らず、金網に指を掛け、背中を伸ばして、膝から足をふらふらと片足ずつ揺らした。集中して、息を整え、開始の合図を待ち……金が鳴り響くや俺は、相手の名も知らぬ優性召喚者向けて走り出していた。



『あれはね、アクシデントと思う事にしているよ、そう、アクシデントさ、そう思わないと後悔が強い』


 後に、その時の神山真奈都の試合を見ていた、内壁住まいのある貴族がそう語った。


『ルール違反も無いさ、試合開始直後、私がワインをウェイターに頼んでいたら試合が終わっていた、あの劣勢召喚者が、優勢召喚者を見下ろしていたよ』


 ある貴族は、ふぅ、と一息を吐くや、傍のワイングラスを傾けて煽った。


『何が起きたのか、観客や賭けた奴ら、責任者も固まってたよ……そう、開始直後に劣勢召喚者がね、走り出して、飛び上がって……膝蹴りを顔面に当てたらしい、飛び膝蹴りという技らしいが……あんなに高く、力強く人間は跳躍するんだなと』


 ある貴族は、その時を思い出しながら、背中をソファに預けながら口端を吊り上げた。


『私?私は勿論、優勢召喚者に賭けたさ、まぁ遊び程度にね?私は賭けより試合が好きだし、あの闘技場では席に座るなら銅貨一枚でも賭けるのが礼儀だからさ、その銅貨一枚で儲かった人もいるだろうし、嘆いてた貴族も居たよ、だからアクシデントと私や利口な人間は割り切ってるさ』


 けたけたと貴族はひとしきり笑ってから、一息ついた。


『あれからだろうねぇ、色々と起こったのは、彼……いや、彼らの快進撃の始まりだったんだ』




「ッシャアアアアアア!!」


 咆哮一つ、賭け闘技場の金網に反響す。


 名も知らぬ優性召喚者を下に望み、俺は腕を上げた。名も知らぬ優勢召喚者は、鼻を中心とした円状に、鼻骨周辺が陥没して白目を剥き、痙攣していた。


 俺は開始の合図を鳴らされたと同時に突進し、優雅に振り返った相手めがけ右の飛び膝蹴りを放ったのだった。


 開始の合図も鳴って不意打ちではない、クラスもスキルも知らない優性召喚者を、開始4秒で倒してみせたのだ。シンと静まり返る闘技場、仮面を付けた貴族様達は、殆ど皆が唖然として、この試合の終わりを見つめていた。


「レフリー、早くしな、もう立てないだろ」


「あ、え!あ!の、ノックアウト!ノックアウトォオオーー!」


 レフリーはこんな秒殺劇、初めてだったのかもしれない。促されて初めて両手を上げ、それと共に終了のゴングが鳴った。金網が開けられ、すぐさま担架が運ばれる、それを尻目に俺は入ってきた金網の出入り口から出て行った。


 そうして、今更になって、反則だの、ふざけるなだのとブーイングと罵倒が響き渡りだし、俺は金網近くの席に座っていた蛇男らしい男の元へ向かおうとしたが、あの数秒の間に彼は消えてしまっていた。



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[良い点] これは気持ちがいいですね! 真空跳び膝蹴りですか! かっこよすぎですよ!
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