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蛇男を探せ 下

 マリスが今から向かう先は、ルテプ外壁北東区域にある歓楽街だった。ここには、内地の貴族達が自由に往来できる、唯一の門がある。


 内地には円形の壁があり、それで外壁の平民が入れない様にしている。それぞれ、北東、南東、北西、南西に四つの門があり、この北東区域にある門だけが、内地からの貴族の出入りを自由としていた。


 理由は簡単だ、内地に娯楽は無い。あるのは貴族と王族の邸宅と城、そして召喚者の居住区と専用施設、そして神聖闘技場だ。内地の貴族や召喚者達は、娯楽を求めてこの門から出て来るのだ。


 つまりは、平民や没落貴族と、内地の臣民を繋ぐ唯一の区域と言って過言ではない。


「南西の闘技場は平民の娯楽なのよ、貴族は絶対行かないわ、じゃあ貴族や召喚者は、展覧試合以外や決闘以外で血を見たいならどうするかと言うとね、この区域に来るわけ、貴族経営の賭け闘技場にね」


「賭け闘技場……」


「とは言っても、大した場所じゃないわ……大きさなら内地の神聖闘技場やマナトが戦った闘技場の方が大きいの、こっちのはもう……もっと野蛮で小さいわ」


 俺とマリス、そして執事のニルギリは、その北東区域に来ていた。確かに、賑わっている。何より俺が今まで見てきたこの街の様相とは、結構な違いがあった。


 栄えているのもあるが、地面だ。石畳の整備された近代的な地面なのだ、中央闘技場や南東の平民区域は地面が剥き出しに対し、この北東区域はしっかり整備されていた。


 建造物も違う、東欧の街を思わせる作りにまで拘った店構えだ、雇い主たるマリスの屋形と同じく整っている。道行く人間も、身なりが違う、ここで平民が歩けば罵詈雑言が飛び、唾を吐かれそうな程に違う。


 現に、俺を目にした奴らが、物珍しさに振り返るぐらいだ。マリスやニルギリが居なければ、石をぶつけられるかもしれないなと、俺はできるだけ二人から離れない様に歩いた。


 街路を歩き、やがて一つの建物に辿り着いた。


 街の中でも、一際目立つ華美な建物。看板は無い、というか読めない。この世界に来て話は通じているが字だけは読めないのだ、話も通じなければ最悪だったが、こればかりは助かる。


「マナト、入るわよ」


「あいよ」


 マリスに促され、俺は言われた通りこの建物に入った。そして、目の前の景色に口を閉じた。構造は、二階建てまで打ち抜かれ、席が見える。騒がしい熱気もさる事ながら、客達は皆仮面を付けて顔を隠していた。仮面舞踏会だろうかと、俺は周りを見回すなか、はっと、その客達の目を向ける先に気付いた。


 戦っていた、俺と同じ様な背格好の奴らが、互いに剣を振り、盾で防ぎ、鎧越しに打ち付けて。しかし、剣は木製に鉄廟を打ち付けて固めたものだ、訓練用だろう。


 だがそれよりも……。


「ここが賭け闘技場、内地の貴族達が、抱えの闘士を戦わせ……あの、マナト?」


「オクタゴン……」


「え?」


「オクタゴン・ケージとはね、まさかこの世界で、これが見れるとは」


 そう、リングの形状、そしてその有り様だ。既視感なんてレベルの話じゃない、頭の中にある現実世界と全く同じリングが、異世界にあるという事実に俺は、思わず笑ってしまうのだった。



 格闘技のリングは主に、四角形にロープを張り巡らせた物が主流とされる。大きさに多少差異はあるが、ボクシング、プロレスと様々な格闘技の試合、興行ではこの形が主流だ。


 対してもう一つの代表的な形がある、それが金網『ケージ』だ。


 世界最大の総合格闘技団体『UFC』は、旗揚げからこの金網のリングが採用されている。その形状は八角形で、そこから『オクタゴン』と呼称される。リングと違い、ロープの隙間が無い逃げ場無しのケージという遮りは、リングにはないケージを利用したテクニックや攻防が生まれ、何よりその閉塞感は、まるで裏世界の格闘技を思わせる雰囲気を匂わせる。


 余談だが、この八角形という形は、プロレスラー初代タイガーマスクこと佐山聡が、日本の総合格闘技『修斗』を発足した際、プロレスとの差別化を図る為、八角形リングに鎖を貼るという形状からアイデアを得たなどという話があるとか。


 ともかく、そのケージリングが、八角形が俺の目の前にあり、その中で戦いが繰り広げられている事実に、俺は顔を真上に向け、頭を左手で押さえた。


「四角形が良かったなぁ……」


「四角形?」


「こっちの話なので、気になさらず……で、俺は今からここに出るのか?」


「そうよ、蛇男はこの賭け闘技場に顔を出すらしいの、ただ……試合に出るかは分からないわ」


「出るか分からない?」


「気まぐれらしいのよ、たまに現れては出て、金を稼いで行くらしいの」


 やはり、蛇男の情報は少ないらしい。名前も分からず、せいぜいがここに入り浸るくらいとなれば、探し当てる方法は一つしかない。


「つまり、俺がここで勝ち続ければ、気が向いて出て来るかもしれないと」


「そうあって欲しいわ、それにマナトも、どの道戦いたいのでしょう?」


「分かってらっしゃる、じゃ、ご主人は俺にドンと張ってくれ」


「そのつもりよ、お金はたんまりあった方がいいわ」


 ニンマリ、悪い笑顔をマリスは浮かべた。その悪い笑顔に応えない訳には行くまい。ふと、ニルギリさんに目を移した、何というか気持ちわらった様に見えたが気のせいだろうか?


 マリスとニルギリの後に付いて行き、この賭け闘技場の建物の奥に入っていく。奥のカウンターで、同じように身なりのいい男女達が、何やら話している、そこへ二人が向かった。


「おや、こんな場所に来て悪い子だねお嬢ちゃん、分からず入っちまったかい?」


 カウンターの小太りな男が、マリスをからかう。


「違うわ、闘士を連れて来たの、今戦える相手は居る?」


 冷やかしでは無い、マリスは俺を指差しながら言うと、ああと小太りの受け付けが頷いた。


「そうでしたか、大変な失礼を……次の次の試合の相手か、その次ですな、どちらも優勢召喚者、武器ありの試合ですがいかがなさいます?」


「マナト、武器持ちしかいないみたい、どうする?」


「構わねぇ、登録してくれ」


 そうだけ言って、俺は金網の試合に目を移した。真剣じゃ無いあたり、闘士の今後も考えているらしい。動きも良いが、鎧に慣れてる様子が無い、軽装ならより動けそうだが……見栄張りか、はたまた怪我防止の苦肉の策か。


 値踏みしている間に、背中を叩かれた。振り返るとマリスが受け付けから戻って来ていた。


「登録したわ、今の試合から次の次、こっちの待合い室で準備してだって」


「了解」


 どうやら受け付けは終わり、闘士として試合が決まった様だ。飛び入りでも受ける辺り、路上の喧嘩みたいだなと思いつつ、俺は指差された待合室に向かおうとした。


「あ、そうだ、マリスさん」


 と、ここで俺はある事を思い出したので、マリスさんにそれを伝える事にした。


「何、マナト?」


「その蛇男なんだけどさ、手がかりになるかも知れない情報があるんだけど、客席から探してみてくれるか?」


 そう、蛇男と呼ばれる、未だに会ったことも無い男、その特徴だ。


「え?マナト、蛇男と会ったこと無いよね、私も無いのに、探せるの?」


「あぁ、目星は付く……実はな、蛇男みたいな奴らには、特徴があるんだ、それを探せば絞れる」


 蛇男が寝技師ならば、彼らには共通して現れる特徴がある。それを俺はマリスに伝えると、マリスが頷いた、ニルギリも聞いていたらしい頷けば、二人は俺の試合も見やすく、そして蛇男も見やすい二階の客席まで移動した。それを見届けて、俺は闘士の待合室に入るのだった。



 待合室には他に数名程、参加者が居るかと思われたがそうでも無かった、長椅子に服を入れる籠、それとこの賭け闘技場のスタッフらしい、こちらも仮面を掛けた男が、入ってきた俺を見るなり、近づいて来た。


「身体検査をします、この賭け闘技場、私物の武器や防具は禁止の為、私物はそちらの籠へ」


 頷いて俺は、詰襟のボタンを外し、インナー無しで素肌に着ていたカッターも脱いだ、ツータックの学校指定ズボンも脱いで……ふと、思い出した。


「あー……そうだ、下着破れたからこれ着てたんだっけ」


 この世界に着の身着のままで漂流した、下着などとうにオシャカになっている。だから俺は、闘技場の衣装たる、膝が隠れる丈のズボンを履いていたのだった。


 厚い布製、それをベルトでなく荒縄で腰元を真上から縛り上げたそれは……俺が憧れた映画の主人公のズボンそのままだった。


 そうとなると……俺はそのベルト代わりの荒縄を辿り、その荒縄が異様な厚みをしているのを指で確かめ、引っ掛かりを引っ張った。


 はらはらと落ちる荒縄、されどズボンは落ちない、しっかりと括り付けられたままだ。固定する荒縄と別に、また二本の荒縄が足元に落ちたのだった。


「良かった、これ、持ち出したままだったんだ」


「そちらの縄は?」


「拳に巻くバンテージです、これは規定違反?」


「いえ、素手の闘士の拳を保護する物に関しては、武器で無ければ規定はありません、グローブを装着されるなら、こちら規定のグローブになりますが、素手でも構いませんし、そちらを使われても大丈夫かと」


 係員が取り出した、賭け試合規定のグローブを見せて貰ったが、成る程、革製腕当てに切れ込みを入れた動かし易いものだった、規定違反でないなら、こちらのバンテージを使わせて貰おうかと、俺は首を横に振った。


「じゃあ、これを巻かせて貰うよ」


「かしこまりました、では試合の出番が来ましたらお呼びしますので、こちらでお待ち下さい」


 係員が出たところで、俺はその荒縄二本を持ち、まずは左手から巻く事にした。布ではない、細い縄で作るバンテージ、こちらもムエタイのものである。


 正確に言えば少し違うが、それでも拳を保護するには変わりない。キツ目に、しっかりと、それでいて血が止まらないように加減もしながら巻いていく。


 普通のバンテージを、ジムに初めて来て巻き方を教えて貰って、悪戦苦闘しながら何度も練習した事を思い出した。そしてこの縄式バンテージもまた、特殊な巻き方があり、現地のバンコクのジムのトレーナーさんに教えてもらった。


 元気にしてるだろうか、バンコクの出稽古先のトレーナーさんやジムの人たちは。ふと、合宿のことを思い出した。


 炎天下の中でサンドバッグを叩き続け、大人から子供まで首相撲をして、必死についていった。青空の屋台で、ビニール袋に入れられた、オレンジ色の糞甘いタイ式ミルクティーが、その炎天下の中で凄く美味かった、これがお土産で買って日本で作って飲むと、あまりの糞甘さに、自分がそれを飲み干せた事に驚くくらいだ。


「毎日毎日、笑顔でボッコボコにされたっけ、全くパンチもキックも当たらねぇでやんの」


 憧れて、練習して、少しは様になったかと思って、やられた記憶に、忌々しさはない。むしろ、清々しさすらあった、あの時の敵わない強さを知れたから、さらに強くなれる自分の可能性が見えた。


 縄式のバンテージ『ムエ・チュクル』を、両手に巻き終えて立ち上がる。息を吸って、吐いて、軽くその場を飛ぶ、踵までベタ付きしない、つま先から母子球のラインあたりで着地し、飛ぶ。


 気分が乗って来た、自ずと左手左足が前に出る。右手も持ち上げ、両の拳は高くこめかみのラインに、肩の力は抜く……リズムの取り方は、前足、後ろ足を交互に。


 息を吐きながら、軽く左のジャブ、ジャブ、ジャブ、強く吐いて右のストレート。戻して….…吐きながら、横に左の肘、下がって左手を前にしながら左足を持ち上げる。


 時間はある、身体を温めろ、心に熱を灯せ……そして何より笑え、笑う事だ。ナックモエは、例え窮地に立てども笑顔を崩さない、現地のトレーナーが教えてくれた、強きナックモエの条件だ。


 例え世界が違っても、異なる世界に流れようと、俺は今ここに在るのだ、ならばひたすらに、俺である証を見せるだけだ。

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