異世界故、居るらしい、エルフだのドワーフだの。
こうして、TEAM PRIDEの面子はまず、ポセイドンに話を聞くことにした。とはいえ、夜間の営業中におしかけて迷惑をかけるわけにもいかないし、今から訪ねに行っても同じだろう、相手方の都合も考えねばならない。
だから、話の場を設けるためにポセイドンへは、河上が訪ねてアポイントメントを取る事にした。それから、ポセイドンとオロチの話をしようという流れだ。
さて……あともう一つ。『クライムボーイズ』なる存在だ。この地の生活が長い河上、町田ですら首を傾げた存在。彼らもまた、オロチと敵対する勢力らしい。名前すらも知らなかったようで、その集団とも接触し、話を聞くべきだろうと神山達は決めた。
そんな神山の姿は、南西区域の平民街にあった。雨も上がりぬかるみも乾き出した地面、神山はある店の中へと入っていく。
「あ、神山くんこんにちは」
「よっ、三木原、この前は悪かったな誘ったのによ」
神山が訪ねたのは、三木原康太が働いている半開放型のバーだった。
三木原康太。神山真奈都がこの馬鹿げた世界に流れ着き、闘技場から解放されて初めて会った同じ現世の人間である。通常召喚者として外壁に送られ、このバーで働き生活しており、神山に闘士とクラス、スキルについて説明した少年だった。
「今いいか、聞きたいことがあってな」
「うん、いいよ?何か飲む?」
「ザクロ」
神山は話を聞く為、ザクロジュースを頼めば、カウンターに座った。ザクロジュースは神山の好物であった、バンコクでのムエタイ修行時代にハマったらしい。この地でもザクロがあり、神山の癒しの一つでもあった。
赤紫の液体が入ったグラスが三木原より渡されて、それを一口飲み、神山は早速話を聞くことにした。
「三木原、クライムボーイズって知ってるか?」
それを聞いて、三木原は少しばかり目を開くと何事も抵抗無く、隠す必要がないのか普通に話し出したのだった。
「あ、あぁー……彼ら?まぁ知ってるよ」
「どんな奴らだ?」
「えー……うん、自警団?召喚者の集まりでさ、この平民街のいざこざを解決したりしてるんだ、現にクライムボーイズが立ち寄りして守っている店があるんだ、主に繁盛してたり召喚者自身が開いた店でね?」
ただ、その表情はあまり良いものではなかった。
「罰が悪そうな面だな、問題でもあるのか?」
神谷に指摘された三木原が、ため息を吐いて答えた。
「まぁね、機能はしてるんだけどさ、末端がどうも名前使ってみかじめせびったり、無銭飲食するらしいんだよ。あぁ、ちゃんと守って貰って契約してる場所もあるけど……端端で悪い噂がね?」
成る程、組織における上層部には見えない、末端の悪事が罷り通っているらしい。神山はグラスを傾け、相槌を打った。肥大化した組織の運命と言うべきか……神山はクライムボーイズの内情を知ると、今回の話が余計にややこしくなって来るのが感じ取れた。
「三木原のこの店はどうなんだ?」
「うち?うちは別に……まずまずだし、トラブルも無いからさ、別に大丈夫だし話もないよ、会った事も無いし」
だが、三木原とこの店は今のところ、クライムボーイズと関わりは無いらしい。話は聞いているが、実際に遭遇していないとの事だ。グラスを傾け、ザクロジュースを飲み干し、ポケットから銅貨を数枚取り出しては置いて、神山は席から立ち上がった。
「ありがとう、とりあえずは自分の足で探してみるさ」
「気をつけなよ、一応召喚者で荒ごとを収めてる奴らだからさ」
三木原より忠告され、神山は再び平民街に出るのであった。
とは言ってもだ、虱潰しに聞いてたらラチが開かないのは分かる。聞き出し続けて、嗅ぎ回っているのをアピールして接触を待つのもいいが、それはそれで周りくどい。
誰か知っている輩は居ないだろうかと、神山は彷徨った。と、ここで懐かしい場所にいつの間にか来てしまったのだった。
「あー……ここって」
なんとまぁ、懐かしいやら。そこは、神山が最初に剣奴として買われた主人の館であった。広い敷地と、屋敷の奥から聞こえて来る熱気、闘士とはまた違う、剣奴が鍛錬を重ねているのが分かる。
ここで二ヵ月間過ごしたのも懐かしいと、館を眺めていると、ふと背後に気配を感じて振り返る。そこには愛も変わらず、私腹を肥やして太った最初の、名前も知らぬ主人が立っていたのだった。
「これはこれは、闘士様がいったい如何様で?」
「嫌味ったらしい、久々の一言とか無いのか?昔の奴隷にさ?」
そう言えば名前も知らないな、この主人に関してはと神山は嫌味の一つを返してみる。結局雇い主と奴隷の関係も、金で解決はしたわけで関係は無くなったのだ。今や闘士という立場もあり、平民よりかは上らしい。
「最早お前と私は終わった仲、何も言葉はあるまいよ」
「あっそ」
契約も無い以上赤の他人と始まりの雇い主は冷たく神山との会話を切った、これ以上神山自身も話す事は無いだろうなと思ったが、ふとこの男もまた『奴隷の買い手』である事に気付いた。
「なぁあんた、オロチって知ってるか?」
神山の問いに雇い主は身体を震わせた。あからさまだった、しかもだ……脂汗をかいている。真に何かを知っている様子だった。
「そ、それを聞いてどうする気だ?」
「え?何?あんたも脅されてる口なの?」
「脅されていると言う訳では」
「いやいやいやいやいや」
神山は、これは何か抱えているなとニヤついて過去の主人の肩へ腕を回した。
「なんか知ってる素振りしちゃってー、知ってるんでしょ?ねぇ?」
「と、闘士様には関係ない話だ」
「いやーあんたは元雇い主じゃん俺の?ねぇ、その辺の仲もあるだろー困ってるなら手を貸すけど?」
まぁまぁと諌めながら神山は雇い主から話を引き出そうとした。しかし、よほど聞かれたらまずいのだろうか、雇い主は辺りを見廻してから観念したかの様に口を割るのだった。
「闘士様よ」
「真奈都でいいって」
「ではマナトよ、君はこの世界における奴隷に関してはどうなっているかご存知か?」
唐突な質問であった。奴隷に関した知識はあるか?などといきなり問いかけられ、無論神山は分からないので、いいやと返事をした。
「いいや全然?普通に労働力程度にしか……」
「ふむ……マナトには一から話す必要があるか」
闘士様呼びからマナト呼びに変わり、奴隷に関する知見が無いと答えた神山に、元雇い主は神山の腕から離れながら口を開いた。
「まず、奴隷とはいえ召喚者なのだ、シダト国国民として数えられ、権利もある事はご存知か?」
「は?権利?」
「国民としての権利だ、生存権とでも言うか、奴隷階級への差別やら強制は無いのだ、仮に働き潰して奴隷を死なせたとなると、雇い主は裁かれる事は知っているか?」
「え……いや知らん、て言うか奴隷って大概そんなやつじゃないの?」
神山の今までのイメージたる『奴隷』と、この世界の『奴隷階級』に微妙な差異が生まれた。神山の考え、想像する奴隷とは即ち朝昼晩働かされ、自由は無く、やがて朽ちたら捨てられる、そんな非人道的労働力のイメージがあった。
「いいや違う、シダトの奴隷階級はあくまで、特定の雇い主により、衣食住を保障された労働階級を指すのだ、鍛冶屋や農民、漁師、鉱山夫がそれに当たる」
「あ、えー……そうなんですか」
自由無き民ですらないただの歯車でなく『労働階級』の事を『奴隷』と呼んでいる事実を聞いて、神山はそうだったのかと理解した。イメージをするなら『社畜』だろうか、いや、社畜は会社に権利すら握られているから、このシダトの『奴隷』は様々な権利を保障されているあたり良心的やもしれないとすら考えた。
「言っておくが、剣奴も奴隷階級だ、もしも怪我をした場合は完治までしばらく試合に出す事を禁じられているし、命を落とした場合は雇い主が墓を作る事になっているからな?」
「そうなんですか……」
「で、だ……オロチに関してだがな、奴隷売買やら魔法薬販売を生業としている……違法な形のな?」
そうしていよいよ、話は本題に入った。まず無頼闘士連合オロチは、奴隷売買や魔法薬の販売をしていると元雇い主は言う。
「違法な形?」
「まず奴隷階級は国府に国民として登録をしているのだがね、オロチはこの登録をしていない、他国の人間や国内の亜人達を拐って奴隷としてーー」
「待った」
しかし、神山はここで待ったをかけた。今元雇い主が発した言葉を聞いて、聞きなれない単語が出てきたと、神山はまずそれから確認する事とした。
「亜人って……何?」
「む、亜人は亜人だ……エルフやドワーフ、獣人を指す」
「え?居るの、エルフ?」
「居るぞ、知らなかったか?会った事も無いか?」
「無いっす」
「そうか、まぁ仕方ないか……一応他種属の民族だからな、国内で国政から離れた者達だし」
神山真奈都、この世界へ流れ着いて数ヶ月。初めて『亜人』なる存在を言葉にて認知する。と言うより……居たのか、この世界にと衝撃を受けていた。剣だの魔法だの、たしかにそんな世界だとは理解していたが、人間だけの世界かとは思っていた。だから亜人なんて居ないだろうなと、それは流石に出て来ないだろうなと身構えすらしていなかった。
「それで、オロチは他国の人間やら亜人を拐って、国や司法が介入できない違法奴隷を販売している……らしい、それこそマナト、君が想像した替えの効く者達よ」
元雇い主が言う、オロチはつまり、国が手の届かない権利無き者達を拐っては、それらを人身売買していると。らしい、と言葉を繋げたあたり自分は何も知らないとでも言いたげだった。
「それと違法魔法薬だ、魔法薬の効果には国で売る為に効能毎に段階やら材料が取り決められていたり、税金も変わってくるのだがーー」
そして違法魔法薬の話を始めた元雇い主だったが、神山は既に、違法奴隷と亜人、それらを知り話していた元雇い主のまだ話していない事に頭が動いていた。
「とりわけ興奮作用のある薬はーーむ、マナト、どうしたのだ?」
「どこで売ってるの?」
「はい?」
「だから、違法奴隷、どこで売ってるの?知ってるでしょ?」
話を遮る様に、神山は元雇い主へ叩きつける様に質問した。その違法奴隷は、どこで売買されているのか?違法奴隷という単語、存在を知っているなら、その売られている場所も知っているだろう。単純ながらあり得るやもしれない話であった。
それを聞いた元雇い主は、顔色を青くして背を向けたがすぐに神山の手が襟首を鷲掴みにした。そのまま神山はこちらを向かせ、その双眸をしかと覗き込むのであった。
「知っているな?もしくは……お前も利用したか?」
だから、と神山は元雇い主たる男の襟首を掴む手にゆっくり力を入れながら、首を、頸動脈辺りを食い込む様に締め上げていった。
「できればすぐに吐いて欲しいんだが?」
「け、げーーえっ……」
普通に話してくれるわけでも無かろうと、神山は首を締め上げる。そうしてまた一際強く力を込めようとした瞬間、元雇い主は必死に神山の手を叩いて降参の意思を伝えたのだった。神山はすぐに手を離せば元雇い主はがくりと膝より崩れ落ち、必死に呼吸しながら神山を睨みつけるのだが、逆に睨み返されてしまい身体を竦ませた。
「に、西にある地方都市、コハクドに行け……奴らが取り仕切る市場がある……マナト、これを聞いて何をする気だ」
「襲撃されてね、多数決の結果殴り返す事に決めた」
そう言うと、元雇い主は地面に膝を立てて座り、唾を吐いて神山を見上げて言うのだった。
「はっ、やめとけ、俺たち平民や人間が亜人に勝てない様に、亜人は優性召喚者には勝てない、マナト、お前がいかに強かろうがな、中央で戦う闘士には勝てないんだよ」
平民は亜人に、亜人は優性召喚者に勝てない。それがこの世界の通説らしい。つい先日劣性たる自分達が、優性召喚者に完封した事を、元雇い主は知らない様だった。
「へぇ、そう……俺たち、その優性供倒して、本戦出場戦出るんだけど?」
だから、去り際に神山は元雇い主にそう言って背を向けるのだった。
「次の試合見に来いよ、驚くもの見せてやっからよ」
少しばかり自慢気に話した神山の背を、元雇い主は唖然とした顔で見送るのだった。




