現世の確執 〜族と130円と中井真也の過去〜 3
英和田町には、いくつか掟がある。
1つ、私鉄英和田線の東方面、8:00着の四番目車両と、16:00発西方面行き四番目車両には決して乗ってはいけない。
2つ、上方の学生は下方へ、下方の学生は上方で学生服で行ってはいけない。
3つ、英和田駅の降りるホームを間違えて移動する時は歩道橋を使うな、職員連絡通路を使え。
4つ、族でもない輩が下方でバイクで走るな。
5つ、下方の喧嘩や抗争で、上方まで広めるな。
これが、僕の流れ着いた町、英和田町の中学生から高校生まで、果ては大人まで巻き込んだ掟であった。
なんでも、英和田町の人間は血の気が多いらしい、上方、所謂北側の都市開発により町全体がそうはならなくなったが、下方では未だに昔じみた雰囲気が残っている。この地に足を下ろして驚いたのは、未だに単ラン長ラン着た学生が駅から降りてきている事だった。
そんな時代錯誤な、平成どころか昭和を置き去りにしつつも、新たに進み出しゆく開発計画の真只中の町の私立中学に、僕は転入した。
中学2年から、この馬鹿げた世界に流転する高校生になるまで、この町で僕は様々な抗争、トラブル、喧嘩に巻き込まれて、最後は英和田町の不良達全てを敵に回す事態になったのだ。
そして異世界で出会した『無頼闘士連合オロチ』の前身たる『二代目英和田暴走連合オロチ』との戦いも、この転入して初めての夏休みで起こった事であった。
まず、僕がこの街で何をしていたかを語ろう。
前の町でいじめやら親族とのわだかまりを清算した僕は、4月の入学式からすぐに転入という珍しいタイミングで、英和田町に来た。
遠縁の親戚を便り、英和田町下方、謂わゆる南側の港の倉庫を借りて、僕は中学生ながら一人暮らしをする事になった。その親戚には色々と口封じとして、大枚を叩いた。尚、この『大枚』はいかに用意したかは割愛する。ただ、自分で稼いだ清い金であるのは宣言しておく。
入学金やら何やらまで自分で支払い、試験も受かり転入した僕は、夏休み前まで色々とトラブルを解決したり、喧嘩をしたり……まぁ色々あってーー。
『仕事人』をしていた。
依頼料は130円。
英和田町内限定で頼まれた対象を、二度とまともな人生を送れなくする。それが、中学時代から始めた僕の『趣味』だった。
その趣味は僕が異世界に飛ばされた日、英和田町の不良全てを敵に回した日まで続いていたのだけど。オロチと関わったのが、中学2年の夏であった。夏休みが始まる前……一組の夏の熱に絆されたカップルを裂こうとした、五輪を期待された、強姦魔柔道少年を全身不随にしてやってから、2日後のことだった。
「またウチでカツアゲされた人が出たんだって」
「うそ、下方の学生でしょ?本当、下方の輩ってロクな人居ないよね」
学食で一人、昼飯を食っていたら聞こえて来た話だった。僕が過ごすこの中学校、私立の為昼ごはんは給食でなく、学食と弁当制になっているので、僕は毎日学食を利用している。大概食べているのはラーメン、気が向いたらカレーとか牛丼を食べている。
友達は居なかった、というかもうグループの輪ができているから入れなかったのが事実だった。まぁ同じ話題を話せる奴なんていないだろう。勉強の時以外は、サンボとかグラップリングの事とか考えていた。
昼飯の日課は、ラーメンを啜りながら動画アプリでグラップリングの動画を見て研究する事。過去の総合格闘技、ブラジリアン柔術の試合やらテクニック動画を見て研究する。ずっと動画を見て、使う日に頭で動きを描いてイメトレをする。
それが僕の日課だった。
学食にしてはなんか美味いラーメンの麺を啜り終える頃、僕の前の椅子に一人が立って僕を見下ろしていた。
「何か?」
お誂え向きに、右頬に大きなガーゼを貼った男子が、ポケットに手を入れて僕の前にお金を置いた。
130円、依頼の話だった。誰かから聞いたのだろうか、この形を初めてまだ三ヶ月だが、浸透しているらしい。
「君か?カツアゲされたのって?」
先程端で聞いたカツアゲされたここの生徒、それは君かと問いかけて頷いた。彼は僕の前に座るや、話し始めた。
「昨日駅の近くで、下方の……英和田水産の奴らに財布を取られたんだ、今日は親のカード持って来いって言われた」
英和田水産は、下方の『高校』だ。
下方でもワルの高校トップ3、就職先はヤー公チンピラの、存在理由が分からない私立水産高校だった。何より容赦ない、こうして金があるなら中学生すらカツアゲする輩達だ。
同じ高校生のヤンキー相手ならともかく、上方の中学生まで手を出してきたらしい。しかも親のカードとかエグい事をするものだ。
だが、僕に『懲らしめてやろう』だとか『助けてやる』なんて正義の心はない。
はっきり言っておく、そんな『ゴミクズ』の人生が終わったところでどうでもいい。むしろ、僕の磨き上げた技術の『練習台』にはちょうど良い。
「いいよ、受ける、君は今日の放課後にそいつらの元へ案内してくれ」
金は貰った、ならば受けるだけ、それだけなのだ。
その日の夕方、名前は忘れたが依頼人のクラスメイトに連れられ、英和田駅に来た。まあ通学路だから帰り道なのだけど。相変わらず、駅の線路を隔てた上方から見る下方の景色の、なんとも言えない違いだ。
まるでスラムだ、下方は。僕の家はそんな下方側にある埠頭の倉庫なんだけど。毎日この駅を跨いでいるわけだ。住処は下方の端、学校は上方通いなんて居るのだろうか?いや、居ない、僕以外は。
待ち合わせ場所は、駅から少し離れた路地、まぁ警察も駅員も目が届かない、如何にもな場所だった。
「ほ、本当に取り返してくれるのか?」
「勿論、お釣りつけて返してやる」
その路地に入っていけば、居たのだ。如何にもな輩が二人、バイクに尻を預け学ランでこっちを見ている。いいね、いかにもな輩は壊す罪悪感を感じなくていい。
「鞄持ってて、すぐ終わる」
さてさて、接敵数秒で片を付けるかと、僕は依頼人のクラスメイトにカバンを渡して、英和田水産のヤンキー二人に向かいつつ、分かりやすく見せつけるように唾を吐いた。
「あぁ!なんだこら!!」
「喧嘩売ってんのかガキぃ!」
いいねぇ、如何にもなテンプレートヤンキーだ。イキリ散らした虚勢に派手な髪、剃った眉、凄んだ顔を見て僕は笑った。『師匠』の冷たい眼差しより怖い目なんてあるかと、そのまま距離が縮まっていく。
「っらぁあ!」
二人並んできて、僕から見て左側のヤンキーが拳を振りかぶる。素人パンチ、力だけの無様な右拳。それに対して左へ避けながら、その右腕を掴み引き込みつつヤンキーの右側へ回り込む、引き寄せられながら前傾しつつあるヤンキーの右手首を捻り上げれば、肘が見え、僕はそこに左膝を当てながら一気に体重を掛け地面に落とした。
嫌な音が響いた、ヤンキーの右肘が逆に曲がり、顔面からコンクリートに落下する。
「あがーー」
「シィイッ!」
そのまますぐに立ち上がり、僕は首を踏みつけた。足底からまた音が響いた。頸椎損傷だ、一生寝たきり確定。
「な、え?」
一瞬の出来事に面食らうもう一人のヤンキーに、すぐに接近する。
「シッ!」
股座に膝、何かが弾けた感触。蹲り様に顔面へ膝、ひしゃげる音。そのまま近くのコンクリ壁に押し込み、首へ膝を放てば首がまた鳴った。睾丸破裂、鼻骨骨折、頸椎損傷の三段破壊、生きている意味がなくなったかと僕は倒れ伏すヤンキーの痙攣する様を見下ろした。
依頼人は困惑していた、激しい喧嘩になると思ったか、あまりにもグロテスクすぎてついていけないのか。まぁ、後者なのでしょう、僕は倒れ伏すクズどもの身体を漁り、財布を探す。で、こいつらが持てない何やらブランドじみた綺麗な財布を見つけた。
「これが君の?」
「あ、う、うん……」
「中は?抜かれてない?」
財布は取り戻した、しかして下方のカツアゲするヤンキーだ。もう使われているのが大概である、依頼人は財布を開け、目を見開いた。
「よ、よかった、まだ使われてない」
「運がいいね、じゃあ君はすぐ回れ右して逃げ帰るように」
「え?」
「半殺し2人だ、サツに見つかったら疑われるだろ?君はこの場に居なかったし、何もなかった、ok?」
事後処理もしたいし、依頼人には警察に疑われたり見られる前に帰るよう促した。そうしたら彼は一礼だけして、この場を走り去った。
「さ、て、と……」
依頼人も姿を消した、後は事後処理だなと僕は痙攣しているヤンキー二人を見下ろした。まぁ打撲痕は残っている、しかし寝たきり確定だ、まともに喋れないかもしれないチューブ生活……ふと彼らが乗っていたバイクを見て、これだなと頷いた。
しかし珍しい、この辺の下方側にヤンキーは馬鹿みたいなゴテゴテ改造しているのが大半ながら、こいつらのバイクはそうじゃない。ハンドルと、あとマフラーくらいかと僕はそんな事に目が行きながらキーを回す。
右のブレーキ、左のクラッチを握りしめスタンドを蹴り上げる。右のスターターボタンを押せエンジンが始動した。ギアはニュートラルのランプが付いている。僕はエンジンを思い切り吹き上がらせてから、ギアを踏み一速に入れて、クラッチを離した。
「あらよっ」
そのままハンドルを離せば、バイクがウィリーして勢いよく離れていき、喧しい音を立てて倒れた。取り敢えず事故に見せかけとく、まぁ打撲痕とかで喧嘩とバレるだろうが、頸椎損傷でまともに話す事などできないし、下方側の喧嘩は日常茶飯事、この辺りの警察も取り沙汰にはしないのが分かっている。
もう一台もさっさと転がしておこうかと、バイクに近づく。そうしたら車体の燃料タンクに貼られたステッカーに目が言った。
八岐の大蛇のステッカー、そして下部には『二代目英和田暴走連合オロチ』とも書かれている。
こいつらも族の端くれか、バイクで事故って死ぬか今ここで半殺しに合うかロクな人生じゃなかったろう。幕を引いてやったのだから感謝して欲しいなと僕は薄らに笑い、キーを回すのだった。
この時、僕はまだその族の名前を知っただけで、町の内情は知らなかった。けれど、この一件を機に僕はこの世界に来る前のオロチとの因縁が生まれた事件に火をつけたのは確かであった。




