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蛇男を探せ 上

 こうして俺は、没落貴族令嬢、マリス・メッツァー嬢の契約闘士となった。こんな世界だ、書いたら呪われる魔法の契約書ではなかろうかと思ったが、それは杞憂に終わった。


「やった、やったわニルギリ、やっと一歩前進よ!」


 羊皮紙の契約書を両手で持ち、クルクル回るマリス。バレエでも嗜んでいるのか軸がぶれてない綺麗な周りっぷりだった。そして契約書を執事のニルギリに見せれば、無表情なその執事は、確かに口元を緩めて頷くのだった。


「で、マリスさん?俺はいつ、戦えるんだ?」


「あ!そ、そうよね、戦いたいわよね?うっうん……その前に、さっき言った話は覚えてる?」


 喜びに水を差して悪いが、俺が戦えるのはいつだと聞いたら、マリスは一つ咳をして、先程の嬉しさから来たスピンを取り繕うとした。そして、先程の話と言われたので、他に集める召喚者の事かと、俺は確認した。


「同じ劣性召喚者か?さっきも言ったが、俺にアテは無いぜ、闘技場で2ヶ月居たが、同じ様な奴らは居なかったしーー」


「そう、それ!実はね、貴方の他にもう一人、アテがあるのよ」


「何?」


 どうやら、俺以外にも同じ境遇の輩にアテがあるらしい、手がかりも一切無しに探す事になるかと思ったが、まずもう一人の確保には手を焼かなくて済みそうだった。


「と言うか、マナト……貴方は知らない?貴方が闘技場の連勝記録を塗り替える前に、11連勝して去った闘士が居たのよ?」


 マリスの話に、俺はあぁと思い出した。確かにあの闘技場で、興行主から手放される前、連勝記録がどうとか言っていたなと。そんな事気にせず、ひたすら戦ってたから、その記録を誰が打ち立てたかまでは、詳しく聞いていなかった。


「そいつが、俺と同じ劣性召喚者ってか?何故分かる?」


「簡単よ、一度観戦したのよ、この世界には全くない戦い方だったもの、そしてマナトとも全く違ったわ」


 成る程、その目で見たのか……なら話は早いな。


「名前は?そしてどんな戦い方だった?」


 マリスの話を聞けば、その劣性召喚者がどんな格闘家か、はたまた武道家か見えて来る。早速俺はマリスに話せと促した。


「えーと、名前はね、その雇主は名前じゃなくて動物の偽名を登録してたの、獅子男とか、人狼とか……彼は、蛇男って呼ばれてたわ」


「蛇男……」


「彼は、相手の攻撃を掻い潜って、組み付いて投げたりして……そこから腕の骨を折ったり、首を締めたりして勝ってたわ、特に凄かったのは……殴り倒されたと思ったら、足に絡みついて足の骨を折って逆転勝ちした試合!一度掴まれたら決して逃げられず、骨を折るか、首を締めるかの戦い方で、会場の人もその名前に納得してたわ」


 その話を聞いて、俺は目を見開き口元が緩んだ。何と詳細なデータだろうか、それだけで俺はこの蛇男の用いる格闘技、骨子を理解した。もしも、現世の格闘家達が100人話を聞いたら、100人とも同じ答えを出すだろう。


 俺は打ち震えた、居たのだ、俺と同じ格闘家が、この辺境の異次元、異世界に流れ着いて生きていたのだ。両手に力が入り、拳を作っていた。


「マリスさん、そいつ……何処に居るんだい?」


「え?」


「最初の相手はそいつだ、組んでくれ、俺との試合を!」


 俺はソファから立ち上がり、マリスさんにその蛇男との試合を熱望するのだった。




 世界中の格闘技を分類すると、様々な分け方がある。


 新しいか古いか、スポーツ寄りか実戦よりか、メジャーかマイナーか……あらゆる分類法がある中で、まずこの分類法が出てくるだろう。


『打撃系』か『寝技系』か。


 俺が習得したムエタイは、無論、打撃系格闘技に分類される。己が手足を持って、相手を殴り、蹴り、打ち倒すのが打撃系だ。


 そして寝技系……これは柔道やブラジリアン柔術における、関節技や絞め技を重きに置く格闘技だ。敵を投げ、崩し、押さえ込み関節を極め、首を絞める、腱を極める。それが寝技系格闘技だ。


 そしてこの二つの潮流は、正しく『水と油』である。


 現代においては最早、この二つを戦わせて、どちらが強いかなどと言う議論などされない。根底から違うのだから、最早習得した個人の身体能力と力量差で決まり、格闘技の種類から来る有利不利など皆無だからである。


 蛇男はまさしく、寝技系格闘技を体得した男だ。恐らくはブラジリアン柔術だろう、絡みついてのねちっこい戦い方、何より下からの逆転劇たる足関節の話が、確信めいて仕方がない。


 そんな寝技師、グラップラーと俺は……戦った事がない。そもそも戦う機会は皆無だ、競技が違う、土俵が違う、決して相容れぬ関係だ。もし、現世で戦うとするならば、総合格闘技のリングでと言う形になるだろう。


 それか、路上で出会って、言い争い……いよいよ歯止めが無くなり、喧嘩になれば。そんな形なら戦うだろう。


 うん?結局、戦いたくないのかって?まさか……聞いただけで疼きが込み上げて来る。そしてこの異世界で、そんな寝技師が、俺と同じ召喚者が居ると聞いたならば、戦いたくなるのが必定だ。


「居場所は知ってるんだろう、なら話は早い!明日でもいい、何なら今からそいつの所に行ってもーー」


「お、落ち着きなさいマナト!」


「あーー……」


 俺の変わり様に、マリスさんは慌てて俺を嗜めた。ふと、我に戻り俺は口元を押さえ、頭を掻いて、息を吐きながらソファに座り直した。


「ごめん、アンタの都合とかあるよな、約束の取り付けとか、調整とか……焦りすぎた」


「いいの、マナトが燻るのも、あの戦いで分かるから、強い相手と闘いたいわよね?」


 謝る俺に、その燻りを理解しているとまで言い切る銀髪の令嬢。契約早々、迷惑を掛けたみたいだ、無口な執事ニルギリも目を血走らせてる程だ。


「ただ、ね……蛇男なんだけど、探す必要があるから、もう少し待って欲しいの」


「わかったよ、わかった……じゃあ……もう夜だしその」


「あ、うん、寝床ね?二階の空き部屋を案内するわ」


 そうだ、今日だけで色々ありすぎたんだ。闘技場を置いやられ、同じ召喚者たる三木原に会い、ストリートファイトで、下位の優性召喚者の弱さに肩透かしされ、没落貴族令嬢と契約した。


 高密度な1日が、興奮させているのだ。頭を冷やそう、今この昂りで、その蛇男と対峙したら、身体中彼方此方に折り曲げられて倒される構図しか浮かばないのだから。




 やっと一人、やっと闘士と契約できた。


 嬉しかった、断られると思った。優性召喚者なんかと戦えるかと。


 けど違った、彼は強い。劣性召喚者なのにとてつもなく強い。


 私は知っている、優性と普通と劣性の遥かな差を。例え優性召喚者で下位の召喚者でも、劣性召喚者に遅れを取る事はまず無い。普通召喚者でもほぼそうだ、このランク付けはまず、覆る事が無いのが前提だ。


 彼の様な『特殊な例』を除けば。


 お父様が死んで、いや、殺されて……お父様の抱えた闘士達が次々契約解除して、私の外壁行きが決まった日。


 執務机の引き出しから出てきた手紙を読んだ、お父様が殺された理由、そして外壁での私の使命……。


 お父様は教えてくれた、クラスやスキルを持たずして、強き闘士達が居ると。元居た世界で、凄まじい力を振るった者達が居ると。彼らがいずれ、姫に外壁へ捨てられた時、彼らと迷わず契約を交わしなさいと。


「あと、3人……必ず見つけて、私の闘士にするわ、必ず内地に戻ってみせるからね、お父様」


 夜も遅い自分の部屋、ベッドも家具も変わらない、けれど私はあの内地に居て、普通に暮らしていて。


 今はその壁が私を阻んでいる。必ず彼方に戻る、明日からはまた忙しくなる、だからもう寝ようと私は目を閉じた。




「まぁ……来るとは思ったけどさ」


「どうしたの、もしかして、ご飯足らない?」


「逆だ逆、喰えねえよ、こんなに」


 さて、契約して翌朝、俺はご主人であり雇主……マリス・メッツァーと、執事ニルギリと、3人で朝食を取る事になった訳だが……。


 俺は二重で驚いた、まず果物だ、籠で盛られている。そして鶏肉、しかもササミが、茹でられたササミがピラミッド状に積まれていた。野菜、デカいボウルに茹でブロッコリー、トマトのミックスサラダ、そしてオムレツが白い、卵白のみだ。


 即ち低カロリー、高タンパクな、見事なメニューの食事が並べられていた。ただし、大量に。


「ごめんなさい、ニルギリが張り切っちゃって、うちで久々の闘士だからって」


「え、マジ?ずっと目ぇ見開いてるのってそれで?」


 若執事ニルギリが、無言の圧を掛けて俺を見て来る。残したら分かってんだろうなと、そんな風に聞こえてきそうだし、後が怖い。だが、これを平らげるのは無理だ。


「あの、ニルギリさん……嬉しいっすけど、こんな喰えないっす」


 申し訳ないが、これは多すぎると断った、されど雇われた闘士、食えるだけ食いますとは言っておく。


 この世界の食で、久々の肉かもしれない。しかも茹で鳥ささみ、味付けは無いが懐かしい、柔らかな食感だ、ポン酢が欲しくなる、ブロッコリーまでこの世界にはあって、同じ味だ、トマトも……。


「うん、パサついてるわね、闘士は食べるのも大変ね……実際これを三食も食べるの?」


 しかも、それを主人たるマリスさんも、文句を言わず、茹でささみを齧っていた。没落貴族とは言え、貴族令嬢だ、普通の食事を食べれば良かろうに、闘士の食事を食べているのだ。


「まぁ、脂をあまり取らないのが常識ですね、普通の食事でも大丈夫ですよ、この食事は身体から脂肪を落としながら筋肉を増やす食事ですから」


「分かったわ、ニルギリ、明日からは普通に食事にしましょう、ただしあまり脂の無い食材にしなさい」


 ニルギリが頷いた、そしてフォークとナイフで、黙々とささみを切り分け、口に入れたのだった。



 朝食を終え、俺は談話室のソファに座していた。しばらく待っててと、マリスが駆け足に部屋へ行ったので、戻って来るのを待っていた。


 しかし……妙な事が起きていた、俺の現在の一張羅たる詰襟が、妙に綺麗にされていた。汗臭さの一つも無く、カッターシャツは下ろしたての様だった。ふと、別のソファに座って、何やら縫い物をしているニルギリさんが、こちらを見た。


 また目を見開いた、お願いだから何か喋ってほしい。


「その、洗ってくれたんですか?」


 ならばこちらからと、着ている詰襟を指差して、彼は頷いた。それだけでまた視線を離し、縫い物に目線を落とすのだった。


「あ、ありがとうございます」


 お礼を言うが、反応してくれない。ファーストコンタクトで失礼を吐いたから、無視しているのだろうか?ならば仕方ない、俺がマリスの闘士として戦う間は、この若執事の圧力に耐えねばならないと言う事が決まった。


「ニルギリ、マナト、待たせたわね」


 階段を降りて来る音と共に、マリスが二階から降りて来るや、ニルギリは反射運動の如く立ち上がった。俺はゆっくり立ち上がり、他所行きの服に身を包んだマリスを見た。


「マナト、早速だけどあなたには、戦ってもらうわ、準備はいい?」


 マリスからの宣告に、口元を俺は釣り上げた。


「いいぜ、いつでも、早速蛇男とか?」


「会えればいいのだけれどね……彼の根城かしら」


 根城、なんともヴァイオレンスな響きだ。蛇男はもうそこで待ってそうな匂いがプンプンしてきた。



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