多次元宇宙と暗躍する者
曲がりなりにも、俺も子供だった時代がある。今は大人に近しい大人になれない子供なんだけど、それでも僕もまぁ、やれヒーローごっこだのしてた時代があった。
正味、今の時代の奴もたまに見たし、映画も見に行った。今でも、昔の本棚には幼児時代に親へせがんで買った、ヒーロー大全だのがまだある。
その中でふと疑問に思ったのは、巨大化して怪獣と戦う地球のヒーローだ。あのヒーロー達には年齢と出身惑星があるのだが、毎回このヒーロー達と、地球人の会合が違ったりしたのだ。
小学生ぐらいか、それが気になってパソコンで調べると、その単語が出てきた。だからかのヒーロー達と、地球人の反応が違った訳であり、ヒーローのシリーズの矛盾が全て取り払われてスッキリしたのである。
同時に……もしかして、この世界もそんな感じだったりするのだろうか何て、そのSFチックな妄想をしたものだった。
「多次元宇宙か?」
神山の口から出てきた言葉に、河上はおおと驚いて目を見開き、中井は目を細め、町田はぶるると震えた。マリスとニルギリは、何の話だと無表情で理解できなかった。
「君からそんな言葉が出てくるとは思わなかったよ、神山くん」
「まぁ昔に……うん」
あれだけ世界史やらはダメだったのに、いきなり多次元宇宙という言葉が出て来た事に河上は驚かざるを得なかった。しかし、それは義務教育内で習う様な事ではない。むしろそれは趣味の範囲の中で目にする様な単語であり、中井は全く理解できないと首を傾げた。
「なんですか、その多次元宇宙って」
だから中井は神山と河上に、多次元宇宙というのは何なのかと聞いた。
「この世界の宇宙とやらは一つでなく、幾つも宇宙が存在していると言う理論さ」
それを聞いた中井は、信じられないなと頭をかいた。中々に吹っ飛んだ、理解しがたい話である。
「で、だ、俺たちは恐らく……シダトの連中は同じ世界の地球から召喚されているのが分かる、何せ神山くんは町田くんの活躍を知っているからね」
さらに少なくとも神山や自分達は、同じ宇宙の地球から呼び出されただろうと河上は、神山真奈都が町田恭二が空手界にて活躍しているのを知っている事から断定した。
「あの、それって並行世界になるんじゃないですか?」
似通った言葉に並行世界を挙げる中井、河上は頷いてそれに返答する。
「恐らくそれもあるだろうね、断定できないけどさ……下手したら、幾つも宇宙があって、地球が存在し、日本があり、そこから俺たちを釣り上げてここに呼び出しているのかもよ?」
そんな恐ろしい話を河上静太郎は、ケタケタ笑いながら宣うのだった。他にも宇宙が存在し、地球が存在して日本もあり、この馬鹿げた世界へサルベージされて戦わされ、働かされているというのだ。拉致監禁とか、そんな話ではない。
「やっぱり帰れないのかな、元の世界に」
神山はそれを聞いて、はぁ、とため息を吐いて店の天井を見上げた。
「マナトは、元の世界へ帰りたいの?」
そんな悲しい言葉を吐けば、雇用主であるマリス・メッツァーがそう聞くのは当たり前であった。横に居るマリスが、少しだけ物悲しげな顔を神山に見せる。しかし神山は、キッパリと言い切るのだった。
「それはもう、はい、帰りたいですよ……あっちに約束してる奴が居るんでね」
神山は言った、帰りたいと。約束をしている奴がいて、約束を果たさねばならないと、清々しい笑顔でマリスに言うのだった。
「何だ、神山くん彼女でも居たのか?」
河上がクスクス笑いながら、神山の約束の相手とやらは女かとなじった。しかし神山は真面目な顔で、河上に向き合って答える。
「いや、向こうにね、アマチュア時代……まぁプロ一試合も戦ってないですけど、アマチュアの時に勝てなかった相手が居て、そいつとプロで戦うつもりだったんです」
「ライバルか?」
神山の真面目な形相には、河上も流石にこれ以上軽い言葉を吐けずに押し黙る。町田が、ならば好敵手だなと頷いて、約束の相手とやらについて聞いた。
「えぇ……クソ強い奴でね、小学生から今まで4回戦って全部負けてるんですよ、内3回ノックアウト、4回目の中学最後の試合にやっと判定に持ち込めた奴です」
「キミがか!?」
河上はその好敵手の強さに驚いた。自らを倒したらキックボクサー、それよりも強い輩が現世に居るのだ。しかも、神山を四度退け、内三度は倒し切っていると言う実力者だと言うのだから、河上は声を大きくもしてしまう。
「何せ、アイツ小学生時代から取材受けたり、プロ格闘家からも強いなんて言われてましたからね、逸材、神童、挙げたらキリが無い……プロになったら、日本のキックボクシング界十年は、アイツの時代になるって言われてましたからね」
四度負けた身でありながら、神山の語る口は誇らしげだった。神山の口から語られた、現世の好敵手は正しく『立技格闘技の新時代を担う神童』そのものだったと言う。そんな輩と四度戦い、負けても尚まだ神山は挑もうと言うのだ。
「だから、先に言っときますマリスさん……帰る方法が見つかったら、契約解除の方で」
「ううん、そうよね、元の世界があるものね……けど、展覧試合はお願いね?終わっても、見つかるまでは強い相手探すから」
「すんません、わがまま言って」
かと言ってマリスは引き止めたりはしなかった、その時が来るまで、闘士と雇い主であり、契約は果たすと頭を下げた。神山も、わがままだと理解してそれを受け止めてくれたマリスに深々と頭を下げる。ドライな関係に側から見えるが、互いに尊敬しあっての契約であることが、他の闘士たちにも分かった。
「シンヤとキョウジと、セイタローは帰りたいの?」
その他三人にも、マリスより同じ質問が投げかけられた。それを聞いて、まず中井は目をマリスから逸らして答えた。
「僕は……今更帰る気は無いかな、帰る場所なんて無いし……」
中井は、そもそも現世に帰る場所が無いと言い切った。その瞳には悲しみと、空虚が確かに見えた。
「まぁ……その時になればでしょうか、そも死んでいた身と思っていましたし、この地で空手をするのも悪くないかと」
町田はまだ分からないと言うが、帰る気は無さそうだった。空手家として、この地に根を張ってしまったのだろう。その時になればと言うが、帰ると宣いそうにはなかった。
「俺は……まぁ帰らないか、父には悪いが会社の後継者は役員の誰かに譲ればいいさ、何せ……戻れそうにないからね」
河上も帰らないと嬉々として言い切った。会社を継ぐ気はあったが、この世界と自由が気に入ったらしい。が、軽く手に視線を落とし『戻れない』と呟く様から、別の意味で現世に帰る事を諦めている風にも見れた。
「えー……俺以外帰らないの?それはそれで寂しいんだけど」
まさかの自分以外現世へ帰還する気無しと聞いた神山は、それはそれで悲しいんだけどと笑みを込めて冗談を交えて言った。
「何だ神山くん、結局キミもこの世界が気に入ったのか?」
「いやだって、河上さん、誰か絶対帰る気だろうなって、こっちこそ、そこまでこの世界を気に入ってるとは思わねぇもん」
帰る意思があるのは自分一人だけだから、やはり寂しいのだと神山は笑って河上の言葉に返した。この世界の事は、神山は語る事はしなかった。
「落ち着いたかしら、じゃあそろそろ帰りましょう?」
さて、話も長くなって来たし何も頼まず長居は失礼だろうと、マリスはそろそろ勘定をして帰ろうと皆に言った。
「店主さーん、お勘定お願いしまーす」
「はいよー」
河上が立ち上がり、店主を呼べば他の皆も立ち上がった。店主は羊皮紙の断片を持って来て、それをマリスに渡す。結構な量に種類も頼んだし、中々な額だろうなと皆がマリスの今回の食事代に、どんな反応をするのか眺めていると……。
「あ、あの店主さん?」
「どうか……しましたか?」
「安過ぎるような……計算間違えてないですか?」
マリスはおずおずと羊皮紙の断片を見せて、店主に計算違いを指摘すると、店主は首を傾げ羊皮紙を眺めて首を振った。
「いや、間違えてませんよ、この額であってます」
「えー……結構食べましたよ、本当にこれだけ?」
「あはは、貴族様が行くリストランテと違いますからねぇ、それであってますんでよろしくお願いします」
マリスは申し訳無く、そして何より納得出来なそうにしながらも革財布をニルギリに出させて、銀貨を一枚店主に渡した。
「お釣りはいらないわ、また来るから」
「あらー……またお越しください貴族様に闘士様方……海老専家バーガンブーを今後ともご贔屓に」
「ご馳走さまでした」
「「「「ご馳走さまでしたー」」」」
帰る時になり、店主からやっと店の名前を聞いた神山達は、店主に感謝を示して『海老専家バーガンブー』を後にするのだった。そして、焼き海老大盛りを数皿、ガーリック炒め、マリネ、ブリトーに河上の頼んだビールを含めた総額は如何程かを後で聞くと……。桁一つ間違ってなかろうかと皆が首を傾げて不思議に思う代金であった。
後に皆が知るのだが、シダトテナガエビの取れる量は凄まじく、さらに海に面した熱帯の領土であり漁業が盛んな為、新鮮で美味い魚介類が凄まじく安く食べれ、シダトテナガエビは平民が川で簡単に捕まえて副業にする程取れるらしく、それが海老の安さに直結している事を神山達はまだ知る由も無かったのだった。
『それで何だ、つまりはゴルト達もやられて?地方の奴らもポセイドンに見つかって売買ルートを潰されて、外壁も奴らのケツ持ちがついてみかじめも払わなくなってきてると?』
それは何処とも知らぬ場所、暗がりの中でソファに座る男は足を組み、指の爪の汚れを掻き出すように弄って呟いた。
『ゴルトを殺ったのはポセイドンじゃあねぇみてぇだ、聞けば流れ着いた劣性の輩が殺したらしい』
『違法奴隷商と強化エーテル商の襲撃はポセイドン、平民街には外壁落ちした召喚者で自警団組んでるみてぇだ、そいつらが俺達のシノギを邪魔して……ゴルトの方は全くのイレギュラーらしい』
『聞けばそのイレギュラー、展覧試合の予選に出てた外壁の輩だと……』
同じ暗がりで、他の面々が事の時代を語り出した。スラムを任せていたゴルトの失落、商売先の襲撃に、平民街の新たな勢力による妨害……全てにおいて自分達の邪魔な他ならない。それを聞いて、暗がりの男が一人立ち上がり、苛立ちを募らせて語り出した。
『外壁堕ちした糞に、劣性のゴミどもが邪魔しやがって……おい、とりあえずそのイレギュラーからだ、それからポセイドン、自警団と潰していく』
『兵隊は?』
『地方から集めろや、本拠地のあの店と平民街潰しちまえばすぐ終わる、なに、俺たち優性召喚者に平民は逆らえねぇし抗えねぇ、いざとなりゃあ治安維持の中央の闘士を引っ張り出しゃ負けねぇ、いいや……勝ちしかねぇんだよ、俺たちには』
暗闇の中で男は下卑に笑いを響かせる、それを見て他の面々も同じ様に笑った。壁に掲げられし、八つの頭の竜の旗、それもまた風もないはずなのに不気味に暗闇で揺れていたのだった。




