没落貴族令嬢との契約
何が、優性召喚者だ。
何が、選ばれし格闘家だ。
舐め腐りやがってと、俺は肩に担いではジャラジャラ煩い、田辺康隆なる優性召喚者が、倒した相手への商品たる金の入った革の大袋を揺らして、部屋を取った安宿へ帰っていた。
期待していたのだ、大いなる期待だった。優性召喚者、俺が劣性と呼ばれたに対して、優性召喚者の力に。余りある力を振るい、決して届かない、そんな風に想像して、期待して、対峙すればこのザマだ。
さながら、ネットで格闘技の知識を集め、部屋の電灯の紐を相手にスパーリングの真似事をして、強くなったと錯覚している勘違いエセ格闘オ◯ニー野郎であった。まぁ、確かに疾風とかぬかして早かったが、放つ攻撃も予備動作が大きかった為、スピードを殺していた。
だから、踏み込み際に膝蹴りを放てたし、逃げる時も追い詰めれたのだ。あの程度の速さ、僕が対峙したアマチュアの中にはゴマンと居た。期待は見事に打ち砕かれたので、その腹いせとして容赦無く叩きのめしてやった。
あれで優性召喚者を名乗るとは、本当はエセじゃなかろうか?いや、なら態々こんな大金を賭けやしないだろうな、つまりは本当にそうだったのだろう。田辺にはいい勉強になったかもしれない、これはその勉強代なのだ。
だがしかし、これをどうしようかと、俺は肩に担ぐお金の入った大きな革袋を見ながら、この大金の処理をどうすべきか考えた。とりあえず、この世界に銀行に類した施設があればいいのだが、明日にでもそれを探しに行こうと決めておく。
借りた安宿が近づいて来た、目の前の焼き鳥の屋台はまだやってるだろうか、金を部屋に置いたら買いに行くかと考えていると。
「もし、そちらの方」
背後から声をかけられた。ゆっくりと、返事も無しに振り返れば、その声の主だろう人物がそこに立っていた。
銀の髪だった、現実にもまずいない、アルビノを思わせる白に近い銀の髪の毛の女が居た。この騒がしき路地には似つかわしくない、白のお召し物に身を包んだ女……いや、お嬢様が居た。その半歩後ろには、彼女のお付きだろ、執事服に身を包んだ、青みがかった髪の毛で背の高い男も待機していた。
「何か?」
「さっきの路上の戦いを見ました、お強いのね、あなたは」
「そりゃどうも、それ言う為に、俺を止めたのかい?」
呼びかけに答えたので、俺も質問を返した。声をかけた理由は何か、態々こんな場まで来る様な服ではないお嬢様に、俺は聞く。が、その前に一つ思い浮かんだ。
「もしかして、さっきの田辺の雇主か?勝負は無し、金を返せとか?」
そう、田辺の雇主たるこの世界の貴族だ、召喚者と契約を交わすとか、三木原が話していたので、それなのかとお嬢様に聞いた。
「あの召喚者と私は無関係ですわ」
「へぇ、なら血を見るのが好きな危篤な子ってワケかい?」
ちょっとからかうつもりの、トゲを含めた言葉に、お嬢様の背後の執事が一歩動いた。
「ニルギリ、やめなさい」
銀髪の令嬢がそれを制した、そのまま、返事もなく躾けた飼い犬の様に男は一切動かなくなる。そして銀髪の令嬢は、一歩、また一歩と俺に近づいて来た。
「確認するけど、あなた召喚者よね?強い相手を探してる口ぶりだったわ……」
「あぁ、優性召喚者がどんなものかと思ってな、肩透かし食らったから、今日は宿で寝るところ」
「そう……ねぇ、もっと強い相手と戦いたくない?」
そして、勿体ぶる様に令嬢はそんな事を宣った。なんとも魅力的な言葉だろうか、求めていた言葉だ、単純明快だ、しかし……先程のエセ格闘家の事もあるので、もう少しだけ俺は聞く事にした。
「さっきの、エセ格闘家みてぇなヤツじゃないよな?」
「あれは優性召喚者の中でも下の下よ、だからあんな事してこの外壁の平民をからかって弄んでるの、どう?気になる?」
「あんた……そんな奴と俺を戦わせてくれるのか?」
「すぐには無理よ、けど約束するわ……私に協力してくれるなら」
まだ名前も聞いてない令嬢からの誘い、そして魅惑的な誘いだ、さらにはあの優性召喚者はハズレという事実に、肩透かしで萎えていた心にまた熱が込み上げて来た。まぁ、どの道行くあても、職も無い、ならば騙されたと思って付いて行くのも、この世界に放り出された俺には一興だ。
「いいぜ、話を聞かせなよ、ただ……」
「ただ……?」
「荷物取りに行っていいか?安宿に上着置きっぱなしなんだよ」
「どうぞ、お待ちしますわ」
とりあえず、上着の詰襟だけは回収しておこう、話はそれからだ。
それから俺は、名も聞いてない銀髪の令嬢と青みがかりの黒髪の執事の背中へついて行った。道中、俺が今居る位置と、今から向かう位置、そして何よりこのジダトの国について話を聞いた。
そして執事は無言で、俺に巻かれた紙を懐から出して渡して来た。羊皮紙らしい、初めて触ったが案外硬く、手触りもざらついている、動物味を感じる質感だった。
開けば、詳細なこのジダト国の地図……いや、ジダト国首都、ルテプの地図が記載されていた。この街は、首都たるルテプという街らしい。字は読めないが、銀髪で令嬢が、今居る地域を指差して地図の向きを教えてくれた。
まず、このルテプは、円形の外壁に固められ、その中にまた円形の壁がある、二重丸の構造で分けられていた。中心に城があり、俺が居るのは外壁の南東側、平民の居住区らしい。
で、俺が戦っていた『中央闘技場』とやらは南西にあった、何故南西にありながら、中央かと問われたら、他の町にも地方闘技場があるため、首都ルテプは中央闘技場と名乗っているらしい。
この令嬢が居を構えるという場所は、今俺がいる南東がわから少し北上した先らしい。
追従して歩けば成る程、すぐに様変わりしていた。着ている服も綺麗な奴が大半で、家々もしっかりとした構造だ、差し詰め高級住宅街とでも言うべきだろう地域だ。白金とか、六本木か、はたまた港区とかいうやつだ。
「ここよ、マナト……あれ、マーナート?マナト?どっち?」
そして立ち止まった、目の前の屋敷は中々に広かった。やはり、この令嬢も貴族なのだろうと確信する、そんな銀髪の令嬢から名前はどちらが正しいのかと聞かれた。
「正式に呼ぶならマナトだ、マーナートは前の雇主の呼び違いなんだよ」
「あら、そうだったのね……でも直さなかったの?登録」
「正味、気に入ってる節がある」
「名前は大切なのよ、だから正式に呼ばせて貰うわ、マナト、いい名前ね」
久々に、本名を呼ばれた気がする。愛称ではないと、中々に新鮮だ、立派な鉄の柵門を執事が押し開き、二人が敷地に入れば、俺もそれに追従した。
貴族の暮らしぶりとは豪勢なものと、授業で習ったりはしたが実際どうなのかは知らない。応接間に通されてから、銀髪の令嬢は、これまた意匠と芸術味があるソファに座っていた。俺はというと、とりあえず家主の許可もなく椅子に座るのは、礼儀がなってないと感じたので、ソファの横に立ち尽くした、右足側に掛け試合で勝ち取ったお金の入った革袋を置いて。
「どうしたの、座らないの?」
「あぁ、では遠慮なく」
「私の許可を待ってたの?客人だから座れば良かったのに」
「俺の世界、いや国かな……そこでは招かれても、家主の許可があるまで座すのは失礼って教えられてるんだ」
「めんどうだわね、今度から気にせず座りなさい、私が許すわ」
令嬢より、許可を頂きソファに尻を預けた。どうやらもう、俺を雇う気満々のようだ、私がお前の主人とばかりに、ソファへ勝手に座る許可を頂いた。しかし……このニルギリなる執事、喋れないのか、未だ一言も発せず、令嬢の傍らに植木の如く立っている。
「……あ、名前、名乗っとくわね?私はマリス・メッツァー、メッツァー家の当主っ……召喚者に代を言っても意味ないわね、没落貴族よ」
「没落貴族?」
「内壁から追い出されたのよ、私は追い出された身、あるのは財産だけで地位は無い、爵位もね?」
珍しいタイプの没落貴族だな、俺の想像の範疇では大概は金の周りが悪くなり失落した、赤字家計の没落貴族を想像したが、この令嬢、マリス・メッツァーは地位と爵位を奪われ、財産はあると言う状態らしい。
「さて、そうね……何から話そうかしら……」
「まどろっこしいのはヤメにしようや、マリスさんよ?アンタは、俺を雇いたいんだろう、闘士としてさ?」
長い身の上話に興味は無かった、三木原が言っていた、貴族が闘士を雇う話を出す。それに対しマリスは、目を見開き口を開いた。
「少しくらい疑ったら?私が貴方の持つ革袋を奪うための、罠かもしれないとか……」
「いやいや、その身なりと執事連れといて、強盗紛いなんてしないだろ、あんた」
「断言するわね……何故?」
「強盗なら、何時でも後ろから刺せれただろうよ、連れてく瞬間でもよ、それに荷物を取りに行ってわざわざ待ってくれるお人好しじゃないか、アンタ」
疑いもしない理由、それも話してやればマリスは微笑んだ。それは俺の危機管理の無さへの嘲笑か、或いは疑わなかった俺への感謝か、後者ならまぁ嬉しいなと俺も笑った。
「それもそうね……ねぇマナト、まず貴方は契約闘士が、どんな事をするか、詳しい話は知ってるかしら?」
契約を前に、マリスは闘士が一体どういった事をするのかを、理解しているか聞いて来た。
「いや、せいぜい聞いたのはあんた達が試合を組んで、それに出て闘うぐらいだな、それと展覧試合というデカい大会くらいしか」
三木原から聞いた事を俺は話した、それ以外に何をやるのか聞いておかなければならない、俺の問いにマリスはコクリと頷いた。
「概ねそんな感じよ、貴族間による決闘の代行が主ね。この世界ではそれが普通であり、貴族の格は、どれだけ強い闘士を率いているかなの、例え金があろうと、闘士を率いぬ貴族は爵位を剥奪され、中央から追い出されるわ」
「ふーん……」
「聞かないのね?前の闘士はどうしたかとか……」
「粗方予想が付くわな、そういう事だってよ」
それを聞いて、おおよその彼女の目的、指針が見えて来た。要は、中央に戻る為にマリス嬢は、闘士を集めている、そうしないと中央に戻れない、その何人目かが、俺なのだろうなと当てをつけた。
「で?展覧試合ってのは?なんでも、あの中央の壁の向こうでやる大会とは聞いたけど」
ではもう一つ、展覧試合とは何ぞや?それもマリスは淡々と話した。
「そうね、今の私が目指す場所よ、展覧試合は内壁の貴族が、年に一度育て上げた闘士達を戦わせる試合なの、無論外壁の私たちが参加するには、闘士を集める必要があるわ」
「外壁側から参加できるのか?」
「条件を満たしていればね、闘士が四人、それも召喚者だけ、貴方が契約してくれればあと三人集めたら出場できるわ」
ここで、俺はマリスが俺以外……いや、まだ契約してないが、俺の他には闘士のアテがいない事を知った。即ち、まだ試合にでる条件を満たしてすらいないと。
「貴方には、私が組む試合に出る以外に、他の闘士を集めて貰いたいのよ……それも優性召喚者じゃない、貴方の様な……クラスもスキルも持たずして強い闘士をね」
「えらく絞って来たな……生憎だが、アテは無いぞ……普通に優性召喚者を」
「外壁に優性召喚者が来るのは、冷やかしと優越を得るためよ、余程の事が無いと中央から流れる優性召喚者は居ないわ、だいたいは……使い物にならなくなってるもの」
少しばかり、中央とやらの闇を垣間見た気がする。そして俺を召喚して、この外に放り出した姫とやらの苛烈さや黒さも。
「それで、どうする?こんな無茶を言う没落貴族だけど、闘士になってくれるかしら?」
確かに無茶な話を振るものだ、試合はともかく闘士探しとは。だが……そんな無茶をチャラにする条件を、この没落貴族令嬢たるマリス・メッツァーは、既に提示していた。
「なるよ、アンタは試合を組む、俺は闘う……俺が求めている強い奴らと戦わせる、それさえ守ってくれりゃあ十分だ」
「え、いいの?」
「ああ、お前が強い奴と戦わせてくれるならな」
どうやら断られる事も考えてたらしい、ぱああと顔を赤らめて笑うや、ニルギリに手招きしたマリスは、ニルギリがどこから出したか分からない、羊皮紙、羽ペン、インクを持って来させた。
「じゃ、じゃあここ!名前書いて!あ、あと親指の拇印お願い!」
「おい慌てなさんな、あ、こっちの字書けないけどいいか?」
「構わないわ!あ、ちゃんと食事三食も寝床も出すからね!」
「おー、いい条件ですこと」
食事三食と寝床まで付いて来た、これで首を横には振れないなと、俺は漢字で羊皮紙の契約書に名前を刻んだ。