石の闘技場
帰ってきてみれば……西谷は震えながら槍を抱いて隅に縮こまっていた。叫びは聞こえた、だが無視した、見たら必ず身体から熱が引くと分かったからだ。西谷が酷いことになったのは分かる、なにせチームジャケットがボロボロになっていたから。
それも、以前からの戦いで当たり前な光景だった。自動回復を盾にした力任せの突貫戦法、腕落とされようが、腹から臓腑を垂らそうが、元に戻る程の回復力を持つのが、うちの副将西谷誠二の、自動回復である。
これは、同じ自動回復のスキル持ちでも、強力なのだ、質が違うのだ。それなのに……西谷が怯えて身体を震わせている。
しかし、そんなものは関係ない。伊佐美と竹原が負けた時点で、シルバードラゴンは敗北も同然だった。例えここで、西谷が勝ち、俺が勝とうとも、本戦出場を掛けた予選決勝におめおめと面を出せない。
劣性召喚者のチームに、2勝も、しかも無傷で取られた……その事実は拭い去れないのだから。
そして、西谷は負けたのだろう。心を折られたのだ、芝生の彼方此方に撒き散らされた血、そして審判団が処理をしている血溜まりが見えた。
「行ってくるよ、西谷くん」
西谷が震えて、なにも言わなかった。あれ程仇を討つと躍起になっていた西谷を、こうもしてくれたTEAM PRIDEの副将は、もう下がっている。
残るは大将、正面玄関で挨拶した神山真奈都、ただ一人。
負けるわけにはいかない、シルバードラゴンのリーダーとして、何よりも、同じ拳を武器とする格闘家として、負けるわけにはいかない。俺は、最後の戦いに向かった。
……それはそうと、何か酸っぱい匂いが漂っているのが気になった。
アップから帰ってきたらゲロの嵐だったなんて、誰が信じよう。めちゃくちゃ酸い臭かった、ていうかバケツが4つあった。中井は前に身体を倒して項垂れ、町田さんは背もたれに背中を預け真上を向いている。マリスは椅子を繋げ寝転がり、ニルギリは壁にもたれかかっていた。
すごい悲鳴をあげてたし、何より河上さんの服が血以外の何かも浴びている、そして口元に布巾をマスク代わりにして後頭部で括り付けながら、床を拭いていた。
ニルギリにマリス、中井と町田さん、皆沈んだ面持ちをしていたが、負けては無いみたいなので、とりあえず出る事にする。
「あ、河上さん、行ってきます」
「おー、負けるなよー……」
俺は小走りにベンチを抜けて、大将戦に向かった。とは言ってもこれは勝ち抜き戦、そのまま中井が4人抜きすればストレート勝ちもあり得たが、皆一人一戦の約束をしている為、勝利しても次に回すと決めている。
身体は熱を帯びて準備満タン、目の前に立っていたシルバードラゴンのリーダー、長谷部直樹は俺を力強い眼差しで見つめていた。
「ではこれより準決勝、TEAM PRIDEマナト・カミヤマ、シルバードラゴン、ナオキ・ハセベの試合を行う!」
審判より名前を呼ばれる、そして後ろに下がろうとした瞬間、長谷部は口を開いた。
「シルバードラゴンは実質3敗した、ここでお前に勝って、予選決勝に行っても笑われるだけだ」
長谷部は言う、これだけの無様を晒されて、ルール上ここで俺に勝とうが、決して予選決勝に面を出せやしないと。それは理解できた、まるでトーナメント1回戦目にKO負けしたが、相手選手負傷によりトーナメント繰り上がり出場した選手の様だと。
「それで?まさか、やめるとかじゃないよな?」
面子を重じて、試合放棄する気なのかと俺は長谷部に問いかける。しかし、長谷部は首を横に振った。少しだけ俺は安心した。
「だがな、このチームのリーダーとして、何より……お前と同じ、拳を握り戦う格闘家として、引き下がる事はできない」
長谷部はそう言って、両手を握りしめ、小刻みに身体を揺さぶり始める。リラックスと緊張が程良く感じれる、本気が見える構えに、自ずと俺も構えを見せた。
左腕をやや伸ばし、右手は顎に、左足を前に体重はやや後ろに。そのままリズムを刻み身体を揺らす。
「いくぞ神山、ここからは闘士の戦いじゃない、格闘家二人の、意地を掛けた戦いだ!」
「っしゃあ!来い!!」
その言葉に俺の心は爆発して、それと同時に試合開始の鐘が鳴り響いた!
開幕と同時に、長谷部が踏み込んできた、息を吐きながら放たれるジャブ、それを俺は前手に出していた左手で、払いながら右に回り込む。
長谷部の構えは、基本のオーソドックス。左手を前にした基本の構えで、そのジャブの速さは、手始めとばかりにまだ目で追えた。身長もほぼ変わらない、リーチ差はそれこそ無い。
が、ボクサー相手に、拳だけで戦う専門家を前にして、それに付き合う程俺も馬鹿では無い。ボクサー上がりでアマチュアキックに来た選手の、パンチの巧さを俺は知っている。
故に、付き合わない。徹底して蹴りの距離で戦う事に、俺はプランを練っていた。しかしーー。
「神山悪いな、少しだけ有利を貰うぞ!」
長谷部のその言葉と共に、拳を地面に突き立てたのだった。拳を流れる電流に似た何か、それが芝生に広がるや、足元が隆起し始めた!
「おっ、おぉおおお!?」
足元から現れるは……石畳!それが芝生を貫いていくつもせり上がり、組み上がっていく!さらに四つの柱が俺と長谷部を取り囲む様にして現れた!
正方形に組み上がったそれは、まさしく格闘技の、いや、ボクシングのリングを模して作られたものだった。
「神山、僕は最初に言ったよな、僕は魔法使いだって……」
長谷部の右手が光り出す、そして石の柱から、三つの太いツタが、柱同士に伸びていき、まさしくロープによる囲いを作り出したのだ。
「魔法使いとしての僕の魔法は、土魔法、ひいては自然物を操る魔法を得意としている」
「うっひゃあー……マジかよお前、凄えなぁ」
石畳に石レンガ、さらにロープはツタという、古代でボクシングがあればありそうなリングを作り出した長谷部に、俺は嬉々としながら驚いた。
「そして、僕が使う魔法はこれだけだ……このリングが、僕を有利にする僕だけの魔法だ」
再び、ステップを踏み始めた長谷部を見て、俺の心中は最早ギアが更に上がって仕方がなかった、互いにリングへ上がる者同士が、異世界のこのリングで戦うと言うシチュエーション、興奮しないわけがない!
「いいのかよ長谷部、俺もこのリングには……」
俺は思わず、そのロープ代わりのツタを握りながら、一回二回と屈伸し、ツタを離して背中を預けながら逸らして言う。
「慣れてる身だぜ?」
自信満々に言い返し、長谷部は笑みを見せた。
「今に分かるさ」
何を見せてくれるか、楽しみで仕方がない。俺は再び構えを取り直し、長谷部にゆっくり近づいていく。審判も、訳がわからんとリング下から見ていたが、何かを感じ取りリングに転がり上がるや、両手をクロスさせ言った。
「BOX!」
この馬鹿げた異世界で、恐らく史上初となる。ボクシング対ムエタイの異種格闘技戦が始まったのであった。
「シィイイッ!」
長谷部の左ジャブが再び放たれる、俺はそれをまた左手に弾きながら、右に回り込み、距離を把握していく。
「シッ!」
そして軽めに、ジャブの返しにと右のローキックを放った、バヂンと派手な音はしたがダメージは無いだろう、軽めに出したそれこそ、ジャブ代わりのローだ。
それを長谷部はカットで足を上げたり、バックステップで回避はしなかった。ローカットは知らないみたいだ。
となれば……ボクサー上がりのセオリーで攻めるのが得策だろう。相手の得意を潰すのが戦いの基本だ、まずはそこからと、俺はゆっくり近付きながら、左手を軽く伸ばそうとしたり、右肩を揺らしたりとフェイントを掛けていき。
「シッ!」
左ジャブから入った、しかし当たりもしない、捨てパンチ、長谷部はそれに引っかからずしっかり見るが、その次に俺が放った腰を入れたローキックを、まともに受けた。
先程とは比較にできない音、膝横にしっかり入ったのが分かる、しかし、長谷部はそれに堪えて踏み込んで来た!
「ぁああ!」
「ッッツ!?」
ローキックに対して左ジャブ、それを払った矢先、その手で左ボディを放てば、俺の右脇腹に命中した。めり込む、バンテージだけの拳が、素手に近い拳が見事に突き刺さり俺はすぐ距離を離した。
踏み込みが早い、最初のジャブの時より早い!明らかに鋭くなっている!肋骨は折れてないが、ローキックの距離は簡単に潰されるステップの鋭さに、俺は歯噛みした。
ボクシングからキックボクシングに挑戦した相手に対して、必勝のセオリーがある。
『ボクサーにはローキックを放てば勝てる』
と言うのも、ローキックをカットする技術の未熟さもあるが、何より格闘技に置いて足を潰すというのはセオリーだ。ローキックによるダメージ蓄積が、足の踏み込む力を奪う、パンチを放つにも、キックを放つにも、距離を保つにも足は必要不可欠。
ボクサー上がりの足を潰せば、自慢のパンチにキレも威力も宿らなくなる。だからこそ、このセオリーは生きてくるのだ。
しかし、長谷部はローキックを喰らいながらも鋭いステップインで神山の懐に入り込み、ボディをお見舞いしてみせたのだ。
しかもタイミングを掴んでいる、ローが来たらステップインというパターンが、1発で構築されつつあった。凄まじい対応力か、はたまた同じ様にキックボクサーとでも過去にやり合ったのか……。俺はステップを踏む長谷部の冷たい眼差しを見て、冷や汗を流すのだった。
「うぅ、何とか収まった……あのさー河上さん?」
「あいすまなかったな、中井くん、それよかうちの大将が追い込まれてるぞ?」
「えぇ、何があったん?」
吐き気の中から最初に復活したのは、中井真也であった、中井は唸りながらも河上に文句を一つ言おうとしたが、河上は練兵場を見ながら、異常事態を淡々と呟いたので、中井は椅子から立ち上がった。
まず、石で作られたリングに色々と質問したかったが、そこで神山とシルバードラゴンのリーダー長谷部が戦っているのを見る。
そこで神山は、確かに追い詰められていた。蹴りの距離を潰されて、パンチを入れられて、ロープ際に追い詰められている。
「異様だ、神山くんがああもボクサーに遅れを取るか?」
「そうなのか?その辺、私は少々疎いのだが」
「まぁ、蹴りがありますからね、ロー蹴って足を止めてが……」
中井も、ボクサー殺しのセオリーを挙げたが、ふとある事が過った。というのも、こいつは何故態々リングなんか作っているのだと。まず、作ったのは間違い無く長谷部だろう、それは間違い無い、わざわざ審判団が最終試合に用意した訳がない。
て言うか、何故その魔法で攻撃しない?何故リングを作ったのだと中井の思考が回転していった。
自分の気分を高揚させる為?神山も興奮させて昂らせ、攻撃や防御に隙を作る為か?
それとも、あのリング自体に秘密があるのか?例えば、陣地内で敵と認識した相手を弱らせるとか?それすらもあり得るが……。
「神山くんの動きが悪い……いや、長谷部の動きが良すぎる?」
「と言うと?」
「ステップが明らかに鋭くなってる、玄関前のトーナメント表を見に行って、会った時より」
ステップの鋭さに、中井は目を凝らした、明らかに神山の動きが落ちて、長谷部の動きが良くなって際立っている。
何故だ……と、ここで中井は微かにだが、長谷部の足元を視認した。それを見た瞬間に気付いた。
「靴か!!」
「何、靴!?」
中井が導き出した答えは靴だった、確かに長谷部は何やらシューズを履いているのに対して、神山は素足のままである。
「靴?靴でそんなに変わるの?」
「あ、マリスさん、具合は?」
「な、何とか持ち直しました、それより、シンヤ?靴がある無しで、動きって変わるの?」
持ち直したマリスが横に来て、まだ顔色を悪くさせながらも尋ねて来た。靴を履いた、履いてないだけで人間変わるのかと聞かれて、中井はキッパリ頷いて言い切った。
「えぇ、変わりますよ……床というか、地面を踏み込む力がダンチで変わります、それだけでステップの鋭さも変わって来ますから」
中井は、格闘技におけるシューズの有無を語り始めた。
「素足というのは、地面を踏み込む際に、地面の質に左右されるんです……神山の体得したムエタイという格闘技は、素足でリングに上がるんですよ」
「相手の選手は違うの?」
「はい、長谷部の格闘技ボクシングは、靴を履くんです。足の保護もありますが、何より拳に力を伝える為、そして床をしっかり踏んでステップや移動をしっかりとする為に」
明暗を分けている理由が、それなのだと、バックステップで離れようとする神山に、長谷部が簡単に追いつき、拳を放ち追い込む姿を見て、中井が答えた。
「しかもだ、石畳のリング……素足の神山にとっては、足がしっかり踏みしめれないストレスで、攻撃の力も伝わらない……対して長谷部は、しっかり踏みしめてモノにしている……これは、まずいかもしれない」
「では今から靴を投げ入れるか?」
「ルール違反よ」
ここに来て、大将神山真奈都が、地形効果にて追い込まれている様を実感するマリスや河上、3人が勝ちながら、大将が負けて予選敗退など嘲笑の的も良いところだ。
「シンヤ、何か手はない?」
焦るマリスより、何か手立ては無いかと問われる中井だったが、打撃系格闘技同士の対策など、中井にとっては専門外である、何も言えないままに、神山が打ちのめされる様を見届けるしか無いのかと、歯軋りをするしかなかった。
「心配するなよ、神山くんが打たれ続けると思ってるの?」
と、ここで3人の後ろから声が聞こえた、町田恭二だった。町田恭二もまた、横並びに皆の元へ歩み寄れば、追い詰められる神山を眺めて皆に言った。
「彼は仮にも、ここに居る3人と戦って、こうして戦っている……そう簡単に負ける程やわじゃない事くらい分かるだろう」
「しかしだ町田、あの様だ……悲観は浮かぶ」
あれだけ打ちのめされて、悲観しないのは楽観的すぎやしないかと河上に言われる町田、中井も同じと頷くと、町田が指差して見せた。
「良く見てみなさい、神山くんの動きを」
町田がリングを指差し、3人が、打ちのめされている神山を見る。
打ちのめされている……打ちのめされて……?
「辛うじて、避けている?いや!無駄が無い!しっかり見切ってる!?」




