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優性召喚者との野試合

 三木原の言う安宿は、ホステルというか、合宿所に近い形式だった。個室か、はたまた相部屋か、そして希望があれば簡単な食事を、追加で代金を払って用意して貰う形式だった。


 相部屋で荷物を盗られるのも嫌なので、俺は個室飯無しで、とりあえず部屋を取った。簡素な部屋、寝るだけの部屋に通されたが、ベッドはなかなか柔らかく寝るのに苦労はしないだろう。


 そこから一度寝て、目が覚めたら夕暮れ時になっていた。安宿の外が騒がしい、寝起きの汗の気持ち悪さ、詰襟を着たまま寝たから汗をかいたか、俺は詰襟を脱いだ。


「まずったな、一張羅じゃん……」


 どうせなら、拳奴の服を記念に貰っておけばよかった。だが分かった事がある、このジダトという国、結構暑い国だ。しかし……この暑さに俺は懐かしい物を感じた。


「バンコクもこんな感じだったな、いや、もっとゴミついていたか」


 そう、中学時代のムエタイ合宿、バンコクの熱気にそっくりだった。眠れない暑さをガンガンに冷やす効きすぎるクーラー、一歩出れば夜でも熱気が凄まじい。メインの通りを埋め尽くす露店に屋台、小路にも屋台が並んで、様々な嗅ぎ慣れない匂い、臭いが鼻を刺激する。


 部屋にクーラーなど無く、熱中症になりかねない。詰襟を脱いで、シャツと制服のツータックとなり、俺は革財布を掴んで、ジダトの夜を歩く事にした。




 自分が昼間に歩いていた街路には、ちらほらとだが屋台が並んでいた。そういえば、興行主の元で拳奴として飼われていた時、飯の不自由が無かった事を思い出す。


 時間は決まっていたが、肉も、魚も、野菜、果物も給仕が好きなだけ用意してくれた。ただ味は……無かった、調味料慣れした現代人に、焼かれただけの肉や魚は少々キツかったのだ。


 変わりに野菜と果物は美味かった、シャキシャキ新鮮生野菜は、スルスルと腹に入るし、果物の甘露はすっきりとしていた。危うくベジタリアンになりかけたくらい、肉も魚も少なく、野菜ばかり食べていたのだった。


 それが一度放り出されたら、なんと芳しい匂いが漂っているのだろうか。砂糖系の甘辛な匂い、発酵臭、炭の匂いが街路に漂っている。


 しかもだ、この世界には鶏が居る、現世と変わらない鶏だ、鳥肉があるのだ。俺の近くの屋台で早速、手羽先が串に貫かれて焼かれているではないか。


 が……悲しきかな、今俺の腹は警鐘が鳴っていた。あの手羽先は、絶対美味いと確信があるのにだ。そう、今の俺の胃が、肉を受け付けない胃になってるのだ。拳奴の食事で野菜や果物ばかり食べていたツケが、今来たのだ。


 俺は鼻から深呼吸して、お腹をさすりながら息を吐く。ゆっくり腹を、慣らして行こう、ゆっくりだと押さえ込む。


 それに、三木原からご馳走されたザクロジュース三杯が、まだ俺の腹を十分満たしていた。空腹感がまだ無いのだ、これまた拳奴時代の弊害か、この暑さ故の食欲減退かは分からない。


 ただ……三木原が言っていた、広場のストリートファイトの方が、この屋台の匂いよりも、興味を惹かれているのは確かであって、炭火の煙や匂い、まばらながらに居る人の間を縫って広場に足が向いているのは確かであった。




 広場についた、そもそも、ここはこのジダト国のどのあたりになるのやら……。


 方角は?西なのか、東なのか?そもそもそんな方角を指す言葉はこの世界にあるのやら……とりあえず、俺が拳奴として戦っていた、中央闘技場から離れているのは確かだった。


 広場は騒がしい、そしてその騒ぎは一つの人垣から上がっていた。見れば簡素な服やら、整った身なりと様々だ……貧富に差も無く、熱狂している。


 そんな熱狂を裂くように、カランカランと甲高い鈴の音が響き渡った。


「さぁさあ!次の勝負のオッズは2対4だよぉ!張った張ったぁ!」


 成る程、ここで間違い無いみたいだ、人垣の円を歩いてみて、俺はこの声の主を探した、賭けの元締めがそいつだろう。しばらく歩けば、陽気な金髪の男が、簡素な木組みの椅子に座り、渡され行く掛け金を勘定して木札を渡していた。


「よーし締め切りだ!!始めてくれ!!」


 賭けを締め切り、金髪の男が縁の中心に合図を出した。中心にはこれまた、中々に鍛えた男二人が上半身裸になって睨み合っていた。


 そして開始の金が鳴らされ、互いに殴り合い始めた。場末の酒場の様な喧嘩だ、素人同士の組み合っての殴り合いに、まぁそうだわなと俺は溜息を吐いた。明らかだった、闘技場の闘士よりもレベルが低い。


 しかしせっかく来た身でもある、俺は金髪の元締めに声を掛けてみる事にした。


「ねぇ、ちょっと」


「悪いな兄ちゃん、参加は次の賭けからだぜ?」


「いや違う、出たいんだけど、選手で」


「何?」


 元締めは、賭けなら次からと言うので、試合に出るにはどうしたらいいと聞いた。が、元締めは俺を見るなり、その目を上から下まで満遍なく見てから……クスリと笑った。


「やめてくれよ、闘技場あがりだろ?有名だぜ、マーナートくん?」


「あ、ご存知でしたか?」


「あんたには儲けさせて貰ったんだ、ここは素人が出る場だ、アンタが出たら賭けにならねぇ」


 残念ながら元締めも、俺を知っていたらしい……場を荒らしてくれるなと頼み込む様な口振りで、試合には出せないと断られた。結局ここも同じだったか、いよいよ自分の生きる場所を失った感覚に、俺は溜息を吐いた。


 そうすると早々に試合も終わった、どうやら4倍返しの選手が勝ったらしい、木札を苛立ち投げ捨てる客も居れば、金髪の元締めに木札を渡し金を受け取る客も居た。


 もう帰るか、帰りに通った屋台で夕食を買って、明日から働き口を探そうかと、元締めに背を向け、歩き出したその時だった。


「俺に挑む奴は居るか!俺に勝てば、この金を全てやるぞ!」


 そんな声が、人垣の中から聞こえた。思わず素早く振り返った、そして人垣の中を覗き込めば、中々に綺麗な服を着込んだ、俺と同じくらいの背格好の青年が、足元に重そうな袋を置いて、人垣向かって叫んでいたのだった。




「どうした、中央の召喚者と戦える機会だ!腕のある奴は出てこい!対価も取らん、勝てば一攫千金だ!」


 茶髪の優男だった、服の上からでも分かる、華奢な細身の男は、賭け試合の円の中で煽る様に声を上げる。そして、そんな優男の青年に、誰も挑もうとする者は居なかった。


「なぁ、なんだアイツは?」


 苦虫を噛んだ様な顔をする、金髪の元締めに、俺は再度話しかけた。


「中央の召喚者だよ、たまに居るんだ……勝てるはずがない民衆をこう煽って、退屈凌ぎをする奴が」


 成る程、迷惑客か、しかも召喚者……見れば両手に模様があるのを見て、俺はこの優男が優性召喚者と理解した。その傍らで、元締めはぶつくさ場を荒らす召喚者に文句を垂れていた。


 そう、優性召喚者とやらで、迷惑客だ……俺は思わず鼻から息を吐き出して笑った。なんてこった、ツいている、優性召喚者とやらと戦えるときた、元締めも預かり知らないアクシデントなら、出てもいいだろう。


「相手は不問らしいな、おい、元締めよ、出るぜ」


「ま、待てマーナート!やめろ!俺たち平民も、アンタみたいに強い闘技場の選手も、アイツら召喚者には勝てないんだ!」


「知らないな、そんな道理!それ程強いなら……逆に滾るんだよ、格闘家はなぁ!」


 ワイシャツを脱ぎ捨て、インナーシャツとズボンで、人混みを掻き分ける。そして大層に演説こいてた茶髪の優男が、人垣から出てきた俺を見た。


「ほう、命知らずの馬鹿が釣れたみたいだな?」


「大層な口じゃねえか、相手になるぜ召喚者様よ?」


 茶髪の優男の口振りが、更に俺を昂らせた。そのままインナーシャツに手をかけて、ゆっくり脱ぎ捨て、上半身裸となれば、人垣から声が上がった。やはり、挑戦者を待っていたらしい、声が上がり始めた。


「ふん、どうやら見せかけの筋肉で虚勢を張ったようだが、優性召喚者たる僕にはそんなもの通用しないぞ?」


「優性召喚者様は素人らしいな、これが見せ筋だと?」


 茶髪の優男が、見せ筋のコケ脅しと俺を評した事に、俺はこの優男が格闘技に関して素人であると心中で理解した。しかし……優性召喚者の実力を持つのだ?そこだけが俺に、少しの恐怖心を抱かせていた。


「我々にとっては無意味さ、与えられたクラスとスキル、それが実力を示す全て、いかな鍛えたところでキミと僕にはそれだけの差があるのだよ!」


 優男が断じた、この世界は与えられたクラス、スキルが全てだと。そして、そんな優男の両手の甲には、色濃いしっかりとした模様が刻まれていた。


「無謀な挑戦者に名乗っておこうか、僕は田辺康隆、『格闘家』のクラスを持ち、尚且つ『疾風』のスキルを持つ、選ばれし優性召喚者だ!」


 クラス、そしてスキルを名乗り上げた、優性召喚者たる田辺康隆……だが、俺がそれに畏怖を抱く筈がなかった。まず、優性召喚者のクラスも、スキルも、種類を知らないから、怖がりようがなかったのだ。


 次に、奴の『クラス』だ。こいつ今……『格闘家』と宣ったか?それが俺に、ある言葉を吐かせるのだった。


「で、流派は?」


「何?」


「流派だよ流派、空手か、ボクシングか、柔道か!何の格闘技なんだよ!」


 それを聞いた田辺は、右手を前に差し出し、腰を落として宣った。


「流派などと、俺はこの世界で選ばれた格闘家なのだ!最早現世の格闘技が、この僕に打ち勝つなどできるわけがない、見せてやろう!疾風の如き連撃を!」


 それが、開始の合図だった。観客達は目の当たりにした、優性召喚者を名乗る茶髪の青年が、脱兎の如く踏み出して、挑戦者たる黒髪の、絞られた肉体を持つ青年に、素早く踏み込む様を。


 皆が予見した、あと数秒後に倒れているのは、その黒髪の青年であると。平民と、召喚された者の力の差は歴然、決して覆りはしないのが事実だと。


 しかしそれは、数秒後に否定された。


「ぺぶしゃああ!?」


 声が響いた、奇特な声だ。そして人垣達は見た、黒髪の青年の右膝が振り上げられ、茶髪の優男の顎を跳ね上げると言う、この世界の絶対なる力関係ではあり得ない光景であった。


「はが、ぶがが」


 顎を押さえ呻く田辺、疾風の連撃はどこへ放ったのやら、前のめりになり、足をふらつかせ必死に顎を押さえる様は、どうやら顎を砕かれたが故の行動だろう。


「おいテメェ、ざけんじゃねぇぞ」


「ぎひっ!」


 見下ろす俺を見上げた田辺は、素早く下がった。確かに早かった、軽量級選手の素早いステップワーク並みに距離を離してきた。恐らくだが、疾風というスキルが、その素早さを生み出しているのだろう。


 何せ足運びは素人だ、ひたすら逃げようとただ後ろに逃げただけで、簡単に追いつけれる。


 俺もまた、地を蹴り、田辺なる優性召喚者に追従した。そして、円形の人垣の際まで来てしまった田辺に追いついてしまった。目玉が驚きに動き、田辺が俺から見て右に逃げようと、足を動かしたのを見た俺は、左足を軸に地面を踏みしめ、右足で地面を蹴った。


「ッシィイ!」


「かべっご!?」


 右足脛が、田辺の左脇腹に食い込んだ。そのまま田辺は膝をガクつかせ、遂に崩れ落ちて目を見開き……。


「ぶげぼっ!ごげぇええええ」


 吐瀉物を地面に撒き散らした。



 人垣たる観衆の誰もが、その現実に目を疑った。平民が、優性召喚者を倒した。しかもたったの二発で、優性召喚者が膝を折り吐瀉物を吐き散らしている。こんな事が、起こるわけが無い、ある筈がないと、しかして広がる現実を、信じられずに立ち尽くした。


「ゲェエええう!……ま、まじゃが、ぎ、ぎみもゆうぜ、い、じょうがぶびゃ?」


 顎を叩き割られ、吐瀉物を吐き終えた田辺が、震えて涙を流して左脇腹を右手で押さえながら、俺へ言葉にならない呻きを上げた。俺はそれに対して、舌打ちをしながら、田辺の後頭部あたりの髪を左手で引っ張り掴み上げ、言ってやった。


「俺は、劣性召喚者だ、田辺とかぬかしたな、テメェ……こんなナリで格闘家って嘯きやがったなぁ?」


「ぴぇ……」


 田辺は信じられないという顔を俺に向けた、しかし……そんな事よりも俺には今、心中で湧き上がる感情があった。それは怒りだ、優性召喚者と言ったこの田辺康隆は、自分を格闘家だとか嘘を言った、クラスだか何だか知らないが、俺にはそれが許せなかった。  

「シッ!!」


 だから、そんなクソ吐く口を塞ぐ事にした、身に付けた膝蹴りで。


「ぴぇ……びぎぃいい!」


「選ばれた格闘家だ?疾風の連撃だ?現世の格闘技じゃ勝てないだ?おい、もう一度その口で、いってみろやぁッ!」


 右の膝を放つ、鼻が曲がった。


 また放つ、鼻が潰れて前歯が砕け落ちた。


「ぶぎぃびぃ!!やべ、あべ!」


「こちとらちったぁ期待してぇえっしゃあ!テメェにぃ!挑んだんだ、ぞるぁああ!」


「げべが、がぁあ、が、がああ……かっ」


 三度放つ、下顎が歪んだ。


 四度放つ、口が異様に開いた。


 五発目、右目下が凹んだ。


 それでも許さない、格闘家を嘯いた事、期待した俺を裏切った事、何よりそのナリで、実力で俺に勝てると勘違いをしていた事を、徹底的に、理解させようと膝を放つ。


 六発目、喉に突き刺さり呻きも途絶え、血のあぶくを吐き始めた。


 七発、右目から血以外の液が垂れだした。


 八発と放とうとして、俺は気が済んだので、手を離した。


 田辺の身体が、前のめりに倒れて、痙攣しながらその地面に着地した顔面から、ジワジワと血液が広がっていった。


「チッ、暇つぶしにもならねぇ」


 俺はその痙攣する背中に唾を吐き、奴が置いていた、勝ちの報酬たる中々大きな革袋を持ち上げ、肩に担いで、人垣を抜ける。先程まで陽気だった金髪の元締めが、今は言葉を一言も発してこない。


 その近くに脱ぎ捨てたカッターシャツを持ち、人垣の中で脱ぎ捨てたインナーを思い出したが、今更取りに行くのも格好つかないと考えた俺は、静まるストリートファイトの人垣を後にした。

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