鮮烈なるデビューを 3
1999年1月15日、後楽園ホールにてこの六秒の秒殺劇は生まれた。
日本が誇る総合格闘技団体『修斗』
初代タイガーマスク、佐山聡が始めた団体は『シュート』と言う、プロレス用語の隠語『真剣勝負』を指す言葉から、『シューティング』と呼称され、やがては『斗むらいを修る』と言う言葉を当てて『修斗』となり、この格闘技体系、団体が始まった。
その修斗、総合格闘技黎明期の時代には『修斗四天王』なる四人のファイターが存在した。
『奇人』朝日昇
『大和魂』エンセン井上
『野生のカリスマ』 桜井"マッハ"速人
そして
『修斗のカリスマ』佐藤ルミナ
この秒殺劇を起こした四天王である。
1999年1月15日、後楽園ホール。
佐藤ルミナvsチャールズ・テイラー戦
佐藤ルミナは、開始早々相手に組みつき、相手コーナー付近にて飛び付き腕十字を敢行、見事に腕を極めてタップアウトにより勝利した。
その試合時間が、6秒間である。
神山は、中井が秒殺宣言した際の6秒への言い直しで、何となくだが勘付いていたのだった。
「っしゃいぃいい!」
中井は両手を広げ、サイドステップを続ける。二階席の闘士達からは、いったい何が起こったのか、三島は何をされたのか理解が及ばず、ただ硬直し、その光景を見るだけとなった。
「た、担架急いで!早く!」
審判がすぐ係員達に担架を運ばせ、三島はそこに乗せられ呻いていた。
「シンヤ選手!元の位置へ!シンヤ選手」
「お!喜びすぎたかな……」
審判に呼ばれて、中井はやっと元の位置に戻り、審判が中井側の手を上げた。
「ただいまの試合、シンヤ・ナカイ選手の勝利、シンヤ選手?次の戦いには出ますか?」
そして改めて、勝利を宣言して貰った所で、次の試合にも続投するかを投げかけられた。
展覧試合、公式戦ルールでは、勝ち抜き戦を採用されている。4対4で行われ、どちらかのチームが全員戦闘不能となった時に勝敗が決まる。
ただし、勝利した側は続投するか否かも決める事ができる、ここで続投を拒否した場合は戦闘不能扱いとなる。
秒殺劇により体力も有り余っている中井、本来ならばこのまま続投する事も容易であり、大概のチームはそうするだろう。
しかし……。
「あ、代わります、お疲れっす」
「あ、え!?」
中井真也、続投せず!自ら背を向け、TEAM PRIDE側のベンチに戻って行ったのだった。
一方……『サーブルクロス』側ベンチでは。
「は、羽瀬沼……三島、やられちまったぞ」
「な、何かの間違いだ……そうだ、そうに違いない……奴は劣性召喚者だ、いや違う、多分隠しているんだ、奴らも召喚者でなければこんな」
サーブルクロスリーダー……羽瀬沼隆、汗を掻き現実を前に逃避行動に移る。
「しかもだ、展覧試合予選、本戦含めて、こんな秒殺は無かった……公式記録だ、三島は……展覧試合最速敗北記録に……」
「やめろ、言ってくれるな、真希」
自分達のメンバーが、受付で破壊され、治したばかりなのに、正式な試合で秒殺される。しかも展覧試合史上最短記録の秒殺、それを行なったのは同じ優性召喚者では無く、劣性召喚者……その事実が重くのしかかってきた。
本来ならば、蹂躙し、思い知らせる立場だった筈、それが何故と羽瀬沼はベンチで頭を抱えた。
「なら、やり返せばいいさ」
そんな羽瀬沼の肩を、優しく叩いた男が1人。
「尾田……」
「どうやら、相手は引き下がったらしい、中井とやらはもう出ないし、試合自体はイーブン……俺が勝ち越してくる」
彼の名前は尾田健一、サーブルクロスの1人、彼は優しく笑って腰の剣を見せつけて、ベンチから出て行く。その背中は妙に眩しくて、このまま消えていきそうなくらいに輝いていた。
「ッエーイ!」
「ッエーイ!ナイス秒殺だ中井!ナイス跳び十字!よっ!飛び関十段!」
中井の右手に俺は右手を挙げてハイタッチをして、見事な秒殺劇を決めた中井を迎え入れた。まずは一勝、しかもこの異世界で『飛び関節』という、ダイナミックでアクロバットな技を披露してみせたのだ、これでTEAM PRIDEから、会場の他のチームはまず目を離せなくなっただろう。
「よし、では行って来るよ」
そして、次の戦いに繰り出すは……次鋒となるのは『空手貴族』町田恭二。町田さんは、せめて道着があればなとぼやいていたが、それはまたの機会に作って貰おうと、今回はこの世界の普段着らしい、簡単な布地の一枚着に、ツータックズボン、さらに革靴でスタスタと芝生に出て行った。
「町田、抜かるなよ」
「心配するな河上……手は煩わせん」
町田さんは年下ながら、何故か河上さんを呼び捨てにしているあたり、スラムでの絆があるのかもしれない。河上さんは町田さんに笑顔で送るその様は、負けなどあり得ないとでも言いたげだった。
「さぁ中井、見ようぜ……空手貴族の町田恭二さん、異世界での異種格闘技デビュー戦だ!」
「君ってさ、町田さんに対してはミーハーだよね」
無論、俺も楽しみであったりする。町田恭二の空手の試合は、直接打撃に伝統派と幾つか見てきた。しかし、この異世界で、武器相手の正式試合を観れるのは、俺達だけなのだ。
尾田健一は、芝生に上がってきた相手を一瞥する。相対するその男、町田恭二と向かい合うや、尾田はその雰囲気に違和感を感じた。そう、明らかに彼は、優性召喚者ではない、能力者特有の雰囲気が、全く感じられ無かったのだ。
リーダーたる羽瀬沼は、優性召喚者であるのを隠して出場していると予見したが、それも無いみたいだ。つまりは、あの中井だけがそうなのか、本当に全員、劣性なのか。
「両者下がって……」
だが、それは関係無い、たとえどんな物を隠しているか知らないが、俺には当たらない。尾田健一は、後ろに下がり、剣を引き抜くや、自分のスキルを発動した。
『サーブルクロス』は、全員が剣士のクラスで揃ったチームであり、その証として皆が三銃士の貴族に似せた服を纏い、装備はチーム名に冠したサーベルによる剣術で戦うチームだ。
神山達はこの後に知ったが、結成してから2年連続で本戦に出場している、新鋭ながら勢いある実力派チームであった。
その次鋒、尾田健一もまた『クラス』は剣士である。彼が持つスキルはーー。
『攻撃範囲可視化』
これは、敵が繰り出す攻撃の範囲を表示し、その軌道すらも可視化させる、いわば『見切り』に類するスキルだった。尾田健一は、このスキルを利用して相手の攻撃を回避し、そこからカウンターを取る、華麗な戦法で戦う。
「っじめい!」
スキル発動、そして尾田健一は、町田恭二を見て、その攻撃範囲を確認したーー。
「ーーえ?」
尾田は思わずそう口にした、初めの合図を聞いた町田は、その場を動いていない、しかし……表示された攻撃範囲が……明らかにおかしかったのだ。
尾田健一は、既に間合いに、町田恭二の間合いに入っていた!それを証明するかの様に尾田の足元に表示された、敵の間合いたる赤い発光で塗り潰されている!
「ちょっーー!?」
しかもだ!町田恭二を中心としたその攻撃範囲は……この練兵場のギリギリまで広がっているのだ!
尾田は理解に苦しんだ、なんだこの範囲は、なんだこの間合いは!背丈は平均的、肉体も確かに鍛え上げているが、それでもこんな範囲を攻撃できる筈が無い!
それを見て、尾田がバックステップした瞬間ーー尾田が最後に見たのは、町田恭二がいつの間にか飛び込んで来て、右手の拳が迫って来た瞬間だった。
スパァン!と、音が鳴った。それを聞いた練兵場の者達も、サーブルクロスの残り2人も、ただ驚愕するしか無かった。
宙を舞う尾田の身体、そして後頭部からという危ない場所から地面に叩きつけられ、身体が全て芝生に倒れ伏す。バックステップが行けなかった、前に踏み込んでいれば、前のめりに倒れていた。横に避けていれば、まだチャンスはあった。
町田恭二は既に、拳を当てて引き手を引いていた。伝統派空手は、飛び込みからの右上段逆突き、その一撃が尾田健一の意識を奪い去ったのである。
仰向けに、白目を剥いて、尾田健一は痙攣している。鼻は平に潰れてしまって、呼吸にはいびきが混じっている。
「た、担架!担架ぁあああ!」
「尾田ぁあああああああ!!」
サーブルクロス、尾田健一。開始8秒で敗北、本日二度目の担架による搬送が行われた。静寂を切り裂く審判と、サーブルクロスリーダー羽瀬沼の叫びが、練兵場に響き渡った。
「っぅううう!やっぱ凄えわ、町田さん!」
「なんなの今の踏み込み、弾丸?スポーツカー?」
俺は痺れて唸りを上げた、これだ、これなのだ。矢の如しの踏み込み、そして疾風の正拳、類稀なる当て感が見事に織りなす一撃必殺の拳。これで様々な伝統派の試合で、表彰台とトロフィーを掲げて来たのが、町田恭二、空手貴族、空手界のサラブレッドなのだ。
「いやはや……やはりいいな、他流でも試合は」
涼やかに戻ってきた町田さん、それに応えるのは河上さんで、そのまま拳を突き出す。
「見事だった、あれは俺も面食らった奴だな」
「嘘つき、見切ってたろキミは?」
「だが、抜けなかった、反撃できなければ負けよ」
過去、何かあったらしい。それを懐かしみ町田さんは河上さんの拳に、先程倒したばかりの右拳を当てた。
「では、参る」
そうしてから、次は河上さんが立ち上がった。傍に置いた愛刀を携えて、芝生の上に出ていく。
「あ、あー……河上さん?」
「む?」
と、俺はここで懸念している事を、改めて聞いておく事にした。
「あの、一応、確かに命がけの戦いですけど……惨たらしい殺し方は……」
「ーーなに、相手も覚悟の上だろうよ」
あー、ダメみたいだった。まぁ、相手も真剣使ってるし、覚悟はしている筈だ、ただ……。
「バケツ、用意しとく?」
「要るかもな」
町田さんも、中井も、もしかしたらを考えて、バケツを探し始めていた。俺は、あの夕暮れに河上さんと戦った。そして勝てた、しかし……今でも思うのだ、最後の攻撃を避けられたら、俺は殺されていたと。左脇腹の刃傷が未だに、疼いて仕方がない。
「河上さん……あまりグロくない勝ち方お願いします」
俺の願いは、果たして届くのだろうか。
「羽瀬沼……」
「何だ……」
「行ってくる……」
サーブルクロス副将、真希陽二は、項垂れるリーダー羽瀬沼に、そう言って芝生に上がり始めた。
「三島も、尾田も負けた、しかも奴ら……馬鹿にする様に1人ずつ、連戦しやがらない……勝ってくる、目に物見せてくる、だからお前は見ていてくれ……」
真希陽二は、腹を括った。三島が、尾田が無惨に散った。この仇は必ず俺が討つと、顔に火を宿して奮起する。なにが来ようと、何をして来ようと、俺が全て終わらせると意気を込めた腹持ちで、次の相手を見やる。
対するは、傍に日本刀を携えた青年、肉体は前三人に比べて細い、何より顔つきも男らしからぬ、しかし見据える目は何とも清らかだった。
こんな男が戦えるのか?それ程までに、刀が似合わない美青年を前に、真希は立つ。
「おい、お前」
真希は、その対戦相手より呼びかけられた。声もまた、澄んだ、男らしからぬ美声であった。
「お前は……剣士か?」
「何?」
「クラスを聞いている」
ただの質問、その筈なのに、真希陽二は肝を握られた様な感触を得た。
「だったら、何だ」
そうである、という意味を含んだ言葉を吐くと、優男はにっこり笑った。
「そうか、なら、斬らねばなるまいな」
その笑みを見た真希は、ただ肉体に走る悪寒にたじろいだ。何なのだ今のは、何だ、この寒さは……こんな寒さは知らない、こんな感覚は知らない。
審判に下がる様に言われる、それすらも聞き逃し、慌てて下がる真希……最早、入れ込んだ気ごと握り潰されたのだった。
やがて、抜かれる白刃は、濡れた様に綺麗で……真希は自らの腰の剣を抜きはしたが、構えすらも手が重く、やっとだった。
真希陽二、クラスは無論『剣士』保有するスキルは……。
『剣術+2』『見切り+1』
そして……。
『危機察知』
このスキルは既に発動していた、自分が危険な場面、命の危機に瀕した場合、肉体がそれを察知する、それにより敵の強弱や、何かを仕掛けている事を見抜くスキル。
真希陽二は、河上静太郎が剣を抜き放った瞬間、それが発動され、足が竦み、ただ構えるだけの木偶に成り果ててしまったのだった。
だから……開始の合図も聞き逃したし、迫ってくる河上に対しても何もできず、斬られた、巻藁の試しの如く、左肩から右腰に刃が通り抜け、そのまま背中を見せた河上を見つめ、真下に溢れ出す自らの臓腑を見て、膝からその池に崩れ落ちたのだった。
「木偶め、試しにもならん」
薄れ行く意識の中、真希が聞いた最後の言葉が、それであった。




