表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/206

プロローグ ナックモエ、異世界にて。

 あれから、何日経ったか分からない。いや、約二ヶ月近くだろうか?


 学校の教室に眩い光が立ち込めて、訳の分からない場所で目覚めたら、そこには『姫』を名乗る女が居て。


 やれ、クラスだ、スキルだ、勇者様だと宣った。何人かはその『クラス』やら『スキル』を手に入れたが、それを貰えなかったり、ハズレだと言われて蔑まれていた。


 俺も後者だ、何人かはそのまま城下に追い払われて、俺もその一人だった。


 とは言え、乞食とかになるわけでもなく、城下の人間も事情を知るや引き取ってくれた奴らもいた。なんでも『スキル』とやらを使って、店の手伝いやらで銭を稼げるみたいだ。


 勝手な話だ、呼び出しといて、役に立たなければ放逐し、後は知らんぷりとは。しかし……俺に至っては『クラス』とやらも持たず『スキル』とやらも現れなかった。


 姫とやらには、役立たずと烙印を押されたのは覚えている。そんな俺の引き取り手は……何とまぁ、見事な悪人面だった。




 薄暗い空間、挿す光も少ないこの場から、耳を打ち鳴らす歓声が聞こえる。その歓声が、薄い木のドアを、地面を、何より自分の肉体を震わせた。


『さぁさぁ!第五試合!!五試合目は一対一の素手による決闘だ!!まずは竜の門から、現在4連勝中の拳奴!ダグラスの入場だ!!その巨大な肉体と剛力で、対戦者を尽く地面に叩きつける力の拳奴だ!!』


 今日の相手の名前と特徴が聞こえた、つまりはプロレスか、アマレス……そんなタイプかと頭に描く。現世で戦った事は無いが……掴まるつもりは毛頭無かった。


『続いて対戦者!虎の門!現在破竹の11連勝!!

 なんとこの一戦を勝てば、この闘技場の歴代連勝記録を更新、その大一番を賭けて入場するは、王都中央から堕ちた召喚奴隷!誰が呼んだか、マーナート!風のマーナートだぁああ!』


 間違えて呼ばれる名前と共に、扉が開かれた。まぁいい、自分が体得していた格闘技の生まれ故郷に、居そうな人の名前で、若干気に入っている。


 それよりもだ……因果なものだ。本来ならば、現世の四角いリングで戦うはずだった自分が、まるで遥か昔のギリシャローマの、コロッセオの様な場所で戦っているなどと、誰が想像できようか。


 そして何より……その闘技場で、自分の持てる全てを振るうという歓喜は……現世のリングの上では中々できない事なのだから。


 眩い光が目を貫く、そして響き渡る歓声……。敷き詰められた砂の上を素足で踏みしめ、今日の相手を目の前にする。


 身長、約185cm、肉体は腕や胸、そして太ももに張りが見えて寸胴型……首も太い、レスラーの体型だ。体重も3桁あるだろう。そんな屈曲な男を前に、俺は立ち止まった。


 見上げる形に自然となる、自分も身長はある方だが、間近で見ればその差は歴然だ。


「ようチビ、そんななりで11連勝とはな?弱いやつとばかりやってんだろう」


 ダグラスなる巨漢が、ニタニタ笑ってそう言った。


「だがそれも今日で終わりだ、ここでテメェが這いつくばって泣く様、しっかり観客に見せつけてやるよ」


 大した自信を持っている、しかしその通りだ。巨大な肉体はそれだけで強い、それが正論、自信を持つのは当たり前だ、自然の摂理だ。そんな自信満々な相手に、僕は思わず笑みを浮かべた。


「なぁ……楽しいなぁ、おい」


「あぁ?」


 僕はそれだけ言って、背を向けて、規定の位置まで戻った。




『簡単な話だ、開放して欲しいなら勝て、そして稼げ、それがお前という商品が、開放される条件だ』


 悪人面の男が、裸体にさせた俺の周りをゆっくり歩きながらそう言った。


『召喚されてスキルもクラスも無い奴が行き着く先、男は奴隷、女は娼婦、良くて酒場の店員よ、だがお前は……肉体がある、だから俺が買ったわけだ』


 男は、剣闘士達を飼う興行主という奴だった。そして、俺は奴隷として競売に出されて、この男に買われたというわけだ。聞けば、同じ様に召喚された奴らが他にも居るらしい。俺の様な輩が行き着く先を、興行主は教えてくれた。


『開放されたくば勝つ事だ、剣でも拳でも、望む試合を組んでやる、ただし勝て……それがお前の居る場所のルールだ』


 何とも、単純明快なルールに、俺は頭を縦に振った。しかし……現世で着ていた『制服』は、奴隷には必要無いと取り上げられてしまった。上だけは返して欲しかったが、奴隷故、仕方ないと割り切った。




 この世界がどうかって?いい世界だよ、今のところはさ?何せ『戦える事』これ冥利に尽きるのだ。


 この闘技場で禁止されてるのは、眼突きと金的だけ。それ以外ならどこ攻撃していいんだ。脳天だろうが、膝頭だろうが、喉だろうが、この闘技場の素手試合はそれが許される。まぁ、その攻撃の危険性が、まだ浸透して無い程に、この世界は『格闘技』が芽吹いて無いのだろう。『剣』は例外かもしれないが。


 かと言って、敵は弱いわけではない。純粋な力勝負なら、俺は必ず負ける。血反吐を吐くのが見える、その差は歴然としている。


 それでも、俺は負けない。何故なら『技』があるから、体得した『格闘』の為の『技術』があるから。


『はじめぇっ!』


 戦いの始まりを告げる、鐘が鳴った。湧き上がる闘技場の観客、俺が振り向けば早速、ダグラスなる巨漢が突っ込んで来た。真正直に、真正面から!巨大なその足で加速して、肉体をぶつけてきたのだ!


「そぅるぁああ!」


 両の腕が、俺の肩へ伸び、指が肩肉に食い込んだ。感じる握力の、何とも凄まじきよ。このまま引っ張られたら、皮膚も肉も持ってかれそうだ、それ程の圧!それ程の力が入っている!


「ぬぅう!」


 その突進を両足で踏み堪えるが、砂地を抉り後ろへと後退してしまう。無論、見えた展開だった。こんなのは当たり前、そうなるに決まっていると俺は構わずダグラスへ両腕を伸ばした。


「小癪な!俺と力比べかぁ!」


 ダグラスは俺が、力比べをすると勘違いしたらしい。そんな俺の左手はダグラスの後頭部へ、右手はダグラスの、俺を掴む左手の、左肘へ、前腕を当てがい力を込めた。


「するかよ、馬ぁ鹿」


「なーーっ!?」


 この刹那、起きた事が、闘技場の観客を、引いてはダグラス自身を驚かせた。突進して、掴みかかったダグラスの両足が、地面に浮き上がるや、砂地へ身体が飛び込んでいったのだ。


『な、投げたぁあああ!何という事だぁ!?天を突くダグラスの巨体がぁ!地面に投げ倒されたぁ!一回りは違うマーナートがダグラスを投げ飛ばしましたぁ!!』


 実況がここまで聞こえて来る、余程のエキサイトだ。しかし俺は『投げ』てはいない、そう見えただけだ。それでも巨漢が地面に叩きつけられる様は、観客もますます盛り上がる。


 嗚呼、現世でデビューして、勝ち続けたらこんな感じだったのかもなと、最早叶わぬ未来を見るが、即座に振り切り、俺は両腕を広げて、倒れる巨漢を見下ろした。


「立てよ、もしかして怖くなったかぁ?」


 そうして煽ってやる、観客も、何より目の前の相手も、精一杯煽って焚きつける。見上げながら、額に血管を浮かべるほどに、怒りを露わにする巨漢のダグラスが、咆哮を上げた。


「ぬぁがあああ!」


 そうして、立ち上がり際にダグラスは、左腕を振り上げた。見え見えのアッパーカット、いや、そんな名前すら無い振り上げる拳。その有用性も知らないままに、只々振るわれた拳を俺はスウェーで避けた。


『ダグラスが怒る!巨人の怒り!当たれば一撃の拳が

 マーナートを襲うぅうう!』


 フルスイング、避けても分かる力の入り様は、正しく実況の言う通りだ。当たっては無事では済まない、まぁ当たりはしないがなと、左、右と規則正しく振るう拳を、俺は軽々と避けていく。


『しかし当たらない!掠らないぃぃ!これが風のマーナート!決して捉えられない風のマーナートの舞踊だぁああ!』


 大した事はしていない、全てが基本通りだ。スウェーバック、ダッキング、ステップを駆使して巨漢の拳を避ければ、それだけで会場がさらに湧き上がった。大層に風の舞踊と名付けられているが、練習を積めば誰でもできてしまう事だ。


 しばらく避け続ければ、ダグラスの息が上がりだし、腕の振りも更に遅くなった。そのまま掴みに来て粘れば、勝ちの目もあったろうに、自ら墓穴を掘った事に気付きもしない。頃合いだなと、いよいよ俺は自らが、心血注いだ技を、披露することにした。


「ぬぁああああ!」


 ダグラスが左足を踏みしめ、右の拳を振り下ろした。それを右側へ回り込んで避けつつ、右足を軸にして俺は左足で地を蹴った。そのまま抱え上げ、狙うは……ダグラスの前屈した左膝!


「ッシ!!」


 左脛が、ダグラスの左膝上部へ振り下ろされ、めり込んだ。ドンピシャのポイントを蹴り抜けば、ダグラスの怒り顔は一気に痛みを感じて崩れる。


「ぬぁぎ!」


 静止した刹那、俺は右の肘を折りたたんだ。


「っぇえあ!」


 そしてその右肘で、ダグラスの左こめかみを振り抜き、撃ち抜いた。右へと振れるダグラスの頭部、そして……めくれあがるこめかみの皮膚!


『出たぁあああ!マーナートの肘ぃ!数多の対戦相手を切り裂いた肘が!ダグラスのこめかみを切り裂いたぁあああ!』


「お、ぁあ……」


 体重を乗せた全力の右肘も、ダグラスは倒れなかった。悲しきかな、これが体格差、いかに全力を振るえど175cm65kg台の体重では、一撃いれてグラつかせるのがやっとだった。しかし、それで十分だった。


 俺は膝を着き、グラつくダグラスの後頭部を、真正面から両手で掴んだ。そのまま、次は左足を軸にして、右足を振りかぶる!


「ッアアッシャイイ!」


「ぎゃぶばぁあ!」


 そして、右の膝をダグラスの顔面へ叩きつけるのだった。


『始まったぁああ!皆様お待ちかね!マーナートの膝の嵐ぃいい!今日は何発だぁ!ダグラス逃げ切るれのかぁ!?それともこのまま倒れるのみかぁああ!?観客のみなさんもカウントどうぞぉ!』


 観客も、俺が膝を入れれば回数を数える、これがこの闘技場での、俺のフィニッシュホールドというやつだ。プロレスじみているが、観客の声は気分がいいし、何より連続で顔面への膝を撃てるのは……気持ちいいものだった!


 左、右、左、右!左ぃ!右ぃ!ちょっと変えて右ぃ!撃ち抜くたびに、変形していくダグラスの顔面と、必死に逃げようと、押せや引けやと、俺の腕を探しのたうつダグラスの両腕は、やがて二十三発目の右膝を放つときに、だらりと垂れ下がった。


 そうして、やっとダグラスの意識が彼方に飛んでいったと悟り、俺は優しく両腕を離せば、ダグラスは前のめりに地面へ倒れたのだった。


 鳴り響くは、試合終了の鐘、歓声は更に強くなり、轟々と鳴り響いた。


『試合終了ぉおお!前人未到の12連勝!!風のマーナートがぁ、巨漢ダグラスを完封勝利ぃいいい!!』


 実況の興奮も覚めやらぬまま、降りしきるはこの世界の硬貨やそれらを包んだ袋達、それに応えて俺は両腕を大の字に広げた。今日も勝った、そしてこの闘技場ともお別れと思うと、思わず心が締め付けられた。


 この場所で、俺はもう戦えないのだ。それが、あの悪人面の興行主との契約だったから。




 試合を終え、俺は闘技場の控え室で、興行主と対面していた。興行主は、机の上に大袋を積み上げ、その中から硬貨を数えると、別の袋に入れて分けると、それを綺麗に畳まれていた俺の現世の服である、制服の上に置いた。


「マーナート、分かるか、この大袋の山が?」


 興行主が、そう俺に語りかけた。


「一番下が、お前を買った時の値段の金、二番目が、お前が解放される為の金、三番目が……お前が稼いだ利益だ」


 三つの袋を指差し、その袋の中の硬貨が、何を示すのかを、興行主は語る。


「闘技場ではな、賭けがされている……お前は強すぎた、闘技場で賭けにならない選手はな、追放するのが習わしだ、お前はそうなった」


 興行主は、溜息を吐きながらも、その悪人面を笑顔に歪ませ、傍に居た使いの者に、制服と硬貨入りの袋を持たせて、俺に渡した。


「お前には充分稼がせてもらったよ、だが価値は失った、それを持って私の前からさっさと失せろ、マーナート」


「はっ、ひどい話だな、役に立たなければすぐ捨てるのか?」


「そうとも、稼げなければ必要無い……」


「そりゃどうも、ありがたく出ていかせてもらう」


 こうして、俺は晴れて、拳奴から解放されたのだった。約2カ月、全試合12試合全てを勝ち抜き、俺を買った分の代金を完済し終え、更にはこの興行主の私腹を癒した。その見返りが、奴隷からの解放と、しばらくは飢えないだろう端金だった。


「待て、マーナート」


「何だ?」


 そのまま出て行こうとして、俺は興行主に止められた。振り返らず、俺は用件を聞いた。


「お前さん、この地に来る前も拳奴だったのか?試合で見せた技、戦い方……全てがこの地には無いものだったが……」


 今更それを聞くのかと、興行主に呆れたと俺は溜息を吐いて、首だけを振り向かせて答えた。


「ま、近いです、人殴り倒して、金貰える仕事をする予定でした……」


「そうだったか……では、あの技や戦い方は、何か特別なものかね?」


 この世界に『格闘技』は無かった、俺は元の世界で、それにのめり込んでしまって、鍛え上げて、その戦いの場に上がるつもりだった。


 別れついでに、この興行主に教えておこうか、そうしたらもしかすれば……同じ様な奴に出会えるかもしれないと、少しの希望と足跡として残す事にした。


「……ムエタイって言うんだ、立ち技最強の格闘技、よく覚えとくといいよ」

後書き格闘技話


*ムエタイって何よ?キックボクシングと違うの?


ムエタイとキックボクシングは、似ていて違います。簡単に言うとムエタイを源流に空手やボクシングを組み合わせたのがキックボクシング。


元々は昭和に、ムエタイと日本の空手やボクシング選手と、アジア最強を誇るムエタイの対抗戦をする為に、考案された統一ルールで、そこからキックボクシングが生まれました。


キックボクシングは日本で生まれたスポーツであり、格闘技です。対してムエタイはタイが遥か昔から伝えてきた武道、武術、格闘技なのです。


キックボクシングもムエタイも、それぞれルールが違っていたり採点基準も違っています。


キックボクシングのルールでは、肘無しルール、昔は頭突きをありとしていた時期もありました。また、団体によりけりですが、やはりダウンを取る事、相手を倒す事が採点の重きになっています。


対してムエタイは、ダウンよりも相手にどれだけ的確に技が決まったか、首相撲で相手を制したかと、技の美しさに重きが置かれています。また、選手が笑顔かどうかも採点の一つとなっており、しかめ面だと追い込まれていると判断されて減点されたりします。


これはムエタイがタイ本国においてギャンブルの要素がある為、こんな形になったのだと思われます。


余談ですが、ムエタイでの秒殺や最終ラウンド行かずの決着は、八百長を疑われるレベルの出来事だそうです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 赤井さんから噂を聞きまして読んでみました! こんな話は大好きです! 続きも楽しみに読みたいと思います!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ