剛力と脱力
放たれた飛び膝は、高原の右頰にクリーンヒットした。勢い任せの喧嘩じみた捨て身の飛び膝で神山はそのまま地面に倒れ二転三転と転がる一方で、高原は数歩後退し転がった神山を睨みつける。
口端から血を流して唾吐き、そのまま袖で血を拭った高原が言い放つ。
「お前、あの時の俺が本気だと思ってるみたいだなぁ?」
「だったらさっさと出してこいよ、しっかり叩きのめしてやっからよ」
本気じゃ無いならさっさと出せと、立ち上がりながら宣う神山へ、売り言葉に買い言葉と高原の身体から、バチバチと可視化された稲妻が高原の身体を疾った。そこからは早かった、いや速かった。
「でぇりゃああ!!」
爆発的なダッシュ、まるでゲームのバグの様なステップインで高原は神山の目の前まで一気に踏み込み右アッパーを振り上げたのである。
「〜〜っっつぁああ……」
間一髪、空を切る右アッパー。しかし纏った稲妻が神山の身体に奔り、微かに感電した痺れを感じさた。魔法だとか、加護だとか、異能だろうが知るかと神山は臆さない。即座に次の攻撃を前に体勢を整えようとしたが……。
「チャアアッッ!!」
「おおっ!?」
それすら許さないと、電光石火のパンチコンビネーションで高原が攻め立てる!高原のパンチ主体、ボクサースタイルなキックボクシングは、パンチで圧力をかけて徹底的に押せ押せのスタイル。一度勢いが傾けば中々覆せない攻撃特化の戦い方を前に、神山は後退していく。円陣で囲い即席のリングを作っていた者達もその勢いに円を崩し、神山は広場の植え込みまで下がらされた!
「らぁああ!」
高原の突き刺す様な右ストレート、それは植え込みの生垣に吸い込まれた。それを隙ありと見るや神山が放つはーー。
「おらぁ!」
「おうっ!?」
ローキック!神山は生垣に腕を取られた高原の足を払う様に右のローキックを高原の膝裏に放てば、見事前のめりに倒れた高原。そこへーー。
「疾ッッ!」
「がぼっ!?」
まさかの、後頭部へ回し蹴りを放ち、蹴り足の脛と植え込みを囲う石積みでサンドイッチを敢行したのであった。
「しゃあっ!!」
「ごっ!!」
更にもう一発思い切り叩き込む!!
「だらぁあああ!!」
「げはぁあ!!」
最後は後頭部へ膝蹴りという、常人なら死んでもおかしくない勢いをつけての三連サンドイッチを敢行した!
「おい!卑怯だろうが神山ぁ!!」
「正々堂々たたかーー」
パァンーー!
観衆が神山の悍ましい攻撃に文句を言うも、それを黙らせたのは中井だった。中井は拳銃から漂う白煙を軽く吹いてから、観衆の召喚者に向けつつ言う。
「これ喧嘩、試合じゃない、文句ある?」
試合じゃないし喧嘩だからと、黙らせた中井。神山はそれすら知らずにぐったりと、顔を石積みに押し付けられた高原に、更にと足を振り上げた。
「脳みそぶちまけーー」
「がぁああ!!」
四発も許すかと、神山を止めたのは……石積みの石を引っこ抜いた高原であった。石積みの石が、神山の胴体に叩きつけられ粉々になるという度肝を抜く反撃に神山は勢いよく横倒れになった。
「おおっ……ご……まじかぁ……〜〜ああっ」
石積みの石を引き抜く馬鹿力に、理不尽さとそれくらいやってくるかと諦観を感じながら立ち上がる神山。しかもだ、あれだけ思い切り後頭部を蹴って顔面叩きつけたのに鼻血垂らすだけという事態に背中がゾクリとした。
「死ねやぁああ!」
「わぁあ!?」
倒れて呻く神山に、右足を抱えた高原が、容赦無しの踏みつけで頭部を踏み潰しにかかる!すぐに横へ転がり足底から逃げた神山の前で、高原が踏み抜いた石畳の一枚が粉々に砕けるわ、周囲の石畳も接着すら剥がれて浮き上がった。
これかと、城で自分をボロボロにした人外の力……生まれ持った肉体でも、才能ですらもない。しかして理不尽な、与えられた力。それが劣性と優性の違いと神山に分からせようと見せつける高原。
しかし神山、すぐに立ち上がり息を整えて反省する。また城での二の舞になるところだったと。まず、高原は現在体格こそ同じではあるが、パワーは最早ヘビー級以上の物を有している。一撃当たれば、こちらがいくら積み重ね追い詰めて作り上げた有利な状況を一気に覆されてしまう、熱に当てられ撃ち合いの乱打戦なぞ以ての外である。
落ち着けと、冷静になれと神山は自分自身に言い聞かせる。そもそも、この男に現世で勝った時いかにして勝ったかと神山は思い出す、こんな攻め攻めファイターに対する戦い方はと神山は記憶を掘り返した。
そして神山は、ゆっくりと両手を下ろしてリラックスして見せた。それこそ身体が自然に揺れるほどに、力を入れてないと高原が分かるほどに。これを見た高原が……はっとして目を見開いた。
「お、お前……っ!」
「来なよ、好きだけ打ってみろ」
そして、2回手を打ち鳴らしてから右人差し指をくいくいと動かした。明らかな挑発、そして高原は知っている……いや、網膜に、脳に刻み込まれている、この後自分が攻めた先に叩きつけられる景色を!
だからと言って退く事などできない。四聖として、この地の最高戦力として劣性の召喚者に攻めあぐねるなどあってはならない!
「チュラァアアアッッ!!」
高原から左ジャブのフェイントを掛けて右ローが放たれた、しかしそのローキックを神山は……。左足で太ももを踏み押さえて止めた。
「シッ!!」
「おぐ!?」
そのまま左足を地面に着地させ踏み込み、右の膝を高原のボディに突き刺す。流れる様な、無理矢理と見えない自然な動きで膝を突き刺され高原の身体が後退して距離を離される。
しっかり入ったなと神山は感触で、膝が鳩尾を穿ったと理解した。対して高原の顔は苦悶と苦渋と怒りでない混ぜで、何とも余裕が無い表情だ。
「おらどした?当ててみなよ」
「あぁああ!!」
高原が再び殴りかかった、全ての攻撃が必殺の威力を孕んでいておかしくない、その怒涛を前にしても神山の表情は崩れなかった。
「拳神様攻めろ!!もう神山は逃げるしかできないですよ!!」
「劣性の糞に実力差を見せてやってください!」
「ぶっ殺せーー!」
神山が、回避行動に移った瞬間それを流れが変わったと見て乗る内地の野次馬たち。それを中井達 TEAM PRIDEのメンバーは、野次馬の横槍だけは見逃さない様に気を張りつつも、この喧嘩の動向と、結末を予想する。
「見切ってるな神山、城の時みたいに熱くなってない」
「うわぁ……あれ、やられたら精神的にキツいなぁ、拳神……」
同じ打撃系格闘技の町田は、神山の攻められ続けている景色が野次馬と違う見方をできていた。中井も、攻撃を立て続けに振るって当たらない事による肉体的、精神的な辛さは理解できてしまい、攻め続ける高原が逆に追い込まれていると断じた。
攻撃が防御されるのと、避けられ空を切るのでは、全く違う。
当たり前の話だが、防御されるという事は攻撃が当たっている。相手も見切れていない、間合いも理解している、つまりいずれは攻め切れるという精神的な圧力が掛からないのだ。
全く当たらないのはダメだ、攻撃を避けられて身体が流れたら、その分余計に疲労が蓄積される。何より、自分の攻撃を見切られているというストレスが、精神を掻き乱しと更に追い込んでくるのだ。
神山は、避けに徹して高原のスタミナと精神を削ろうとしていた。それに気付いている輩が、あの召喚者の野次馬に居るのだろうか。
いや、居ない!居たとして、この熱気の中でそれを言える奴は居ない!行け行け押せ押せと、見れば攻勢の高原にそれを言えば、観衆が何を馬鹿なと宣うだろう。そんな雰囲気で沸き立つ空間とは裏腹に。
「疾ッツ!!」
「がぁあ!」
天秤がゆっくり傾き始める、離れた高原の左膝横に、神山のローキックが命中した。
「ぐぅうう!?」
高原の焦燥は隠せない程になっていた。離れればローキック、ミドルと打ち分け近寄らせず。近寄ろうとしても前蹴りにて押さえ込まれ、ステップで離され仕切り直しにされる。無理矢理距離を詰めても、膝を突き刺し、首相撲でコントロールされて結局は離される。
こちらは一切攻撃が当たらない、なのにあちらは当ててくる。まるで自分が相手に操られている感覚に、高原は余計に苛立ちを募らせる。
周りの応援が煩わしい、勝てる、行け、殴れとうるさい。お前ら分からないのか、追い込まれているのはこっちなんだよ。見てわからない素人がと高原は怒りを覚えたその顔は、それとかけ離れた苦悶に染まっていた。
そしていよいよ、決壊間近まで追い詰められた高原は、神山の行動に時を止められた。
「なーー」
神山が、右足で高原のふとももを軽く踏んで、それを支えに立って止まったのだ。そして見せた表情は、目を見開き睨めっこをする様な変な笑顔で、煽り散らす様に首を右へ左へ捻った。
「ん?どした?どしたんよ?んっ?」
「てめぇえぇえええ!!?」
高原の精神を堰き止めるダムは決壊した。怒りのままに大振りの左を出した瞬間、神山はそれを被せて合わせる様に右のフックを放ち、カウンターで顎を殴り抜いた。ドンピシャのカウンター!一般人も、普通の格闘家でも意識は断ち切れておかしくないカウンター攻撃!
だが、高原は倒れない!いや……倒れることができない!この世界で姫より賜りし『加護』と『異能』が、高原の肉体を強くしてしまい、意識をまだ繋ぎ止めてしまう!
「シュアッア!!」
神山が踏み込み、左の足を抱えた左ミドルキックの体勢に高原は自然と反応して右側腹部を庇う様に腕を下ろすもーー軌道が一気に変化して右こめかみを打ち据えた。
「おおーーっが……」
マッハ蹴り……フルコン空手の変幻自在の蹴り。見様見真似でしたとばかりに見せつける神山に、見ていた町田もおおと唸る。
そこまで来てようやく、観衆の応援が次々止まり出した。更に放たれたのは、重々しい音が鳴る右ミドルキック、神山の脛が高原の左脇腹にメリこんだのだ。筋繊維が潰れ骨も砕く一撃を持ってしても、まだ意識は途切れない。
力など抜くものか、むしろ……与えられた力が高原を負けさせてくれないのだ。
「おうっーー」
しかしそれも終わり、吐瀉物じみた量の唾を垂らしその場に棒立ちの高原へ、神山の両手が伸び頭を掴み引き寄せられ……思い切り引き込まれた顎へと右の膝が叩き込まれた。
ごちゅりーー。そんな嫌な音を鳴らして……遂に高原の両膝が折れて地面に着いた。