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着火

 年間を通して行われる展覧試合も、いよいよ残すは決勝だけとなった。


 誰もがこんなマッチメイクを予想だにしなかっただろう、出揃ったのはこの2チーム。


『ブルーラウンズ』

 さながら西洋騎士を模した鎧を身に纏った"シダト最大、最強"のチーム。前年優勝の成績を引っ提げ、此度も圧倒的な実力で本戦第一試合は前年準優勝の『ギガンテス』を、準決勝では『バスティオン』を撃破して決勝に進んだ。


 そして、もう片方はーー。


『TEAM PRIDE』

 外壁のチームであり、初出場、さらには出場選手全員が『加護(クラス)』や『異能(スキル)』を持たぬ劣性召喚者……しかし、現世で彼らは『武道』『格闘技』をその身に修め、第一線で活躍する程の実力を持った格闘家、武道家集団。


 この馬鹿げた異世界における劣性召喚者は、優性召喚者に踏み躙られ、利用され、嘲笑われる対象でしかない。それ以外は決して許されないと、世界はその理で動いていると信じてやまない。故に、TEAM PRIDEは『外敵』『侵略者』として、観客からは苛立ちと嫌悪を向けられている。


 そんな劣性召喚者チームが、まさかまさかの展覧試合決勝進出に、観客達はいい顔はできない。この世界にもそれなりの広告媒体やメディアが発達しており、この決勝戦はブルーラウンズの応援一色に染まっていた。



「実行委員会、マナトvsカイリ戦の正式な戦績発表、結果覆らず不満噴出、観客はマナト氏の失格を願う中でカイリ選手は完敗を宣言し落胆の声……」


 新聞が一部、テーブルに置かれた。


「ヴァルキュリア・クラン、TEAM PRIDEと合流、今後は提携し各種大会に参加か?ファン達怒りの糾弾……弱み握られたか?女神達の落日……」


 その上に雑誌が重ねられる。


「展覧試合名物実況者、マティウス氏逮捕、TEAM PRIDE本拠地へ襲撃し放火未遂が両腕を斬り落とされ返り討ち……TEAM PRIDEを許すな、再戦か失格を要求……裁判日程未定……」


 次は薄い新聞を粗雑に投げた、河上がメッツァー邸宅のリビングで、様々なこの世界の新聞や雑誌媒体の記事から見出しを読みつつ、次々テーブルに投げてため息を吐いた。対面に座る神山も、ここまでヘイトが向くとは思ってもいなかったと髪を掻く。


「やっぱり……あの勝ちがダメだったんですかねー……」


「聴衆というのは分かりやすい娯楽を求めるものさ、勧善懲悪、派手な決着……キミのあれは知ってもインチキだと言う輩しか居ないのさ」


 神山は、朝倉戦にて彼女の意識を不可視の一撃たる『直突き』で奪い勝利し、決勝進出を決めた。だが、観客からすればあまりにも理解ができない、理不尽などんでん返しで認められないと不満が膨らんでしまった。


 あの観客席の中で、何人が神山の技を見切って理解した者が居たか?河上ですら言われてやっと理解した技を、納得して受け入れる事が彼らに出来ようか?それこそ、河上の言う通り、観客は派手で分かりやすい展開を好む。


 この世界の観客はそれこそ『優性召喚者』による、派手な魔法や異能のぶつかり合いが見たくて会場に来ている、神山達が如何に格闘技や武術の技術を披露したところで、理解もできないし、する気も無いのだろう。


 神山は思った、こればかりはやはり自分が悪かったなと。この戦いを興行に置き換えて考えた場合、神山は勝ちに括った試合をしたのと同じなのだ。もしも、この時朝倉に派手な右フックでカウンターを当てていたら、少しはマシになったかもしれない。観客を沸かせる事もプロとして必要なエッセンスでもあると、自身も現世にてプロの試合を見てきたので、反省するべきと刻み込む事にした。


「ま、次は変な縛りも無いから存分に戦いますよ……しかしまぁ実況が襲撃来たのはびっくりしましたねぇ?」


「放火未遂は現世なら大罪よ、この世界の法は知らぬが……劣性無罪で釈放とかやりかねないなぁ」


 中でも驚かされたのが、実況者のマティウスの放火未遂だ。朝帰りの河上が目撃して、その手を斬り落として発覚し、憲兵に突き出した。余程こちらから勝ち上がってきたのが気に食わなかったらしい。この世界の人間まで、そういう差別意識の風潮は根深くあるようだ。


「本当、そんなに嫌なら最初から優性以外出場不可にでもしとけって話っすわ」


「荒れてるなぁ神山くん」


 ここまで様々なヘイトやアンチ言動に晒されてきたが、それでも聞かぬ知らぬ勝手に言え、こちらは力で叩きのめすというスタンスを貫いてきた神山も、流石に苛立ちを覚えてきた。


 そんな2人の会話の最中、リビングのドアが開き1人入ってきたのは中井真也であった。中井は少しばかり乱れた服を整えて、舌打ちをしながら空いていたソファにどかりと座り足を組んだ。


「襲撃?」


「ああ、返り討ちにしてやった、5人で一気に来やがった」


「これで三日連続……いや四日かね?町田も受けたらしいぞ」


 決勝進出からしばらくして、TEAM PRIDEのメンバーは度々襲撃を受けていた。決勝への参戦を許さないと、辞退か誰かが倒すまでこれは続くのかもしれない。中井は少し出かけた帰路に襲撃を受け、返り討ちにしたと得意気に話した。


 かれこれ中井は三日連続、町田も最近あったらしい……。


「俺のとこ来ないんだけど……今からその辺歩いたらエンカウントしないかなー」


「私もだ、最近は色町にすら姿を見せぬわ……」


「あのさ、毎回襲撃受ける身にもなってくれないかな、お二人とも」


 何故か神山と河上両名だけ、未だに襲撃のエンカウント無しであった。神山に至っては朝倉との件でガンガン来てもおかしく無いはずが、一切音沙汰が無い。河上は……むしろ挑みに来た奴らが今出てきたら、その男を尊敬できると中井は思った。


 こうして最近の話に花を咲かせていると、その話を聞いていたらしい誰かがリビングに入って言った。


「妬みは羨望と紙一重よ、しばらくしたら飽きて止まるでしょう……それまで大人しくするなり、来たらしっかり倒して追い返してやりなさいな」


 TEAM PRIDEの主人たる貴族、マリス・メッツァーが外行き用のドレスで三人の前に現れたのだ。


「聞いたか中井くん、主人たるマリス殿より直々に、返り討ちしてよしと来たぞ」


「どちらかに行かれるんですか、マリスさん」


 いよいよ主人まで、咎め無しでやってやれと遅れながらも許しが出たと河上は笑った。外出の出立ちになっている彼女に、神山は尋ねる。


「少しこの辺りを散歩、動かないのも不健康だからね……」


「あぁ、なら一緒に行きますよ、こんな状況ですし」


 マリスは運動不足解消で散歩に出ると聞いた神山は、今の状況もあるなら共をすると立ち上がった。しかしマリスは笑ってそれを制した。


「ナオキとヤシロが守ってくれるわ、ニーナも居る、マナト……貴方こそ愛しのレディに会いに行ってあげたらどう?」


 護衛には長谷部と緑川、ニーナが居るから貴方は朝倉と会ってきなさいと言い放ち、神山は赤くなって否定した。


「いや!付き合ってねーですから!あっちが勝手に!!」


「それだったら、断りを入れるなりするのが礼儀ではなくて?カイリに失礼よ、そんなだらしない事、うちの闘士がするのかしら?」


 なれば断るのも礼儀だろうと、見事な弁舌カウンターに神山の舌が止まった。まさか私の闘士が、斯様な無責任なことをするまいなと、念も押されて神山はたじたじと河上に目線を向けて言葉を絞り出す。


「だ、だったら河上さんはーー」


「セイタローはそういう、遊びだけでしょ?」


「いやはや、分かっていらっしゃるな、私の主人は」


 またも見事に切って落とされた、何という切れ味かと神山はもう何もできない。河上と神山のそれは違うと、遊びに理解あるご主人に賛美を河上は送った。


 ニンマリと優しく、それでいていたずらっ子を思わせる笑みでもって、マリスは神山に言い放つ。


「主人たるマリス・メッツァーが命じます、カイリ・アサクラへの返事を今日中にしてきなさいな?」


「し、しなければ?」


「大将をナオキに更迭するわ、礼は果たしなさい?」


 何という冷酷な命令だろうか、それだけを言い残してマリスは外に出て行った。神山は頭を抱え、そのままソファに体を預け呻いた。


「ひどないっすか、河上さん?」


「いやいや、キミが悪いよ神山くん、あんなに熱い口付けされておきながら、キミはあれから一度も朝倉さんに会いに行ってないじゃないか」


「どんな顔して会えと!?無理っすよ!まさかファーストがあんな昼ドラ真っ青海外ラブロマンスなんてされたら、どうすりゃいいか!?」


「そんなもの簡単さ、会って話して、デートする……で、夜に消えればいいのさ」


「あんたみたいに経験豊富じゃあ無いんだよこっちはよぉ!!」


 神山真奈都は顔に熱を抱えて河上に当たり散らす、あんな風にされてどんな顔したらいいか分からんと神山に、知るかさっさと会って今日はもう帰ってくるなといなして揶揄う河上。置いてけぼりを食らった中井も、せっかくだから揶揄う事にする。


「ならさ、断ればいいじゃん」


 というわけでと中井が火種を投げ入れた。さて、どこまでからかってやろうかなと真顔の中井から放たれた言葉に、神山はやはり詰まった。


「うっ……」


「好きでも無いなら振ればいいだけでしょ?」


「そう……だけど……」


「え?好きなの?」


「というわけでは……なんつーか……」


「あ、やりたいだけ?いいじゃん、ヤリステポイしなよ、楽じゃん」


 これには河上も流石に中井に待ったの視線を送った、明らかにライン超えのからかいだと。しかし中井は神山を揶揄うのをやめなかった。


「別に相手も何人かとやってる性病持ちだろうし、気楽にやって伝染されて来いよ、誰彼構わずあんな風に舌絡めてそうだしさ」


「ケツ掘られたような過去持ちが言ってんなよ……」


「ああ?」


 ほらこうなる、中井が神山の返した悪口に立ち上がったのを見て河上が、そこまでだと愛刀の鯉口を鳴らした。それを聞いた瞬間、中井も神山もピタリと止まって互いに舌打ちした。


「だがな神山くん……返事はともかく、一回は会いに行ってげるのは礼儀ではないかと私は思うのだがね?」


 確かに、それは礼儀ではあるだろうかと神山は、河上の言葉に納得して、部屋から出ていった。


「ちっ、伝染されちまえ、あたぁあ!」


「反省せい、中井くん」


 あいも変わらずの減らず口を叩く中井へ、河上は鞘にしまった愛刀を脳天に強めで振り落とした。悶絶した中井は床を転げ回り、河上はそのままソファに頭を預けて一眠りする事にした。


 

 神山は屋敷を出ると、出かけていくマリス達の背中を見た。確かに長谷部や緑川、ニーナも居て心配はなさそうだと安堵し、神山も門から出て内地のヴァルキュリア・クランのギルドに向かう為歩き出す。


 マリス達が向かった方角と真反対に伸びた街路へ、神山の足は重くも動き出す。会って何話すりゃいいのか、数日会わなかったし怒ってそうな気がして仕方ない……ていうか、どうするんな自分は、付き合うのか振るのか……初めてだらけで分かりゃしないと神山の頭を混乱させる。


 この瞬間、神山は後悔した。何で、マリスさんについていかなかったのかと、行かないにしろ中井や河上さんに話を繋げて一緒に行く雰囲気を作ればよかったと。でなければ、こんな事にならなかったのではないかと後悔した。


 キッカケは破裂音、いや……爆発音だった。それは背後から聞こえた、振り返った瞬間神山の目に写ったのは、硝煙か、爆炎か……ともかく煤けた煙が立ち込める様と、倒れ伏した……。


「えーーーー」


 倒れ伏した、マリス達の姿であった。


う あ あ あああああああああああああ!?


 絶叫と共に神山は、倒れたマリス達の元へ走った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 誤字修正 余程こちらなら勝ち上がってきたのが 今から辺歩いたらエンカウントしないかなー 年も押されて神山はたじたじと河上に目線を向けて言葉を絞り出す。 マリスとは邦楽が真反対の方角に…
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