完敗
日本拳法は昔から行われていた、『日本の総合格闘技』とも呼べるだろう。防具を装着し、打撃、投げ、関節技にて勝敗を決める格闘技である。
特に日本拳法を語る上でまず、クローズアップされるのが『直突き』と呼ばれる技、いわゆるストレートパンチ、正拳突きに当たるパンチだ。
ストレートパンチは、拳に最後捻りを加えて殴るのが一般的だが、直突きは拳を縦にしたまま繰り出す……それだけでは無く、パンチを打つにあたり競技によっては腰の動き、捻りもまた重要と説く。
日本拳法の突きは、突く為の手と同じ足を同時に動かす、つまり右手で突くなら右足を動かす『ナンバ』の原理を利用して重心を移動させて体重を乗せたパンチを放つ。
これにより、予備動作が少なく威力のある打撃を生み出す事ができるのだ。
「予備動作が無いという事は、モーションが省かれている、つまり相手からすれば、いつの間にか放たれていた、くらいまで感じるだろうさ」
まるで手本を見せるかの様に、町田が自ら試しにその動きを再現してみせる。普段の町田の打ち方と、今町田が再現した動き、違いがあるのかと理解できたのは……長谷部と河上だけだった。
「こう見るとボクシングとはまた違うな、空手ともまた足運びも違うし……」
「成る程、ナンバか……」
見て理解した長谷部、ナンバという古流剣術には親しい動き方という別視点からの理解で頷く二人、それに対して神山は他の厄介ファンの襲撃者が、一人倒されてたじろぐ中で振り返って町田に言った。
「あのー町田さん?そう一瞬で真似されたら俺の習得までかかった期間がもう哀れでしかないんですけど……」
そう簡単に再現されたら自分の立つ瀬が無いと苦々しさを漂わせる顔で、神山は町田に言った。哀れ、これが才能の差かと、神山がここまで長い時間を費やして体得したのに町田は即座に再現してしまったのだから、この反応は当たり前であった。
「真似はできる、だが……キミはそれだけではないだろう?だからそこの倒した輩も、朝倉さんにも通じた」
まだ他に秘密があるのかと、朝倉は自分の意識を奪った技に、そんな技術が詰め込まれた中にまだあるのかと朝倉は町田の言葉を聞き続ける。
「真っ直ぐ、正しい姿勢で、正しく拳を出して殴る事の何と難しい事か……キミがそれを積み重ねて体得したからこそ、可能にしたのだ」
町田は言った、普通に、ただ普通に正しい動きで拳を出すのがどれだけ難しいか?頭で理解しても、理論通りに動いても、すぐにそれができるわけではない。ノーモーション?縦拳?それで即座に出して放てる訳も無し。
巻藁、ミット、サンドバッグ……自然木……スパーリング……形は違えど格闘家はそれらの中で日々考え、試し、実践した積み重ねが拳に宿る。そうして積み重ねたから、神山に力が宿ったのだと町田は言い切った。それに比べたら、今しがた真似した自分の直突きなぞ、図解程度でしかなく使い物にならんだろうよと言い放つ。
「そう言われたらちょっと、報われましたよ町田さん……何せこの技、神童からダウン取った唯一の技なんで」
神山にとってこの技は、神童に唯一床に膝を付かせた技で、そう言われたら報われたと笑うと改めて厄介ファン達に向き直るや言い放つ。
「じゃあ、続きだな……相手してやるから来いよ、受けてたってやるからよ」
話は終わりだと、神山はいつもの様に構えて厄介ファンの襲撃者に言い放つ。最初の1人が倒された事により勢いを挫かれたのか、誰も挑み掛かりに来ない。膠着状態が続く中ーー朝倉が歩いて神山の前に出た。
「もう、いいでしょう……貴方達?私は負けたの」
朝倉にはもう、負けを認められないという感情など消え去っていた。理解したのだ、完敗だと、こうも見事に自分は倒されたのだと。観客はそれを理解できないし、神山の勝利を認められないと叫ぼうと、負けは負けであるし完璧に倒された、認めなければならないのだと。
「で、でも朝倉さん?こんな、見えない攻撃なんてずるっすよ!」
「あんな騙し打ちが通ったらこいつらのーー」
だが、厄介ファン達はそれでも認められ無いと、朝倉の為にと文句を言い出した。見えない攻撃なんて反則だ、騙し打ちだと言われた朝倉は、それに対して言い放つ。
「あんた達!魔法も特殊な能力も無しで拳一つで向かって来た彼を卑怯と言うの!?じゃああんた達や私達は何よ!?えぇ!?炎の玉だ風の刃だ水の弾丸に岩のつぶて!!そんな物使っときながら何も無い奴らに負けたら、その技術や積み上げて来た物を卑怯だなんて言えるの!!そんな事言い出したら、負けた私が余計に惨めになるだけなの分からないの!?」
朝倉は怒った、お前達が負けただなんだと言い訳して、それを擁護したりこんな行動するだけ惨めになるのは自分だと。何が卑怯だ、騙し打ちだ、彼らのそれは積み上げて来た技術、伝えられてきた技だ、それを貰った力を行使して負けて、卑怯だ姑息だというのがなんと無様で惨めな事かと襲撃者達を怒鳴りつけた。
「これ以上文句があるなら私が受けて立つわ!!TEAM PRIDEのバックには、私達ヴァルキュリア・クランが立つ事にする!!文句ある!?あるならかかって来なさい!!」
そして、文句があるならヴァルキュリア・クランというギルド自体がそれを許さないとまで言い切った。これには神山……いや、TEAM PRIDE全員、更には雇い主のマリスですらも驚愕する発言だった。
ここまで言われた、それ即ち応援していた闘士からの完全な拒絶……厄介ファン達は朝倉の言葉に言い返す事も、戦う怒りすらも沈められ、1人、また1人と背を向けて立ち去って行った。
「ふう、ごめんなさいね、こんな事になって……」
「止めなくて良かったのに……しかもあんな事言って……」
襲撃者が退散してから朝倉は神山に改めて謝罪した、いかなる理由であれ、自分が引き起こしたも同然の事態への謝罪に神山は、対応するのが難しかっただろうし謝る事も、止める必要も無かったと、やはり朝倉との勝負で好きに戦えなかった分戦いたかった欲望も交えつつ擁護した。
しかし、取り返しがつかない事を言ってしまったのも事実であった。まさかシードチームの一つが、しかも戦った相手の擁護と同盟紛いの宣言までして勢いで言ったなら済まないぞと一応確認する。
「いいわ、正直な話ね……私たちも女の闘士って事もあって槍玉になってた時代があったのよ、似た物同士なわけ……それに、もう分かってるだろうけど皆、武道や格闘技の畑出身もあるし、あんな事言われたら腹が立つもの」
「まぁ……正直スカッとしましたよ、朝倉さん」
今の今まで、溜め込んでいた不条理をまさか自分達では無い他人が吐いてくれたのは、確かに報われた気があったと、神山は口元を隠しながら笑う。
「カイリ・アサクラ……貴女達が望むなら、TEAM PRIDEはヴァルキュリア・クランとの同盟を歓迎するわ、そちらの貴族と話が纏まったら、いつでも外壁の本拠地へお越しくださいな」
「OK、話はつけてくるわ」
マリスも、本気ならばいつでも歓迎すると朝倉に正式な話をしたいと言うと、朝倉は話をつけてくると明るく笑った。
「えーと、じゃあ……握手でもしときます?」
戦いも終え、一段落がついて、まさかの交友が結ばれる場面となって神山は、とりあえず大将同士であり、拳を交えた相手同士握手でもしておけば形にはなるだろうかと、手を差し出した。
それを見た朝倉は、和かな笑顔でその手を握り返しーー。
「神山くん……知ってるかしら、メキシコの女の子はね?情熱的なのよ?」
「はいーー?」
ーーその時の事を、TEAM プライドの面々はこう語ったーー
『女子アマレスの霊長類最強を思わせる、ノーモーションタックルだった』 中井真也談
『明らかに意識の外から狙った攻撃だった、あれは見切れまい……いやお見事』 町田恭二談
『あっはっはっはっは!神山くん、本当にキミは楽しませてくれるねぇ!』 河上静太郎談
『何というか、本当……災難……いや幸福?違うな、女難か?兎も角まぁ、ご愁傷様……』 長谷部直樹談
『唇って関節があるんですねー、僕、全く知らなかったなー』 緑川社談
一瞬であった、神山の腕を引っ張るや朝倉は自ら距離を詰めて神山を抱きしめながらタックルじみた動きで地面に押し倒し、そのまま自らの唇を神山の唇に押しつけたのである。
「んーー!んぶ!?んぅえうう!!?」
それはもう、どんな音出してんだという水音を鳴らす情熱的なベーゼに、神山が呻きをあげて悶えた。TEAM PRIDE一同唖然とする中で、まず河上が声を上げた。
「あーーっと!朝倉選手奇襲のリップ・ロック!唇の関節を極めて神山を押し倒したーー!!」
「え!?いや、く、唇に関節は無いでしょ!?」
「いやある、プロレスのルールに明記されている」
「嘘でしょ!?」
河上が、実況を買って出るや唇の関節という矛盾に突っ込む緑川に、中井がルール違反では無いと解説。これでもう流れは決まった、なおも響き渡る、ねっとりぬっちゃり水音と、痙攣して助けを乞う様に腕を伸ばす神山へ長谷部がそこへ駆け寄りーー。
「ギバップ?!ギバーーーップ!?」
長谷部がジャッジとして神山を指差しギブアップかと尋ねる!やがて……神山の手がくたりと地面に落ちて、糸引かせた唇を離した朝倉が神山の身体から降りた所で長谷部が神山の手を握り、話で意識が無いのを確認し腕をクロスした。
「ウィナー!カイリ・アサクラー!」
町田が朝倉の手を上げさせ、ウィナーズコールを宣言し、試合終了の鐘がなった。
エクストラバトル
時間無制限一本勝負
●神山真奈都VS朝倉海莉◯
2:17一本勝ち
決まり手 リップ・ロック