不可視
ブルーゲートより罵声とブーイングを背に退場した神山は、見ていた河上と中井に迎えられた。神山はまず中井に手を出してハイタッチをしようと近づく。
「指導ありがとうよ、お陰で意識失わなくて済んだ」
「バカが、全くできてない、また一から教えてやる」
感謝に悪態を返しながらも、笑みを見せた中井と手を叩いて音を鳴らす神山、そして河上の方に向き直ったが、先に口を開いたのは河上であった。
「神山……一体何をした?」
河上ですら、最後に神山がいかにしてあの窮地から大逆転勝利を収めたのか分からなかった。位置関係上よく見えなかったのもあるが、それでも何をしたのかすら見抜けなかった自分がどうも悔しいと、河上らしからぬ渋い表情を神山に見せていた。
「河上さんも分からなかったか……少し嬉しいなぁ、へへっ」
「勿体ぶるな神山、早う教えよ」
河上の人外じみだ剣士の力ですら見抜けなかった事に少しだけ得意気になる神山へ、笑みを浮かべてさっさと話せたと河上は急かした。
「まぁ口で言うより見たほうが早いですから、また帰ったら見せますよ」
「ほう?ちなみに……口で説明したらどうなるのだ?」
「真っ直ぐ、綺麗に、お手本通りに殴った、ですかね?」
「そうか……」
とりあえず『殴った』のは確からしい、しかしそれでも見えないと言うのは、観客からすればこんな反応となるのは仕方ないのかもしれないなと、河上は頷いた。
「兎にも角にも、これで決勝進出だな……観客や審判が納得すればの話だが」
「再戦はちょっとキツイっすね、あれは一人一回通用するか分からない打ち方なんで」
どんな結果とは言え、勝利はしたのだ。後はもう、審判団の判断に委ねるとしようと河上の話に神山は苦笑して再戦したく無いと呟く。朝倉を倒した技自体、一度放てば二度目は無い方法と、謎が紐解かれていく。
「この後、特に何も無いですよね?観客席のマリスさん達と合流してさっさと帰ろう」
「中井、目は大丈夫なのか?」
「目にね、回復薬こう、どばあっとされてもう見えるようにはなってる」
「雑だなぁ……てか再生してんの?眼球……」
「蘇生もあるから今更って感じ……」
「確かに……」
余韻は皆無ながら、語りつつも撤収作業に入るTEAM PRIDE。その背から聞こえる罵声も何も我関せずと放っておいて、彼らは帰路についた。
「ーーーーーはっ!?」
その一方で医務室、朝倉海莉がベッドから目を覚ました。意識は混濁している左右を見て、朝倉は自分がどうなったのかも理解できなかった。何故自分が医務室のベッドに寝ているのか、試合はまだ始まってない筈と、時間すらも忘れてしまっていた。
それを見計らったようなタイミングで医務室のドアが開いた、入っててきたのはヴァルキュリアの副将、チームメイトの前田愛花だった。前田は意識を取り戻した朝倉に気づいて安堵を浮かべたが、すぐに沈み込んでゆっくり歩み寄ってきた。
「愛花、あの……試合は?」
「負けよ、海莉……」
「え?まだ、試合私してない……」
「貴方は神山と戦って、失神させられて負けたわ」
試合をした事すら覚えていない、実際ここまでの意識混濁はあり得る話だった。故に、朝倉はそんな事が信じられるかとすぐにベッドから跳ね起きた。
「た、タチの悪い冗談はやめてよ!まだこんなに頭もスッキリして、痛みも無いのに試合は終わってて……負けたですって!?」
「もう終わったのよ!海莉が最後の技を放とうとしたら……いきなり倒れたのよ!観客もブーイングや罵声がひどかった、何をされたのかも分からないけど……海莉は意識を失ってーー」
「認めないわ!!」
行動に移るのは早かった、負けたなどと信じられるか、認められるか、朝倉はそのまま医務室を飛び出て、アリーナの廊下に出るや、対戦者であった神山を探す為に走った。
「こんなの認められない、たとえ負けたとしても……もう一度やってやる!!」
朝倉は走った、既に会場は何も行われなかったと言わんばかりに静かで観客の姿も無い、ただ観客席に出た時は石畳のリングに様々な物が投げつけられて、それを清掃スタッフが必死に掃除したのが見えた。どれ程気を失っていたのだ、そう言えばもう空は夕焼けに染まっている、自分の試合は昼間でまだ燦々と太陽は照らされていたのにと、シダトアリーナな様々な場所を走り回る朝倉。
そして見つけた、単純だった、既に彼は関係者出入り口に出ていたのであった。朝倉がそこに到達し、扉を開けた瞬間ーー既に一触即発の状態がそこに広がっていた。
TEAM PRIDEのメンバー全員が、観客らしき者達に取り囲まれていたのだから。
「来るとは思ったけど……結構居るねえ……」
神山は荷物のカバンを足元に落として、周りを取り囲む暴徒化した観客達を前に言った。あの勝利を認めない、許さないと感じた闘士の観客達が、神山以下TEAM PRIDEを襲撃し、勝敗の取り消しを図りに来たのだ。
「お前がどんな卑怯な手を使ったか知らんが、あんな終わりや勝利は認められない!神山ぁ!さっさと詫び入れて決勝辞退しろやぁ!!」
厄介なファンの暴走、更にTEAM PRIDE自体憎む輩による襲撃を前に、戦い終えたメンバー達は全員臨戦体勢を取る。
「一人当たり……何人かな?」
「5人……いや10人か?」
「20でも30でも……1000でも」
中井が、町田が、河上がそれぞれ戦闘準備に入り、長谷部と緑川が雇い主たる貴族マリスを守る様、彼女の前に立つ。その中で神山が、すっと手を上げて皆を待たせた。
「こいつらは今日の試合の種明かしが見たいんだよ、納得させて帰らせるからさ、手を出さないで」
観客達は朝倉戦で自分が如何にして彼女を破ったのかを知りたいのだと、神山が自分で対処して帰らせると宣った。
「本人も居るし納得して貰うには十分だ、朝倉さん出てきなよ!砂被りで見せてあげる、あんたが如何にして倒されたかをね」
神山は朝倉が覗いていた事に気付いていた、朝倉は関係者出入り口のドアから出てきて、言われるがままに見る事となった。自分が負けた瞬間、その時何をされたのか、その目で確かめる事になった。
「おら、その一番前……来な、しっかり目ぇ開けてかかって来い!」
「ふざけやがって!言われるまでもねぇわ!!」
辞退しろと言い出した厄介ファンの闘士が、早速突貫して殴りかかって来る!朝倉、河上……いや、全員が神山が何を仕掛けるのかとその瞬間を凝視した。
その時は即座に訪れた。
一瞬であった……神山の右手が厄介ファンの顎を綺麗に撃ち抜いたのである。スコーン、と音が聞こえて来そうな右ストレートが、厄介ファンの顎を打ち抜き頭部を揺らし、そして朝倉が倒れた瞬間を再現するかの様に勢いよく前のめりに倒れた。
ただの右ストレート……本当に、飾り気も何のフェイントも無いストレートパンチに、朝倉は口が閉じれなかった。こんな簡単で、単純な技とも言えない技に自分の意識は刈り取られたのかという衝撃と、本当に早くて綺麗なパンチである事は見て取れた。
が、本当にそれだけか?全く見えなかった筈はない、側から見れば腕の軌道もしっかり見えたのに何故自分は綺麗に倒されたのかと疑問が浮かぶ。その疑問も、TEAM PRIDEのメンバーから答えを出され解決した。
「成る程、直突きか……神山くん日本拳法もやってたのかい?」
神山が使用した技術を、町田恭二が言い当てた。そしてムエタイをバックボーンとした神山が、まさか別の格闘技まで体得していたのを隠していたのか尋ねた。
「いや、これだけ道場に行って教えて貰ったんすよ、神童対策の秘密兵器としてね?」
教えて貰ったのはこれだけと、右の拳を見せながら神山は笑った。