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河上静太郎血染め肌

 副将戦が始まる。


 ここに来て互いに武器持ちの闘士……片や薙刀、片や日本刀。互いに向かい合い、目を合わせた前田愛花と河上静太郎。前田愛花は、目の前に居る美丈夫が、かの現世の剣道、剣術界にて名高き河上静太郎その人物なのかと疑問を覚えた。


 あの様な派手な入場で自らを誇示する様はどうも好きにはなれない、傾奇者でも演じているのかとすら呆れてしまう装いに、前田愛花の瞳は細く鋭くなり河上を睨んだ。


 その眼差しに対して河上は何も言わずに、一礼してからコーナーへ戻って行った。


 一方で河上静太郎、前田の携えた薙刀から既に間合いを捉えていた。後はその間合いより踏み込むだけだがと、自らの両足を見つめてから、いよいよ腰元の鞘より抜刀する。


「いざ……!」


『はじめぃ!!』


 試合開始の鐘が鳴った、前田も薙刀を中段に構えてゆっくり間合いを狭めようと歩きだす。河上は……。


「あれ?」


 いつもの下段の構えではない、珍しく中段に構えてこちらも機会を伺うかの様に間合いをゆっくりと詰めていく。河上静太郎は、基本構えは下段で戦っている。最も使っているのが相手の攻撃に合わせ下段より振り上げ、指ないし手を切り落として勝ちを決める。


 たとえそれが余程間合いの差があろう得物だろうと、河上静太郎には届かず得物と指を落とされるのが、およそ凡百の闘士たちが辿るであろう流れ。つまりは、山田愛花はそれができない手練れという事を認めている意味合いを持つ。


 前田の薙刀の間合いに近づく最中、山田は冷や汗をかいた。対峙し、近づいて分かる河上静太郎の殺気とも妖気ともつかないこの纏わりつく嫌な雰囲気……濡れた真綿を押し付けられた重苦しい感覚……やれ殺す殺すと口だけしか無い闘士にはない、本物の殺気を前に前田の身体は汗ばんだ。


 風が切れた。


 その瞬間、前田の薙刀の柄が河上の放つ袈裟斬りを阻んだ。そのまま返しとばかりに、間合いを取るがために前田が狙うは河上の踏み込んだ右足!それを刈って斬り落とす様に振るえば、河上は足を上げて回避した。


 さらに前田は身体を回しながら薙刀の柄尻を振るい間合いを取る、一瞬の剣戟に観客も、実況も息を呑んで見守るしかなかった。


 河上は初太刀を阻んだ前田のその反応に驚かされた、今のを普通に『防御』して、あまつさえ『返して来た』相手は、この世界でまずいなかったのだから。そもそもが避けに徹して攻撃すら出来ない輩、避ける事が出来ず倒れた輩、相打ち覚悟で飛び込んで来たのが神山くらいで、こうも自分と普通に付いてくる相手を前に、河上は興奮と戦慄を同時に感じたのだった。


 しかし……相手である前田からすれば、たまったものではなかった。よく反応できたと自分を褒めたい程に、今の一撃を反応して防げた事を驚いた。前田もまた優性召喚者、加護(クラス)は戦士という珍しくも無いが、この日まで修練を積み、現世でも薙刀を習っていたが為にそれを得物として今日まで生きてヴァルキュリア・クランの副将にまでなった女傑とも言えよう。


 そして戦士である以上『見切り』という、戦士や剣士が持つ動体視力を上げる異能(スキル)にポイントを割り振り会得している。その異能へ、如何にポイントを振り分けたかで、闘士たちの動体視力は強化される。


 だが、展覧試合にて河上の剣術、剣速を見た闘士達は皆、口を揃えてこう言った。


『見えない』と。


 それは、異能や身体能力では捉える事ができない極地点と言うべき速さであった。それを今前田は体感して、返すまでできたのは『目で』見切ろうとはしなかったからである。むしろ、今の今になって過去を思い出して、それができたと言うべきか……前田が見たのは河上の少しの初動だけ、後はいかなる攻撃をしてくるか想像してそれに反応できたというだけであった。


「流石……剣道、剣術界の絶望なんて呼ばれてますね……」


「おや、薙刀使いのキミもご存知とは」


「日本武道で貴方の名前を知らないなんて、それこそ徒手の畑の方だけでは?」


 そうしてようやっと、前田愛花は目の前の河上静太郎が、本物である事を理解した。同時に剣道でも剣術の畑でもない彼女が、自分を知っていることに少しばかり悦を感じる河上へ、逆に知らない輩はモグリ、エアプ勢だと前田は言い切った。


「有名ですよ、河上静太郎の上に剣士無く、河上静太郎に並ぶ剣士無し、全ての剣士は……河上静太郎の下にあり……剣の頂は諦めよ、諦められぬなら……河上静太郎が(とこ)に伏すまで待つしか無し」


 なんだその伝聞か歌はと、前田の話に観客はざわついた。そんなアニメや漫画じみた話があるものかと、この世界で剣を携えた闘士達は特に反応を示す。だが、この日まで河上静太郎は展覧試合において、劣性召喚者でありながら様々な剣士を相手に、無双の強さを見せつけて来たのは真実である。


「そんな俺から朗報があるぞ、前田よ?河上静太郎……今絶賛追い詰められ中だ、この世界で対峙した中で貴女は……一番強い相手と認めざるを得ない」


「口が上手ですね……」


「河上静太郎は、女を口説く以外に嘘は吐かぬよ」


「そうですか!」


 その話が真実か嘘かは知らないが、それならこちらもやりようがある!前田愛花は無駄無き体捌きで、河上めがけ薙刀を振るった!


「応っ!!」


 それに応える様に河上も刀を振るった、剣戟が弾け火花散る!その様が始まっただけで神山は、その異質さに気付いた。そもそも、河上静太郎は斯様な時代劇じみたチャンバラの様に刃をぶつけたりしない、回避してそれに転じて斬りつけるのがいつもの河上だ。


 時代劇でも刃をぶつけ合い、鍔迫り合いとなる場面がよく撮影されるが、実際かようにぶつけ合えば刃は欠けて、反りも歪み切れ味は落ちてしまう。そうならない様に避けては、避けながらに斬るのが真剣の戦いなのだと河上は呟いていた。


 それができない程、刀で弾かねばならない程に河上静太郎が追い詰められているという事実を、神山は見せられていたのである!


 それどころかーー!


「ちぃっ!」


 河上静太郎は初撃の踏み込み以降、間合いを詰めれずにいた!火花散る最中に、河上の肌に切り傷が……一つ、また一つと刻まれていく!こうまで踏み込めないものか!?あの河上静太郎がこうまで追い詰められるのか!!薙刀という武器には、そこまで優位性があるのかと神山は、よく前田の戦い方を入り口から注視した。


 何がそこまで、河上を追い詰める?剣と違うのは間合いでは?河上が攻めあぐねる様の中、しっかりと動きを追った。面打ち、胴……小手……足……?


「あ……あ!?そうか、やべぇ!?そりゃそうだわ!!」


 ようやく気づいて神山は、薙刀の恐ろしさに唸った。度々繰り出される足元への斬撃!所謂薙刀では『脛』と呼ばれ有効打にされるが、これが厄介極まりないのかとやっと気づいた。


 抜き身の薙刀で、そんな足元を薙ぎ払われたその時には……足など切り落とされて当たり前!剣術にはそれこそ流派で太腿まで狙う技があるが、あんな脛を狙う技は無い!しかも場合によっては視界の外の攻撃となる!その恐ろしさをようやく理解した頃には……。


「むっ……く!」


 河上静太郎が、後退して肩で息をするほどに追い詰められていた。



 前田愛花は、それこそこの剣戟において幾度も『死』の一文字を感じていた、しかしそれを何とか避けて、あの河上静太郎を追い込んでいるという事実に高揚すら感じていた。


 後退して息を切らす河上、服は切られて傷が白肌に刻まれて、所々に赤い幕や雫の線ができている。目元も座って、こちらを見ているかも分からない。


 そんな姿を見た前田は……赤面した。


「ん?どうした、赤くなって……ああ……見惚れたか?」


「あ、だ!黙りなさい!」


 真実である。河上静太郎というのは剣士であると同時にその面は何とも妖しげな美男子、肉体も他のTEAM PRIDEの面々みたいな筋骨隆々ではないにしろ、無駄を削いだ細身であり、そんな男が血に濡れ汗を流して笑んで語り掛ければ、くらりと来てしまうのはしかたない。


「ふむ、そうかそうか……もしや、斯様な事に慣れてないな?」


 河上静太郎は前田の反応にニヤリと悪い笑みを見せた、そしてーー。


「よい、しょお……」


「あ……」


 河上は、上着となる剣術着から腕を抜いて、脱皮するかの様に脱いだ。


 む わ あぁ あぁあ ああ!!


 離れているにも関わらず、そんな臭気が漂いそうな音が聞こえて来そうな……そんな河上静太郎の上裸姿に前田愛花はわなついた。


「いやはや、やはり汗をかけば蒸れるな……さぁ、仕切り直しと行こうか前田愛花?」


「き、着直しなさい!!今すぐに!!」


 さぁ仕切り直しと構える河上に、前田はキツく言い放った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 誤字修正 山田の薙刀の間合いに近づく最中、山田は冷や汗をかいた。 本物のさっきを前に前田の身体は汗ばんだ。 たが、展覧試合にて河上の剣術 異能や身体能力では捉えなる事ができない …
[一言] 脱衣が薙刀攻略に有効なのか あまりの意外性に電車の中で思わず吹き出しちゃった
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