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心を殺す

「な、何を言ってるんだお前!?私はまだ闘える!!お前こそ、何故当てないんだ!!」


 まだ戦う気か?町田恭二の問答に薬師寺は大きく言い返したが、その表情は最早悲惨であった。彼女自身その問答の意味を、しっかり分からせられている。それでもまだ自分の肉体に傷一つ無ければ意識もある、お前こそ当てもせず何様だと言い放つ。


「薬師寺さん……僕は……貴女に攻撃を当てる事はできない、貴女の兄である健一さんに申し訳が立たない」


「お前……お前が殺しておいてそんな事を吐かすのか!!兄さんを殺したお前が!!」


 この場で兄を持ち出すか、兄を殺したお前がと、怨嗟を込めた言葉を薬師寺は吐き散らす。神山は、その話にバルダヤで自分に語った町田の過去を思い出す。ここで初めて、神山は町田の因縁が薬師寺に繋がったのであった。


 これに対し、町田はたじろぎもしなかった。すうと鼻から息を吸い、薬師寺に言葉を返す。


「兄を殺したのは、貴女や健一さんの流派だ、奇跡的に完治し復活した彼を、無理矢理にプロキックの興行に上がらせて戦わせた館長、執行部……それをまだ見ぬふりするのか貴女は……」


 町田の話に、薬師寺は息を詰まらせた。彼女自身も理解している、理解して目を逸らしているのだ。何があったのかは想像に難くは無い、しかし薬師寺はそれでもと言い返す。


「お前と戦わなかったら兄さんは壊れなかった!兄さんは死ぬ事はなかったんだ!!それどころかお前は、私の友達までその手にかけた……それが何様のつもりなんだぁ!」


 お前には現世の人殺しの罪禍があろうに、何を偉そうに宣うか?私の友人を手に掛けながらメディアによって悲劇のヒーローにまで祀られ許されたお前が何を言えるのか……町田は……呆れ気味に彼女へ言い放つ。


「友達というのは……半グレのヤク密売の橋渡しや、美人局、さらには強姦紛いの動画を撮影して売り捌いていた輩の事か?」


「えっ……」


 町田恭二の言葉に、薬師寺はピタリと止まった。町田はその反応に、まさかと眉間に皺が寄った。


「知らなかったのか……キミは、彼らが、彼女らがしでかした様々な犯罪を……それとも、知って関わっていたのか?」


 さらに深く追求する町田恭二に、薬師寺は体を震わせて首を横に振った。本当に知らないらしい、知っていて関わったと思えないと、今知ったとばかりに彼女の顔から生気が抜け落ちていく。


「それを聞いて……安心したよ」


 町田恭二は、はぁと肩を落としながら一息を吐いた。



 

 一年前……薬師寺健一との戦いの後の事……町田恭二はその手で人を殺した。


 殺したのは、同じ学校のクラスメイトや、先輩達……所謂不良集団であった。彼らは快楽しかり、金のために町田のクラスメイトの女子生徒をいじめ、さらには強姦の動画を撮影して脅しあげようとした。


 そこに偶々、町田恭二が現れた……町田恭二は自らの『血気』を『正義』という言葉に被せてその場の全員を、空手で殺傷せしめた。町田恭二はその後警察に逮捕された。


 町田恭二も、殺人を犯した以上覚悟していた。だがしかし、事件はあらぬ方向へ転がっていく。何と、町田恭二に殺された者達は外部の半グレ組織に関係を持ち、普段から様々な犯罪に加担していたのだという。


 芋蔓式に露わになっていく全容、新たな泣き寝入りの被害者達と、殺された学生達の真実には最早『可哀想』などという感情は向けられず『殺されて当然』とまで言われる程の事態に陥った。


 さらに……町田恭二という『格闘家』を欲していた各種格闘技団体が、その獲得の為に動き出したのだ。恩を売り飼い慣らすために……。町田恭二がリングに上がれば、それだけ稼げると躍起になっていた、当の本人は『空手家として居続ける』と宣言していたが、そこにこの事件である。そして『悲劇のヒーロー』となれば、観客の受けも食いつきがよかろうと。


 さながら、オークションの様に、様々な団体が町田恭二擁護を宣言。嘆願書の制作、寄付金の呼び掛け……メディアを取り込んだ戦略の果て、町田恭二は実刑を免れた……。


 それが……『空手貴族殺人事件』の全容であった。



 町田恭二は、未だ震えて固まる薬師寺を前にしてしばらく黙って居たが、いよいよとばかりに右手を挙げた。


「審判……町田恭二は……この試合棄権する」


 その宣言を聞いた瞬間、薬師寺の目が見開かれた。観客も、神山ですらも驚いた。


『な、なんと!キョウジ選手が棄権を宣言しました!?一体、どういう事でしょうか!!』


 実況のマティウスもこの展開は予想できなかったと声を荒げる中で、審判が魔法障壁に駆け寄り侵入し、町田恭二に尋ねる。


「き、キョウジ選手!?棄権を宣言するのは本当か!?冗談では済まさないのだぞ!!」


「構いません……彼女はまだ負けを認めてない、戦う意思があるが……私はもう戦う気は無くなりました、彼女の勝ちで構いませんよ」


 自ら戦意を失い棄権すると審判に言った町田、困惑こそすれ、言った以上はもう取り返しはつかない。審判はキリリと顔つきを変えて、薬師寺の方に手を向けて宣言する。


「キョウジ・マチダ選手の棄権により、アヤメ・ヤクシジ選手の勝利といたします!!」


 町田恭二、棄権による敗北。それを改めて提示して貰った町田は、薬師寺に一礼して、観客達にもそれぞれの席の方角にも身体を向けて一礼をしはじめた。


 その呆気ない幕切れに、観客は驚きはしたが拍手が一つ、また一つと送られてやがて盛大な拍手が町田恭二に向けられる。観客から見れば、圧倒的な実力を見せながら、敵の執念へ尊敬を込めて敗北を認めたと見れるこの戦い。


 しかし……違う見方を捉えた者達からはそれぞれの言葉が出てくる。


「え、えげつないなぁ……こりゃ」


 神山真奈都は、その残酷な結末に体を凍りつかせた。


「ふん……卑怯者め」


 河上静太郎は、町田恭二の行いとこの雰囲気に侮蔑を吐き。


「へぇ、中々の台本じゃない……」


 朝倉海莉は彼が書き上げたこの幕切れを台本と捉えて感心した。


 拍手に送られて退場する町田恭二、どちらが勝者なのか分からないこの試合の景色の中、町田が魔法障壁から出る寸前ーー。


 事件は起きた。


「う、うぁああああああああああああ!!」


 叫びを上げる薬師寺彩芽が、背中を向け退場する町田恭二襲い掛かり、その背中向けて風の斬撃魔法、エアスラッシュを放ったのである。


「がぁあはぁあ!!」


 町田の絶叫と共に背中に奔る、斜めの紅の線。闘技場の石畳から飛び出て、二転三転と転がりうつ伏せに倒れた町田の背中から、道着を血に染め上げる程に出血する。


 観客も、実況も……神山、河上、そしてヴァルキュリア側の前田、朝倉ですらこの状況に驚愕するしかなかった。


「町田さん!!」


「町田ぁ!!」


 神山と河上が即座に入り口から走り出し、倒れた町田の元に向かう。


「あ……うっあ……」


 痛みに呻きを上げる町田に近寄って、神山はその惨状に火がついた。襲撃した薬師寺がまだリングに立っているのを見て、神山は詰め寄る。


「テメェ……負けを認めたのに背中から襲撃掛けやがったな!?ふざけんじゃあねぇぞコラァ!!」


「阿呆め……こうなる事が分からんかったか……医療班!!さっさと来い!!」


 先に詰め寄ったが為に河上は神山を止める事ができなかった、町田の身体を見て即座に医療班を呼ぶ為声を上げる。


「お前そこで待っとれよ!?町田さんの分までやったるからな!!」


 逃げるんじゃあねぇと石段を上がる神山、対する薬師寺の顔は……自分がしでかした事すら理解していないと体を震わせて、倒れ伏す町田を見つめていた。


「いかん!?審判団に衛兵来てくれ!!乱闘になる!!はやーく!!」


 この事態に審判が乱闘騒ぎと即座に招集を掛けた、そうして……ヴァルキュリア・クランとTEAM PRIDEの準決勝は、一時進行停止という形で試合が止められるのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 町田さんが健一さんを殺したわけではなかったんですね。完全な逆恨みかよ…しかも薬師寺の友達はとんでもない悪党じゃないか。血に飢えた拳で血祭りにあげたとしてもこれは社会自体が容認するわな。町田さ…
[一言] 薬師寺は既に卑怯者の誹りは免れず、この後続投すれば恥知らず、棄権すれば臆病者として非難されるだろうな。闘士としては終わり。そもそも今後拳を握れるのかも怪しいが。
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