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加虐主義者

 響き渡る程の轟音、およそ人が石畳に叩きつけられたその音は、最早落下事故にも似て、オリヴィエの顔面から容器をぶちまけた様に血が散乱した。


「がはっ……ぐっ……ううう!」


 渾身の投げ技、うつ伏せに投げっぱなしに倒れた中井は身体中の痛みを抱えて立ち上がる。左目、鼻、口……血は顔から道着の赤にすらも色濃く湿り気を作り上げる程に流している。


 そんな中井が立ったのを気づいたかの様に、オリヴィエも身体を震わせながら立ち上がった。人形の様な金髪も血に汚し、顔はもう人が見れば口元を隠しかねない惨状となっている。


「くそみてぇな、執念め……左目潰しやがって……何だ、あぁ?お前も……がっ……何か抱えてんのかよ」


 ここまで執念深い相手には中井も苛立ちを吐きつつ、感じ取るものがあった。自分と同じ、何かを抱えたどうしようもない人間なのかと。故に苛立つ、鏡を突きつけられた様で腹が立ってくると、返事もしないオリヴィエに中井は歯を食いしばり痛みを耐えて言い放つ。


「でもな、知ったこっちゃねぇんだわ……分かるだろ!互いにどうすりゃいいか!!」


「黙り……なさい!」


 ようやっとオリヴィエも言葉を返した、口から血の泡を吐いて、カツリと音立て落ちたのは彼女の歯、先程の足一本背負い投げで叩きつけられ砕かれた歯が粘質な血の涎に混じって、落ちたのだ。


「私から……奪うな!奪うなら殺してやる、お前を殺して……私は私だと証明する!」


「そうか、こっちも同じ……お前を、殺して!明日を手に入れる!!」


 奪われない為に、明日を生き抜く為に、願いは違えど二人の意思は同じ場所に到達する!!


 最早これは格闘技の試合でもなければ、決闘などと言う飾られた言葉で表すにはあまりに醜すぎた。


『生存競争』


 互いの尊厳を、意思を押し通し守る為の、獣同士の殺し合い。

 終わりが近づいて来た、互いにもう次が最後だと、見合ったまま動かない。何でも届く、何でも当たる、何でもできる!全てが相手の命を奪う必殺になり得る!


「うぁあぁあああああーーーー!!」


 先に仕掛けたのは……オリヴィエ!その頭蓋を蹴り砕いてやると渾身のハイキックを放ったオリヴィエ!


 しかし、その蹴りは当たらなかった。最後の最後、中井真也はその蹴りを見事に前のめりに踏み込むダッキングの形で回避して、勢いそのまま背を見せたオリヴィエの首に、腕を回した。


 チョークスリーパー、裸締め……そう呼称される頸動脈を絞めて失神させる技で、一気にオリヴィエの首を締め上げる。もがく、腕を外そうと爪を突き立て、引っ掻き、それでも中井の腕は外れない……やがて、だらりと腕が落ちて失神に至り……いよいよ持って審判が動いた。


「し、勝者シンヤ・ナカイ!!」


 試合終了の鐘が鳴る、それを聞いた中井真也は……もう力は残っていないとオリヴィエから腕を外す。支えを失い、がくりと石畳へうつ伏せに倒れたのを見て、中井もまた膝から崩れ落ちた。


「くそ……首をねじ折る力も……無いーー」


 殺す力も残らない程の死闘……疼く潰された左目と、身体中の痛みが、アドレナリンの供給が切れた果てに感じ始めて、中井真也は意識を失い石畳に倒れた。


『け、決着はつきました……我々は何を見ていたのでしょう……ただ……分かる事は……不触不敗の令嬢の神話は……今この瞬間打ち砕かれたと言う事は分かります……』


 実況のマティウスも、観客達も、ブーイングも歓声も出せないほどの壮絶な死闘は幕を閉じた。


       展覧試合準決勝、先鋒戦。


     ○中井真也VS三条原オリヴィエ●


          7:35 一本勝ち


     決まり手 バックチョークスリーパー


 


 中井真也、死闘を制すも傷は深し。担架で運ばれていく中井の姿を見て神山はない混ぜな感情を抱いた。よく勝ってくれただとか、目はどうなるのかと心配、ここまでほぼ無傷の中井がここまで追い込まれた相手の強さへの実感……自分も意識を切り替える必要があるなと、中井の担架を運ぶ医療班の姿を見送った。


「随分と……やられたな中井くんは」


「よく頑張ったよ彼は、回復を祈ろう」


 その医療班とすれ違う形で、姿を見せなかった河上が現れて運ばれる中井の姿を見てそう言った。次の試合となる町田は、少しばかり虚げな表情で河上へ振り返り言うと、一息吐いていよいよ次鋒戦に向かおうと歩き始めた。


「町田さん……頑張ってください」


 神山は月並みなことしか言えないと、出て来た言葉はこれしかないのかと悔やんだ。それをしかと受け止めたと町田は頷き、改めて入場口に歩きだそうとした。


「待て町田」


 が、それを河上が止めた。何だ次はと振り返り河上を見る町田、河上は町田に対して言った。


「当ててやれ、思い切り……まさか当てないとは言うまいな」


「…………」


 河上から、諭す様な抑揚で放たれた言葉は、試合前から皆にマリスが尋ねた『女の子殴れるのか問題』に対する助言だった。中井は容赦無く行った、町田よ、お前も悩んでたならば構わず殴り倒せと河上は言葉を送る。


 町田は黙ったまま入り口に向き直り、いよいよ戦場に向かった。その背を見た河上は壁に寄りかかりながら舌打ちをした。


「阿呆め、当ててやった方が優しいと分からんか……」


「え、分かるんすか河上さん?」


「アイツは時折勘違いが激しい……いや、やはり奴は根っからの自己中心で、加虐趣味なのだろうよ」


 河上静太郎は察した、町田恭二はこの試合、絶対に攻撃を当てないと。その理由こそ、あの頑固者故の思い違いから来ていると神山に言いかけたが、町田恭二という人間の本質がその判断をしたのだと言い直した。



『えー……皆様、オリヴィエ選手の敗北という事実を受け入れるのは難しいでしょうが、現実としか言いようがありません。しかし、その仇をアヤメ・ヤクシジ選手が見事に取ってくれるでしょう!風を断つ拳撃のガールズ・モンクは準備万端だぁ!』


 実況のマティウス自身も不敗神話の終焉を信じられない様で、言葉に力は感じられない。しかしそれでも実況として、盛り上げねばならぬと声を大きく張り上げて、マティウスは薬師寺彩芽の紹介を観客に届けた。


 その薬師寺本人は、既に準備万端と左右にステップを刻んだり軽く跳んだりと、因縁……兄の仇たる人物を待つ。


「出てこい町田恭二、この地で死んだ兄の仇を討って、その命を捧げてやる!!」


 声に出すほどの怨嗟を込めて待つ薬師寺、やがて審判が声を張り上げた。


『ブルーゲートより……キョウジ・マチダ選手の入場です!!』


https://youtu.be/WK1wwgMpFDg


 静寂に、響き渡る弦楽器の音色、この世界には無い弦楽器『三味線』の音色が召喚者の観客に郷愁を誘う。やがて小気味よく掻き鳴らされるエレキギターと音色を合わせ、独特の旋律と世界観を築き上げる。


 その音色の中を町田恭二は、堂々と純白の空手着と、それを絞める擦れて黒色すら所々にしか分からない帯を身につけ歩き出した。


『悔しい事に、この男の拳と蹴りの威力は凄まじい!そしていかなる相手だろうと臆する事なく、その空の手で勝利を掴んできました!!キョウジ・マチダ!!このチームには惜しい闘士はいかなる戦いを見せるのかぁああ!!』


 町田恭二の実力は、流石に認めざるを得ないとマティウスの贔屓目な実況も少し鳴りを潜めたが、それがどうしたと町田恭二は魔法障壁に踏み入ると、観客席全てに礼をした後、薬師寺彩芽にも一礼した。


 次鋒戦開始もいよいよ迫る中、互いにルール確認の為審判が2人を呼んで互いに近づき向かい合った。


「えー武器の使用、いかなる攻撃全てーー」


 その時、事件は起こったーー。


 乾いた音が会場に鳴った、審判すらもその光景は呆気に取られ、観客も、実況のマティウスすらもアングリと口を開けるのだった。


 薬師寺彩芽が、試合前でありながら町田恭二の頬に張り手を放ったのである。


『あーーっと!?アヤメ選手がキョウジ選手にビンタを!?こ、これはいけません!!』


『これは……試合前に相手を攻撃するのは明確なルール違反です』


 これは流石に擁護ができないと実況のマティウスが叫ぶ、そして解説のフルタチも、先程の試合解説が出来ずにいたがやっと解説に戻る事ができた。


「あ、アヤメ選手!試合外での敵への攻撃に注意をします!次にルールを違反した場合は長期の公式戦出場資格を剥奪になります!やめる様に!!」


 まさかの行動にどよめく会場、薬師寺はそれがどうしたと町田を睨みつけた。しかし……町田恭二は全く意に介さずと振り返ってコーナーに向かった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 結局、オリヴィエは殺せなかったか…しかも最後に相手に持った印象が同族嫌悪とはまさかオリヴィエも現世で仕事人稼業なぞやってたとかは無いですよね?河上さん享楽主義のわりにはチーム内の人間関係とか…
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