指切りとシャードゥーカーン
ガズィルが去れば、観客達もその場を去り始めた。代理決闘とやらは、この外壁では久々に行われたらしいが、済んでしまえば熱は引くのだろう。
いや、まだ内の熱は引いてないのかもしれない、劣性召喚者が、優性召喚者を完封勝ち。今宵の酒の肴には上等な結果だ、これから夜になる。酒場でこの戦いを見た観客達が、その話をするかもしれない。
ともかく、俺は……いや、俺達は勝ったのだ。
初めての代理決闘を完勝してのけたのだ、俺は横にいた中井に、自ずと拳を固めた右手を差し出した。
それを見た中井は、俺の顔と、拳を見てにやけた。俺もにやけているだろう、中井はこちらを向くや、右手で拳を握り、俺の拳の親指側、今は縦に向けているから上側に、自分の拳の下側を振り下ろした。
「エイッ!」
「エイッ!」
「エーイッ!」
「「ウェエーイ!!」」
そこからは一連の流れだった、中井が拳を振り下ろして当てれば次は俺が振り下ろし当てて、同時に互いの手を開き、パァンッと右手のひらを打ち付けあい、最後は互いに拳を握り、拳をぶつけ合う。
ハンドシグナルというやつだ、中井は流れを見て見事に合わせて来たのだ、うまく最後までできて気分も上がった。
「えっ?えっ?何々?今の何なの、マナト、シンヤ?私もやりたいんだけど!」
野郎二人のハンドシグナルに、マリスは何を楽しそうにしているのだ、私も混ぜろ、教えろと、背伸びをして言ってきた。我がご主人も、ノリがいい人らしい。
「はい、じゃあ拳握って」
「うん」
「俺が上からごっつん」
「うんうん」
「次はマリスさんが上からごっつん」
「うん!」
「手を開いてパチン」
「こう?」
「最後は拳をゴッツンコ」
「えーい!」
教えながらのハンドシグナルを、マリスは一発でやり遂げれば、嬉しそうに拳を当ててきた。
「マリスさん次僕と、僕と!」
こうしたら中井も、仲間外れにするなと拳を見せた。無論マリスはこの手遊びを、中井ともして見せる。しかも詰まる事無く、一連の流れをすっとしてみせた。
えいえいえいうえーい、二人の小君いいスラップと声に何しているんだ俺達はと思いながらも、俺達は初勝利という甘美な酒の酔いに浸るのだった。
とは言えだ、ふと俺は今日の対戦相手の主人たる、貴族のガズィルが話した事にを思い出し、俺ははっとさせられた。
「ってそうだ!まだ闘士を探さなきゃならないんだろ!?マリスさん、他に誰か宛てはあるの?」
マリスは、中井とハンドシグナルを繰り返していた。そして俺の話を聞くや、それから顔を硬らせて、ため息を吐いた。
「それが、シンヤの噂以外は全くなの、一から探す事になるわ」
それを聞いた俺は、まぁ、そうだろうなと彼女を責めたりはしなかった。俺や中井の様な、現世で何かを習った格闘家や武道家が、そう外壁に流れているわけが無い。むしろ、そんな奴らもクラスやスキルに目覚めて、内壁で過ごしているのかもしれない。
いずれは、俺達の様に元から強く、さらにクラスやスキルで強化された闘士も出てくるのだろうな、そう思うとワクワクしてならないが……そんな強者共と戦う前に、闘士を集めねば話にならない。
俺と中井、マリスは帰路を歩きながら、今後について話す事にした。
「ところで、中井はどうなんだ?そういう話は聞かないのか?」
まず、中井に聞いてみた。そんな強者の話は聞いてないかと、俺よりも長くこの異世界に居るのだから、一つや二つあるのではないかと。中井は俺を見ると、肩を竦めた。
「無い、全くね?ただ僕が来る前にさ、中央からの劣性召喚者の馬車が破壊されて、逃走した話は聞いたけどそれくらいかなぁ……」
俺が来る前に、そんな事件があったのか。しかしそれくらいで、強い奴の話は聞かないと言う。
「まだ期間はあるわ、焦らず探しましょう?」
我がご主人は焦るなと言う、焦っても強者が探し出せるわけでも無いが、早く探し出したいものだ。
「あー、しかし……戦ったから喉が渇いたよ、どっかで飲み物飲んで帰らない?」
「飲み物、ね……この辺にお店はあったかしら?」
焦るなと言われてか、ならばと戦いの火照りと、喉の渇きを癒したいと中井が言い出した。マリスもそれを聞いて、甲斐甲斐しく店を探し左右を見回す、俺たちを雇った主人だから、屋敷まで我慢なさいと言えば良かろうに……しかしだ、俺も喉が渇いていたので、この界隈に居る馴染みと、味を思い出した。
「じゃあこの近くに俺の知ってる店があるから、そこで飲むか?」
というわけで、俺は知っている店があるので、そこで飲もうと誘ったのだが……中井は目を点にした。
「おい、どうした中井?」
どうしたのかと尋ねれば、中井は悪戯な笑みを浮かべて言うのだった。
「いやだわマリスさん、不潔ですわよ、この人もう女を作ってらっしゃるわ」
しゃなりしゃなり女々しい口調で、マリスに女の店だわと中井は言い出した。
「違うからな、俺にそんな暇も甲斐性も無いから」
戦いの後だし、そこまで強くは言わずに諫めようと俺は反論するのだがーー。
「マナト……恋愛面は自由だけど、そんなお店のお金は経費で落ちないからね?」
「マリスさんも乗らない、乗らないの」
もう、このご主人ったら本当におてんばでノリがよろしい事この上なかった、ニヤついて笑ってそう言うので、乗るなと俺は溜息混じりに言うのだった。
というわけで……俺の知る店、名前は聞いてなかったが、その店にお邪魔する事にした。
「えーという訳でして、人員はまだまだ居ませんが、こうして、初勝利を収める事が出来まして」
「神山くん、長いから、やめようぜそんな長ったらしい挨拶、三人しか居ないし、マリスさんもう飲んでる」
「あはは、短い間に色々あったんだね、真奈都くん」
俺は乾杯の音頭をとろうとしたが、主人のマリスはもうオレンジジュースを飲み、中井からはダメ出しを食らった。そして、この店で働く俺に安宿やら夜のストリートファイトを教えてくれた、三木原康太がクスクス笑いながら、カウンターを挟んで俺にそう言ったのだ。
「あぁ、三木原に言われなかったら、偶然であれマリスさんにも会えず、闘士にもなれなかったさ、感謝してるよ」
「偶然に感謝されてもねぇ、けどそっか、闘士になれたんだね?」
この三木原が俺にストリートファイトの場所を教えなければ、マリスさんとは出会えなかっただろう。偶然とは言え、それでもオレは三木原に感謝を述べたが、三木原は照れ臭そうに、カウンターの水場でグラスを磨いていた。
まだ夜も早いのか、客はまばらな半屋台のこの店は、早速に飲み明かす客から、女性店員に悪戯で手を出そうとする客、普通に飯を食う客と様々だ。腹は減ってないが、ザクロジュースに水とオレンジジュースは何か悪い様な気がしてならない。
「あぁ、今しがた代理決闘を完勝してきたんだよ」
「えぇ!言いなよ!見に行ったのにさぁ!」
「何だよ神山、やっぱりこの店員、キミの女代わりなのかい?そっちの方だったの?」
「ちげぇよ中井、恩人だよ、失礼な事言うな」
立場は違えど、現世から異世界に来た三人が集まれば、騒がしくなる。うん、久々にこう、会話らしい会話をした気がする。やっぱり良いな、同郷同士こうして馬鹿らしい話ができるというのは。
「むぅ、ニルギリを連れてくるべきだったわ、貴方達ばかりで楽しんでるし」
だが、放って置かれては堪らないと、雇い主のマリスは、ぶー垂れながら、空グラスをその綺麗な爪で鳴らすのだった。
「あ!いやいやマリス様、俺たちが闘士たれるのは貴女様のお陰ですよ、おい三木原!こっちは貴族様だぞ!グラスが空にしてどうするんだ!」
「はいかしこまりましたー!」
それを見た中井、早速三木原を呼び捨てにして、貴族様のグラスを空にするなとオレンジジュースのお代わりを命じ、嬉々として三木原はマリスの空グラスに注いだ。それを見るやマリスは、ガッ!と音を立てんばかりにグラスを両手で掴み、一気に傾けて飲み始める。
「ぷあっ、そうよ私貴族なんだからね!没落したけど!お父様が死んで、闘士が全員契約更新しなかったからこっちに来たけど!没落しても貴族なんだから!」
おい、マリスが何かぶっちゃけ始めた。俺は一応三木原に目配せをして聞いておく。
「酒じゃ無いよな?」
「まさかぁ?出すわけないよ」
酒は出してないそうだ、オレンジジュースで酔うとは、雰囲気酔いか?とりあえず俺はザクロジュースを傾けて飲みつつ、しばらくぶりに三木原と話す事にした。
「あれからどうよ、変わりは?」
「数日だよ、あるわけないじゃん」
「それもそうか、毎日何か起こったら疲れるわな」
数日で変わった事があったら、人生退屈しないだろうが疲れるなと、他愛無い日々を過ごしているらしい三木原。俺はこちらに来てもう二ヶ月と半分か、闘士契約したり中井と出会ったり、戦ったりと退屈は無い。
「それはそうと、三木原……お前は何か知らないか?強い奴が居るとか、そんな感じで」
そんな三木原にも一つ聞いてみる、強い奴の噂を聞いたりしていないだろうかと。これに対して三木原は、ふむと顎に手を当てつつ口を開いた。
「強い奴かは知らないけど……二つほどそうじゃないかって話はあるよ」
「あるのか」
「無いと思ったの?」
「そりゃあ、都合よくあるなんて思わないさ」
どうやら二つもあるらしい、強い奴の話というか、噂にはなるがと、三木原の言葉に俺は呆けた生返事を返してしまった。なら、その話を聞こうかと、俺は空のグラスを差し出すと、三木原はザクロジュースを注いでくれた。
「この王都ルテプの北西のエリアなんだけどね、スラム街になってるんだ、色々悪い奴らひっくるめてそこに居るんだけど……最近めっきり静かになったんだ」
スラム地区なぞあったのか、北西、つまりは俺が戦っていた闘技場から北上、賭け闘技場の左隣のエリアか。スラムか、バンコクでもあまり細道を通ったら、ギラついた目をした奴が居たな、ストリートチルドレンも居たし、俺より年下が銃やスタンガンを所有してるのがザラだったか。ジムの人からも、決して近づくなと、合宿中釘を刺されたな。
そんなスラムが静まり返っているという、前は刃傷沙汰が多発してだのだろうか?俺はそんなことは知らないので、三木原の話を聞き続けた。
「聞いた話ではね、そこに二人の馬鹿みたいに強い奴が来て、全員敵わないから争いが止まったんだって、で、一人は"指切り"って呼ばれて、あらゆる場所に夜な夜な現れては……武器のスキルやクラス持ちの召喚者に勝負を挑んで、指を切り落として勝ってるって」
指切り……武器持ち限定に立ち合いを挑む男……そんな話があったのか、知らなかったと俺はふむと頷いた。しかし……こいつは俺たちの様な劣性召喚者とは思えない、むしろこちらに流れた優性召喚者なり、普通召喚者ではなかろうか……。
「もう一つは何だ?」
さて、もう一つの噂を聞いてみるかと、俺はザクロジュースを傾ければ、三木原はカウンターに手を置いて語り始めた。
「もう一つは……そのスラムのギャングやら悪人を、拳一つで黙らせた人で……さ、しゃ?しょーだー、いや、シャードゥーカーン?そう、シャードゥーカーンって言う格闘技を使って、今はスラムの子供達にそれを教えてるとか」
「シャードゥーカーン?」
なんだろう、聴いた事があるニュアンスに、俺は脳髄がジグジクと疼き出した。こう、違う意味だと分かる、それは格闘技ではない、何かしらの流派だと、三木原から聞いて分かった。
カーンはつまり『館』だろう、つまり日本武道の家元や流派を表す。シャードゥー……正道?正道会館か?いや、カーンの前に何も無いから違う……俺の頭がモヤつき始めた。
「そのシャードゥーカーンの特徴とか、三木原は知ってるか?」
踏み入った話を三木原に尋ねてみて、三木原はふと何かを思い出したのか、あっ、と口から出てきた。
「そうだ!確かね、その人の噂なんだけど……その人戦う時に、攻撃を止めるんだって、だから当てないで倒す、不思議な技ってーー」
「松濤館!!」
「うわっ!」
「んぶっ!」
「ぶふっ!?」
三木原の証言を聞いて、俺の中のモヤが一気に澄み切った。その大声に三木原も、中井も、マリスも驚き、店の他の客たちも何だ、何だとこちらを見た。
それでも俺は気にしなかった、繋がった答えとその流派に俺はもう、気持ち悪いほどの笑みを浮かべていた。
何て事だ、それが真か?それが真実ならば、その噂の男は……正しく『馬鹿』だった。何も知らない大地に呼び出され、俺たちと同じ様にこの外壁に追いやられ、噂なる程の強さを持ち……しかもだ、スラムの子供に指導しているだと!?
何というサクセスストーリー、何という行動力!梶原一騎が描きかねない正しくそれは『馬鹿一代記』どんだけ好きなんだよ!
俺はその格闘技を知っていた、俺はその流派を知っていたのだ。
「中井、マリスさん……見つかったぞ、三人目の闘士……」
その格闘技の名前は『空手』
その流派の名前は『松濤館流』
「三人目は、どこに行こうと恥ずかしくない、生粋の空手馬鹿だ!!」
俺はこの真実に、胸の高鳴りを抑えれず、必ず引き連れて見せると決めたのだった。