超眼力
「中井ぃい!!」
掌底からの入り身投げの如く叩きつけ、下手すれば頭蓋が砕けかねないカウンターを食らった中井に神山は叫んだ、浮き上がる両足と叩きつけられた様に会場が湧き立つ!
『強烈ぅ!オリヴィエ選手、顎への掌底からシンヤ選手の頭を叩きつけたぁ!!これは決まったーー』
誰もが決まったかに思えた、それはオリヴィエ自身でさえも。しかし!中居の浮き上がった両足が、獲物を見つけたとばかりにオリヴィエの右腕に巻き付いたのである!
「え!?」
「捕まぁえたぁあ!!」
『蛇男』とこの世界で呼ばれる程に、寝技師としての技量を持つ中井真也が、投げられた瞬間に触れられた掌底を掴んで引き込み、腕ひしぎ十字固めに引き込んだのである!
「触れた時点で寝技に行けるんだよ僕は!肘外してやる!!」
「うぁああ!?」
中井真也にとって自らに触れる事、それ即ち寝技へ幾らでも引き込める好機である!引き込まれたオリヴィエは、必死に掴まれた右腕に左腕を伸ばして伸ばされない様に手を掴みクラッチ!中井のカウンター腕十字を防ぐ!
『な、なんて事だ、こんな事あり得るのか……あの不触の令嬢が相手に捕まっている!!前代未聞の事態だぁ!!』
観客すらもどよめく事態らしい、それほどまでに三条原オリヴィエは決して、相手の攻撃は受けなかったのが当たり前であり、常識であったのが入り口から見ていた神山にも見て取れた。
ギリギリと今にもオリヴィエの右腕が左手から離れて伸びそうになる中、オリヴィエが取った行動はーー。
「くぅう!?」
自ら身体を中井に押し付けて、中井を上から潰す形になったのである。そして取られた右腕を中井が挟み込んだ足から見事に抜いて見せたのだった!
『ぬ、抜けたぁ!オリヴィエ選手シンヤ選手の必殺技から抜け出したぁっ!』
「まだまだぁ!」
それで終わる中井ではない!ここからだと、中井の右腕がオリヴィエの右足に巻きつく!そのまま身体を前転させながら自らの足をオリヴィエの股に通して右足に絡みつく形となりながら、オリヴィエは引き倒され足を開かされ伸ばされる!
『あぁなんて事だぁ!!オリヴィエ選手足を開かされあられもない事に!!』
股裂き膝十字により、下着を晒されながら膝靱帯を伸ばされる屈辱を受けるオリヴィエだが、中井はそんな事知らずにオリヴィエの右足を破壊しにかかる!
「こ、の!」
だがそうはやらせないとオリヴィエは、中井の絡みついた足を逆に掴み掛かり同じ様に転がり出した。
「足関節をかけるって事は、取り返される事もあるのよ!」
「あうっ!?」
そして逆に、仕返しとばかりに中井の右足を膝十字に取り返して絞り上げたのである!これには中井も左足でオリヴィエを蹴って力づくで右足を引き抜き、2人は距離を離して素早く立ち上がった。
『な、何が起きたのでしょう今の間に、兎も角2人は立ち上がりました!』
この世界に『寝技』という概念は無い、故に実況も説明しようが無かった。中井真也と三条原オリヴィエの目まぐるしい寝技の攻防を!神山も、誰か詳しい奴が実況席にいれば説明できようにと、実況の未熟さに靄を抱えながら、全く未知の世界である目まぐるしい攻防を目の当たりにして拳がいつの間にか握られていた。
戦っている中井真也本人はそれどころではなかった。この世界で、それこそ闘ってきたが、寝技師はまず居なかった。寝技を返されたのも力ずくだったり、異能を使った方法ばかりであった。いよいよ出会ってしまった、今まで以上に難敵となろう同じ『寝技師』に。
そして打撃戦では見事に掻い潜られ、投げられてしまった。投げられてからならば、寝技に持ち込める事が分かった。では、その理由は?答えまで中井は未だに辿り着けずに居た。しかし『寝技なら勝機あり』とは感じた。その寝技に持ち込む方法が、結局してやられてのカウンターしかないのが現状である。
そんな中井が、今現在この試合で出来る事は二つあった。
1つ目、一縷の望みを賭けて、捨て身の攻撃で寝技の機会をもぎとり、勝ちに行く。未だオリヴィエの能力は分からないが、カウンターを取ればまだ勝機があると見て取れた以上、この方法がとれた。
2つ目、時間一杯逃げ切る。展覧試合では、時間切れの場合両者敗北として両チーム次鋒に回される。どの道大将神山が勝たねばいかに自分たちが勝とうと無意味、故にこのまま時間一杯逃げ切ればそれでいいのだ。
が……2つ目の選択肢を中井真也は選べるはずは無かった。このまま時間切れまで逃げ切ってこの女から逃げるなど、中井真也の寝技師としての、サンビストとしての誇りが許さなかった。
「こっちがくたばるか、俺が縊り殺すかだぁ!!」
中井真也は再び、打撃戦を仕掛けに向かった。
打撃戦から勝機を掴みに掛かった中井真也に、観戦していた神山は苦しい面持ちでその試合を見続けた。三条原オリヴィエ、不触不敗の令嬢の実力を甘く見ていたと、ここまで中井真也が追い詰められている姿を見て不安が隠せなかった。
「苦しい展開みたいな様だな……」
「町田さん」
次鋒戦に備えていた町田もまた、中井の戦う様を見て展開の悪さが見て取れたらしく呟いた。
「正直甘く見てました、中井なら勝てると思ったんすが」
「不安か?」
「まぁ……」
町田も試合を見て、中井の焦りを見て取れたのか、腕を組んで口を開いた。
「駄目だな、あのままでは負ける……勝ち手が見えてはいるがそこに向かうリスクが高すぎる」
「というと……」
「得意へ持ち込む引き出しを悉く潰されている……あれではよくて時間切れまで好きにされるだけだ、みろ、好きに投げられた」
町田が展開からして負けに向かっていると見抜いた、勝ち目の為に捨て身なのは分かるが、それを披露にもあまりに粗末すぎる展開だと。寝技を知らぬ町田ですら、そう言われている合間に、また頭から落とされた。
観客もオリヴィエのコール一色、中井の勝ちなど誰も望みはしていないと雰囲気もまずい。それでも、中井を信じるしか自分達には出来ない無力感に神山は歯噛みした。
「中井……中井負けんじゃねぇ!!お前、そんないいようにされるタマかよ!!なぁ!!いつもみたいに関節技で決めちまえ中井ぃい!!」
我慢できず叫んだ神山の声を、中井は聞いてか聞かずか、突然体が立ち上がって硬直した。
中井真也は、打撃戦の中で幾度も投げられるも掴む前に逃げられるという一方的な試合の中……ふとした疑問に体が止まった。受け身を取れたものの彼方此方には打撲の痛み、ラッシュ攻撃の疲労、そんな最中罵倒とオリヴィエの完成の中に、確かに響いた声に、中井は思考が加速した。
『こいつ……なんで打撃戦やこっちが仕掛ける時だけ見切ってるのに……関節技だけは攻防が切り替わる対応になるんだ?』
荒い息と疲労感、それらと共に思考は練り上がる。ここまで対応されて、寝技の時だけはなぜすぐに回避すらできずにいたのか?
何だ、何かがある、何かが理由でそうなった……考えろ、考えろ。自らに言い聞かせ、答えを一つ潰してはまた一つを予想しては潰していく。そして……。
「あ………あぁ!!」
気付いた、中井真也は気付いてしまった、そして悔いた!この馬鹿げた賭けに出た自分に!!何故今更気付かなかったんだと中井真也は地団駄すら踏みたくなった。
最初から答えは出ていた、この女は……ひたすらに目が良いんだ!!しかも、こちらのフェイントも当てる打撃も見切る程に!!だから、最初のフェイントにも動じなかったんだ!!当たらないって分かるから!当たる打撃だけを避けて、好きの大きな打撃や動きにカウンターを合わせていると!
仮に未来を見る異能ならば、勝負は最初の数秒でついてる!あらゆる動きに先回りされて投げ技のハメ殺しにされている。それをしない、ひたすらにカウンターを合気で返す中で、自分の寝技だけには目では追えない超至近距離で全体を見る事はできない!だから、寝技だけは自らの実力で返して来たのだ。
「気付いたようね……でも、貴方は私に勝てないわ?気付いたところで」
そんな答えにたどり着いた中井真也の心情すら、三条原オリヴィエは感知してみせた。
「私の目には貴方の全てが見える、筋肉の動き、血流……関節の動きに骨格、臓器の動きに体温……あらゆる全てが私の目には映るの」
気付いた時にはもう遅いとばかりに、マジックの種明かしとオリヴィエは語る。
「そこから相手の攻撃を全て断定し、判断して回避も反撃も思いのまま……それが私のユニークスキル……超眼力」
オリヴィエは語った、敵対する相手の全てを解析し読み解く事が出来ると、対応変化が感情を、筋肉の動きが攻撃の方法を、臓腑と骨は弱点とダメージを、それらを見る自分にはあらゆる攻撃の範囲も、殺意も断定して回避できるのだと言ってのけた。
「貴方には万に一つ勝ち目はないわ、降参なさいな子犬ちゃん?」
それは正しく、絶対的な洞察力を可能にして相手を封じる異能であった。さながら、格闘家殺しとも呼べる異能に辿り着いた中井は……。
「は、はは……ははは!はーーはっはっはっは!!」
笑った、中井は笑った。会場から見れば勝ち目を失ったから笑い出したのかと思われる状況、しかし……オリヴィエの顔は険しく染まった。
「おかしくない?何、その体温……勝利が見えたみたいな高揚が見えるわよ?」
「いやいや……お前、自分で自分の能力言っちゃう普通?おいおい、まさかまだ俺が負けると思ったわけ?」
中井真也は笑うのをやめて一息ついて……再び冷酷な眼差しをオリヴィエに向けた。
「調子に乗ったなお前、今から……徹底的に地獄を見せてやるよ」