暴露
「受けるよな?なぁ……それだけ吐かしといて、怖いから無理でーすとか……まさか無いよな?」
こいつ逃げ道潰しやがったと押さえられている神山が、アドリブか考えてか知らずに非道な条件突きつけて退路を絶った事に驚きと焦りを抱えた。
挑発合戦から乱闘、さらにマスコミを巻き込んだ無理難題な条件の提示。しかも上手いのが…… TEAM PRIDEがヒール側で、そちらが負けた場合の無様を餌にして興味を引いた事。これに対して受けない事を『逃げる』と置き換えた事により、逃走経路を断ち切り、この条件を受けさせようとした。
別に受けずとも良い、斯様なあり得ぬ条件。しかしここを引いたら、記者達にそれはそれは大々的に書き込むだろう。見出しは何であれ、ヴァルキュリア・クランが逃げたと書くかもしれない。
「逃げんなよ、なぁおい……逃げんのか?腰抜けども、男に腰振っとくのがお似合ーー」
ヒートアップも行き過ぎれば、最早ただの悪口でしかない。それを断ち切ったのが。
「そこまでだ中井!!」
町田であった。町田恭二が背後から、中井に上段回し蹴りを放ったのだった。
「あうっーー!?」
聞こえたの掠れた音、町田の左足が中井の頭頂部を掠るように通過し。中井は操り糸を切られた人形のようにガクンと意識を失って膝から崩れ落ちた。
「すんません!ちょっと流石にこれは……ダメなんで!彼を外に出しときます!!」
押さえられた神山がすぐに立ち上がり、崩れた中井の脇に腕を通して引き摺りながら記者陣営とヴァルキュリア陣営に謝罪し、そのまま中井を部屋の外に運び出した。引き摺られる中井を見て町田は、ヴァルキュリアの面々に顔を向け直した。
「うちの中井が失礼を……謝らせていただく」
深々と、最敬礼の角度まで町田が頭を下げて謝罪をした。
TEAM PRIDEの選手の中で、町田恭二は観客然り他の闘士からも、武道家然とした礼儀正しい男という認識が強い。中井の暴走を止めて、闘士らしく規律を守りその態度を示す様には記者陣のざわつきも一気に静まり返った。
しかしーー。
「どうせそれも、自分を良く見せてるだけでしょう、町田恭二……」
彼女だけは、この男のいかなる行いを許す事などできなかった。薬師寺彩芽、切れ目に黒髪の美女が立ち上がり、町田恭二を侮蔑の眼差しを向けて宣った。
「記者の方々、騙されてはいけませんよ……こいつは自分の力を振るいたいだけの野蛮な男、私の兄を殺して、更には友人も手にかけた殺人鬼!!いや人じゃあない、四つ足の獣に劣る奴なのよ!!」
ここに来て薬師寺は言い放つ、町田恭二の今の姿は所詮外面に見せているだけの仮面でしかないのだと。本来のこの男は、自らの武に酔いしれて人殺しを行う下衆なのだと。過去を掘り下げて口撃してきた薬師寺、それをまだ頭を下げて何も言わぬ町田に、河上は……。
「貴様……それはダメだろうーーっ!」
腰元の愛刀の鍔を押し上げ、刃を覗かせた。いかにこの場での口喧嘩が、盛り上げの為とは言え踏み入ってはならぬ領域がある、それをこの女は戸惑う事なく踏み荒らしたのだ、それを河上は許す事などできなかった。
「待ってくれ、河上、抑えてくれ」
「しかし……」
「いいから!」
町田が即座に河上へ手を差し出して待ったをかけた、それでも許せぬと踏み込もうとしたのを声を上げて、河上は刃を鞘に押し戻した。それを見届けてから、町田は頭を上げて薬師寺を見つめる。
「薬師寺さんの兄を殺したのは、道場の師範と大会の運営だ……貴女はそれを理解してる筈だ」
「兄さんを壊したのはお前だ!だから自分は殺してもいないと言うのか!!それに、お前が正義を行ったなんて言って殺した中には……私の友人が居たんだ!!それを知らないと言い張るのか!!」
中井と三条原に続く因縁の勃発、復讐者とその標的という図式が側から出来上がりつつある中で、町田は過去を晒されてなお、河上に一度声を上げただけで落ち着いていた。
町田は一度、目を閉じてから再び薬師寺を見つめた。何とも悲しい双眸で、町田は宣った。
「キミが俺を恨むのは勝手にすればいいだが、本来の相手を見ようともしない今の様を見たら、キミの兄はどう思うか、あと……友人は選んだ方がいいぞ、少なくともキミの友人とやらは、人を虐めて楽しんでいた、どうしようもないクズな輩であったからな」
「な、あ……」
凄まじい返しの刃であった、町田はもう何も言うまいと、薬師寺に背を向けて、中井と神山同様会見会場から出て行った。その背中に、薬師寺は飛びかかろうとしてそれを三条原が押さえた。
「お前が!お前が兄さんを語るのか!!殺したお前が!!クズなら殺されてもいいのか!!殺されて仕方ないと言うのかぁ!!」
「薬師寺さん!!抑えなさい!!」
「許さない!許すものか町田恭二!!戻ってこい!!戻って兄さんと私の友達に謝れ!!戻れ!!戻れぇぇえ!!」
またも混沌としてきた会場に、河上も頭を抱えるしか無かった。進行役の男も、これ以上はもうどうにもならんと見て、声を上げる。
「か、会見はここでお開きとさせていただく!!後は記者ごとにそれぞれ自由に!!」
混沌を極めたヴァルキュリア・クランとTEAM PRIDEの会見は、強制終了という形で幕を下ろした。先に廊下へ退出した神山は、中井を見下ろして言った。
「中井お前なぁ……幾ら因縁ありきだ何だって言っても限度があるだろ!」
意識を取り戻し壁に背を預けて床に座る中井を、神山は流石に咎めた。確かに、そう言った盛り上げる話をするとは説明した、因縁だの確執はスパイスもなりえる。それでも今のはやり過ぎだと、それを指摘したが中井は神山を睨み返し立ち上がる。
「五月蝿いなぁ……神山、今更この殺し合いに格闘家としての礼儀や作法だのを僕にやれっていうのか?」
「そうじゃあねぇよ!女の子に対するその……何つーか言い方しかり態度があるだろ!?抑えるべき所とか!まぁ相手が仕掛けたのに苛立ったのも分かるが……お前の格も落ちるし余計敵をーー」
神山はそうではないと、お前が苛立ちを感じたのも分かるがとそばに立ちながら嗜めようとした。しかし中井は立ち上がり、神山の襟首を持って壁に叩きつけた。そのまま中井は神山を見上げ睨みつけるが、神山は目を逸らさなかった。
「神山、お前にははっきり言っておくよ……お前がムエタイから礼儀やら作法やらの精神を学んだかは知らないがな……僕にとってのサンボは敵を討ち、生存するための手段で道具でしかない!!そこには礼儀や作法なんてあるものか、僕が師に教えられたのはただ一つ!生存したくば殺せだ!!」
中井は神山の服が千切れるくらいに力を込めて押し付けながらそう叫んだ、神山はそんな中井に臆する事は無かった。されど、そこから先を否定したり、間違いだと言い放つこともしなかった。
だが、とうとう察してしまったのである。町田には話したが、神山には話していなかった事を、神山は聞かずともこれまでの中井の言動と態度から、気づいてしまったのだ。
「中井……お前まさか……昔いじめられてたのか?」
「!!」
それを言った瞬間、神山は中井に殴られた。ただの力を込めただけの、素人パンチに神山の左頬が衝撃を受けた。そのまま廊下に倒れた神山を中井は見下ろした、過呼吸気味な吐息で、目を見開き、身体を震わせる様に神山は身体を起こして目線を合わせる。
「いじめられてただと……お前に……何が分かる……」
「…………」
「あれがいじめで済むならどれだけなものか……普通を生きてきたお前には分かるものか……」
震えは更に強まる、鳥肌すら浮くほどの異常に神山は唖然とした。先程まで世界の全てが憎いと憎悪を撒き散らした男が、その端正な顔を歪めて体を震わせている姿に。地雷などというスラングで片付けるには生温い、トラウマに中井は苛まれているのだ。
神山は頬を摩りながら立ち上がると、会見会場が更に騒がしくなり扉が開け放たれた。そこから出てきた町田、河上、マリスに神山は顔を向けた。
「町田さん……何があったみたいですね……」
「色々とな、そちらも色々あったようだな」
互いに何かやらかしたかと苦笑する町田、河上は中井の震えを見るや即座に近寄ってその肩を叩き落ち着かせた。そうしてやっと、彼らの主人たるマリスが噤んでいた口を開いた。
「貴方達が……何を抱えて何を隠しているのかは、詮索はしないわ……ただ、抱えるものがあろうと私が貴方達に求めるのは勝利だけよ……負ける事は許しません、いいかしら?」
カツンと杖先を床に突いて音を出し、マリスに全員が注目した。
「一週間後、展覧試合準決勝……そこで抱えた因縁も何もかも、吐き出して叩き潰しなさい!!」
マリスの一喝に、一同は背筋を伸ばされた。如何なる因縁が、確執があろうとそれは個人の事。抱えようと、捨てようと構わない。しかし勝て、必ず勝て、それ以上は求めぬという言葉に、町田と中井は精神の揺らぎを止められた。
展覧試合準決勝まで、残り一週間ーー。