因縁の舌戦
思い悩もうと決戦の日は近づいて来る、神山は女の闘士へ拳を向けるか否かを悩もうと、時間は待ってはくれない。気が付けばーー記者会見の日まで来ていた。
神山達は、懇親会以来のスーツ姿で来訪していた。襲撃以来の来訪ともなり、衛兵達の目は嫌に鋭かった。案内は特にトラブル無く行われて、マリスが引き連れた本戦出場の四人は、城の廊下を歩きながら会場たる部屋に向かう。
「記者会見ってさ、何喋るの?」
その時中井真也がそんな事を何気なく口にした。
「え?中井は記者会見やった事はないの?」
「逆に、普通はそんな体験しないと思うよ?」
神山も記者会見を知らないのかと問うので、そちらが少数派だと中井は言い返す。
「記者会見はまぁあれだ、意気込みだったりを記者や進行に言ったり質問答えたり、街頭インタビューをイメージすればいい」
「ふーん」
町田がこんな感じであると説明すると、中井は納得して生返事を返し、それに神山が付け加える。
「後はあれだ、因縁ある相手を挑発したり突っ掛かったりもまぁありだな、程々にだけど」
格闘技の記者会見は、時として相手を挑発したりと盛り上げの場であり、前哨戦でもあると。それを聞いた中井が、口端を吊り上げたのを見て神山はやっちまったと後悔した。こいつ、絶対何かやらかす気だと。
そうしている内に、会見の会場たる部屋の前までたどり着くや、待機していたらしいスタッフを任せらた兵士が頭を下げてきた。
「TEAM PRIDEの皆さま、ご足労ありがとうございます……これより第二部の会見が始まりますので、呼ばれましたら入場をお願いします」
第二部と聞いて神山は、そう言えばと、自分達とは逆ブロックの『古豪』バスティオンズと、『前年優勝』ブルー・ラウンズも会見があったのかと気付いた。タイムテーブルしっかりしてるなと思いながら、会場はざわついており、気配も感じた。
『えーそれでは皆様方、第二部、準決勝第二ブロック、ヴァルキュリア・クランとTEAM PRIDEの会見を行います。両陣営どうぞお入りください』
響く声だった、マイク機器まで取り入れたのならもう何でもありだなと思いながら神山は、マリスについて行き部屋に入ると、対面側にも入り口があり、そちらからヴァルキュリア・クランの面々が華々しいドレス姿で入場して来たのを見た。
今回ばかりは、本戦の様な嫌がらせ等も無かった、一人ずつ着席して目の前の羊皮紙と、羽ペン、インクが置かれている。響く声の正体は真鍮の拡声器であった、この辺りは相変わらずアンバランスなと神山は進行を待つ。
『それでは、展覧試合準決勝第二ブロック、ヴァルキュリア・クランVS TEAM PRIDEの調印式、そして会見を始めます。まず両選手、今回の試合に合意ができればサインをお願いします』
予選の時は『姫』が進行を務めたが、今回は誰かも分からぬ男が取り仕切っていた。神山は無論、この世界の字など読めないし、戦う以外無いのでサインを刻み込む。
中井も、町田も、河上もサインを記し終え、係が回収する。そして主人たるマリスも、代表として羊皮紙にサインをし終えて、係に渡した。
『両者全員、そして代表のサインを受けとりました。これを持ちまして、展覧試合準決勝第二ブロックの調印式を終わります……引き続きまして、質疑応答となりますので皆さま、闘士達への質問をどうぞ』
そして始まる。闘士達への質疑応答、記者達は我先にと手を上げ、進行が一人を指し示した。
「シダト日報です、 TEAM PRIDEのシンヤ・ナカイさんに質問を」
「え、僕?」
まさか一番に質問を受ける事になるなど思いもよらなかったと、中井はキョトンとしつつも、シダト日報という雑誌か新聞の記者の質問を尋ねた。
「何でしょうか?」
「今現在、シダト最悪の闘士、最も負けて欲しい闘士と言われてますが……そのお気持ちは?」
中井はそれを聞いて記者に睨みを効かせはしたが、悪意というよりは本当にただの興味から聞いて来たことは察した。まぁ自分で蒔いた種だ、今更釈明する気は無いし、何より他のメンバーも口元を隠したり中井から明らかに視線を外して笑いを見せない様にしたのも癪に触った。
「展覧試合にも出れない、僕に戦いを挑みにも来ない糞の掃き溜め共の言葉は聴こえもしませんよ、文句あるならかかって来いよって感じです」
この返しに記者陣はざわついた、見事なヒールムーブだと神山も途中聞き入ったくらいに、初の記者会見らしからぬ返答を見せた中井はふんすと鼻息を一つした。
「ありがとうございます、続いてはそちらの方」
「はい、月刊闘士掲示板です、オリヴィエさんに質問を……オリヴィエさんは一番最初というわけで、シンヤ選手と戦う事になりますが……シンヤ選手へのコメントはありますか?」
次の質問は、中井が戦う相手三条原オリヴィエに向けられた。中井真也をどう思うか、これに聞いていた神山は心臓が締め上げられた。というのも、火種になると感じたからだ。
金髪の凛としたアジア人離れしたハーフらしき令嬢が、その質問に語り始める。
「そうですね、子犬かしら……きゃんきゃん可愛らしく威嚇してる子犬、さっきも自分を大きく見せようと強がり言ってて可愛いわ」
会場の記者達が笑い出した、これはまずいなと神山も、それどころか町田、河上もあからさまな空気の変わり様に気付いた。これはもう、あちらが喧嘩売ってきてるのがもう分かったのだ。
それを聞いた中井が黙り続けるわけもなくーー。
「口だけはどっちだ不触不敗……いや違う、腐り果ててんだろうがテメェの×××はよぉ、腐食で腐敗してくせぇくせぇ、養豚場の臭いがこっちにまで漂ってるから帰ったら洗っとけやこの××持ちが」
「あ、貴方!!なんて事言い出すの!?」
あまりの暴言に三条原は口を開けて絶句し、隣に座っていた副将の前田愛花が立ち上がって言い返した。
「そっちが、先に、仕掛けたんだろうが?えぇ?ブス眼鏡よぉ、何だったら今ここで全員とやってやろうか!!」
「おーっと、中井、中井そこまで……落ち着けよ」
中井も立ち上がって前田にガンを飛ばして負けじと応戦、これはもうダメだと神山が早速立って中井の前に向かって胸板を押して間に入った。町田も、河上も立ち上がって中井が乱闘を起こさないように止めに入る。
「そんなところが子犬なのよ、分からない?底が知れるわよパピーちゃん」
「おい!?アンタも大概にしろよ!!」
神山達が止めたのをいい事に、面白気に挑発を続ける三条原には流石に神山もその辺にしろと声を上げた。それがいよいよ、中井の怒りの導火線に火をつけた。
「どけ神山ぁ!!こいつはこの場でくびり殺してやる!!」
「馬鹿のるな!!おわぁあ!?」
ブチギレの中井を押さえていた神山だが、一瞬でバランスを崩されて突破されるや、未だ座している三条原に飛びかかった。
「ワンパターンね、懇親会の時と同じ……」
そして、飛びかかった中井の手首を掴み、その勢いと体重を利用しながら中井の体に自らの体をぶつけて背負う形になり……中井は宙を舞った。
「中井!!」
神山は戦慄した、これが『不触不敗』とまで言われた、ヴァルキュリア・クランの先鋒かと。このまま中井真也が机や床に叩きつけられるのが、神山や他の者達、記者達にも予想できていた。
しかし!!
「はっ!!」
中井真也は投げられた宙の中で、新体操の如く身体を捻らせ、ヴァルキュリア・クラン側の長机に見事着地してみせたのである。これには記者達も、神山も、そして投げたオリヴィエ本人すらも驚くしかなかった。
「お前の投げ技、合気道がそのまま通じると思うなよ…俺もしっかり叩き込まれてんだ」
中井は机から降りるや、記者団、そしてヴァルキュリア・クランの面々と、 TEAM PRIDEの皆を見て笑みを浮かべた。
「記者団の奴ら、こう書いとけ!! TEAM PRIDEはヴァルキュリア・クランを完璧に叩きのめす!!展覧試合の翌日にはヴァルキュリア・クランは闘士ギルドから、肉便器性処理小屋のヴァルキュリア・クランになるってよ!!お前ら、誰でも彼でも×××できる館になってるから楽しみにしとけとなぁ!!」
「なっ!?」
「馬鹿!!おい中井お前!!」
エキサイトにも程があると、神山は中井の行き過ぎたトラッシュトークに立ち上がりタックルをしかけたが……。
「遅いわ神山」
「あだぁあ!?」
頭を地面に押し付ける形にして、軌道をずらして神山を押さえ込んでしまった。中井真也に掴み掛かるのは愚の骨頂、それすらも頭から飛ぶほどに神山も焦っていたらしい。
「無論、これだけナマ言ったんだからよ、こっちも宣言してやる、もし俺たちが負けるなんて事態があれば……全員!!男娼にでも奴隷にでもなってやるよ!!」
「はぁ!?」
「えっ?」
「おっと……」
中井は勝手に進めだした、さらに言ってしまったのだ。 TEAM PRIDEがこの試合で負ければ、全員奴隷堕ちしてやると。記者団達はそれを聞いてさらにざわつき出す。
「負ければ全てを失う!!お前たちも楽しみじゃないか? TEAM PRIDEが敗北した時の無様を想像してみなよ、こんなに面白い事はない!!」
中井は餌を振り撒く、悪逆で冷酷だから知っていたのか、それを何となくで感じて振る舞っているのかは分からない、しかし記者達に『自らの敗北した時』を想像させて、湧き上がらせた。それだけ湧き上がらせて、中井は三条原に、そしてヴァルキュリア・クラン達に向けて言い放った。
「逃げないよな?まさか?」
中井真也が仕向けた非道の罠に、三条原オリヴィエはぎりりと歯軋りをした、そして他のメンバーも中井を睨みつけた。