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最早違う人種

「こ、んな馬鹿な……スキルも、クラスも通用しないなんて……馬鹿げている!」


 胸辺りに蹴りが当たったらしい渋谷が、ふらつきながら立ち上がり、俺を相変わらず睨みつける。自らがこの世界で手に入れたクラス、そしてスキルとやらが俺に通用しないという現実が信じられない様だ。


「渋谷、違う、それは全く違うぞ?」


 だがそれは違う、俺は渋谷に対してそう言った。


「なんだと……」


「お前の持つ盗賊のスキルは肉体を強くしている、それに先の身隠しも、俺から見れば恐ろしい異能だ、それは間違い無い」


 これは事実だった、優性召喚者のクラスによる肉体強化、先程の見掛けとは裏腹に、身軽なバク転で距離を取った身体能力、更には今の姿も、音すらも消えて、声のする場所すら掴めなかった身隠しというスキル、無能力たる、俺や中井の様な劣性召喚者からしたら恐ろしい事この上ない。


「じゃあ、じゃあ何故俺はお前に!何も出来ないんだ!」


 だが、渋谷は気付いてない。優性召喚者なのに、クラスもスキルも得た選ばれし者の筈なのに、何故劣性召喚者に遅れを取るのかと、遂に闘う敵たる俺に答えを求めて来た。未だに気付かないか、まぁ無理もない。


 こいつは……俺や中井みたいに、人生で大小なり障害物を超えなかったか、それを前にして諦めた男なのだろうと、俺なりに断ずるのだった。


「簡単だ、そんなもの……お前が弱い、それだけの話だ」


 なので、言い切ってやった。渋谷四郎にはっきりと断言してやったのだ。それを言われた渋谷の顔は凍りついた、現実を受け入れられない様相だった。


「僕が弱いだと、優性召喚者たる僕が!?」


「違う、お前自身だよ、優性召喚者だからじゃあない……見合ってないんだよ、クラスとスキルに振り回されて、自分の力が出せてない」


 俺はもう、構えを解いて、気すらも抜いて渋谷に講釈を垂れる事にした。最早この渋谷に、こちらを倒す力量も手段も無かろうと、無害だろうと分かってしまったからだ。肉体の熱も冷め始めて、俺は右小指で右耳を掻きながら口舌を動かす。


「せっかく強化された身体能力も、無駄な動きがあるから追いつけるし見破れる、だから俺は左手だけでお前の顔を小突けれたし、スキルとやらも黙って奇襲すりゃあ、まだ勝ちの目は見えたろう……お前はお前自身の力を扱えず、振り回されて、逆に良さを潰している……俺がお前と同じ力を持ってたら、もっと上手く使えるだろうさ?」


 そうだ、例え脳内に様々なテクニックを叩き込んでも、何度も練習しなければ実戦で使えない。肉体を鍛え込んでも、基本の動きを練習しなければ、ただの力任せに過ぎない。


 才能があろうと、それだけで勝つのは難しい。それを芽吹かせるのも、腐らせるのも己自身の鍛錬と、学習次第なのだから。


「つまり、クラスやスキル以前の話だ、お前が単に弱いだけ……与えられた力の上に胡座をかき、優性召喚者という言葉に陶酔して、自分も能力も磨いてなかった、お前自身が弱いだけだ」


 それが答えだと渋谷に示せば、渋谷は……ガチガチと歯を震わせて、痛む胸から手を離して、腰元のホルスターから、先程捨てた物とは別の、もう一振りの短剣を取り出した。その目は血走って、焦点が定まっていない。


「ふ、ふざ、ふ、ふざけるなぁああああ!!」


 そのまま渋谷は、俺目掛けて突撃して、その短剣を振り下ろしてきた。バックステップで回避した俺の、左肩に短剣が空を切るや、軽い熱が左肩に走った。


「くっ!?」


 左肩に奔る紅の線と、微かな痛み、渋谷は刃引きしていない短剣を引き抜いて振り回し始めたのだ。


「ぁああふざけるな!ふざけるなぁ!僕は強い!選ばれたんだ!この世界で選ばれた召喚者なんだぁ!」


 現実逃避から来る狂奔、それが渋谷を染め上げてルール違反にまで踏み切らせたのだ。無茶苦茶に振るう短剣の間合いから外れつつ、俺はそれでも構えなかった。


「立会人!ルール違反だろうが!早く止めろやコラアアア!!」


 中井がこれには流石に怒り、立会人に異議を申し立てた。だが止めない、いや止めれない!渋谷の振り回す短剣を前に立会人は、止めようにもまごついてしまったのだ。


 左肩から血を流しながらも、俺は短剣を振り回す渋谷から、ステップワークを駆使して避ける。この暴走には流石の観客達も危ないと輪を解いて離れ始め、狭い人垣が段々と広がり出した。


「ふざけんじゃねぇよ!認めてたまるかぁ!お前らみたいな最初から強い奴らが居るなんて、俺たちはあっちじゃあ、お前らみたいな奴らに全部全部うばわれたんだぁ!」


 渋谷の心は壊れたか、現世での自分がどうであったかを吐き始めた。


「馬鹿にされて後ろ指刺されて!静かにしていたのに笑われて!そんな俺が選ばれた!アイツらは役立たずと切り捨てられた!俺が正しかったんだ!俺が正しいんだ!選ばれた俺の椅子を、奪うんじゃねぇよおお!」


 成る程な、そういう事か。この渋谷とやら、現世でのスクールカーストとやらで下位か、いじめを受けたのだろう。そして自分がこの世界に来るや、優性召喚者となりそのカーストが逆転し、その愉悦を感じると共に、守る為の恐怖も抱いたのだろう。


 選ばれたという事実を守る為、優性召喚者という地位を守る為、俺や中井の様な持たずとも強い人間が許せなかったのだろう。


 そして、それを笑い飛ばす度量や能天気さも、抗う勇気も、反骨する怒りも抱けず、助けを求める相手も無く、ただひたすらに言われるがまましかなかった。


 しかし、この世界で手に入れた力が唯一の添え木になり、拠り所となってしまったのだ。


 残念ながら、俺には渋谷を理解出来なかった。中井も、根は同じだが理解出来ないだろう。最早同じ人間でも、別種の人間だ。口で言っても理解して貰えない、その言葉は聞きたくないと耳を塞ぐしか、渋谷には出来ないのだから。


「死ねよ!死ねぇ!消えてしまえ劣性召喚者ぁああああ!」


 振り下ろされる、煌く白刃、それを前にして俺はついに後退をやめた。


「神山ぁ!!」


「マナト!危ない!!」


 背後から聞こえた、中井とマリスの声に、俺は呼応するかの如く、前進して左腕を伸ばした。


 振り下ろされる渋谷の、短剣を持った右腕を伸ばした左腕で払い除けつつ、腕を巻き付かせる様な動きで巻き込んで、左脇に挟み封じ込む!


「邪ッッ!」


 そしてガラ空きの胸板へ、腰を入れて振り回す様に右の肘を叩き込んだ!


「がげっ」


 肘から伝わる、肋骨の折れた感触!そのまま渋谷の腕を左脇から離せば、飛び込んだ勢いと肘の衝撃により、渋谷が後退した。そして両腕を伸ばし、後頭部を抱え込み、首相撲となれば、右の膝を顔面向けて打ち放つ!


「シィィッ!」


「べがッ!」


 膝が何かを潰した、首相撲から解放すればまた仰反る渋谷の鼻は、潰れて陥没してしまった。されどまだ目はこちらを見ている、右手の短剣が俺を刺す力を持って、あしもまだふらつきながら立っている!


「ジャアアアアアアアアアア!!」


 咆哮と共に俺は跳んだ、高々と跳躍し、左手で渋谷の肩を掴み、右の腕をを天高く振り上げ、重力落下のタイミングを合わせて、その脳天向けて肘を振り下ろした。


「がぶべッッ……え、ぇええ……」


 響き渡る、嫌な音。そして渋谷は白目を向いて、呆けたように口を開き……頭頂部から血を吹き出して、膝から崩れ落ちた。


 着地と同時に、俺は崩れ落ちた渋谷向けて左拳を向けて、右手を顎の位置に置き構える。


 残心、敵を倒せど再び起き上がるのを見越して、構えを解かず待つ基本。しかし……渋谷は痙攣しながら脳天より血を吹き、起き上がる気配は無い、俺は残心を解いて、立会人を探した。


「立会人!勝負はついた!さっさとこいつを運ばないと、死ぬ事になるぞ!」


「あ、あ!そ、それまで!マナト・カミヤマの勝利!」


 白服の立会人は、刃物を前にして観客と共に下がっていた。しかし俺がそう言うと、そそくさと観客から離れて、宣告だけをするのだった。俺は、目下の痙攣する渋谷四郎を見下ろし、両手を合わせ、頭を下げた。


 ルール違反で、刃引きしていない刃物を取り出したとは言え、これは喧嘩ではなく正式な試合だ、礼だけはしておく事にした。そのまま俺は、噴水前にて待つマリスと、中井の前まで歩いていく。


「おいおい、脳天に肘とか殺す気満々じゃん?おっかないの」


 戻ってきて開口一番、中井は俺が最後に放った技を、ワザとらしい身震いをしながらそう言うのだった。


「本気で殺しに来たからな、それに応えるさ」


「嘘つけ、明らかにビビったから使ったろう?」


「まぁ……その通りでもある、生半可にしたら後がな?」


「なんとまぁ、いい口実だなぁー」


 臆したから、防衛本能から繰り出した技だろうと、ニヤつく中井に、こればかりは正直に肯く。それ程までに刃物、光り物は恐ろしいのだ。さて、これで俺たちは、初めての代理決闘に勝利したわけだが……そんな俺たちの前に、壮年の貴族ガズィルがゆっくり歩いて来た。


「まずは……勝利おめでとう、外壁の貴族マリス嬢……噂には聞いてましたがこれ程とは、劣性召喚者とて侮れませんな」


 ガズィルは、この試合に文句を言うでなく、真っ向から敗北を認めたのだった。そして俺と中井を一瞥して、口はさらに開く。


「風のマーナート、更には蛇男のシンヤ、平民の闘技場から勝ち上がったらしいな……今宵は私が抱える闘士の内、弱い方を当てがったが……間違いと分からされたよ」


「真奈都です、まぁどっちでもいいっすけど」


 ガズィルはどうやら、俺や中井が平民の闘技場から出て来た身と知っていたみたいだ。そして、今戦った渋谷達は、ガズィルが抱える闘士の中でも弱い方だと報される。


「展覧試合予選では、私の選りすぐりを出す、故に見誤らん事だ……展覧試合予選、楽しみにしておるよ……最も、あと二人の闘士と契約できればの話ですがな?」


 ガズィルは、俺たち向けて笑みを向けて、背中を向けた。決して負け惜しみでは無い、本当に、心底から楽しみにしていると、狂気を孕んだ笑みだった。そんなガズィルは、未だに倒れ伏す渋谷や、車椅子の田辺を放って置き、人垣から離れていくのだった。


「お、おい!闘士は置き去りのままかよ!?」


 これには中井も、待ったとガズィルの背を止めようとした。


「シンヤ、大丈夫、正式な代理決闘ではちゃんと医療班が居るから」


 しかしこれを制するは、我らが雇い主たるマリスだった。そう言われて、俺はふと白服の立会人が手を上げたのを見た。すると、人垣から、黒装束に顔を隠した……うん、あれ……『黒子』だよな?歌舞伎とかでの裏方とかの。それが渋谷を担架に乗せて、見せない様に茣蓙を被せて運び始めた。


 しかも、車椅子の田辺も押して行き、中井に右肘を外された小林も、担架に乗せられて運ばれて行くのを、真奈都も真也も見たのだった。


「おい、中井……今の黒子だよな?」


「うん、黒子だね……ここってもしかして、サ◯ライス◯リッツの世界だったりするかな?」


「え?マナトもシンヤも、クロコを知ってるの?」


「あー、名前も一緒なんだ……」


 どうやら、名称も同じらしい。もし本当にその黒子なら、多分大丈夫だろう。確かサ◯スピの黒子は、蘇生医術の達人、真っ二つにされたキャラも生き返らせるらしいから……。


 こうして、黒子という最大の謎を抱えたまま、俺と中井は初の代理決闘を、完勝という形で締め括ったのだった。

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