男VS女
バカンスが潰され、ルテプの本拠地たるメッツァー邸宅に帰還したTEAM PRIDEの面々は、来る展覧試合準決勝に向けての追い上げ真っ最中だった。シダト首都、ルテプも季節が変わり出したのか雨が度々降る雨季に変わり、少しだけ空気も冷ついて肌寒さを感じる程度には気温が下がっていた。
そんな事もお構い無しに、メッツァー邸宅中庭、青空ジムでは鎖の揺れる音と鈍い打撃音が響き渡っていた。
「ぇええしっ!あぁあしっ!!あぁああ!!」
気合いの掛け声と共に、サンドバッグをくの字に折り曲げる威力の蹴り、サンドバッグの鎖が持ち上がる程の膝を叩き込む神山、それを中井は水分補給用ココナッツジュースを飲みながら眺めていた。
「すっごいやる気満々……オーバーワークもいいとこだろ」
「四聖に膝を尽かされて意識失くしながら戦ってたのが余程応えたみたいだな、見ろ中井くん」
「うわぁ……」
町田も休憩していた中で、ただ一人何かをぶつけて発散する様に神山はサンドバッグを打ち続け、その足元は汗の水たまりに沈んでいた。ドン引き気味の中井が唸りを上げる中で、頃合いかと町田が声を上げる。
「神山くん!そろそろ水分補給と休憩だ!!」
このままだと延々に殴り続けるだろうと声をかけて、ようやく神山の腕が止まった。上半身裸の肌を伝う汗は滝の如く流れ、頭髪も汗に濡れて垂れ下がり雫を滴らせている。
「肩、貸そうか?」
「いいっす」
交わした言葉はそれだけであった、グローブを外し、バンテージも外しながらリビングに上がる神山に、町田はココナッツジュースを用意する。手が小刻みに震えるほど、それだけ長い時間サンドバッグを打ち続けていたのが分かる。
タオルくらい渡してやるかと、中井も屋敷の中に下がると、扉が開く音を聞いた。
「皆居るかしら、準決勝の事で連絡があるから集まって欲しいのだけど」
白のワンピース姿のマリスがリビングに入ると、TEAM PRIDE全員に今から集まって欲しいと伝えた。しかし、神山の息を切らした様を見て、あっと声を上げる。
「すんません、マリスさん……シャワー浴びてからでいいっすか?」
「構わないわ、ゆっくりして歓談室に来なさい、シンヤ、キョウジ、他の三人も呼んできて?」
神山にはゆっくりでいいと流石に配慮したマリスは、近くに居た二人に他のメンバーも集めるように命じれば、二人は未だに眠る河上、そして別メニューで外出している長谷部と緑川を呼ぶ為に散った。
「あと二週間、展覧試合の準決勝が間近に迫ってるわ」
メッツァー邸宅談話室、TEAM PRIDEメンバー、全員集合。執務机の椅子に座し、左右並べられたソファに全員が座っているのを確認したマリスは話を始めた。
「皆も知っての通り、準決勝の相手は……ヴァルキュリア・クラン、シダト唯一の女性だけで構成されたチームよ」
改めて報される次の相手、それは女性だけで構成された闘士チームである事を念を押して言うマリス。それを聞いて、明らかに態度を変えたのは中井だった。
「あのクソアマのチームか、ようやっと……懇親会での借りを返せる」
狂気の笑みと共に拳を握りしめた中井に、やれやれと呆れる町田。中井は、本戦前の懇親会の際に、このヴァルキュリア・クランと一悶着があったのだ。その時に中井は、先鋒を張る美女であり『不触不敗の令嬢』と言う二つ名を冠する、三条原オリヴィエと衝突、投げと関節技を得意とする中井が、いい様にあしらわれ、投げられ、頭から落とされた因縁ができていた。
「話を戻すわ……ヴァルキュリア・クランの本戦メンバー、貴方達が戦う相手よ、よく覚えておいて頂戴」
マリスはそう言って、羊皮紙を四束を、神山達の座す前に置かれたテーブルに投げてよこした。一枚一枚、丁寧に広げていく面々に、マリスが一人ずつ説明を始める。
先鋒、三条原オリヴィエ。ヴァルキュリア・クランの始まりに立ちはだかる『不触不敗の令嬢』中井は彼女が、合気道を体得した武術家であるとその身をもって知った、まずは彼女を中井が突破できるか?それが鍵になる、未だに団体、個人戦では倒された事がない、不敗の令嬢。
次鋒、薬師寺彩芽。何の因果か、町田恭二の現世における因縁がここに流れ着いていた、自分が唯一技ありを貰った空手家の妹、つまりは町田恭二の凶行を知る一人である、この世界でも恐らく彼女は兄と同じ空手を使い、町田に向かってくるだろう。ただ、その因縁をTEAM PRIDEの面々は知らない。
副将、前田愛花。懇親会で中井と三条原に割って入って喧嘩を止めたのは彼女だった。河上静太郎が対峙する眼鏡に黒髪の大和撫子、彼女が携える得物は……『薙刀』であると知った河上の顔から笑みが消えた。
そして大将……朝倉海莉、この戦乙女達を統べる女神は、仮面を被ったルチャドーラ。華麗な飛翔と空中殺法を得意とし、天空淑女とファンからは呼ばれている。神山真奈都が恐らく対峙するだろう相手。
「纏めた情報はそれくらいよ、後は貴方達に対処は任せるわそれと……」
本戦メンバーへの話を終えて、マリスの目は長谷部と緑川に向けられた。
「あの……何ですかマリスさん」
「ナオキ、ヤシロ、貴方は展覧試合のオープニングファイトに出ることが決まったわ」
「え!?」
突然の抜擢であった、まさかのまさか、緑川社のデビュー戦が決まったのである。そして長谷部もまた、TEAM PRIDEメンバーとして再起戦が決まったのだ。
「相手はまだ未定、5日後の記者会見で決まるから準備しておきなさい?」
「いよいよか、社くん」
「勝ちに行くぞ、緑川」
「僕が、展覧試合の……あの会場で?」
未だに信じられないと手をわなつかせる緑川に、長谷部が肩を叩き落ち着かせ励ます。つい最近まで飼い慣らされて飢えていた控えの控えであった少年が、前座とはいえまさかの大舞台でデビューする、そのプレッシャーは計り知れないだろう。酷な事するなと神山は、現世の格闘団体でもたまにあるミスマッチ気味な組み合わせを思い出した。
「と言うか……待った、記者会見?」
そうして今更、それこそ次の話をしようとしたマリスに神山はふと気になった単語がマリスから出てきたのに待ったをかけた。神山が改めてそれを口にした事で、皆もあぁと気付かされた。
「5日後に城で、記者会見があるわ……シダト中の雑誌関係者や記者、新聞社が集まってそこで会見するの、無論全員出るように」
「神山くん?また騒動起こすなよ?」
いよいよ持って現世の格闘技のノリそのままだなと呆れたが、以前の抽選会時の事を河上がなじってきたので何も言えず黙った。中井はめんどくさッと口走ったものの、マリスは聞こえていたのか少しだけ視線を中井に合わせてから、何も咎めずに話は続けられた。
「連絡は以上だわ、さて……本題はここからよ」
「え?ここから?」
これまで全てが触りかの様な口ぶりに、神山は流石に尋ねた。だが、そうだと皆が頷かざるを得ない本題が、マリスの口より発表されるのだった。
「貴方達、次の相手はヴァルキュリア・クランなのは理解してるわよね?」
「それはまぁ……」
「女性だけの闘士チームよ?」
「存じておりますが」
念押しの念押しとマリスが女性を強調し、生返事の様にそれが何だと神山は返すので、流石にマリスも怒気を込めて言い放った。
「殴れるの?マナト……女の子を」
そう言われるまで、全く神山は気づきもしなかったのである。だから言われた瞬間、あっと声を出してしまったのだ。
現世の日本人、それも余程道徳を学ばなかったり倫理を捨て去った男児でなければ、親にはこう教育されているのが大半だ。
『女を殴る男は最低だ』と。