狩りの終わり
「わぁあ、わぁああ!!」
「おぶぅう!」
バルダヤ北部、入場ゲート。長谷部直樹と、緑川社の二人は、次々に襲いかかる野蛮人と化した闘士達の波を食い止めていた。緑川は慌てこそしているが、元々優勢召喚者と言うのもあったものの、TEAM PRIDEで鍛えたこともあってか、まさかまさかの健闘を見せていた。
今も、剣を振りかぶった相手に、町田直伝上段の掌底を当てて、失神させた程だ。
「何だかんだ戦えてるな……緑川くん」
「よそ見してんじゃあねぇぞ!!」
「おっと……」
それだけ余裕があるんだよと、ナックルを纏った闘士のパンチをアッパーでカウンターを取り意識を切り落とした長谷部。足元には気を失った者、呻きをあげる者と様々だ。
それを、塞がれた出入り口前で立って傍観するマリスとニーナは、誰一人ここまで通していない二人に感嘆を覚えた。
「ハセベは兎も角、ヤシロは強くなってるわ……これなら地方戦なり興行に出しても良さそうね」
「しかし、マナト様達はどうなったのでしょう……あれから何もありませんが」
マリスは長谷部と緑川の実力に、地方なり興行への出場を考える中、ニーナは神山達レギュラー勢の動向を心配した。こんな状況だから心配するのは仕方ないのだろう。
「ドシッと構えときなさいな、ウチの闘士が負けるわけないじゃない」
それに喝を入れるかの様に、杖を鳴らして胸を張るマリス。あれから数分、二人だけで誰一人通さないのはやはり無理がある、いよいよ何人かが長谷部と緑川を無視して、こちらに向かってきた。
「マリスぅう!ぶち殺してやらぁ!!」
「お嬢様!!」
何とも品もなく、ありきたりな台詞を吐いて、一人の闘士が槍を構えてマリスに突貫して来たのだ。主人を守るために前に行こうとしたニーナ、しかしそれに手を出して来るなと止めるマリス。
あと数歩、それで槍の切先がマリスの腹に到達する直前……闘士の上半身と下半身が切り離されて、血飛沫が舞うや、マリスのバルダヤで買って着替えたバカンスの服に飛散した。
顔にも飛沫を浴びるが、それでも眉ひとつ動かさず、足元に倒れた亡骸と、その先にて横に刀を振り終えた美丈夫を見て言う。
「おめでとうセイタロー、貴方が一番乗りよ」
「あいや待たせたなマリス嬢、TEAM PRIDEの副将河上静太郎、ただいま戻りました」
泥だらけに血だらけ、しかして自らの傷は一切無しと刃を振るい血を払い、河上静太郎がマリス達に合流した。
「長谷部!緑川!しゃがめぇ!!」
聞き覚えのある声に、長谷部と緑川は言われるがままにしゃがんだ瞬間であった。この異世界らしからぬ喧しい音を立てて、闘士達が血を、肉片を撒き散らし次々と倒れて行く。
側の街路から、機関銃を腰だめに携えた中井真也が煙を上げる銃口を、まだ生き残っている野蛮人の闘士に向けながら現れた。
「やる事が派手だな、どこぞから持ってきたのやら……」
こんな剣と魔法の世界に何を持ち出してきたのやらと乾笑いする河上、となればもう心配なかろうと彼方を見やれば、闘士達の最後尾より先に、二人の人影が見えた。
「腕やられたんすか町田さん、珍しいっすね」
「どうせこの世界の薬品で治せる……神山くんこそ、浮かない顔だな」
「まー……不完全燃焼っす」
TEAM PRIDEの展覧試合出場組、全員が生還して帰還した。それ即ち……TEAM PRIDE HUNTの終了を意味していた。
「それで、お前らさ……まだやる?」
狼狽える野蛮人と化した休暇に来ていた闘士達に、神山が言う。ざわつき、それぞれがやれ、信じられないだの、こんな馬鹿なだと呟く中で、喧しい音が鳴り響く。
「どうすんだ、ああ!?やるのかやらねぇのかさっさと選べやぁあ!!」
機関銃を空に向けて撃つ中井真也が、いよいよ銃口を向け直すや否や、闘士達は叫び、喚きながら蜘蛛の子を散らす様に逃げていった。そうして入り口前には、いくつかの亡骸や気絶、失神した輩と、TEAM PRIDEの面々が残ったのだった。
波の音が聞こえる、未だに太陽が暑いほどギラついているし皆汗と血の混ざり物を体に浴びて、何とも酷い有様であった。
「終わりだよな、もう流石に無いよな」
「全員生き残ったわけだから、僕らの勝ちじゃない?」
神山が確認をこめて皆に言うが、中井が返事をした。誰も文句を言う輩が居ないから、もう大丈夫だろうと。そうして皆顔を合わせて……肩の力が抜けた。
「散々な休暇だ、いや……休暇ですら無くなってしまったな」
「まぁ、暇つぶしにはなったかな……町田さんは手酷くやられたいだね?」
「怪我とも思っちゃいない、心配するな中井くん」
休暇の筈が戦いを強いられた事態に神山はやっと力が抜けたと息を吐き地面に尻餅をついた。中井も敵からの戦利品たる機関銃を地面に置いて、腕を固定している町田を心配した。
「皆お疲れ様、今すぐ労わりたいところだけど……まだ動けるかしら?」
緊張を皆が解く中、マリスは未だに気を張り続けていた。まだ何かあったかと神山が見上げて耳を傾ける中、ふと河上だけは未だに緊張を途切れさせていないことに気付く。
「まだ何かあるんですか、マリスさん?」
うんざり気味に中井が尋ねれば、間髪入れずにマリスは答えた。
「当たり前じゃない、展覧試合の実行委員会、この事態を許した姫への直談判が残ってるわよ」
それを言われたら、もうたたざるを得ない。いや、河上以外目の前の敵ばかり集中していてすっかり抜けてしまっていたのだ。そもそも、試合前の闘士の襲撃はまぁ良いとしよう、シダトのルールは弱肉強食なのだから。
だが、それを大会運営側の人間が行うのは駄目だろう。覆したとは言えあまりに差別的だとこればかりはTEAM PRIDEの面々も思うところがあった。
「今から行くか!マリス嬢!!」
「強行軍か……まぁ悪くない、まだ苛立ちは収まっちゃいないからね」
その意気や良しと河上は鯉口を鳴らし、中井も機関銃を持ち直し立ち上がる。やる気満々……いや殺る気満々の二人に対して、普段なら抑え役であろう町田は止めろと言うだろうと、視線をマリスから町田に向けた神山だったが……。
「マリスさん、傷薬はあるか?骨折していてね」
「持って来てるわ、皆使いたい人は使いなさい」
「えっ、町田さんもやる気?」
町田ですら、骨折をすぐにでも治して戦線復帰の意思を見せた。マリスも傍らのバッグから綺麗な薬品瓶を取り出して町田に投げ渡し、折れていない右手でキャッチして、器用に瓶を握ったまま服による骨折した左前腕の固定を外しにかかった。
大将神山は、オロチとの戦いと同じ様に気が乗らない置いてけぼりになっていた。むしろ今から城下のルテプまで帰って、城に殴り込む気満々なくらいに熱が入っている三人に、冗談にも程があろうと呆れすらしていた。
「ねー、長谷部に緑川くぅん……やるの?」
と言うわけで、神山は首をだらりと後ろに垂らして背後に居る長谷部と緑川にも尋ねた。逆さまに見える二人は、流石に神山と同意見らしい、互いに顔を見合わせていやいやと首を振った。
「あのさぁ……馬車で約10時間を戻って城にかちこむとか……流石に無理じゃない?」
現実的に考えて無理だろとやる気満々な3人に尋ねる神山を他所に、皆その気で聞きもしなかった。歩いてでも行く気だなと神山は立ち上がり、マリスに顔を向けて一応尋ねる。
「行く気っすか、行けと?マリスさん?」
「命じた方がいいかしら?」
最終意思は貴方に任せると、マリスに至っては命令はしなかったが焚き付ける雰囲気はもう見て取れた。こりゃダメだなと神山も腹を括った、一度切れた緊張と熱を取り戻すには難儀ながら、立ち上がりながら皆に言う。
「行くとして……どー行くのよ、また10時間馬車に揺られるか?」
長時間また馬車に揺れてのらりくらり向かって、その熱と勢いが保てるのかと神山が皆に言う。これで諦めるなり頭を冷やしてくれたらいいのだがと、願った神山であったが……。
「すぐに行けるぞ」
悪運が神山に嘲笑った。声のした方に向けば……そこには此度の襲撃者たる一人であり、先程神山と対峙し敗北した、エルンスト・オズマが立っていた。神山は、空気を読めよと、苛立ち混じりの眼差しをオズマに向けた。