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自己否定

 展覧試合実行委員会による、バルダヤを舞台にしたTEAM PRIDE HUNTも、いよいよ終わりを迎えようとしていた。


 大将、神山真奈都が対峙したオランダハーフの懲罰部隊、エルンスト・オズマは、生まれながらにして痛覚を持たない後退知らぬ殺戮者。それを前にした神山は、ジリ貧の闘いを強いられていた。


「オラァぁあああ!」


 明らかに、常人であれば脳震盪失神ものの飛び膝を顎に受けてもオズマは、顔色一つ変えずに宙舞う神山の身体を掴み上げる。


「ぬぅうん!」


「がっはぁあ!?」


 無造作に叩きつけられた神山は、すぐさま起き上がると、ぜぇぜぇ息を切らしてオズマを見上げた。格闘家の中には打たれ強い輩が確かにいるが、そもそも痛覚すらない輩を神山は相手になどした事がない。試合中のアドレナリンが痛み止めと止血作用を持ち、それを実感した事はあるが、それでもこれは理不尽であった。


 それに比べたらマギウス・スクワッド大将の鹿目との試合はなんと楽だったか、殴れば倒れてくれる、いずれ膝を突くし気絶する相手の安心感があった。


 だが、こいつにはそれがない!いつまで殴れば、蹴れば、倒れてくれるのだと精神を締め上げ追い込んでくるのだ。


「諦めるんだな神山、感覚の鈍化だけではない……この世界の理が俺の肉体を強化し、傷すらも癒していく……貴様が俺に勝つためには、それこそ命を奪う技でもなければ届かないぞ」


 オズマは宣う、諦めろと。如何なる技術や技を持ってしても、俺を倒すならば殺さねばならないと。それを聞いた神山の顔は、苛立ちと焦りと、苦しみに確かに染まったのだが……。


「やめた」


 一言、そう言って身体を直立にして呆れたを含んだ深呼吸をした。


「降参するのか?」


 話の繋がりから、降参としか取れない一言に尋ねるオズマへ、細目になり舌打ち一つして神山は吐く。


「ちげーよばーか、もう遊びはやめにするって事」


 神山は足裏の汗を床板に擦り拭いて、意気消沈が分かるほどに肩を落として続ける。


「本当はさぁ、こんな馬鹿げた世界で自分の奥の手とか使いたかなかったんだよなぁ……けど、まぁ、お前ならいいから使う事にする」


「奥の手だと……あまり期待させるな、失笑するぞ」


 神山が言う奥の手とやらをオズマは嘲笑った、期待させて強がるなと諭した。


 しかし神山は、改めて構えると……オズマはその気配に違和感を感じた。先程までの熱気、闘志が嫌でも分かるほどだったのが、静寂とばかりに静かな雰囲気に切り替わったのだ。


 そしてーーまるで、歩み寄ったかのように間合いを詰められたオズマは、迫り来る床板をそのまま迎えて、前のめりに倒れ伏した。


「!?ーーあ、が!!ーーーッ!!?」


 驚愕!!何故!?自分が倒れ伏しているのだと理解のできない事態に遭遇したオズマは、すぐさま両手をついて立ち上がる、しかし膝が、足が笑って必死に支えようとタタラを踏み、思うように立てず、景色も荒れた海の船上の如く揺らぐ!!


「おーよかったよかった、やっと倒れたか、脳震盪は流石になってくれなきゃ諦めてたわ」


「が、な……何をしたっ!うぅぉ……」


 審判無しのリングで、律儀にダウンを取りコーナーに戻り腕をロープに置いて預ける神山に、オズマは膝を必死に押さえて立ちながら尋ねた。それに対して神山は……。


「え、見えなかった?ならちゃんと見なきゃさぁ?ほら……いくよー?」


 よく見ろ、もう一度やってやると、構えて……足を震わせるオズマにゆっくり近づいて行く。オズマは自らも、現世でラウェイの選手として闘っていたのもあり、すぐ様ファイティングポーズを取るや、見逃さぬと神山を凝視した。


 次こそは避ける、出来ずとも防いで見せると余裕から焦燥に転じて身体を強張らせるオズマ。そして、すんなりと間合いに入りーー。


 乾いた音二つ、それを聞いてオズマはまた前のめりに倒れ伏した。


「あがーー!?ああ!?あっ……」


 景色が明滅し、自分が今倒れ伏しているのを理解し、必死に立とうともがくオズマ。意識は途切れていないが、最早立つのは難しい。それを見た神山は、這いつくばるオズマに背を向けて、一度コーナーに戻ってから……ゆっくりと、リングをロープに沿って歩き出した。


「ミャンマーラウェイにノックダウン制は無い、意識が無くなるか、降参するまで試合は続くのは知っている」


「お、お前……!?」


「3周だったか?立ち上がらなかったら負けを認めろよ、オズマ」


 神山の言葉にオズマは、立とうとするも、しかし支える腕すらも力が入らず、音を鳴らすほどに転んで立ち上がれなかった。それに構わず神山は、リングの内周をゆっくり歩いてから、自らが待っていたコーナーに辿り着いた。


「2周目」


「待て神山ぁ!!まだ、まだやれる!!俺は……」


 


 ミャンマーラウェイにおいては、キックボクシングにおけるノックダウン制、さらには大凡プロ格闘技からアマ格闘技にもある10カウントが存在しない。どちらかの意識を断つか、降参するかによって勝敗が決定する。


 しかし、それとは別に価値を決める方法が存在する。


『相手が立ち上がるまでにリングを回り、1周ごとに勝利のジェスチャーを行い、それを3周行う』事だ。


 カウントの代わりの儀式、神山はムエタイを習う傍らその歴史にも触れてラウェイについても知識を持っていた。そして今、オズマを脳震盪に陥れてその勝ち方にて勝利を決しようとしていたのだった。


「神山ぁ!?待てぇ!!俺はまだやれる!!やれるんだ、足をーー止めろぉ!!」


 オズマは必死に立とうとするも力が入らない、腕の支えは床に手をつこうと平衡感覚が掴めずに滑り、身体を床板に打ち付けて無様に転ぶしかない。そうして2周目を歩き終えた神山が呟いた。


「3周目……」


「止まれって言ってんだろうがぁああ!!」


 オズマの叫びを他所に、神山は歩き続けた。そしてゆっくり内周を、まだ立つかと、立って欲しいとも感じながら、ゆっくりゆっくり歩いて、そしてコーナーに辿り着いて……。


「ぐぅう、あああ、あああ……」


「俺の勝ちだオズマ、文句ないだろ」


 這う芋虫の様に、未だに立てないオズマを見下ろして、神山は宣言した。それを見て……エルンスト・オズマの心は折れてしまった。口では言っても、肉体が最早立てぬと認めてしまったのだ、自らが身につけた格闘技のルールによって敗北を理解したオズマは、歯噛みして涙を流した。


「何故だ……」


「ああ?」


「何故、今まで手を抜いていたんだ神山……」


 そしてオズマは尋ねた、今まで何故手を抜いて戦っていたのかと。それを聞いた神山は、すぐに答えた。


「お前ならまぁ、この闘いしないと勝てーー」


「俺が言っているのはそうではない!!」


 それは俺の求めている答えではないと、オズマはようやっと両手で床を支えて身体を起こしながら叫んだ。


「その闘い方をすれば、今の今まで楽に勝てていた筈だ!!予選も、オロチとの抗争も!マギウスとの戦いだってそうだ!!何故この日まで手を抜いていたのだ!!」


 オズマの叫びに、神山は目を見開き驚いた。言葉からオズマは、こちらの試合内容全て叩き込んで挑んで来たという事実を突きつけられたのだ。故に一度表情を歪めはしたが、すぐに冷めた瞳で見下ろして、気怠げに返したのだった。


「この闘い方はな……自分自身を否定するからだ、だから使いたくもねーし、ましてやこんな馬鹿げた世界の輩相手に見せたくもなかったんだよ」


「な……に……」


「だが……オズマ、お前ならまぁ格闘家同士ってのと、勝たなきゃ駄目な試合ってのもあって、使うに踏み切ったんだよ、俺の奥の手……絶対に勝たなきゃいけない試合用スタイルをな」


 神山の口から放たれた真意に、オズマは余計に怒りと無念を掻き立てられた。この男は、この世界に流れ着いてから自分との数十秒間まで、()()()()()()()()()()()()()という事実に。そこへ、なんとも馬鹿にした様な名前の闘い方で、自分を屈辱と敗北に叩き落としたのだ。


「そんな、事のためにお前はぁ……!!馬鹿にしてるのかっ!お前ら召喚者なぞ簡単に勝てるとでも言いたいのかぁぁ!!」


「おー、今のところオメー以外はな、オズマ……お前にはこれ使わねーと勝てねーって思わされたんだよ、そうでもなきゃこんなクソッタレな戦い方しねーわ」


 神山は言う、そうでもしないと勝てないまでお前は、俺を追い詰めたんだよと。


「お前だって現世(あっち)で格闘技やってたなら分かんだろ?殴って勝つ、蹴って勝つ……勝ち方へのポリシー……おれは()()()()()()()()()()()がポリシーなんだよ」


 神山は背を向ける、最早勝負は決した、これ以上はもう語る事は無かろうと、縄のバンテージを解きながらリングを降りた。


「この闘い方は、()()()()()()()そのものだ、そうしなきゃ勝てねーって思わせたんだ、誇れやオズマ、オメーは……俺にこの馬鹿げた世界で初めて本気を出させたんだからよ」





     TEAM PRIDE HUNT バルダヤ南エリア


     ◯神山真奈都VSエルンスト・オズマ●


         試合時間9:27 KO


         決まり手 ???

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― 新着の感想 ―
[一言]  良かったぁ。(^▽^;)  遂に、彼も『卒業』しちゃうのかと思った。  ……出来れば、君はもう少しそのままでいてね?  だってチーム内で神山君が一番ヤバそうだし(・_・;)。
[一言] 誤字修正 しかし、それとは別に価値を決める方法が存在する。 正 しかし、それとは別に勝敗を決める方法が存在する。
[一言] ラウェイには他の格闘技には無い決着方法があったんですね。しかし無痛症は体温調整もままならないのによく現世で格闘技なんてやってたな。四聖との戦いで今回使った技の正体が分りますかね?
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