理不尽
河上静太郎が決着をつけた最中、北エリアの町田恭二はーー。
「ぬはぁあ!」
「せやぁああ!」
マッスル・ジェネラルとの攻防が継続していた。
マッスル・ジェネラルの黒光りする肉体は『ミオスタチン性筋肥大』という先天性疾患により、鍛えるだけ強くなる肉体。さらにこの異世界の召喚者によるステータス振り分けにより、防御に振られたその肉体は、町田恭二の打撃を受けてなお崩れなかった。
マッスル・ジェネラルの攻撃は、素人そのものだった。ただ鍛え上げた筋力と腕力で、ひたすら拳を振り回す単純すぎる程の『暴力』であった。
それに対して町田は、カウンターを合わせるだけ、単純明快な攻略法があるはずだった。
マッスル・ジェネラルが右を振り終われば、そのむき出しの顎や横腹に正拳、鉤突きを放ち、左を振ってくればそれを避けて前足の膝横に下段回し蹴りを放ち、顎をかちあげる掌底を放つ。
1発放てば3か4発を返している町田、そのどれもがーー。
「ぬっはーーー!効かぬわ!!」
マッスル・ジェネラルに傷一つつける事ができずにいた。
「ここまで効かないか……」
さしもの町田も、焦りが出てきた。
避けられ、防がれてならまだ精神面は保てるだろうが、町田は、当たってなお効かないという事実に歯噛みした。鍛え上げてきた、研ぎ澄ました武術の拳撃が通じないのは中々に堪える。
そもそも、肉体からして不利である。町田恭二の体重が大凡65〜70kgとするならば、このマッスル・ジェネラルの体重は100kgを超過しているのだ。
打撃の強さには、体重も関係してくる。軽量級、中量級の全力の打撃を、重量級の選手はたやすく耐えてしまうのだ。積める筋力が違う、骨格が違う!
そこに理不尽じみた、異世界の規律たるステータスの振り分けが町田を追い詰めていたのだ!
「ふはぁ!壁際だぁ!!」
「しまっーー!?」
その理不尽に、いつの間にか壁まで追い込まれたのを、背中に当たった壁の感触でようやっと気付いた町田は、声に出すほどに驚いた。
「ぬぅあああ!」
振り下ろす形の右拳に、町田は屈みながら左にズレて回避すれば、マッスルの腕が壁を容易く貫通して砕く様を見た。それで何とか回り込み壁を背中から離せれたが……。
「逃がすかぁ!」
「なにっ!?」
壁に突き刺さった腕を抜かず、そのまま壁を破壊しながら右腕を振り抜いてきたマッスル・ジェネラルの薙ぎ払いに、いよいよ町田は回避ができず、両腕を十字に組み、体を丸め防御を選択した。
衝撃が町田の腕を襲う、足が床からふわりと離れ、数m体が浮き上がり、町田は床に転がった。自動車事故そのもの、それ程の威力が、マッスル・ジェネラルの筋肉によりもたらされたのである。
「あ……ぉあ……」
町田は、何が起こったかも理解できず、しかし立ちあがろうと右手から地面に着き、左手をつこうとした瞬間、身体が支えを失ったかの様に崩れた。
何だ、何か、おかしいと町田はもう一度右手をついてから膝を立てて、左腕に顔を向けた。
「あ……あ……一発で……折れたッ……」
視認して、初めて理解してしまう。町田恭二の左腕前腕、肘と手首のちょうど半分辺りから、もう一つの関節が出来上がったかの様に曲がっていたのだ。
「はーーはっはっはっ!これが筋肉!これぞ筋力!!どうだ、貴様の空手なぞこの鍛え上げた肉体には傷一つつけられないのだぁ!!」
何という理不尽、何という差異か……わなつく手とマッスル・ジェネラルの言葉、その二つに町田の中で……。
スイッチが切り替わった。
その頃、新たな標的として狙われる羽目になった、マリス達は、馬車を止めている駐車場に出る為のバルダヤのゲート前まで辿り着いていた。
しかしーー。
「おいおい……冗談キツいぜ」
「ああぁああ!ゲート降ろされてる!?」
出入り口たるゲートは、魔法障壁により封鎖されていた。元より逃げ道なぞなかった事に、長谷部と緑川は戦慄し、背後に視線を向けた。
人影が見える、微かに、しかし揺らいで波の様に押し寄せている。マッスル・ジェネラルにより新たな賞金の稼ぎのため、こちらを狙う野蛮人と化した休暇中の闘士達の波が、津波の如く押し寄せている!!
「こうなったら腹括るしか無いな……緑川くん」
「で、でも、こんな人数、勝てる訳無いですよ!!」
「それでもやらねばならない!何でも使って戦うしか無い!!四人が勝って帰ってきて、マリスさんがズタズタにされましたって言えるか!?」
最早戦う以外あるまいと、長谷部は既にバンテージを巻き始めた。しかし緑川は流石に戦意を失っていた、こんな人数相手に勝てるわけがないと、弱音を吐く緑川に長谷部は叱咤してバンテージを巻き終わるや、深呼吸した。
対する緑川は、慌てるしかなかった。そもそも今までまともに戦い、勝った事がないのだろう。如何にTEAM PRIDEで鍛えているが日は浅い、それがいきなり乱闘じみた戦いに遭遇したのだから仕方ない。
「ヤシロ」
そんな緑川に、TEAM PRIDEの主人マリスは声をかけた。そして……。
「大丈夫、ヤシロは下がってて、私とニーナと、ハセベが戦うから」
「えっ」
何と、マリスは普段使いの杖を剣に見立てて持ち構え、ニーナも胸元のリボンを緩めて、緑川の前に立ったのである。
「時として、シダトの貴族の役目には、闘士を育てる事、そして守る事も含まれているわ……戦えない闘士を無闇に出したりはしない……パパにそう教わったの」
戦えない闘士を守るのも雇った貴族の役目と、長谷部の横に並び立つ様に、硬直するしかない緑川。本来、戦うための闘士が、主人に守られてしまっている……。
それは、いかに以前は大きなチームの控えの控えで腐っていた緑川であっても、誇りを燻らせるには十分な行動だった。緑川の体にはまだ震えが残りつつも、そのまま長谷部を超え、マリスを超え最前列に立つ。
「ど、どこまでできるか……いや、何とかしますから、僕も、戦います」
今の自分がどこまで戦えるかなど分からない、けど……闘士でありながら貴族に守られるなど、あってはならないと微かな誇りを燃やして緑川が立ち上がる。それを見たマリスは、ニーナに対して首を振って合図すると、そのまま下がった。
「バンテはある?」
「いや、持ってないです」
「なら掌底で戦え、町田に教わっただろ?」
拳を保護する物が無いなら、掌底を使えとアドバイスする長谷部に、緑川は頷く。そして長谷部がゆっくりと歩き出し、それに緑川は続いた。やがてはその歩きは早歩きに、そして走りへと変わっていき、津波の如き野蛮人の闘士達の壁が一人一人分かるほど近づいてくる!
『長谷部と緑川をぶち殺せぇ!!』
『TEAM PRIDEの連中は皆殺しだぁっ!!』
否応無く叩きつけられる殺意の壁を、二人は勢いそのままに突き抜けて……そして衝突した!
衝突は一瞬であった、バルダヤ東エリアホテル廃墟。中井真也と対峙した坂口義貴は……。
「そ、んな……なんで……僕は、完璧に……こふっ!」
地面に仰向けに倒れ、呻いていた。首から、そして右の手首、肘の内側、脇の下に深く切り傷を刻まれて、血は止まる事なく流れ続けていた。それを見下ろす中井は、その呻きに答える。
「当たり前だろ、見て覚えるなんざ誰でもできるわ……まぁ才能なのは認めてやるよ」
数十秒前ーー。
『秒殺だと!吐かせぇ、それはこっちのセリフだぁ!!』
秒殺宣言を中井より受けた坂口は、挑発に乗って突貫した。乗ってもなお、勝てる自信があったからだ。現世でも褒められた自衛隊徒手格闘とCQC、それらで実際懲罰部隊に選ばれる実力を持ち、シダトでも勝ち上がってこの地位を手にしたのだ、だからロシア被れのコマンドサンボに負けようハズがないと、ナイフファイトを受けた。
それが甘かった、最初の一撃目で突きに行ったナイフの持つ手を掴まれ、即座に中井は手首、肘内を切り裂いた。
『あぁ!?ああぁあああ!!』
『ぬうぅううん!!』
さらに間髪入れず脇の下を深々と切り裂きながら、坂口の腕を掴みながら引き寄せ、一本背負いで叩きつけて最後は首を切り裂いてみせたのだ。
たった数秒、自分の知るナイフファイトの型通りに坂口は勝負をつけられたのである。
「見てそのまま、再現できるのは確かに才能だ、物覚えよかったんだろうよ……けどな、俺とおまえじゃ経験が違う」
「け、経験……だと……」
中井は言う、経験からしてお前は俺とは違うのだと。何だそれはと坂口は遠のく意識の中で考えた、まるでこいつは、何人も同じ様に手に掛けてきたみたいに吐かすと。
「こ、の厨二病野郎……なにが経験……だ……人殺したなんて……イキリちらし……」
「殺してるさ、親も……ムカつく奴らも……実際殺して来たから、こうしてできるんだよ俺は」
信じるか信じないか、今更どうでもいいがなと中井は坂口が落とした機関銃を拾い上げ、装填し損ねたマガジンを差し込んだ。そのまま両手で持ち上げて、その銃口を中井は坂口に向けた。
「や、やめ」
「досвидания」
トリガーを引けば、喧しい音共に放たれる銃弾に血飛沫、しばらくしてそこには、真っ赤な絨毯が出来上がった。骨も肉も消え去り、赤々とした絨毯が生い茂った雑草を染めていた。
「らーくしょう、さて……主人達に報告へ向かいますかねー」
機関銃を抱え、血を浴びた中井は悠々とホテルの廃墟を後にした。
TEAM PRIDE HUNT バルダヤ東エリア
◯中井真也VS坂口義貴●
試合時間7:14 絶命勝利
決まり手 機関銃による射殺