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初めての代理決闘 3

 小林瞬は驚いた、気付いたら地面に倒されていた事、何より視界から劣性召喚者たる相手が消えて、自分の胴体へ馬乗りとなり見下ろしていた事だ。


「く、うあっ!な、何をした貴様っ!?」


「なーにも、ただのタックルだ、お前の横薙ぎに合わせてな」


 馬乗り、即ちマウントポジションを取った中井が小林向けて余裕の講釈を披露する。先程の関節蹴りは、あくまでただの撒き餌、そこから横薙ぎをして来た小林の剣を、体を沈めて回避、そこからタックルで小林を押し倒したのだと。


 小林はそれを聞いて、馬鹿なとこ目を見開いた。


「お、俺のクラスは重戦士だ!普通の人間が俺を投げ倒すなど不可能な筈だ!一体どんな手を、まさか貴様劣性召喚者などと言う嘘をーー」


「うるさい、お前もう、黙ってろ」


 そもそもタックルは、確かに投げだが力技では無い、技術や力学の宝庫だ、それすら知らずに喚く眼下の小林に、中井は冷たい表情を見せた。


「小林動け!動いて立ち上がれ!」


 ガズィル側の闘士たる軽装の少年が、檄を飛ばす。小林は言われた通りに動こうとした、右へ、左へ、力任せに体をよじる。


「く、こ、のっ、ううう!?」


だが、身を捩れど身体を動かせど、中井はまるで静かな乗馬の如く動かせなかった。必死に動けど、腰をしっかり落としてコントロールして、マウントから決して振り落とされず、只々小林を静かに見下ろした。


「畜生があああ!」


いよいよ苛立ちから、小林が右手の剣を中井の身体にガムシャラで振った。その右腕を両手で簡単に掴んだ中井が、ニヤリと笑みを浮かべた。


「貰ってくよ?」


小林が聞いたのは、その一言だった。その台詞の刹那、中井が動いた。電光石火と言わんばかりの動きで、小林の右側に動き、腕を真っ直ぐに伸ばして親指を真上に向けさせ、左膝裏で小林の顔面から首辺りを拘束し、寝転がった。


一瞬だった、小林の腕が伸び切り……嫌な音を響かせ、肘から前腕が力なく、あらぬ方向へと曲がったのだった。


「ひっ!ぎぃえぁがぁあああああああ!!ああ!がぁぅううう!?」


叫ぶ小林を他所に、腕から手を離し、何かあったかと言わんばかりに立ち上がる中井。円を組んで見ていた聴衆も、この場で起こったショッキングな現実に閉口せざるを得なかった。


人間の肘が力なくぶらついている、あらぬ方向へ曲がっている。その激痛に泣き叫ぶ優性召喚者……脳が追いつかぬ様々な事象が、この代理決闘で起こっているのだ。


「っえーい!腕ひしぎいっぽーん!」


中井は嬉々として、観客の円に沿って両手を広げて小走りしだした。そしてのたうち回る小林の前まで行くと、そのまま右手の中指を立てるのだった。


「ねぇどんな気持ち?劣性召喚者に片腕外されて今どんな気持ち!?なんだっけ?分からせてやるだっけ!?あーははははは!!」


お前は青木⚪︎也か?流石にこうなったら、立会人は黙っていない。白服の立会人が、すぐ様中井を小林から押しのけた。


「小林!小林大丈夫か!?おい!!」


「うぐぅう、あぁああぅうう」


軽装の闘士が、ここで小林に駆け寄る。小林瞬は、ぶら下がる左腕を肘から右手で押さえて、泣き呻いていた。勝利は決まった、中井真也の圧勝だった、優性召喚者をなぎ倒したかと思えば、右肘の関節を何やら奇妙な技で外した、この世界に格闘技は芽吹いておらず、聴衆はそうとしか捉えなかった。何より、中井が中指を立てた意味も、理解出来なかったのだろう。


だが、中井真也が相手を侮辱し、貶めた事は、立会人にも理解できたし、この世界にも対戦相手への礼節を持つ事は広まっていた。立会人は小林の元から立ち上がるや、中井を指差し口を開いた。


「シンヤ・ナカイ!勝ちを喜ぶのはいいが、敗者を必要以上に嬲る行為は注意対象だ!今回は口頭注意だが、以後続けた場合は正式な決闘への参加停止罰則がある!気をつけよ!」


「へーい、反省してまーす」


中井は聞いてない、反省してないと陽気な態度で返せば、小林の傍らでもう一人の軽装の闘士が睨みをきかせた。それを見た中井は……無論血の気が湧き立って仕方ないだろう。


「お?なに、やる気?」


「この、どこまでも……腐った奴だ!」


「どこが?別に卑怯な手なんて使ってない、腕ひしぎくらい素人も聞いた事あるだろう?」


 腐った奴……軽装の彼は卑怯者とでも言おうとしたのだろうか?軽装の少年は立ち上がり、中井向けて歩き出した。


「劣性召喚者とはいえ、君も闘士なら正面から戦ったらどうだ!」


 それを言われた中井は……一気に笑顔を眩ませ、冷たく坐った目をした。


「お前らの言う正面というのはつまり、手足を使った殴り合いか?武器同士のぶつかり合いか?」


「そうだとも、それができないからあんな卑怯な技で小林を、闘士の風上にも置けない卑怯者が!」


中井はそれを言われて……静かに切れていた。正々堂々だと?俺が目突きをしたか?金的を蹴ったか?首を殴ったか?全てルール上縛られちゃいない、明記もされてないが正規の戦い方だった。


確かに煽り、嬲りはしたが……こいつに俺の研鑽して来た寝技、関節技を『卑怯』と断ずる権利が何処にあるのだ。今この場で両腕両足、壊してやろうかと思ったが、ふと、中井は背後で待っている神山に振り返った。


神山も目を細めて、中井がこちらを見るや、親指を立て自らを指す。俺がやるからと言う意味だ。


「なら、正面から殴り合ってみなよ、あっちの奴とさ?僕もあいつも、現世では同じ格闘家だからさ、お前は正々堂々、やれるんだろ?見せてくれよ?」


「なっ……」


「立会人、交代した場合、俺は負け扱いか?」


「いや、ルールはどちらかの闘士が二人とも負けるまでだ、交代は自由で構わない」


「よっしゃ」


立会人に、交代のルールを聞いて、中井は軽装の闘士に背を向けて、神山向かって歩き出した。そのまま、示し合わせた様にマリスの傍に立っていた神山が歩き出して来た。


「中井、あれはやり過ぎだ、⚪︎木真也かお前は」


「分かってるよ、それよりさ、あいつ俺のサンボ……いや寝技が卑怯だと?」


「詭弁だな」


「だから正々堂々、ぶちのめしてやってよ……真正面から殴り合って、さ?」


中井が右手を差し出して来た、神山はそれに応え右手を出し、パンっ!とタッチした。例え習った格闘技は違えど、今この時まで俺達は研鑽して戦って来た。その研鑽、覚えて来た技術を『卑怯な手』と罵られたならば、黙ってはいられない。


それは、俺達の格闘技を、武術を、武道を馬鹿にした言葉……何より受け継いで伝えて来た、先達や開祖に中指立てるに等しき行為だ。


中井のバトンタッチを受け、神山が立つ。




「ウォッホン……ではマリス側より劣性召喚者、マナト・カミヤマとガズィル側より優性召喚者、シロウ・シブヤによる、第1戦を行う!」


軽装の闘士の名前は、渋谷四郎と言うらしい。字が合っているか知らないが……。顔立ちは真面目そうだ、義憤に燃えて俺を睨んでいる。俺に田辺を、そしていま中井により小林を倒された事に、憤りを抱いているのだろう。


「田辺をあんなにしたお前も、所詮卑怯な手を使ったんだろう、劣性召喚者が……正体を暴いてやる!」


やる気満々で口を開く渋谷、俺はと言うと……静かに怒りを孕ませて、それを見せはしなかった。


「両者、3歩下がって!」


俺からしてみれば、この世界でクラスやらスキルを持ったお前達の方が卑怯者だと言ってやりたい。しかし、それは言わない。


「ファイッッツ!」


口で言うより、拳で判らせた方が、手っ取り早いのだから。


ゆっくりと、両腕を伸ばし、左手はこめかみ、右は顎の高さ。ジリリと左足をすり足で前に出し構え、渋谷の動きを待つ。対して渋谷は、腰元よりナイフを取り出した。刃引きをしている割りに、綺麗に磨いてある。


話では、この渋谷は盗賊なるクラスを持っているとマリスより聞いた。身軽さと跳躍が飛躍的に上がるが、いかがなものかと、ジリジリ、ゆっくり間合いを詰める。


と……ここで、渋谷は自ら握るナイフを一瞥して、また俺を見る、そしてナイフを投げ捨てたのだった。カランカランと、ナイフが聴衆の中へ転がり消えていく。


「必要無い、お前ら劣性召喚者に、得物を使うものか!優生召喚者との差を見せてやる!!」


有言実行とばかりに、渋谷は素人らしいただ腕を上げただけの構えで、俺に対峙した。


「いい度胸だ」


俺は渋谷を称賛した、心から。本気で素手で殴り合う意思表示を見せた渋谷に、観客もさらにヒートアップする。微笑ましいものだ、仲間を無残に破壊され、優性召喚者とやらの意地をもって、武器を捨て素手で立ち向かう。


これがアニメなら勝利の流れだ、差し詰め俺は悪役だ。


「おらぁあああ!」


振りかぶり、放つは右のテレフォンパンチ。遅い、遅すぎる。俺は余裕を持って、左手を軽く握り締め、まっすぐと渋谷の顔向けて伸ばした。


「っぶぁ!」


軽く、渋谷の顔に拳が当たった。本当にそれだけ、小突いた程度、渋谷のパンチは空を切った。


「くそっがぁ!」


右、左と腕を振り回す、だが当たらない。バックステップで範囲から逃げて、また左手を伸ばす。


「かぷっ!」


「ほら、ほら、ほら」


俺はそのまま、左手を伸ばしたまま、ステップだけで渋谷の顔面に触れ続けた、後ろに行っても軽く触られ、横に行っても触られ、さながら顔面に飛び回る鬱陶しい藪蚊の如く、顔面に拳で触り続けた。


「おいどうした優性召喚者ぁあー!」


「やられちまってんぞー!反撃しろー!」


いやはや懐かしい、ムエタイを本格的に始め、ジムのプロとのスパーリングでこうして弄ばれた記憶が蘇る。動きを見極められて小突かれ、近付けずに3分が過ぎて何もできない頃を思い出した。


「ぐくっ、くそっ!」


「おおっ!?」


それだけ左手一本で制していれば、嫌でも相手は次の手に移る。いきなりバク転して距離を離す渋谷に俺は驚いた、映画みたいな動きしやがってかっこいい奴め。


「こうなったら、俺のスキルを見せてやる!」


「お?スキルだと?」


そうだ、優性召喚者にはクラスの強化とやらに、スキルという異能力も目醒めているのだった。何を仕掛けて来るかも分からない、流石に俺は身構え、目を凝らす。


「はっ!」


「お……へぇ……」


気合と共に身体を一回転させた渋谷、すると……渋谷の姿が消えた。


「プレデターみてぇだな、まるで」


『そうさ、これが俺のスキル身隠しだ!姿を消すと言う単純ながら、強力なスキルだ!』


成る程、盗賊というクラスに、身隠しのスキル、相性の良い組み合わせな事だ。しかもだ、声もどこから発せられているか判らない、足音も聞こえない、音から場所を割り出せないどころか、景色に歪みも出来てない。


目視や聴覚では、到底看破出来ない。これが、優性召喚者か……俺は思わず口端が吊り上がっていくのが分かった。


『優性召喚者に楯突いた事を後悔させてやる!見えない攻撃を受け続けて、倒れるがいい!』


確かに、見る事も、聞く事も不可能だ。今どこに居るかなんて分からない。しかし、この人垣の円から出ていないのは、俺にも分かる。渋谷はこのまま、姿を晦ましたまま俺を嬲るつもりだろう。


全く、卑怯はどっちやら……それでも、こんなスキルがあると知れただけでも収穫だろう。俺は……辺りを見回しある場所を探し、そして見つけた。


「中井!マリスさん!そこをどけろ!!」


そう叫んで俺は、中井とマリスが立つ……噴水向かって走り出した。


「よし来た!マリスさんこっちへ!」


「え?なに?何する気なのマナト!?」


円を組む観客も、何だどうしたと騒ぎ出す。後ろについて来ているのかは判らん、だがしかし、あれだけ無様に手の上で転がされた、何が何でも渋谷は俺を追いかけて来るのは分かっている。


噴水が近付く、中井もマリスさんも横に避けた、俺は跳躍した、噴水に向かって飛んだのだ。


「水遊びだ!」


噴水に着水し、勢いよく跳ね上がる水。水柱を上げて周囲に水を撒き散らし、俺は振り返り、左手で水を掬い上げ。


「そらよぉっ!」


そのまま水を撒き散らした、そして撒き散らされた水は、ピシャリと宙で何かに打ち付けられ、水滴が宙を漂う様に動いたが、すぐ様静止した。


そのまま噴水の縁に足を掛け、俺は再び跳躍した。水滴が逃げようと漂うが、もう遅い、俺は空中で右足を、漂う水滴の場所向けて振り抜くのだった。


「おらしゃあああああ!」


「ぁぐぇああ!」


脛から足の甲にかけて、接触した感触、そのまま石畳に転がれば、目前で渋谷が倒れ伏して胸辺りを押さえ、ゆっくりと姿を現した。


「っはぁ!身隠し破れたり!ステルス迷彩の弱点ってのは、大概一緒なんだよ!」


立ち上がりながら、渋谷向けて俺は宣告してやったのだ。声も聞こえたが、発生源は分からなかった、足音も全く聞こえなかった。しかし、殴るために触れるならば、何かしらが触れる筈だ。ならば見つけ方は簡単、インクでも水でも、石でも適当に投げて、当たった場所を攻撃すればいいだけの事だ。


こちらの攻撃も物質すらも透過されたらどうしようも無かったが、流石にそこまで呆れる程強い能力ではなかったらしい。


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