第3の力とニンジャとサムライ
こうして、神山に南の敵を任せた町田恭二は、バルダヤ闘技場と名を変えた旧ルンピニースタジアムから出てきた。入り口前には既に、数十名の闘士が今か今かと町田が円から出てくるのを待っていた。アナウンスを聞きつけた、野蛮なる闘士達ながら、この光る円内に入らない辺り理性はあるらしい。
町田は、ぎりりと拳を握り締めて円をゆっくり出て行く。すると、即座に光の円は輝きを失い透明なる魔法防壁に変わり果てた。
睨み合いになる、町田と闘士達。しかし……。それと同時であった。
『闘士諸君、ご機嫌よう!!マッスル・ジェネラルの緊急速報だぁ!!今、南エリアと西エリア、両方でTEAM PRIDEのレギュラーが到着したぁ!!残るは……町田恭二と俺の待つ北エリアとなったわけだぁ!!』
この南エリアは神山が、東エリアには中井が一番に到着した。つまり河上が西エリアにたどり着いた事になる。一番遠くの北に行く羽目になったかと、放送を聞く町田に、マッスル・ジェネラルの話は続いた。
『それにしても、まさか諸君らがTEAM PRIDEを一人も倒してないなんてな、私は失望したよ……大金と出場権が当たり前のことやってて手に入ると思うなよ?』
あいも変わらずポージングを決めながら、この体たらくは何だと闘士達に言い放つマッスル・ジェネラル。残る町田すら倒してないザマは何だと嘲笑する様には、参加者たる闘士達からもブーイングが浴びせられた。
『だが……朗報だぁ!そんな君たちの為に特別ルールを用意したぁ!!これを見たまえ!!』
びしぃ!とフリーポーズを決めながら、マッスル・ジェネラルの映像は切り替わる。その映像を見て……町田は驚愕した。
「長谷部、緑川!ニーナさん、マリスさん!!」
映し出されたのは、路地をひた走るTEAM PRIDEの主人たるマリス、そのメイドのニーナ、そしてメンバーたる長谷部と緑川の姿だった。
『展覧試合、いや!このシダトにおいては主人、雇い主たる貴族への闘士への攻撃は禁忌であるのは闘士の決まりなのは、皆周知の事実である……宣言しよう、貴族マリスへの攻撃禁止は……撤回された!!』
マッスル・ジェネラルの宣言に、町田は愕然とした。
この世界における『貴族』は闘士の雇い主であり、主人である。闘士は、いかなる理由があれど主人、ましてや他チームの貴族への攻撃は禁止とされている。貴族への攻撃は、シダト闘士の界隈では、最もしてはいけない『禁じ手』なのは、町田も、TEAM PRIDE全員もマリスより強く注意されていた。
予選の時にこの禁を破った中井は、危うく記録抹消、TEAM PRIDE自体が失格となってしまっても文句言えない行動であったが、機転により有耶無耶になった事実がある。
『TEAM PRIDEの貴族、マリス・メッツァー、並びに控えメンバーにも懸賞金を掛けたぁ!!宣言する、貴族への攻撃禁止は撤回された、何でもありだ、TEAM PRIDEの準決勝出場を阻止できれば何でもなぁ!さぁ、TEAM PRIDE HUNT再開だぁ!町田を倒せ!長谷部を嬲れ!緑川を殺せ!!ニーナを犯せ!!マリスを凌辱しろぉ!!』
マッスル・ジェネラルの宣言と共に、野蛮なる闘士達が更に歓喜を挙げた。まだチャンスはあると、嬉々として狂喜乱舞する様に町田は……。
流石に、キレた。
「マッスル・ジェネラル……そうか、貴様、そこまでやるか……」
「ぶつくさ吐かしてんなよ町田ぁ!!ぶっ殺してやーー」
そして、抜け駆けとばかりに町田を囲んでいた一人の、剣持ちの闘士が振りかぶり襲い掛かった。
ーー刹那、その闘士が振り向いた。同じく襲い掛かろうとした闘士も、いきなり振り向いた闘士に足が止まる。そして理解する。
『振り向いていない』と、足も、体も、腕も町田に向いている。『首』だけがこちらを向いているのだ。飛び掛かる力を失い、膝から崩れる闘士の前には、右足の蹴りを振り抜いた町田恭二の姿があった。
あの一瞬、町田は飛び掛かった闘士の首を、反転させる程の威力で回し蹴りを放ったのだ。闘士の体内では、頚椎が捩じ切れ斬首刑により切り離された状態となり、倒れ伏しながら血を吹き出した。
「死にたいならば、塞げばいい……通るぞ」
ゆらりと、幽鬼の如く歩き出す町田。数ならば居る、囲んですらいる。されど、たったその一歩を踏み出しただけで、野蛮な闘士達が退いた。
「ざけんなぁ!いけ!囲んじまーー」
また一人、野蛮な闘士が叫び踏み込んだ。その叫びを掻き消すように音が鳴る、砲弾を撃ち出した大砲じみた音……そしてその場で硬直し動かない叫んだ闘士の横を過ぎる町田……。闘士の胸は、拳の型に凹んでいた、砕かれた胸骨が心臓に突き刺さる……それよりも前に心臓への強打が、心停止にまで追いやった。
「通るぞ」
「あぁああ!?」
また一人、踏み込んだ。手刀が首の皮膚と肉をつらぬき、気管を抉りちぎった。
「通るぞ」
「ひぃいい!?」
偶々前に居た、下段回し蹴りにで膝を横に曲げ折られた。
「通るぞ」
「ぎゃああ!!」
背を向けた、正拳を叩き込まれ、脊柱が外れた。
「通るぞ」
「あぎゃぉあぉぉあ!?」
逃げ遅れた、睾丸を蹴り潰された。
そうして……町田を塞ぐ壁は……モーセの如く左右に割れていき……町田に手を出す闘士は居なくなった。その道を、町田恭二は歩き続ける。
「待ってろ、マッスル・ジェネラル……」
短くも、そのままで乱れた髪を町田は両手で後ろに流して整える。そこに最早、町田恭二の顔は無かった。
「貴様だけは容赦はせん!!」
やがて、歩いていた足は地を蹴り、獰猛な肉食獣の如く、北の光の柱へ駆けた。
ーー駆けているのは、町田恭二だけにあらず。
TEAM PRIDEの控えメンバー長谷部直樹、緑川社……そして主人たるマリス・メッツァーとそのメイドのニーナ・ルギリア……北の入場門へと走る。
「は!はっ、はっ!」
「マリスさん、大丈夫ですか?」
「わ、私は平気……よ」
「ダメみたいですね、休みましょう」
TEAM PRIDEの面々が、各々放送を聞いていた所、この四名は中井同様外出していた。長谷部と緑川を護衛代わりに引き連れ、ショッピングをしようと街中にまで出かけていた所、マッスル・ジェネラルの放送を視聴したのだ。
この時は、あくまでレギュラーメンバーのみを標的にされていたのが幸運だった。だから、顔も割れておらず、この事態を危険と見た一同は、慌てずゆっくりとながら、北の入場門まで向かっていたのだ。
そして不運は……あまりに早くメンバーが要所要所にたどり着いてしまった事だろう。あと少しだけ、遅く皆が辿り着いていなければ、マリス達は入場門に悠々とたどり着けていたのだ。
だからこうして、走り抜ける事になった。しかし、ボクサーたる長谷部は兎も角、まだまだ発展途上の緑川、さらにきたえているかも怪しい貴族のマリス、ニーナを連れて逃げるには些か体力に難がある。
立ち止まった長谷部に、マリスもニーナもぜいぜいと膝を折る。しかし……緑川はまだ胸を張り息もまだ荒くない。伸び代がもう目に見えて出てきている事に、長谷部は笑った。
「短期間でよくここまで成長したな、緑川くん」
「え?いや……ステータスのボーナスとかもありましたし……あはは」
「いいや、それだけでこうはならない」
TEAM PRIDE移籍後、神山達とのトレーニングを短期間ながら共にした緑川の成長は、肉体的にも精神的にも目で分かる。それを、ステータスポイントだけで切り捨てる事は出来やしないと、緑川の肩を叩く。
「自信を持て緑川くん、君は強くなっているよ」
「そ、そうかな?」
「そう、ね……逃げ切ったら、地方都市の大会に長谷部と出る?」
逃げ切ったらと汗ばみ息を荒くして笑いながら、マリスは緑川に試合を組むかと提案した。逃げれたらの話だがと自嘲気味ではあるものの、闘士として日の当たる舞台へ立てる事に、緑川は少しばかり顔を明るくした。
「しかし……まさか実行委員会が直々に襲撃してくるとはな……神山達は大丈夫だろうか?」
休む傍ら、長谷部は戦いに向かった神山達TEAM PRIDEのレギュラーメンバーを心配した。腕を組み、逃げて来た街路を眺めてそんな事を呟く。
「その、長谷部さん……実行委員会って、そんなに強いんですか?」
神山達を心配する長谷部に、緑川は聞いた。実行委員会とやらはそれ程の実力者なのかと。これに長谷部は顔を渋くしかめて話す。
「展覧試合の運営を取り仕切る奴等だからな、それこそ違反者の取り締まりまで任されている……実力は恐らくだが……今の本戦メンバーに遜色無いと聞いた事がある」
ただ……と長谷部は話を続けた。
「実行委員会の者達は……それぞれ特異体質を有していると、話に聞いた事があってな」
「とくいたいしつ……?それは、加護や異能とは違うのハセベ?」
聞き慣れない言葉だと、マリスの質問が投げ掛けられて、長谷部はそれに答える。
「ええ、これは……元々生まれ持ってからこの世界に流れ着いたのかも知れないですがね……この世界の魔法とか云々ではありませんが……俺たちの世界にも時たまそんな、体質を持った人間が産まれてくるんです」
「才能……ですよね」
才能、その二文字を聞けば恐らく、大半の闘士が嫌悪を示すだろう二文字を緑川が吐いて、長谷部は首を振った。
「違う、そうじゃない……俺が言いたいのは……緑川、遺伝子疾患系の方だ」
まぁ、それも『才能』とも言えるがとバツの悪そうに長谷部は言う。
「実行委員会の闘士は、流れ着く前から現世で生まれた時から特異体質を持った奴ららしい……」
バルダヤ西エリア……自然公園。
町田恭二が、南エリアから出た直後、河上静太郎はこの光の柱に到着した。
「つまらん、だぁれも来なかったではないか」
寝ながらに襲撃を退け、河上静太郎は……なんとそれから誰一人として接敵する事無く、西エリアの光まで辿り着いた。
これが運が良いならまだ納得できた、しかし……明らかに無視されたのだ。避けられたのである、わざわざ大通りや目立つ道を歩いたにも関わらず、闘士達が横道に逸れたり小路に消えたりと……。
つまりは、河上静太郎の実力は『触れるべからず』までシダトには喧伝し広まったのである。が、故に敵も無ければ河上は退屈だと不満を漏らす。
そうして避けた輩の叫び声から推理し『光の柱に敵が居るから戦わなければ、TEAM PRIDEは本戦出場取り消し』まで纏め上がったのである。
そうして河上が辿り着いたのは……木々生い茂る自然公園。早朝に散歩でもすれば空気が美味そうな、潮風に葉を揺らす樹齢百年近い木々が植えられた公園を、河上は一人歩いた。
そうして歩く最中、聞こえたのは風切り音だった。それを耳にするや、鞘より愛刀を引き抜き、背後から飛来した何かを切り弾いた。
弾かれ宙を舞い、回転して落下したのは……。
「手裏剣……?」
手裏剣であった、いかにもなら形の四方手裏剣。調べればまず写真が出てきそうな手裏剣が、地面に落ちたのである。
「イヤーー!」
そして上空より聞こえた掛け声に、影が木々を飛翔し飛び移り、河上に向かって近付いている。何というバネ、何という跳力か……そうして飛翔した影は上空より落下して、二転三転と回転し、片膝を着き河上の目前に、周りの落葉を巻き上げ着地した。
現れたのは……忍者であった。河上は、思わずおおと感嘆の声を漏らした。頭巾に、忍び装束、背中に忍者刀まで差したその姿……いかにもな、昭和から平成ギリギリの、忍者のイメージそのものが、目の前に現れたのである。
それでいて、幻想を纏っている。この忍者はまさに、アニメやマンガやゲームや特撮に出てくる、びっくり不可思議超人の力を有した忍者……いいや『ニンジャ』か『NINJA』と呼ぶべきだろう。兎も角、それが目の前に現れたのだ!
「ドーモ、セイタロー・カワカミ=サン」
片言の日本語で、ニンジャは名乗りながら立ち上がるや合掌し、頭を下げた。
「ワタシは展覧試合実行委員会、チョーバツ・スクワッドの、アンダーソン・ソウザ……コードネーム、ニンジャ・イーグルです」
間違っている、色々間違っている!勘違いに勘違いの忍者像そのままで、ニンジャ・イーグルことアンダーソン・ソウザは名乗りを上げたのである。
しかし、河上は……笑った。そのまま鞘に刀をしまい、同じ様に合掌して、頭を下げた。
「どうも……アンダーソンさん、ご丁寧に……TEAM PRIDEの副将、河上静太郎です」
河上は合わせた、あり得ない架空の、外国人が思い描くジパング感のニンジャに合わせ礼を尽くして対峙したのである。