ハブとマングースとルンピニー
光の柱は中井真也も視認していた。そして、彼はその柱が包む建物の前に来ていた。バルダヤは東の……廃墟である。以前は何かがあって、潰れたのだろうか?兎も角中井真也は、TEAM PRIDEの中で一番に敵の待つポイントへ到着した。
明らかに、罠だろうな……それでも中井は廃墟を包む光に踏み入る。すると……光は消えて、代わりに展覧試合で闘技場を包む透明な、魔法防壁が展開された。それと同時に、上空へ再び映像が展開される。
『闘士諸君!キャプテン・ジェネラルからの速報だぁ!!東エリアに中井真也が到達してしまったぁ!これにより、中井真也討伐による懸賞金、及び展覧試合出場権は損失された事になる!』
あのステロイダーがまたポージングを決めて、自分が到着した事を放送し始めた。中井は上空、周囲に目配せをして確かめる、こちらを監視する監視カメラなり、ドローンなりが無いかと見渡すも、それらしき物は見当たらない。
『残り3人はまだ到達していないぞぉ!?君たちの強さを見せてくれぇ!TEAM PRIDE HUNTはまだまだ続行だぁ!!」
映像はそこで終わった、つまりは自分以外まだポイントに到達すらしてない様子に中井は……心配する事も無く廃墟に足を踏み入れた。
廃墟に入った中井は、この場所もまた、現世から流れ着いた何かを改装したかの様な建物と理解する。受け付けのカウンターしかり、絵画を掛ける金具、剥がれた壁紙……投げ出された椅子と……恐らくここは元々ホテルだったのやもしれないと中井は歩きながら探索する。
ロビーらしき場所から、中庭が見えるガラス戸の廊下に差し掛かる。中井はそこを歩こうとして……。
「はっ!?」
視界に、微かな一瞬の光をとらえたのが命運を分けた。中井はそのままロビー側に跳ねた瞬間だった。窓が割れた、ガラス戸のガラスが次々と音を立てて、そして何かの跳ねる音と聞こえたのは……発砲音だった。
数秒程して……銃声は鳴り止んだ。そして声が響き渡る。
「ははははは!!よく来たな中井真也!昨晩ぶりだなぁ!!」
昨晩ぶり、即ち今何か掃射してきた輩は、昨晩街中で中井真也を襲撃してきた輩と同一人物であるとまず判明した。中井はすぐに起き上がるや壁に背中を預けて、少しだけ、慎重に顔を出しながら中庭を視認する。
そして居た、中庭の生い茂る、手入れなく伸びて高々と伸びた草から、迷彩服姿で機銃を持った男が、機銃を構えたまま立っていた。
「ようこそ、TEAM PRIDE HUNTの東エリア戦闘区域へ!」
そのまま、景気付けとばかりに空へ機銃を撃ち銃声を響かせて、マガジンを取り替えながら男は名乗った。
「このエリアで君と戦うのは……この僕!展覧試合実行委員会は懲罰隊の一人!アーミー・マングースの坂口義貴だ!」
「アーミー……マングース?はっ!なんだそのダサいコードネーム!!つーか本名を名乗んなよ、軍人気取り!!意味無いだろ!!」
コードネームと共に本名まで口走った相手に軍人気取りがと挑発を飛ばす中井、しかしアーミー・マングースの坂口は言い返す。
「ふふふ、その通りだとも……しかし!これは戦争ではない、これは代理決闘!名乗りを上げるのは作法だ、知らぬわけがあるまい中井真也!」
「生憎と……代理決闘は一度しか経験がなくてね」
この戦いは代理決闘故、名乗りを上げるのは作法だと言い返されたので、呆れながらに再び言い返す中井。
「さて……君と僕、どちらかが気を失うか、命を失うか、参ったと言うまでこの防壁は消えない……早速始めようか、君と僕の真剣勝負を!」
機銃構えて何が真剣勝負だと、中井は溜息を吐いた。何となくだが、つまり自分が戦うこの坂口義貴は、この廃ホテルをテリトリーにして、敵対した相手をなぶり殺す気で来ていると中井は理解する。
多分、この館内には幾つもブービートラップが仕込まれており、こちらの動きも制限し、そしてこちらを決して近づかせない様に機銃まで装備している。
片や中井真也、装備は悲しきかなナイフ一本。しかも、これがスペツナズナイフと相手も昨夜見ている為警戒しているだろう。さながら自分は今、第一次世界大戦のソ連兵と同じだなと、笑いたくなった。
さぁ、どうする中井真也、この状況いかにして潜り抜ける?足に巻き付けたホルスターから、スペツナズナイフを抜いて、中井真也は考える。
中井真也が東のポイントに到達した放送から数分後の事、神山と町田組は一番近かった南のポイントに到達していた。マッスル・ジェネラルの計らいか、光が包み込む場所は……子綺麗な建物であった。今でもまだ何かの為に使われている、そんな雰囲気すら感じる建物を前にして、町田は少し早い息のリズムで、神山は膝に手を置いて息を切らしながらも立つ。
「行くか、神山くん」
「っす……」
汗に返り血、それらを滴らせつつも二人は建物を包む円柱の光に入る。しかし、中井真也の時の様に光は防護壁には変わらなかった。その代わりーー。
『マッスル・ジェネラルからの最新情報だぁ!』
「出やがったな、マッスル・ジェネラル……ふはぁ……」
早速、マッスル・ジェネラルからの放送が空中に浮かび上がった。
「神山真奈都と町田恭二は南のポイントに到達したぁ!しかし、それぞれのポイントで戦えるのは一人だけだぁ!!二人のうち一人は違うポイントを目指せ、それが確認でき次第、魔法防壁は発動させて貰う!」
「テメーでルール無用に仕掛けといて、こっちにはルール守れかよ、行きましょう町田さん……相手が誰か見てからどっちが残るか決めましょうや」
「そうだな」
そうして、神山と町田は入り口に向かう、鉄門が開かれた先は、すぐに階段となっていた、その階段を登ろうとした二人だったが……。
「うん?」
「どうした、神山くん?」
神山は、ある違和感を感じて……一度踵を返し入り口手前まで戻るや、建物の外観を再度確認した。
「いや……あれ?何か……うん?見た事あるぞ、この建物……」
この建造物がどうも、見た事あるなと記憶の中の風景をひっくり返し、思い出そうとしながらも神山は、再び入り口の階段を町田と登って行く。
そして……登り切ったその先の景色に神山と町田は立ち止まった。
「ここは……何だ?ホールか?」
「いや……ここは……」
出てきた周囲には、円状に作られた観客席、そして……何より目を引いたのはその中心に『リング』が設けられていた事だ。低い天井とライト……神山はそれらを見てこの場所が『何か』と思い出す。
「嘘だろ……ここは……ここはルンピニー・スタジアムじゃねぇか!?」
神山は、この馬鹿げた世界で、自分が目指す一つの『聖地』が流れ着いている事実に驚くしかなかった。
タイ王国ムエタイに、二つの殿堂スタジアムあり。
一つ『ラジャダムナンスタジアム』
そしてもう一つ
『ルンピニースタジアム』
その二つの名前を冠したスタジアムは、それぞれタイ王国に建てられ、様々な選手達を今尚排出している。そして……数多の外国人、日本人キックボクサーが、ムエタイ戦士がその王者に挑んだ。
その片割れ、ルンピニースタジアムに、今自分は立っているのだ。しかも……。
「旧ルンピニースタジアムだ……移転前、それこそ俺は外観しか見た事が無い、中も映像だけだった……」
「旧?これは古いスタジアムなのか?」
「ええ、町田さん…‥今のルンピニーじゃないんですよ、これは昔の方、ラーマ四世通りにあったスタジアムで、今は移転済みなんです」
神山は言う、このルンピニースタジアムは、古い移転前の物だと。2014年2月に新スタジアムに移転する前のスタジアムが、そのままこの世界に流れ着いているのだ。
「気に入ってくれたかな、神山真奈都」
そう語る神山に、リングの上に一人の男が佇んでいた。銀髪の美丈夫、昨晩神山を襲撃して痛み分けにまでなった、実行委員会の闘士がそこに居た。
「ここは、君の知るルンピニースタジアム……しかし今は、バルダヤ闘士闘技場として地方興行に利用されている……そして、ここで戦うのがこの僕!展覧試合実行委員会、懲罰隊の一人!フェイタル・ラプトル!エルンスト・アズマが相手になろう!」
神山を襲撃した男は名乗りを上げ、神山はその名前にああと納得した。
「あんた……両親のどっちかヨーロッパ系だろ?帰化人か?」
「よく分かったな、父がオランダ人さ」
「欧米と日本のハーフで、キックボクサーじゃなくてラウェイの戦士……渾沌とした情報量だなぁおい!」
もうこの時点で、神山は此度の理不尽から来る苛立ちの全てが、戦闘欲に切り替わっていた。格闘大国オランダ、その血を流しラウェイを体得した格闘家を前にした神山に、我慢などできはしない。
「町田さん!!」
「言わんでも分かる、ここは君に譲るよ……勝てよ神山くん」
「あざっす!!」
町田は背を向け、入り口に戻る。その瞬間には、神山はリングに向かって歩きながらシャツを脱ぎ捨て、ズボンの腰に巻き付けた、縄のバンテージを解き、手に巻き始めた。右、左手と巻き終え、リングへの階段を登るやトップロープを掴み、バネを利用して飛び上がってリング内へ降り立つ。
ばん、と音を立てるリングの板材の感覚と…‥目の前で待つラウェイの戦士であり、実行委員会の刺客を前にして神山は、リングを思い切り踏み鳴らし構えた。
「来い、ラウェイ使い!タイとミャンマーの代理戦争だ!」
TEAM PRIDE 大将 神山真奈都 (ムエタイ)
VS
懲罰隊 エルンスト・アズマ(ミャンマーラウェイ)
Are You Ready?
Fight!!