それぞれのホリデイ②
神山は、異世界でまさかのサーフィンに挑戦をしていた。アニメやら漫画やら、時折スポーツショップのサマーフェアの広告映像で見たサーフィンは、見ればかっこよくて、板の上に立てさえすれば自分もすぐ出来ると、ちょっとばかしは頭にあった。
それはすぐに覆された。河上曰く、波乗りするにはまず『いい波』を探す必要があるという、いい波というのは波ができて左ないし右から順々に崩れていく波を指すと、ボードを借りた神山に河上が、例として指差しながら教えた。
いざ目で見れば気付かされる。漠然と見ていた海の波は、そんな風になっていたのかと。じゃあ逆に『悪い波』はあるのかと尋ねると、それは『掘れた波』という呼び方で、波が順々に崩れず一気に崩れるから上級者向けという。僕は乗れるがなと河上は自慢した。
あとは海で教えるよと河上の言葉と共に、バルダヤの透明な海に二人はボードと共に入っていった。
「あれ、ここでいいんですか?河上さん結構沖まで行ってませんでした?」
神山は、先程沖で乗っていた場所まで行くと思ったら、まだまだ腿までしか浸からない場所で止まった河上にここでいいのかと尋ねる。
「ああ、まずはスープに乗る練習しよう」
「スープ?」
「沖から来た力強い波が……ほら、崩れて来て白い泡を立て」
波にも名前があるらしい、河上が沖から来た波が崩れて、自分達のところで白い泡を立てて体を濡らし砂浜に向かっていくのを指で指し示した。
「これに乗る練習、まず波を待って……乗れそうな波を見つけたら板に腹這いになって腕で水を掻いて漕ぐ、パドリングって言うんだけど……そうして波に乗ったら立つ、テイクオフして波に乗るのがサーフィンの大まかな手順」
やってみるよと、河上は神山より短いボードに跨り、すぐに向かって来た波を見つけるや腹這いになり、両手で漕ぎ始めるや、その波に押されるように進んでいくと素早く立ち上がり、波の音共にすーーっと、自然に乗ってから軽々とボードから降りた。
「おーー……」
明らかに慣れていて、熟練しているのが分かった。神山は思わず感嘆の声を漏らし、河上は歩いて戻ってくる。
「ささ、まずは試しにやってみなよ」
「よっしゃ」
まずは見よう見まねで、とりあえずやってみようと神山はボードに跨って後ろを見る。ゆっくり波が迫って来たのを見ていると。
「今、腹這いになってパドリング!」
「うっす!」
河上が親切にもタイミングを示して、その通りに腹這いになった神山は両腕で水面を掻いて漕いだ。するとどうだ、波に押されてボードが動き出した、これか!これがサーフィンの『波に乗る』の入り口かと体感した。
「いいよ、いいよー!今立てる!立てる!」
「よっーー」
言われるがまま、立とうとした神山。ボードの手をつく位置だとか、立つ位置までは全く知らないながらに、神山はなんと板の上に立ったーーのだが。
「あーーっ!」
そうは上手くいかない、すぐにバランスを崩して神山はほから落ちた。
「立てたと思ったんだけどなぁ……」
一発で立てたと思ったのだが……そう簡単にはいかないかと浅めな為尻餅を付いた形の神山が呟いた。
「神山くん、危ないよー早く立って」
「へ?ぶっ!!」
そんな神山に気の抜けた忠告をした河上だが、気付くのが遅かった。サーフィンのボードは、ボードを無くさないために足首とボードを繋ぐ『リード』という紐がある、だから千切れない限りボードが波に攫われることは無い。近場に投げ出されていた神山のロングボードが、波で流されるや、呑気していた顔面に激突したのだった。
「呑気してたら波で自分のボードにぶつかる、あると思います」
「き、気をつけます」
河上による、サーフィン教室は続く。
「試合見たんだよ、こっちも遠隔水晶で映像が映るんだよ……テレビみたいにな?いやはや、まさかあの中井真也が俺の店にいちゃもんつけるとは」
中井、緑川組は、中井が馬鹿にした銃砲店に通されていた。喧嘩の為ではない、むしろここの店主は中井の試合を見ていたらしい。この明るい南国雰囲気のバルダヤらしい、中は広く、様々な銃が立てかけられ飾られている。しかしそれは、表のショーウィンドウに飾られたマスケットや、銃剣一体の奇妙なものだったりで埋め尽くされていた。
「俺もさ、まーミリオタ?っつーやつでよ世界の軍隊の動画とか見てたり雑誌とかガスガン集めてたりしてたんだよ、元の世界で……でだ」
カウンターまでたどり着く、店主が腰元から南京錠を取り出し、奥の扉の錠を開けた。
「一眼見た分かった、中井真也……お前は俺と同類だとな」
「いや、僕はミリオタじゃないが?」
「違う、本物って意味さ……何処で誰に習ったんだ?」
ミリオタじゃないと否定した、しかし違うと店主は同類の意味を履き違えるなと笑いながらドアを押し開ける。重々しい、厳重な鉄の扉だ。中井からすれば、この店主は自分の様に軍人から何か殺人術や格闘技を習った同類だろうと宣ってはいるが……それは違うと断言できた。
多分こいつは『なりきっている』のだ、自分が軍人上がりか、少年兵上がりという役柄に憧れて、さもそうであるかの様に振る舞っている。あれだ、学校にテロリストが襲撃して来たらを妄想して、ミリタリー知識持ちの自分はこうしてテロリストを鎮圧すると想像しているような輩だ。
「入りな、アラモ鉄砲店バルダヤ本店の、本物ラインナップを見せてやる」
だが、そんな誇大妄想の役者気取りもだ、力を手にしたなら、突き抜けたならそれは本物に至れるのかもしれない。
「うおっ」
中井真也は、案内された扉の先に踏み入り思わず唸りを上げてしまった。ひたすらに冷めたツンドラの少年ですら、そう声を上げざるをえなかった。
「こ、これって……本物?」
「おうよ、全部全部、現世の世界からの銃たちだ」
表の銃砲店の裏には、中井ですら見た事もない景色が広がっていた。銃砲店……いや『ガンショップ』ともう呼称を改めるべきであろう。
ショーウィンドウに綺麗に並べられた拳銃達、壁に飾られたマシンガン、立てかけられた自動小銃……また奥にあるカウンターの背の壁には、弾丸の箱が積まれていた。緑川は名前こそ知らないが、映画の主人公やアニメのキャラクターが持っていた銃だと解るくらいに、品揃えが豊富であった。
そのカウンターに改めて立ち、店主は声を上げた。
「はじめまして中井真也、俺の名は……ジョン・ドウ、現世はミリオタ、この世界じゃガンスミス兼ガンショップ店主としてここで商売している」
「本名明かさないあたり、結構危ない店か?しかもアラモ鉄砲店だと?」
何から何までふざけているなと呆れた吐息を吐くも……中井真也の目は、壁やショーウィンドウの銃達を見て目に光を灯していた。
「いや?その気になりゃ誰だって商売できるさ、やべー薬でもなけりゃな?ただ雰囲気って大事だろ?」
「そんなものか?」
「そんなもんだぜスペツナズかぶれ、さぁ……商売と行こう、欲しいものはあるかい?」
こんな剣と魔法の世界で、まさかの現代兵器との会合。ジョンの演じるような台詞に、中井は口の端を吊り上げながら、早速立てかけられた一挺を持ち上げ構え始めた。
緑川は立ち尽くし、ただ見ているしかできなかった。
「いやー……立つだけで結構難しいな」
「でも立って乗れてたじゃない、次には沖で波に乗れるよ」
神山はサーフィンの練習から上がり、ボードを返却して髪の毛を後頭部にかき揚げ海水を切りながら呟いた。そろそろ一度休憩しようと河上に提案されたので、じゃあそうしようと切り上げたのだ。マリンスポーツに休憩は必須、変に無理して溺れたら台無しである。
そのまま砂浜を歩けば、他の客もちらほらすれ違う。こいつらもシダトの闘士かはたまた現地人かは分からないが、皆バルダヤのビーチを楽しんでいる。
そして楽しんでいるのは、闘士だけではない。ビーチパラソルの影、ビーチチェア二つ、二人の女性が水着姿で休んでいた。
「はーいどうもお二人さん、僕たちと遊ばない?退屈させないよ?」
河上が笑いながらその二人に話しかけた。
「あら、もういいのマナト、シンヤ?」
その二人とは、TEAM PRIDEの主人たるマリスに、そのメイドニーナである。流石にビキニは忌避したらしい、落ち着きある水着にパレオという姿で二人してジュースをテーブルに置いて涼んでいたのを、河上がジョークを交えて声をかけたのである。
「一旦休憩っす、けど……確かに腹減ったなぁ」
早朝到着から水着やら普段着を買っての海に直行だ、腹も減るなと神山が空腹に意識を引っ張られて実感した。
「昼ごはんにしましょうか、どこかレストランでも行く?」
「おっと、ならシャワー浴びて着替えないとな」
ならば早速とマリスがビーチチェアから立ちあがろうと身を捩る。河上も、このままダメだと一度ホテルでシャワーを浴びてくると言った。
「あ、居た居た、おーい!」
そうして昼飯を食べに行こうと準備にかかった4人に、声を掛けたのは、町田であった。町田は紙袋を胸元に抱え、同行していた長谷部は何やら葉の包み物を紐で縛った物を手に下げて神山達に近づいた。
「あれ?中井と緑川は?」
「街中ふらついてると思いますよ、今から昼飯食いに行くけど、町田さん長谷部そんどうっすか?」
こうしてTEAM PRIDEの総勢8人中6人がビーチに集合した、二人だけ見ないなと長谷部はあたりを見回し、ふらついてるのだろうと漠然と答える神山、昼飯に今から行くが一緒にどうかと神山の誘いに、町田は紙袋を漁り始めた。
「そうか、なら丁度いい……いいもの見つけてな、昼飯にどうだ?」
「うん?なんですかこれ?」
「開けてみなよ」
紙袋から取り出した大きな歯の包み、熱と漂う匂いに神山は食べ物とは理解したが、なんだなんだと楽しみだと紐を解いてゆっくり開いてみた。
「お?え!?嘘!!焼き飯!?マジっすか!!米見つかったんですか!!」
案の定の反応に、町田は笑みが自然と溢れた。まあそう反応するだろうなと、町田は紙袋から同じく包んで貰った炒飯、いや焼き飯の包みと木の簡素なスプーンを取り出して皆に渡していく。
「ああ、屋台街で見つけてな、人数分買ってきたしスプーンも貰った、ここで食べよう」
「あと、焼き鳥的な串もあったぞ」
長谷部はオーソドックスな焼き鳥の串を買ってきたらしい、ビーチで簡単ながらも済ませれるしどうだと、マリス達がジュースを置くテーブルにそっと置いた。
「唐突な遭遇だな、どれ……ほう……インディカ米みたいな細さだな、同種か?」
河上も開いて湯気たつ焼き飯を見て、それが東南アジア等にて生産される、日本米のジャポニカ種ではないインディカ種の細長い米に似てるなと言う。
「これが貴方達が言ってたコメ、なのの?麦の粒とはまた違うわね?でもいい匂いだわ」
「挽いて粉にしたりはしないのですね」
この世界の人間たるマリス、ニーナにしても初めての会合らしい。むしろここまで熱帯だし、バリ島みたいな棚田とか見つかりそうだけどなぁと頭に浮かびつつも、そんなものは目の前の焼き飯にすぐかき消された。
この馬鹿げた異世界に飛ばされて数ヶ月、パンはあった、パスタはあった。しかし米だけは今日この日まで、一昨口にできなかった。たとえ日本の白飯でなくとも、タイに修行時代よく食べた細長いインディカ米の味は神山のDNAに刻まれている。
葉の皿からすくう、パラパラと匙からはみ出た部分は落ちながら、その見事なパラつきは何度も見てきた懐かしい情景。そして間髪入れずに口へ放り込んだ。
嗚呼……これだと、最初の一口で神山は思い出した。舌の上で散乱し一粒一粒が分かる感触と、塩気。辛味の刺激は無いとなると、ナシゴレンではない。卵、ネギ、今更ながら気づいた小エビの食感。つまりこれはエビ炒飯、タイ語にするなら『カオパット・クン』である。
「あーー……やっぱり美味い……今日までこの世界で生きててよかった……うぅ」
「おいおい、神山くん……泣くほどか?」
神山、感極まって落涙す。流石に大袈裟だろうと河上は苦笑を見せたが、自分も一口異世界の焼き飯を食べて……。
「うん、無理!やっぱり刻まれてるわ、米うまい!ごめん神山くん!」
すぐに謝罪した、やっぱり自分も日本人だわと次に次にと匙が止まらず河上は食べ始めた。
「パラパラ感がすごいな、日本米ではこんなにならんぞ、しかし知ってる味で……はぁ、美味い」
「結構この世界に居たのになぁ……探せばあったんだ」
インディカ米自体を初めて食べたらしい町田は、日本米の炒飯では難しかろうパラパラ具合と、コメの味に溜息をして、長谷部はよく探したらあったんだなと、怠慢と諦めを反省した。
「む……いけるわね、美味しいわ……噛めば噛むほど」
「お嬢様、口についてます」
マリスは慣れないながらも、米の味と炒飯の美味しさを理解しながら食べて、ニーナも食べる最中にマリスの口に付いたご飯粒を取ってあげたりと、何も言わずにTEAM PRIDEの昼食は、ビーチで屋台飯という形になったのだった。
なお、結局中井と緑川は夕方のホテル集合まで合流しなかった為、余った炒飯二包みは一つは神山に、もう一つはなんと気に入ったマリスの腹に消えていった。