初めての代理決闘2
俺の挑発に、軽装の男はそれはもう、親の仇の様に俺を睨んで来た。この地においての仲間を、無残な姿にされたのだ、そんな顔もするだろう。しかし、それは田辺の自業自得だ、自分で挑戦者を募っておいて、優性召喚者と名乗っておいて負けたのだから。その辺の件を、彼は知っているのだろうか?
「お前か、どんな卑怯な手を使ったか知らないが、田辺の仇は取らせて貰う!」
どうやら、聞かされてないらしい。田辺から攻撃を仕掛けた事も、ましてや田辺が外壁のこの場で民衆を煽った事も知らないみたいだ。優性召喚者からしてみれば、劣性召喚者が自分達に勝つのは不可能であり、例え勝てても『卑怯な手を使った』としか思えないのだろう。
この世界に来て、優性召喚者の態度から、ある程度の想像はついた。この世界では、肉体的な研鑽や強さよりも、この地で覚醒した、クラスとスキルが戦いにおいて勝るのが常識なのだろうと。だから、田辺はクラスを『格闘家』と名乗りを上げた時に、現世の格闘技は取るに足らないなどと自信満々に宣った。
「出来たらいいな、出来たらよ?」
まぁ、その結果俺に負けて、車椅子生活になってしまったのだ。恨む前に、自分の自信過剰を反省して貰いたいものだ。だから言ってやる、まだ名も知らぬ田辺の仲間へ、軽装の男へ、仇が討てたらいいですねと煽ってやる。
そうすれば、軽装の男は今にも飛び掛かって来そうな雰囲気を出したが、そこは最前に立つ雇主たる貴族が腕を上げて制した。名前だけはマリスから聞いた、内地の貴族、ガズィル・リンチだったか。彼はそのままこちらへ歩いてくると、示し合わせた様にマリスも、ガリスの元へ歩いて行った。
相対するや、互いに頭を下げる。先に口を開いたのは、ガリスなる貴族からだった。
「此度は無謀なる挑戦を貼り出した事、蛮勇に敬服を示します、外壁の貴族よ」
「リンチ卿こそ、わざわざ内地より御足労、感謝いたしますわ……されどこれは代理決闘、内外の差は無く勝負であることをお忘れなき様」
マリスが敬意を示し、名前を呼ぶも、リンチとやらは名前を呼ばなかった。外壁の貴族と名も呼ばない辺り、差別を感じるが、それも当たり前なのだろう。と、ここでだ……民衆の中から白い礼服を着た男が、マリスとリンチの前まで歩いて来たのだった。
白い礼服の男は、マリスとガズィルの間に立つや、革の装丁の証書を開いた。
「時間です、それではこれより代理決闘の誓約を行います。なお、今回の代理決闘は正式に記録されます、それでよろしければ、この証書にサインを」
成る程、あの白い服が、間を取り持つ立会人か。ガズィルも、マリスも、証書を向けられ羽ペンを渡されれば、そこに名前を記した。そうして、白い礼服の男はサインを確認して、証書を綴じる。
「契約はなされました……ではこれより!マリス・メッツァー側闘士2名と、ガズィル・リンチ側闘士2名による、代理決闘を開始する!!」
それが宣言されるや、いつの間にか出来ていた円の人垣が、一気に沸き立った。
「代理決闘だ!外壁で久々だぞ!」
「内地の戦いが外壁の路上で見れるのは何年ぶりだ!」
「殺れー!殺せー!!」
うん、やはりこのシダト国の国民、血に飢えすぎだろう?ストリートファイトの延長で、貴族の子飼い同士の戦いがここまで熱気を持つとは、現代の日本では全く有り得ない事だった。
「今回のルールは代理決闘の正式規律に則るものとする!武器は木製か刃を潰した物のみ!目や喉、金的への攻撃を禁止させて頂く!勝敗は相手を気絶させるか、もしくは降参させるかの2つとし、どちらかの闘士が二人とも敗北した時点で決着とする!」
俺と中井は、ここに来て初めて、代理決闘にもルールがある事を知った。武器も木製、もしくは刃を潰した訓練用の使用、さらに目や喉、金的の禁止と聞いてルール整備と闘士の命の保証がされている事実に、しっかりとしているのだなと納得した。
「ねぇ、もしかしてモノホンの武器が来ると思った?」
中井は、俺がルールを聞いた時の顔色を見て、ニヤつきながら聞いて来た。本当の武器が使用されると思ったのかと。これに対して、俺は包み隠さず正直に答えた。
「決闘だからな、正直本物を出されたら……とは考えた」
「流石に武器は怖い?」
「格闘家だって、素人のチンピラのナイフに刺されて死ぬんだ、怖いさ」
そう、武器とはそういう物なのだと。例えいかに鍛えても、人の肉体は銃弾や刃物を前には無力なのだ。かのカンフー映画スターで、ジークンドーの創始者、ブルース・リーですらも枕元に拳銃を忍ばせていたのだ。
武器と素手には、それだけの開きがある。対武器の護身の教室も現代にはあるが、一番はまず『戦わずに逃げる』が鉄則だ。
鉄則だが……。
「かと言って、相手にびびってるわけではない」
「武器を使う人によると?」
「そんな感じ」
「都合がよろしいこと」
中井にズケズケ心中をめった斬りにされるが、それもまた良しと、俺は肩を回した。
「それでは、最初の対戦者、どちらからでも前に!」
白い礼服の立会人に、最初の対戦者をと指示を出された。無論俺がと行こうとしたが、中井はそんな俺を左手を伸ばして制した。
「なんだよ、先行く気か?」
「あぁ、駄目か?」
「俺、準備万端なんだよ」
「僕もだ……譲りなよ、キミ以来久々なんだからさ、次替わるからさ?」
中井は俺に懇願した、俺との喧嘩以来久々の戦いなのだと。だから先に行かせてくれと……少しスッキリしないが、しばらく戦えなかった境遇を考えると、それならばとなってしまい、俺は一歩下がった。
それに対して、ガズィル側から出て来たのは……鎧を着た方の男だった。男はこれまた、分厚い盾と太身の剣を携えて、中々喧しい音を立てて向かって来た。
身長差、約5センチで中井が低い。鎧の下は見るからに……首も細いし、足元も不安定さが見える。鍛えてないなと、俺は頭の中で中井の相手の肉体を描いた。
「ではマリス側より劣性召喚者、シンヤ・ナカイとガズィル側より優性召喚者、シュン・コバヤシによる、第1戦を行う!」
そしていよいよ、俺たちの初となる、公式の代理決闘が始まろうとしていた。
「舐められたものだな、劣性召喚者が決闘の相手とは」
中井は、此度の相手たるシュン・コバヤシ……和名なら小林瞬だろうか?鎧を着た彼に、開口一番そう言われた。
「嫌か、劣性召喚者相手は」
中井はこれに対して笑みを浮かべ、飄々として聞いた。
「あぁ、無謀の一言だ、刃引きをしているが、遊びではない、決闘なのだよこれは」
「ふーん……」
「何を軽く貴様は……時には死ぬ事だって」
「怖いのか、劣性召喚者に負けるのが?」
「何……?」
中井は鼻で笑って、小林を黙らせた。劣性召喚者に負けるのが怖いから、こうしてベラベラと喋るのかと言い返したのだ。
「負けるのが怖いから、ベラベラと口が動く、恐怖があるから紛らわせてるんだろうよ?」
「愚かな……クラスもスキルも無い劣性召喚者と、俺たち優性召喚者の差を、その身に叩き込んでやる」
舌戦を終えるや、立会人が両手を広げた。
「両者、後ろへ3歩下がって」
それを聞いて、中井も、小林も言われた通りに3歩下がる。中井は下り、左右足踏みをしてリズムを取り始めれば、小林は左手の金属製の円盾を前に、刃引きをしたらしい右手の剣を盾の近くに添えるように構えた。立会人が、両手を伸ばし、まだだと中井と小林の両名を遮り、二人を交互に一瞥するや、右腕を上げ、振り下ろした。
「ファイッ!!」
開始の合図が響き渡る、どこかで、まるでゴングが鳴った様に感じた。開始早々だった、中井は両手をだらりとさせながら、ゆっくり、ゆっくりと近づいていく。
「中井!重戦士は特筆してスタミナがあって倒れにくい!長期戦には持ち込ませるな!」
神山からの激が飛んだ、小林瞬が重戦士であると、前もって情報を得ていたのもあり、クラスにおける肉体への強化も考え、短期決戦をとセコンドの様に声を飛ばした。
中井は、ゆっくりと左へ左へとサイドステップでサークリングして様子を伺う一方、小林は構えた盾を中井への照準として離さぬよう、サークリングについて行く。
格闘技においては、格上の相手が中心になり、格下がその周りを回る図式が典型として、しばしば見られる。中井は今の雰囲気からすれば、格下扱いされてもおかしく無いだろう。
『クラスにおける、肉体の強化?』
『そう、クラスはただその武器や、戦い方の素質だけじゃなくて、肉体にも作用しているの』
時間は戻り、決闘前日。中井は神山と共に、マリスによる『クラスのもたらす効果』について話を聞いていた。何せ、クラスだのスキルだな、話は聞いたがそもそもそれらがもたらす効果は曖昧で、そこはしっかり頭に入れておくべきだと思ったからだ。
『例に言うなら……まずクラスに発現したら、ある程度頑強な肉体になるの、細身も太身も関係無くね、そこから種類によって、変わってくるわ』
『剣士なら剣が上手くなったり、格闘家なら全体的に強くなったりか?』
『その通りよマナト、で、今回の相手は重戦士と、盗賊……重戦士は頑強な体に、重たい体になる、盗賊は素早さに反射神経、あとは跳躍が凄まじくなるわ』
『ふーん、さながらドーピング状態の相手と戦うわけ?』
『どーぴんぐ?シンヤ、どーぴんぐって?』
『薬を飲んで、普段出せない様な力を引き出して競技をする行為さ、現世では厳しく検査……してると思う』
クラスをドーピング行為と揶揄したシンヤ、ドーピングについて聞くマリスに丁寧に説明して、現世のドーピング検査に言葉を濁す。格闘技だと団体によってはその辺が甘かったりするからだろう、何人か明らかに手を出した選手が居たものだ。
『そこにスキルとやらで、特質な力が加わるわけか、改めて、僕たちは長期戦より短期決戦でスキルやクラスの強みを出す前にケリを付けるべきか』
こうした話を聞けば、我々劣性召喚者は、優性召喚者に対して短期決戦がセオリーとなるのだろうかと言う中井に、神山が声を上げた。
『待った、俺が最初に戦った田辺は、そこまで強くなかったぞ、クラスやスキルの能力も、それを扱えているか、熟練度もあると思う』
神山の意見に中井が、ふむと耳を傾けた。
『と言うと?』
『恐らくだが、肉体がその強化について行けてないとか、スキルとやらを持て余してない、そんな奴が大半だと思う、中井も経験ないか?頭の中での描く動きと、実際の動きが噛み合わない事とか』
『……あるよ、成る程ね、付け入る隙はそこになるか』
中井も、神山の意見にうむと同感せざるを得なかった。格闘技というのは、確かに才覚も必要だが、地道に積んだ経験こそが実力に出る。昨日今日に有名選手が雑誌で紹介したテクニックを、見てすぐに再現できるわけがない。
つい昨日まで平凡に、現世で過ごしていた輩が、能力を与えられ、それを御し切れるか?不可能だ、敵を知る以前に、己を知らないのだから。与えられたなら、そこからいかに自分が、その能力を御す為に動けるか、それを知らずに力を振るったところで、童のチャンバラ遊びと変わらないのだ。
劣性召喚者が、優性召喚者に付け入る隙、開始早々の奇襲以外無いと思ったが、そうでも無さそうだ。真奈都に真也、そして話を聞いていたマリスは、皆一様に頷くのであった。
サークリングの最中に、昨晩の事を思い出した真也が、盾を構える小林へ、いよいよ突貫した。
「仕掛ける!」
真奈都が言うと、マリスが自らの手を握り締める、しかと自らの闘士が戦う姿をその目に映した。
「シッッ」
会合の一撃、中井が一気に飛び込みながら左足を抱え、その左足底を小林の膝頭へ放つ。息と共に放たれる関節蹴りは、危険な技の一つであり、様々な格闘技団体において禁止されている技でもある。それを躊躇無く、中井は放ったのだった。
しかし、小林も鎧を着ている、膝当てもしてあるため、鈍い金属の音を響かせた。小林は無論、これに対し反撃を繰り出す。
「馬鹿が!防具の上からの打撃がくらうものか!」
膝関節の稼働を良くするため、確かに小林の防具たる鎧の膝当ては薄い、されど金属、生身の打撃は通らない。そのまま右手の刃引きした剣で、小林が反撃の横薙ぎを振るった。
ぶうん、と鳴り響く風音、重々しい質量を有した金属の塊が、中井目掛け振り切られる。刃引きをされていても、金属の塊だ、当たればタダでは済まされない。
だが、この瞬間だった……。
「あ、え!?」
小林瞬の視界から、中井真也の姿が忽然と消えて、胴体に来た衝撃と、前足の踵あたりに何かが引っかかる感触と共に、後ろへ倒されたのは。
「よっしゃぁ!中井ナイスタックル!」
「な、ないすたっくる!」
中井のタックル、そしてお手本の様なテイクダウンを決めて、神山が声を上げて、マリスも言葉の意味も分からずに続いた。劣性召喚者が、優性召喚者から先手と優位を取る事実に、円を組んだ聴衆から歓声が湧き上がった。