分からずじまいと、修学旅行
「お、そうか、反応するかもしれないしな?」
中井に言われて神山は、なら早速試してみるかと、緑川の隣にある水晶の前に移動して、右手のひらを開いて水晶に押し付ける。
しかし、何も起こる事はなかった。静まり返り、何も水晶には浮かばない。
「反応無し、か」
「だよなーー……」
「期待した?」
「そりゃまぁ……少し?」
多少期待はあった、しかしその答えは無反応という答えで返ってきた。つまり、神山は優性召喚者に覚醒したわけで無し、という事になる。
「じゃあ結局、あの現象は何だったのやら?」
「それを今から調べるのでしょうに、その為にわざわざここに来たんだから」
しかし、それだけでは終わらない。この召喚者神殿の書物から、同じ事象を説明した書物があるやもしれないと、長谷部は神山の肩を叩いて親指を、奥に陳列された図書の棚へ向けた。そうだな、よし行こうと神山、長谷部、そして緑川が歩き出す。中井はついて行く前に、自らも少しばかり育みの水晶に手を押し付けた。
無論、反応はない。そうして神山達の背を追う中井、その横を別の召喚者が通り過ぎて、入れ替わる様に神山、中井の触れた育みの水晶に手をつけた。
「あれ?」
その召喚者は、紛れもなく優性召喚者の闘士であったが、育みの水晶が無反応を起こし、首を傾げた。隣が空いていたのでそちらに移動し、触れてみれば普通に、水晶に自らのパラメータが浮かび上がる。
「故障なんてあるのかこれ?後で職員に伝えとくか……」
故障という未知の事態に、その召喚者は、そんな事あるのかと思いながら水晶に背を向ける。そして背を向けた間際に、水晶が砂となるのを目撃する事はなかった。
「で、結局見つからなかったと?」
「えぇ、同じ事象の記録は無し、スキルに魔法無効化はあったんですけど、自分は優性になってもなかったんですよ」
「だから、緑川くんのスキルポイント分けして帰ってきたんです」
召喚者神殿の調査は徒労に終わったと神山は河上に報告した、ついでに緑川はスキルを振り分けて来たし、徒労と言えないかと、神山はヤシの実ジュースのグラスを傾ける。
「しかし……またしばらく暇になるな、一月後とはいえ」
「休むのも大事ですよ町田さん」
メッツァー邸宅のリビングに、TEAM PRIDE全員が集まり、暇を潰すのは中々に珍しい、試合後の完全オフとして休養故の景色かもしれない。そんな中、神山はふと思い立った。
「そういえば……あー、今現世9月か10月あたり?になるなら、そろそろアレの時期か?」
「あれって?」
あれとは何だと、中井が尋ね、神山は答えた。
「修学旅行、この時期じゃない?」
「むぅ、確かに……」
「そういえばそうか、君ら学生だったな?」
神山の答えに町田も頷き、河上は自分以外は高校生だったなと今更思い出したような事を宣った。
修学旅行、それは日本の学生の一大イベントだろう。小、中、高と三度は訪れる学習の為の旅行だ。日本、はたまた他国に旅行しながら学習する独特な行事は、このくらいの時期だったかなと神山は思い出したのだ。
「中井は修学旅行、どこ行ってた?小中と」
「小学校は不参加、中学校は私立で海外か日本で……京都奈良行った」
「海外行かなかったのか?」
「小学で行けなかったからね……」
風邪か何かだったのか?神山はそうして参加できなかったのかと受け取る。しかし町田は中井の過去を知る為、理由は勘づいたものの喋る事はしなかった。
「町田さんは?」
「小学に奈良京都、中学は沖縄……高校は東京か北海道の予定だった」
「あー……」
「今異世界に旅行だな、この場合」
「僕も大体同じです、小学は広島でしたね」
「俺もだな、小学は長崎行った」
町田は普通の、ありそうな場所だったが、高校生としては行けず終いとなって、今この異世界に修学旅行だなと軽口を交わした。緑川と長谷部も大体同じ、しかし小学校は広島か長崎にて平和学習だったという。
「河上さん、どこ行ってました?」
「うん?僕か、僕は小学はアメリカに一ヵ月ホームステイ、中学はバリ島かマレーシアかでバリ島に一ヵ月行って、高校はイタリア、フランス、ドイツを2ヵ月かけて回ったかな」
「わー金持ち、参考にならねー」
「それで神山は?宿泊先のホテルで女子風呂は覗いたのか?」
河上も私立育ちだが、レベルが違った。参考にならんと頭をかく神山に、河上はえらく限定的なことを尋ねつつ、どこに行ったのか聞き返した。
「俺?俺は……」
そうして、神山は自分の修学旅行の記憶を引っ張り出そうとした。
「あ、あれ?」
しかし、出てこない。思い出そうとしても出てこず、おかしいなと記憶を模索した。
そして出て来たのは、額に熱冷ましをつけた小学時代に、サンドバッグを叩く中学時代の自分。それらが出て来て、ようやっと結論に辿り着いた。
「お、俺、修学旅行に行ってない!!」
神山は思い出したのだった。
小学校は熱で行けず、中学校は武者修行!だから高校の修学旅行には必ず行こうと決めていたことに!
「あああああ!!北海道…‥行きたかったなぁああ……じゃがバターとか、蟹とか、旭川水族館楽しみだったのになぁああ」
「自分で言っといて行ってなかったのか、神山……」
よくまぁそれで修学旅行の話題を振れたなと、中井が呆れてため息を吐いた。そして北海道だったらしい、残念な事だが今我々は馬鹿げた異世界で絶賛殴り合いしているので、今回も不参加は確定である。
ソファで悶える神山、それを見ていた河上がああそうかと、笑みを浮かべるや、神山に言い放った。
「なら、行くか、修学旅行」
「え?」
「修学旅行に行く、日本でも外国でもない、異世界で修学旅行だ」
行きたいと宣うなら行けばいい、修学旅行をすればいいと河上はソファから身体を起こした。
「流石に他国は無理だろうが、そもそもシダト自体方々知らないと来れば、南端の闘士御用達のリゾート地に行くのはどうだ、まぁもはや合宿とも取れるが、折角期間が空いたなら気分を変えて練習も良かろうよ」
河上は言う、次の本戦まで気分を変えて修学旅行、ないし合宿にしゃれこもうと。その提案に神山も、TEAM PRIDEの面子も否定的ではなかった。
「いいっすね合宿!なんかこう、高校の部活気分みたいで!!」
「修学旅行ではなかったのか?まぁ気分転換は必要か、偶の息抜きは必要だろうよ」
始まりの言葉を発した神山に町田は颯爽頷いた、行きたいと、行こうと気分が高まっている。
「行かないと言っても連れてかれそうだ……」
中井はどうでもいいが強制参加だろと河上に視線を向けた、無論と河上の強い眼差しを受けて、中井は面倒なと言いたげに髪をくしゃくしゃに掻き乱した。長谷部に緑川も、断る理由無しと頷いた
「決まりだな」
それを見た河上は、よしと手を一度叩いて皆に伝えた。
「TEAM PRIDEはこれより南のリゾート地にて、修学旅行合宿を執り行う!!」
修学旅行であり合宿、つまりは修学旅行合宿だと河上は宣言した。
しかし、TEAM PRIDEのメンバー達は知らない。今にもその動向全てを監視され、リゾート地にて起こる大衝突など、知る由もなかった。