原因を探ろう
「よし、準備いいぞ」
展覧試合本戦、第一試合から三日後。TEAM PRIDEの大将、神山真奈都は裏庭ジムにて、控え選手であり元マギウス・スクワッドの補欠、緑川社に合図した。それを見つめるのは、同じく控えであるり、神山真奈都と死闘を繰り広げた長谷部直樹。
「いきますよ?」
緑川は両手を神山向けてかざし、目を閉じて集中する。そして手のひらから展開する魔法円は輝き、緑川は目を見開いた。
「フレイムバレット!」
この世界の火属性攻撃魔法の初歩、フレイムバレット。それを神山向けて放つ緑川、そして神山は動かない、胴体をしっかり晒し、その炎弾は神山の胸板に命中した。
「あ、あぢぃいいう!あちゃちゃちゃちゃ!!」
「あーやっぱりダメだったか!!」
神山はそのまま後ろに倒れてのたうち回った、長谷部は傍に用意した氷水のバケツを神山に持って行き、即座に胸板へかけて、氷を渡した。
「あち、ひっ、ああぁああ!」
「大丈夫ですか、神山さん」
「いぃいい、まともに食らったらこんなになるか!」
氷を胸に当てひいひい喚く神山は、直撃した火魔法の熱と痛みを体感して緑川にそう言った。その騒ぎを聞きつけてか、庭に中井が何事かと現れた。
「えぇ……神山くん……遂に自殺したくなった?」
「違う、違うというか……話聞いてくんない?」
何故このような凶行に及んだか、まず俺の話を聞けと神山は中井にその判断を取り消すように伝えた。
「それで、火魔法をなんか掻き消したから、もしかしたらもう一回できるかと思って?緑川くんに火魔法を自分に撃つようお願いしたわけ?」
「はい、そうです」
「馬鹿じゃないの?」
「いやでもよ!じゃあ、あの時はどうしてって話になるんだよ」
神山の凶行、その理由は鹿目戦にあった。
神山は、鹿目が怒りのままに放った強大な火魔法、フレイムトルネードに包まれた。しかしその身は焼かれず、それどころか気合で吹き飛ばしてしまったのだ。あの時はノリと勢いで出来てしまったが、実際原因は何かを確かめたかったのだ。
一度できたしもしかしたら、そうしてやっと腫れやら何やら収まって試合後のオフで完全休養中にも関わらず、緑川の魔法により再現しようとはしたが、案の定ダメであったのだ。
「本当、何でなんだかなぁ……」
「あれじゃない?鹿目の魔法不完全説」
馬鹿らしい事をしていると中井が、ぶっきらぼうにあり得そうな説を根拠も無しに唱えた。
「それもさ、違うみたいなんだよ……河上さんと調べたんだよ、昨日図書館に付き合ってもらって」
「は?」
そうしたら、意外な答えが返ってきて中井を驚かせた。神山が調べ物?しかも河上さんと?確かに昼頃居なかったなと、思い出した中井に、神山は顛末を語る。
「こっちの字を訳して貰いながら魔法使い関連の書物を漁ったらさ、なんでもマナ?を使って魔法を行使した時点で既に威力やらは変わらないんだとさ、精神的に左右されるのは成功か失敗だけ、失敗したらまず発動しないんだと」
「そうなの、長谷部さん、緑川くん」
「あぁ、この世界の魔法は発動すればそのまま、やれ失敗して威力減退やら中途半端にはならん」
「相手が弱体魔法とか、道具を使ったら例外はあるだろうけど……神山さんの様な事象は初めてです」
魔法を扱える優性召喚者二名も、神山が調べた通りだと頷く。そもそも聞けば早かった様な気がしないでも無いが……中井からすればこのムエタイ熱血馬鹿が、しっかり自ら調べようと書物を漁った行為自体が信じられなかったわけで。
「神山くん、本読むんだね、というか調べるんだ?」
「いや中井、俺だって試合前の相手の情報調べ上げて練習するからな?意味なくサンドバッグ叩いたり、いつものメニュー繰り返したりしてないから」
心外な、とアマチュア時代から調べて対策練って考えて戦っていたという神山に、ふと中井はこの世界でも神山がメモを書き込んでいる場面があった事を思い出した。意外な一面ではなく、神山本来の人となりかと納得する一方、ならば鹿目戦の事象は何なのだ?と中井も話だけ聞いた身だが、気になって来た。
「何というかさ、気持ち悪くないか?自分じゃないです、相手に原因ございません、運が良かったですって……結果には絶対理由があるからさ、ラッキーパンチも、様々な要因ありきの一撃って俺思ってるし」
「確かに……気味悪いね、言われてみれば」
偶然をそのまま不明にする気持ち悪さが嫌いなのだ、神山の話に中井もいよいよ同感した。この事象の原因は一体何なのか、そう考える2人に緑川は言い出した。
「あのー……なら、召喚者神殿に行ってみませんか?」
「召喚者神殿?」
聞き慣れない建物の名前に、神山が尋ね返した。
「はい、優性、普通の召喚者がスキルを覚えたり、クラスチェンジしたり、魔法を覚えたりする神殿が内壁にあるんです」
「へー……そんなものが……」
「もしかしたら、神山さんは知らずに召喚者として覚醒したのかもしれないですから……」
緑川の言葉に、いやまさかと思いながら両手のひらを見る神山。優性の証たる刺青の様な刻印は皆無だ、今更必要も無いが……手がかりが見つかればいいなと神山は頷き立ち上がる。
「じゃあ、今から行くか、支度するよ」
善は急げと神山は、部屋へ戻り外出準備にかかった。
というわけで、また内地への門を潜ったTEAM PRIDE。神山と中井は、緑川と長谷部に連れられて、召喚者神殿に到着した。
召喚者神殿、仰々しい名前だから世界遺産レベルの建造物を想像したが、シダトアリーナの如く巨大ではなかった。しかし、柱からはギリシャ系の建築を思わせる。まばらながら、内地の召喚者が行き来しているのを見て、神山と中井はこの世界に居着いて長く、慣れもできたから特にコメントはしなかった。
神殿の柱を超えた先に扉があり、開け放たれている。大理石の上に絨毯が敷かれ、左には案内の係員が座していた。
「静かだな、図書館みたいだ」
「まぁ、実際スキルを調べる図書も置かれてるから」
「優性召喚者は、鍛えて手に入れたスキルポイントをこの神殿で割り振り、スキルのレベルを上げたり、魔法を覚え、新たなスキルを組んだりする、奥ではクラスチェンジも行われている」
そもそも、優性召喚者が利用する施設でもある為、全てが目新しい。この世界に流れ着いて初めて入る、自分達には無縁だろう施設を、長谷部と緑川に案内される神山。対して付いてきた中井は落ち着いていた、まるで田舎から修学旅行で東京に来てはしゃぐ神山と例えるなら、俺は田舎者じゃないし行ったことあるしと、慣れを出す都会人を気取る学生であった。
「お、緑川、あのでかい水晶の芸術品みたいなの、あれなんだ?」
そして神山は、目的を忘れたとばかりに、巨大な水晶を嵌め込まれたモニュメントを指差した。それが横に等間隔で並んでおり、数人が何やら手をかざしているのが見えた。
「あれは育みの水晶、優性召喚者が手をかざすとどれだけパラメータがあるのか分かるんだ」
「へー……あ、パラメータまであるんだ」
「あるよ、試しにやってみようか?」
気になっている神山に、緑川が見たいならと水晶へと向かうので、皆それに付いていく。空いている水晶があったので、その前に立つと緑川が、水晶に右手を開いて触れた。
すると、水晶に映像が浮かび上がってきた。神山や中井は緑川の背後から覗き込むが……。
「字が分からん」
「不便だな本当」
2人して、何が書いているか分からなかった。この世界、劣性召喚者は文字がまず読めない。言語は自動的にこの世界の言葉を話しているが、字を読めるのは普通召喚者と、優性召喚者だけだ。
例外として、勉強して訳して読む事ができる。TEAM PRIDEの副将、河上静太郎は、三日でネイティブ並みに理解したと豪語している。
「えーと……上から力、魔力、スピード……それで、取得スキルポイント……え!?」
「お、どうした?」
読めない2人に指差しながらどれがどの値かを示す内、緑川はいきなり声を上げたので、何があったのかと神山が尋ねた。
「いや、あ、す、スキルポイントが……なんか、4桁くらい……溜まってる」
「なにっ?」
優性召喚者の長谷部がこれに反応して、緑川のパラメータが映る水晶を覗き込んだ。
「スキルポイントって?」
「4桁って多いの?」
対して神山、中井組はちんぷんかんぷんである、スキルポイント?4桁は多いのかと置いてけぼりにされた2人に長谷部は、ああと、慌てて説明するのだった。
優性召喚者は、姫による洗礼によりクラスとスキルに目覚める。そして様々な経験、研鑽を積み上げる事により『スキルポイント』が溜まるという仕組みだ。このスキルポイントを、今いる召喚者神殿にて割り振り、新たなスキルを習得したり、スキルのレベルを上げる事により、優性召喚者は強くなっていく。
が、このスキルポイント……普通に修練を積んでもまず貯まらない。例えば、召喚され始めてすぐはドンドン溜まるが、ある一定のポイント総量を超えると、1ポイント手に入れるだけでも苦労するという。この世界に慣れ親しみ、召喚者としての実力に基盤が出来上がってからは、ひたすら研鑽を積まねばならない。そうして一日、修行に費やしてやっと2〜3ポイント手に入るのが普通だ。
それが4桁、正確には1000ポイント近くのスキルポイントが加算されていた事態に緑川は驚愕した。
「これは……成る程、緑川くん……キミは召喚されてから、TEAM PRIDEに入るまでは、魔法系統しか鍛えてなかったな」
「はい……」
「TEAM PRIDEで肉体面の鍛錬を始めたからだろう、正反対の鍛錬や、行った事の無い事はスキルポイントが一気に入るらしい」
長谷部の説明に、ああと緑川は納得した。
多大なるスキルポイントの原因は、触れた事も無い、挑戦した事もない分野を取り入れた事だろうと。緑川はそれこそ、この世界で優性召喚者として流れつき、マギウス時代は魔法関係しか鍛錬を積んでなかった。しかし、TEAM PRIDEに合流してからは徒手訓練、肉体改造に初めて挑戦し、こうしてなんとかついてきている。
「スキルポイントとは別に、確かに緑川はガタイ良くなってきたよな」
「全く運動してないから余計にね、一気に体重増えたし」
スキルポイント以前に、TEAM PRIDEのトレーニングにしがみついて来た効果は確かに出ていると、一月前の鶏ガラ痩せ身だった緑川に、肉がついてきているのは一目で分かった。食事も変わり、ひたすら身体を動かす日々は、そんな数値よりも肉体に出ていると、神山と中井は互いに頷いた。
しかし……数値で成長が見れるのかと、それはそれで便利だなと神山は顎に手を当てて考えた矢先……。
「なぁ、神山……これに触ったら優性召喚者になったか分かるんじゃないか?」
中井は此度の神山の事象に、まずこれに判別して貰ったらどうだと提案するのだった。