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忍び寄る刺客達

ーー翌朝、ルテプ内壁ーー


「それで?死体の数は104人、全員がまるで猛獣に襲われたかの様な傷で晒されていたと」


「はい、人祓いの杭が打ち付けられており、それを外した闘士が見て憲兵隊に通報、調べますと全員マギウス・スクワッドの所属闘士と分かりました」


 内壁街路に立ち、凄惨たる光景を目の当たりにしながら、四聖の一人、剣聖の御剣玉鋼は、此度の事態にて現在わかる事、発覚した事を纏めた羊皮紙を打ち付けた小さな木板を脇に抱えた。


 今朝早く、通行していた内地の闘士が、人祓いの魔法を刻んだ杭が地面に打ち込まれていたのを発見。何故にこの場所へと興味本位に抜くや否や、現れた死体の山、即座に半狂乱で憲兵隊の詰所に走り通報したという。


 次々と麻袋に詰められり、マギウスの闘士達。特に酷く痛めつけられたのが、昨日展覧試合で神山真奈都と戦った、マギウスのリーダー、鹿目駿。喉仏を引きちぎられ、胸骨を砕かれ、さらには睾丸破裂……。


「猛獣が睾丸を狙って破壊するか?」


 御剣は最初こそ、肉片が飛び散ったり、顎部が引きちぎられた死体からして、アリーナで闘士と戦わせる外のモンスターが逃げ出したか、内輪揉めで殺し合いの中召喚魔法を行使したかと考えた、しかし鹿目駿の死体がそれを否定した。


 いや、鹿目駿の死体だけではない、ほとんどの死体に、打撃痕が、拳の痕があった。つまりこれは、ある人物による蹂躙、殺戮であると御剣は断じた。これ程の実力を持った闘士、しかも格闘に長けた召喚者が居ただろうかと御剣は思案した。


 そして浮かび上がった四人と、昨晩の展覧試合を顧みるも、いやいやまさかと首を横に振る。確かに彼らは強かった、だがそれでも……こうまで無双できる力を持つはずが無い、優性召喚者ならまだしもと御剣はこの殺戮の犯人から四人を消した。一人は可能だろう、正し剣でならだがと御剣が考えていると。


「御剣くん、いや、剣聖様、どうしたの?」


「む、あ……薬師寺さん」


 街路を横切ったらしい、御剣に声を掛けた者が居た。凛とした黒髪に、吊り上がった瞳の、気の強そうな美女。女性のみで構成された闘士集団『ヴァルキュリア・クラン』のレギュラーの一人、薬師寺彩芽であった。


「他人行儀ですよ薬師寺さん、同じ日に召喚されたクラスメイトじゃないですか」


「けど、この国を担う闘士ですから、礼儀くらいは正さないと」


 薬師寺は御剣と親しげに語らうものの、背後に何かあるのかと覗き込もうとするや、御剣は木板で彼女の視線を遮った。


「見てはなりません、酷いですから……」


「何があったの、四聖も大変だね?」


 死体の山など、見せられようか。展覧試合で、闘士として生死を掛けた試合こそすれど、暗黙の了解で情けを掛けたり降参する為殺す事はまず無い為、死体を見慣れている闘士は少ない。


 だが、隠した木版に書かれた物がダメだった。それを読んでしまった薬師寺は、そっと手を退けながら羊皮紙の字を追ってしまった。あっと、情報漏洩のミスに御剣は手を振り払った。


「ごめん!薬師寺さん!これは、こちらで捜査するからーー」


「あいつだわ……」


「え?」


 穏やかな、ランニングの程よい熱によるリラックスも消え失せ、キッとキツい眼差しになる薬師寺が、まるでこの殺戮の犯人を知るかの様に呟いた。


「あいつしかいない、こんな事できるの……」


「あいつとは……」


「町田恭二よ……TEAM PRIDEの!!」


 犯人候補から除外したかった奴らの名前、その一人を彼女は怒りと共に言い放った。だが……。


「あの、薬師寺さん?その……神山真奈都や、中井真也ではなくてですか?」


 御剣もまた、展覧試合で町田の試合を見ていた。そして微かだが、人となりは見て取れた。礼儀正しい空手家という感じで、最後の決め技こそ恐ろしくはあったが、ここまで凄惨な事態を引き起こす人間にはまず思えなかった。御剣からすれば、もしもTEAM PRIDEがこの事態を引き起こしたとして、町田恭二よりは神山真奈都や中井真也がまず名前が上がるだろうと思ったのだ。


「御剣くん、貴方騙されてる……町田恭二はね、外見こそ武道家を気どってるけど……あの男以上に卑怯で姑息な奴を私は知らないわ」


「薬師寺さんは……町田と何か関係が?」


 服の袖を掴みながら、怒りを噛み締める様に薬師寺は言う。その只ならぬ様子に御剣は薬師寺に、町田恭二と何かあったのかと、何を知っているのかと尋ねた。


「町田恭二は、あいつは……現世で私の兄を、試合で壊したんだぁ!!」


「壊したって……」


「それだけじゃない!あいつは、あいつは自分の空手の練度を試すために……クラスメイトを殺した、その中には私の友達も居た!あいつは空手家の皮を被った犯罪者なんだぁ!!」


「な、なんだって……」


 御剣の中で崩れ去る町田恭二の人物像。TEAM PRIDEの中で一番まともな理知然とした男が、涼やかな笑みから顔を歪め、醜悪な笑みを浮かべる姿に変わり果てた。




「っぷぁああ!!」


 その一方でルテプ外壁、TEAM PRIDE本拠地はメッツァー邸宅裏庭、青空ジム。


 町田恭二は、バケツに注がれた不揃いな氷に冷やされた水を、頭から被っていた。


「そら、もう一回」


 その傍らで、河上静太郎が新たな氷水のバケツを差し出して、町田は横目にそれを見てから、礼も、返事もせずに受け取り、また頭から被った。水垢離のつもりかと、河上は細目で町田を眺め木に背中を預けながら、河上は町田に宣う。


「冷水では血を流せても積み上げた穢れは流せんぞ、町田」


「何が言いたい……」


「そのままの通りだ、理解してように」


 バケツを下ろし息を荒げる町田は、河上に身体を向ける。眼差し、そして溢れ出す獣臭に、血の匂い。水で洗い流せぬ様々な物が混ざり合っている、河上は自分が何が言いたいか理解しているだろう、お前ならばと少しばかり煽る様な口ぶりだった。


「開き直ればよかろうに、俺みたく……いつまで人格者を気取る町田?」


「何を……」


「昨日はさぞ楽しかっただろう、思い切りに暴れて」


 河上の言葉に町田は目を見開いた、この男は既に察していたのである。町田が昨晩、神山達と別れて何をしでかしたのか。拳を握る町田に、河上はクスクスと笑った。


「いつまで常識人を演じるのだお前は、神山が憧れる人物像を崩したくないか?悲劇の空手家でありたいのか?」


「河上……それ以上……言うな」


「言うさ町田、言わせて貰う、お前は私や中井と同じ……戦いではなく殺人に興奮する破綻者だ、神山の様な日向の者にはなれない、いつまで、いつまで日の光にすがる?」


「黙れ、黙れ河上静太郎……」


「黙らせてみろ、町田恭二」


 いよいよ持って、踏み入った河上へ、町田は地面を蹴り踏み込んだ。右の逆突きを河上の顔面向けて放つ町田、その拳が乾いた音を鳴らし、メッツァー邸宅周辺に響き渡った。


「おいおい……随分遅いぞ、力み過ぎだ、お前らしくない……」


「くぅううっ!?」


「本調子ならば鼻を砕けたろうに」


 町田の右拳は、河上の左手に捕まれ阻まれていた。力み過ぎて遅すぎると断じた河上は、町田の腕を振り払い、屋敷へ戻りだした。


「迷ってるうちはお預けだなこれは、さっさと晴らして向き合え町田……そうしたら本気で死合おう」


 ケタケタ笑う河上が、屋敷の中に入るのを見て町田はみて、拳を更に握り込む。ふと、横目に皆で吊り下げたサンドバッグが目に入る、町田は苛立ちを晴らすかの様にサンドバッグに向かうや……。


「チェリャアアアアア!!」


 気合いとも呼べぬ叫びを上げて、右の回し蹴りを振り抜いた。そして右足が地面に着地するや、サンドバッグがゆっくりと横一文字に切れ目を作り、砂埃を上げて中の砂が溢れ、やがて割れてドサリと中身の砂が地面へ一気に落ちたのだった。


「俺は……俺は……どうすればいい」


 自問自答する町田、しかし答えは既に出ていた、それを否定したくて抑えているだけでしかない。この自問自答も無意味でしかない。町田恭二の心情とは裏腹に、空は雲一つなく、より濃く、強く町田恭二の影を地面に映しこんでいた。



 シダト城内、会談室。


 そこでは、姫の前に数名のローブを羽織る者達が、苛立ちを募らせながらも話し合っていた。


「そもそも展覧試合は、優性として資格ある闘士達の祭典!劣性の輩が出場する事自体、まずは有り得なかった筈です!」


「今からでも失格にすべきだ!姫よ、そうでしょう!」


 議題は、TEAM PRIDEの参加権剥奪、失格に関してである。まさかここまで上がる事など予想していなかった運営委員会は、此度のマギウス撃破によりいよいよ展覧試合を優勝しかねないと判断、劣性召喚者チームの優勝は、優性召喚者の価値を下げるとして避けねばならないと、姫にTEAM PRIDEの失格を進言したのである。


 しかして……姫はクスクスと笑った。


「シダトの掟はそなたらも存じていよう、強きが正しく弱きは間違い……彼奴等は強いからマギウスを打ち倒した、それを認めず何とする」


「そんな問題ではないんです、これは優性召喚者の、意味を失くすかもしれないのですよ!?」


 姫から言い渡されるシダトの掟、強ければ正しく弱くは間違い、弱い者はそれだけでしかないだろうと言うが、その姫が力を与える優性召喚者の意味を失くす事になると。しかしーー。


「なれば、私が間違っていただけの事……それで首を落とされようと構わぬ」


「な!?」


「そもそも長らく続く展覧試合、より強き闘士を見定めるのがこの大会の目的、見せ物以前に選定の儀式でもある、優性の戦士を打ち倒すちからがあれば、例え私の加護が無くとも資格は充分ある」


 姫自身が破滅的な言動を口から放ったことにより、運営委員会達は衝撃を受けた。


「それより其方らは何だ?其方らも召喚者ならば……TEAM PRIDEが資格無しというならば、戦って勝って亡骸を私の前に持ってくればよかろうに、四聖はともかく……貴様らは何故座しておる……更迭するか、全員?」


 そこから更に、姫は返す刃で運営委員会に言い放つ、お前らがそれ程言うなら自らTEAM PRIDEを打ち倒し、資格無しと私に見せてみろ、闘士が何を座して話し合っていると。


「そ、そうですか、ならば我々は好きにやらせていただきます!TEAM PRIDEは全員抹殺し、資格無しと姫に御覧入れて見せます!」


 最早話し合いにならぬと、運営委員会は起立して言い捨てて会議場を出て行った。それを見て姫は、クツクツとベールの下で笑う。


「さぁ、見せてくれ、準決勝まで死んでくれるなよTEAM PRIDE」


 焚き付けは終わった、さて後は眺めるとしよう、姫は一人会議場で立ち上がるや、霧の様に姿を霧散させるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  とりあえず。  河上さんが言うほど神山君も『日向』の人間では無いと思いますけどねぇ?  なんたって『狂人』呼ばわりされてる人ですよ?  偶々『卒業』してないだけだと思いますけどね(^_^;…
[一言] 誤字修正 次々と麻袋に詰められり、マギウスの闘士達。 正 次々と麻袋に詰められるマギウスの闘士達。 死体は蘇生院送りにならなかったんですね。時間が経ちすぎると蘇生できなくなるのかな?…
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