物狂い達
「ば、馬鹿なっ!」
風魔麟太郎の一撃は、河上静太郎の煌めく愛刀によって尽く防がれた。目に映る河上静太郎は、耳孔から血を流し、あまつさえ両目を閉じていた。
「う、薄目だ、薄目を開けているんだろうが!トリックだ!」
そう言って風魔が飛び退くや河上は立ち上がる。右回りに、風魔が回り込むが河上は一切動じない、目を開けてないとばかりに追う仕草を一切しなかった。
「背後から頭蓋叩き割ってやる!」
背後に回り込み、言葉通りに振りかぶり頭を狙う風魔。振り下ろされた剣は、河上の頭蓋を破砕する事は無かった。それどころか、見えているとばかりに河上はすぐに風魔に背中を寄せると、肘が河上の右肩にぶつかった。
「あっが!?」
勢いそのままに肘をぶつけてしまい、腕が伸びた風魔に、振り返る河上の逆手握りの刀が、擦れる様に鎧を袈裟に通り抜けた。しかしこれは斬れない、鎧から火花を散らして後ろに押し込まれた風魔が尻餅付いて倒れるや、河上はその首元に刃を突きつけた。
「ーーッッ!?」
手足をワタつかせ、後退る風魔が立ち上がる。実況のフルタチ、解説のマママンも、仕事を忘れて魅入るしか無かった。耳を潰されながら、目を閉じて、何故この男はここまで戦えるのだと。
「何なんだよ、何なんだよお前!?そんな、目をつぶって、耳も潰れているのに、何で戦えるんだよ!?」
風魔も流石に叫んだ、こんな理不尽があるのか、あってたまるかと、何故そうまでして尚戦えるのかと吐き出した。が、河上の耳は潰れている、聞こえない。しかし……。
「ん?あー、あい、あ、あぁ〜……よし」
目を閉じたまま、真正面に風魔を捉えた河上が、マイクテストの様に声を出した。耳を潰されだが為、平衡感覚も狂い、呂律も回らないようだが、しっかり声を出せているか確認して、よしと呂律を感覚だけで捉えた。
「多分、目を閉じて耳潰れて、何で戦えるんだって思ってるだろう?そりゃお前、訓練したんだよ、座頭市、知らない?盲目の博徒の時代劇、あれをしようと真似たんだよ、目隠しして逆手に握って……頑張って何度も何度も、で、出来るようになった」
風魔麟太郎は座頭市を知らなかったが、ともかく、河上静太郎が時代劇の真似で目隠しして戦う真似を練習し、今に至ると吐かし、流石に正気を疑った。
「で、耳栓も付けた、耳も無く、眼もなく、そしたらどうだ……振動?が足で分かった、あと皮膚か、それが鋭くなったんだ……馬鹿みたいだろ?馬鹿な事していたら、出来る様になったんだよ」
更に耳すら封じた練習という、常軌を逸した話に、風魔は呆れを超えて……恐怖すら感じた。
何なんだ、こいつは……こいつらは、一体何なのだと。
先鋒、中井の明らかな殺意を込めた技、次鋒、町田の微かに見せた野獣の如き攻撃、そして……この男、河上静太郎の見せる狂気の顕現。
こいつらはおかしい、おかしすぎる。他にも居た!剣道上がり!元ボクサー!空手経験者!!アマレスラー!!!そんな現世の経験者程淘汰された!!優性召喚者が倒してきた!!結局スキルに頼り、クラスの力を交えて互角だった!!
だが、だが!こいつらは違う!!明らかに違うのだ!!こいつらは、現世で、それらに人生を捧げて来たと言わんばかりの……狂人なのだ。
「い、意味ないだろ!?現代で!!剣術だの空手だの!?結局、大人になったら使えない!!何で、そんな物に心血を注いでる!?馬鹿じゃないのか!?」
風魔は理解ができないと叫んだ。
河上には勿論聞こえない。が、しかし……ゆっくり目を開けた河上は、風魔の口の動きや表情に、何となくではあるが、言葉を察した。
「理解ができないと、そんな感じか……理由なぞ単純だ、好きなんだ、剣術が、魅入られたのだ、剣術に」
河上は穏やかに笑って答えを返した。
「この煌めく刃を操る体捌きに、息遣いに、何より日本刀に、魅入られた……一目惚れだ、恋をした、愛している、虜になってしまったのだ」
河上の情愛の吐露、それを風魔が理解出来る筈も無い。されど独壇は続く。
「好きになれば一途に、ひたすらにひたすらに振り続けたさ、現代社会じゃあ意味も無かろう、人斬りの技を幾つも覚えて就職にも勉学にも、人生にも意味は無い……が、そんな事は、些細な事でしかないのだ……好きだから、ここまで練り上げて苦すら無しと言い切れる」
何故ここまで練り上げれたか、それはただ、好きである。それ以外無しと、河上は言う。現代社会という、古流剣術、古武術など不用など百も承知、しかして出会ってしまったのだ、そうしたらもう一途に、一途に、磨き続けてここに自分があると。
それは、TEAM PRIDE全員が少なからずそうだとも河上は思っている。
手段の一つと断じていながら、勝つなら極めるか落とすかのポリシーを持つ中井。
血統の延長に、傍にいつもあったが為、技を磨き続ける町田。
そして、自分と同じ……出会ってしまったが為に、ムエタイを好きになってしまった神山。
根幹は皆同じである。
「だからこそ、我々はこうして、お前たちと戦える強さを持っている」
言いたい事は全て言った、視界の揺らぎはやはり続いている。それでも、この次の技を持って、目の前の引き攣り顔の魔法剣士を討ち取る力は充分ある。
「さて、長々と悪かったな……この次の技を持って風魔よ……貴様の命、貰い受ける」
そう宣言した河上は、左足を前に伸ばし、右手だけで柄を握りしめた。上段のまま、剣の切先は相手に向ける霞の構え、そこから……左手を開き、峰に添えるその構えは、矢筈構え。
石畳が擦れる、袖から覗く右腕に力が篭っている。
風魔は、それを見て自らも中段構えになった。風魔は狙う、次に何をして来ようと、エアシールドで河上を吹き飛ばして、ソニックブラストで仕留めると。何が命を貰うだ、出来るわけがない、次の一撃が最後だと、河上の攻撃を待つ。
視界が揺らぐ、音も聞こえない、しかして河上静太郎の心の水面に、一切の澱み無し。耳から流れ出た血が、頬をつたい、顎に溜まり、雫が……石畳に落下し、爆ぜた。
「エアシールド!」
刹那、風魔のエアシールドが、真正面に吹き荒ぶ!構え直す風魔、ソニックブラストの為に魔力を貯めに掛かるーー。
風の壁に、三つの煌めきが輝いたのを、風魔麟太郎は確かに見たのだった。
風が吹いた、そして止んだ。
そよ風が、観客席にも、神山達の立つ出入り口までも吹いて来た。
風魔も、河上も、立ったまま。しばらく何が起こったのかも分からず、観客席も、実況もただ静かに両者を見つめた。
動いたのは、河上であった。河上は一度刀を振り払い、くるりと器用に回して鞘に納刀する。
「河上静太郎の前で瞬きするな、義務教育で習わんかったか?」
そう宣った河上は、背中を向けて、入場口へ向かった。審判も流石に、即座に闘技場の石畳を駆けて、風魔を確認した瞬間。
一気に血が吹き出し、審判を鮮血に染めた。
喉、胸板、腹部に穴が空いた風魔は、立ったまま瞳から光を失い、死んだ事にすら気付かず立ち尽くしている。
あの刹那、エアシールドを発動した風魔。しかし観客も、ましてや風魔すらも、その攻撃を捉える事は出来なかった。一つだけ、ようやっと理解できたのは。
『河上静太郎が、刹那の間に三発の突きを放ち、エアシールドを破り貫いた』
事だけである。
その技は、新撰組の一人、沖田総司の技として諸説伝わる、天然理心流の技『三段突き』
一足踏み込むと共に三箇所を貫いたとも、隙となった場所を三度貫いたとも言われているが……河上静太郎は一踏みにて、喉、心臓、鳩尾を貫くという解釈を持って、この場に再現せしめたのだ。
「し、勝者、セイタロウ・カワカミ」
副将戦の幕切れは、マギウスの副将、風魔麟太郎の絶命をもって幕を下ろした。