獣の気配
『なんて事だぁ!キョウジ選手魔法を纏えるエンチャントオイルを持って
、物理無効を看破!ツクモ選手のアドバンテージをかき消したぁああ!』
「行くぞ安生地!」
黄雷纏った町田恭二が、嬉々として再び距離を詰める!ふざけるなとばかりに安生地は長杖を回して地面に叩きつけた。
「グランニードル!!」
石畳から隆起する岩の針が、町田向けて奔る!無論それを避けて駆け抜ける町田に、安生地は二回、三回と地面を叩いた。
「まだまだぁ!」
「ぬぅう!」
時間差で、不規則な道筋で町田に向かう岩の針、それを見た町田が取った行動は……跳躍!
「シャッ!」
岩の針の波を飛び越える町田、2mは飛んだか対空する隙だらけの町田に対して、安生地は逆に距離を詰めた。さらには、詠唱無しに隆起していく岩石を石畳寄り生み出し、宙に跳んだ町田向けて駆け上がっていく。
「おおお!」
そしてその杖を思い切り町田向けて振り下ろした、身動きが取れない町田への追撃、しかも本来ならば距離を離すべきで、物理無効も意味を成さない中での近接戦の敢行に町田は左前腕で杖を受け止める。
そのまま互いに着地して、鍔迫り合いの如く向かい合う二人、先に動いたのは安生地だった!
「いやぁあ!」
声を上げて、振われる杖の殴打を町田は見事にその両手で受け流す。魔法使いながらその長杖はしっかりと武器として活用し、町田の手足が届く間合いへ決して入らせようとはしない!例え物理無効を封じようが、それがどうしたとばかりに安生地の猛攻を町田が凌ぐ展開に、神山は唖然とした。
「相手、棒術か?杖術か?……上手いな……町田さんが攻めあぐねてる」
「上手い以前だたわけ、得物の間合いの差は神山、お前も実感したろうに」
的外れな事を吐かした神山に、そして観戦していた中井、長谷部の背後より声が掛けられる。先程まで居なかったTEAM PRIDE副将、河上静太郎が姿を見せた。
「河上さん、どこ行ってたんですか?」
「準備だ、まぁそれはいい……しかし町田め、懐に得物を隠しておきながらなぜ使わぬ?」
むすっ、と不機嫌な細目に腕を組み、町田の今の戦い振りに何とも不満だと隠しもしない河上。どうやら武器を隠し持っているらしい、先程のエンチャントオイルもそうだったが、なぜそれを使わないの方と河上は苛立った。
「俺に見せた武器術はただの試しか?さっさと使え町田、ああさっさと使ってしまえ」
確かに、この日まで町田が河上と武器を使った乱取り稽古をしていたのは、TEAM PRIDE全員が見ていた。しかも、道着の下に忍ばせていながらまだ使わず徒手で戦う町田に、河上が苛立つのも無理はない。
「武器っすか……ていうか河上さん?」
何故使わないのか、神山もそう思ってはいたのだが……。
「なんぞ?」
「その服……何?」
それよりも、河上静太郎が着ている『衣装』が気になって仕方なかった。故に、神山はこの数秒間、闘技場から目を離してしまった。だからこそ、見る事が出来なかったのである。
「ぐぁああ!?」
「えっ?おいどうした!?」
その一瞬だった、闘技場側に振り返った神山は、安生地が前のめりに蹲り倒れているのを目撃した。
「金的入った、離れ際に町田さんの蹴りが安生地の股に……」
中井がその刹那に起きた出来事を説明した。なんとローブローらしい、あれだけの乱打戦だ、不慮の事故として入ってもおかしくは無い。展覧試合では確か、目突き、金的は反則となっている。
「あぁ……す、すまん……大丈夫か安おーー」
町田が構えを解き、蹲る安生地の近くに寄った瞬間、TEAM PRIDE側より声が上がった。
「阿呆!!離れろ町田ぁ!!ルールを忘れたかッ!!」
「町田さん!!本戦では金的ありだ!!」
河上と長谷部だった、その声が届いた刹那。
「あんた、人が良すぎるぜ、町田さん?」
町田恭二の左横腹を、石の針が殴打した。
「かっーーはぁーーッッ」
「町田さん!!」
自動車事故の様に横へ転がる町田に、神山が叫んだ。町田恭二、まさかまさかの被弾。展覧試合本戦より、予選で禁止された目突き、金的は解禁されている!町田恭二もそれは知っていた!しかし、躊躇いは出てくる!申し訳無くなってしまう!容認されているとは言え、自制は掛かるのだ。
正々堂々とでも言うべきか、いかに認められようと、それはしないと町田は自ら決めていた。
「まともに食らった、肋骨いったかもしれん!」
「阿呆が……目も当てられん」
魔法をくらい倒れた町田が、左横腹を押さえて片膝をついている。肋骨が折られたやもと長谷部が、苦渋の顔を浮かべる傍らで、何を馬鹿な事をと河上が呆れて右手で頭を押さえた。
「わぁあ!町田さん立って!!逃げて逃げて!!」
憧れが倒れ伏すのが耐えれぬと知能が下がる神山、しかし……。
『今町田さん……わざと当てなかったか?』
ただ一人、中井真也だけは黙りながら、先程の金的へ蹴りを放った町田が、乱打戦からの偶然でなく、わざと安生地の股座を蹴り上げた様なと、違和感を感じていた。そしてそれに気付いたのはーー中井真也だけではなかった。
「あいつーーっっまだ綺麗で居れるつもりなの?」
観客席より、第三試合勝者のヴァルキュリア・クランの一人にして、現世で町田恭二との宿業を背負った女、薬師寺彩芽が、町田恭二の戦う様に苛立ちを募らせていた。
『おいおい、なぁにまだいい子の空手家気取ってんだよぉ、恭二ちゃあん』
鎖が、軋みを上げている。深く深くにしまい込み、何重にも張り巡らせた鎖が、今にも外れそうになっている。黙れ、黙っていろと、俺はこいつを押さえ付けた。
『そぉんなに皆のお手本で居たいのかい、空手家として型にはまりたいのかい?やめろよなぁ、お前はさぁ?なぁ、分かってんだろ?本当は!俺を解き放って相手をぐちゃぐちゃにしたいんだろぉ!!』
黙れ!そんな事考えるものか、出てくるな!
『薬師寺との戦い、面白かっただろうが、骨が飛び出しても肋骨が内臓刺さっても向かって来た薬師寺を無茶苦茶にした戦い!そして何より、レイプから助ける名目で、正義の看板の元にその場の奴ら、女子生徒も無惨な姿にしてやった時も、お前笑ってたよなぁ!』
笑うものか!俺は獣じゃない!俺は、俺はーー。
『河上との死合はひりついて、神山との打ち合いも、本当はお前殺せたんだよ、今の試合もそうだ、本当なら目玉も咽頭も睾丸も、今の打ち合いで潰して勝てただろうが?なぁ、この世界はよぉ、許されるんだよ!お前の空手を!とことんぶつけられるんだよ!』
ーー俺は。
『磨き上げた技を!躊躇いも無く打ち込む!命尽きるまで戦い続ける事ができる!ルールも、警察も!裁判所も無ぇ!!ましてや殺し合いが認められてるんだよ恭二!!代われよ!!俺に代われ!!いやお前と俺は本来同じ!!俺を取り込め町田恭二!!』
「悪いな町田さん、これも展覧しあーー」
杖を膝を突いている町田の頭に向け、安生地は後味の悪い決着に謝った。町田恭二は強かっただが、これが展覧試合、勝つためならば全てが許される。そちらの中井真也がした様にーーと杖先に光が灯った刹那。
「いーー」
言い切る前に、アリーナに破裂音が響いた。
会場の誰もが、安生地九十九の勝ちを確信した刹那、町田恭二の左鈎突きが、安生地の右脇腹を捉えて打ち鳴らした。拳の形にくっきりと、物理防御を貫通して安生地の身体に金色の電流が奔る。
さらに、追撃とばかりに右の正拳が、安生地の胸を打ち、胸骨を破砕し、破片が心臓に突き刺さる。この時点で、安生地の脳が痛みに耐えれず気絶を選択し、意識を途切れさせた。
迫り上がる血を吐きながら崩れ落ちる最中ーー。ダメ押しとばかりに、町田の右下段回し蹴りが、安生地の左膝関節を捉え、膝蓋骨々折を起こし、枝木の様に膝から爪先までが外へ向いた。
その間2秒あったかどうか……前のめりに安生地は、口から血を吐き痙攣して町田の前に倒れ伏す。そしてしばらく静寂を経て、審判が闘技場に上がり、安生地の容態を確認し、呼びかける事もなく担架が運ばれて、町田に向け手を挙げた。
「し、勝者、キョウジ・マチダ」
実況も、何が起こったか理解が出来ず、会場を静寂が包む中。町田恭二は倒れる安生地に背を向けて、闘技場を降りるのだった。